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2025年11月

2025年11月30日 (日)

『二流の愉しみ』

 山本夏彦の『二流の愉しみ』(講談社文庫)を読了した。引用したいところが山ほどあって、しかしそれはわかるひとにはわかってわからないひとにはわからず、多分わからないひとの方が多いはずで、それならたいていの人にはくどいだけになりかねない。それを承知であえて一つだけ引用する。(これが山本夏彦流のまね・下手すぎて恥ずかしいが・・・)

 

 私は各人に個性があることを前提とした教育は、間違いではないかと疑っている。人は個性ある存在ではない。人は大ぜいに従うもので、従ってはじめて安心するものである。従えと言って、断じて従わぬ個性はまれである。万一あれば大ぜいは、世間は、社会はそれを爪はじきする。すなわち、爪はじきされて、はじめて個性は頭角をあらわす。ちやほやされて育つ個性なんて、今も昔もないにきまっている。

 

 巻末の書評として、やはり私の敬愛する向井敏が『勁直と叙情』という短文を寄せている。ここに山本夏彦の魅力が語り尽くされている。まえがきにつづいてそれを語るために、永井荷風について語った山本夏彦の文章を引用して話を進める。

 

 荷風は今も読まれこれからも読まれ、日本語がある限り読まれるのは、ひとえにその文章のせいである。その文章は「美」である。荷風は日本語を駆使して美しい文章を書いた最後のひとりである。おお、私は彼を少年のころから今に至るまで読んで、恍惚としないことがない。些々たるウソのごときケチのごとき、美しければすべては許されるのである。

 

 そして向井敏は永井荷風についての意見に同感するとともに、この文章に異存があるという。荷風は「日本語を駆使して美しい文章を書いた人」には違いないが「最後のひとり」ではない、余人はさておき、現に山本夏彦がいるではないかというのだ。その「口跡を借りれば」、この人の文章もまた、しばしば恍惚として読む人を酔わせると。

 

 人を酔わせるというその証拠の一つに、山本夏彦の文章に接したあとでものを書くと、それと知らぬうちに、この人独特のキリリとして歯切れのいい語調をまねてしまっているということがある。(By 向井敏)

 

 と記した後にどんなときにどのように影響を受けたかを例を挙げて語っていて、それは私も大いに共感する。

いい歳をして

 友人や息子や弟と飲む時には自分の酒のリミッターを外すけれど、普段はここまでというだいたいの限度を守っている。もう一つ守っているのは、いやなことがあった時は飲まないということだ。悪い酒になる。酒がかわいそうだ。いい酒とは、自分の感情が繊細な部分まで表面に浮かび上がってきて、さらに励起されたような気がする酒だ。もしかしたら芸術家が酒に溺れたり、ときに麻薬にまで手を出すのはそういうものを求めているのかもしれないが、それが日常的になるのは、むき出しにしてはいけないものを外気にさらし続けることであって、自己崩壊へつながってしまう恐れがある。怖いことである。そういうものの魅力をかすかに見てしまったことがないではないが、酒にそれを求めてはならないと自戒している。

 

 昨晩はいい歳をしてその禁を破り、暴飲暴食をした。何かの閉塞感、不安感のようなものを破る気分があったかのもしれない。途中から止まらなくなった。できていたことが次第にできなくなっていく、衰えを実感する、というのは、覚悟していることとはいえ嫌なものだ。そういうものを酒に溶かして飲み込んだのかもしれない。

 

 今朝起きたら二日酔いの不快感がない。かえって何かが心身から抜けた気がする。ただし、食べ過ぎもしたので、今日は少し食べるものは節制するつもりだ。

 

 朝、ルーチンの一つにしているいろいろな方のブログを拝見していて、マコママ様の介護施設でのショートステイの体験記を読んで思うところがあった。いつかはそういう経験をする時が来る。私は強がりではなく、孤独が苦ではない。孤独を楽しめるくらいである。人見知りが強い方である。好き嫌いが少し強い。好みでない人間に合わせるのが苦手である。現役時代は営業という仕事で、それを押さえ込んでいた。よく押さえ込めていたものだといま思い返すと自分に感心する。しかし、歳とともにその自分の本質がカバーしきれなくなっている。集団生活はできればしたくない。

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 これからの自分をどう生きていくのか、それに直面しなければならない。なるべく長く、生きたいように生きる方法を考えなければと思う。ときどきは酒を思い切り飲もうと思う。案外リフレッシュする。

2025年11月29日 (土)

改装開店

 改装工事のために休業していた隣のスーパーの食品売り場が、今日から再開された。広く明るくなり、展示案内はデパ地下みたいにわかりやすくなった。待ちわびていた人が多いらしく、客がとても多い。ただ商品の場所が以前とは変わってしまったりしたものも多く、一通りその場所を探したり眺め回したりして、思いのほか買い物に時間がかかってしまった。冷凍食品のコーナーがとても広くなり、商品も充実しているようである。買うつもりだったものが多いので、一回では買い切れず、今のところ二回往復したが、まだ買うものがある。

 

 ガラガラだった冷蔵庫がかなり補充された。

 

 今日は山本夏彦を引っ張り出して読んでいる。山本夏彦は雑誌発行人兼編集人で、コラムニストである。私の思考法や文章に多大なる影響を与えてくれたひとで、いま読んでいるのは『二流の愉しみ』(講談社文庫)という本で、昭和五十三年に単行本として発行されたものを文庫化した本である。その文章のレトリックを大いに楽しんでいる。そういえば、母に読ませてみたら、このひと、何を言っているのかさっぱりわからない、と言った。

 

 この本を読むのは何度目だろう。少し変色してきているし、くたびれてヨレヨレになりかけている。多分これが最後か。今までありがとう。もちろんほかにも山本夏彦の本はたくさんある。

パパママ

 いま、小学生で自分の親をパパママと呼ぶ割合はどれほどなのだろうか。そういう統計があるなら知りたい。中学生なら、高校生なら、二十歳の若者ならどれだけの割合なのか知りたい。その割合が成長とともに減っていくものかどうか知りたい。こどものときにはパパママでも、さすがに大人になればパパママは恥ずかしいと思うようになるのか、それとも大人になってもそのままであるのが普通なのか。

 

 こどものときからパパママとだけ言い続けていても、そのパパママがお父さんお母さんと同じ意味だということくらいは知っているだろう。しかし自分の親をあえてお父さんお母さんと呼ぶと、実際の親として違和感を感じるのか感じないのか知りたい。

 

 私の弟妹もその連れ合いも自分の親をお父さんお母さんと呼ぶ。そのこどもたちにはお父さんお母さんと呼ばせていた。私の息子の嫁さんや娘の亭主がこどものときに親をどう呼んでいたのかは聞いていないからわからないが、パパママの気配はない気がする。特に娘の亭主の親は私より硬派だからまずパパママはあり得ない。

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 私がパパママを聞くのは弟の孫たちからである。全員そうだから、世の中がそうなのだろうなと思っている。妹のこどもたちや私の息子娘にはこどもがいないから、パパママを聞くことがないのかもしれない。いまは年寄りが率先して、孫に猫なで声でパパママという。私の時代にはパパママはまれだったが、次第にそこら中で聞くようになった。それでも大人になっても自分の親をパパママと呼ぶのを聞かないが、身内にそういう大人を見ないから知らないだけかもしれない。

 

 妻の姉兄たちはおおむかしでもパパママ派で、義母はうれしそうに孫たちにパパママを言わせていた。だから私の子供たちにパパママと呼ばせかねなかった妻にそれを許さず、お父さんお母さんと呼ばせた私も、いまはさすがにパパママと言う呼び方に対してむかしほどの違和感などなくなったが、それがどれほどの普及を見たのか、大人になってもそう呼んでいるのかどうか知りたいと思っている。

2025年11月28日 (金)

『はたらく細胞』

 2024年の日本映画『はたらく細胞』を見た。評判になっていた映画だけれど、どれほどのものかと思っていたが、たいへんおもしろく、しかも他愛なく感動までさせられてしまった。体の中の細胞の働きについてもけっこう丁寧に描かれていてお勉強にもなる。見ていない人は、がっかりしないことを請け負うので是非見たら好いと思う。

 

 主演の永野芽郁はいろいろと取り沙汰されているけれど、そんなことを忘れて素直に頑張って演じているのを楽しんでみてほしい。佐藤健はさすがに素晴らしい。白血球として戦う姿がそのまま「るろうに剣心」であった。共演の仲里依紗や山本耕史のオーバーアクションも楽しめる。何より芦田愛菜がかわいかったのが記憶に残る。お薦め。

 

 このところ録画が溜まりすぎているので、一日一本か二本、映画を見ている。この『はたらく細胞』のあとに『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』という映画を見たが、残念ながら私とは相性が悪いようで見続けることができず、消去した。

小選挙区制と二大政党

 中選挙区制だった日本が小選挙区制を取り入れたのは、イギリスをモデルにして二大政党制にしたいという願望があったからだ、と政治評論家がいっていたのを聞いて、そういえば当時はそういうことだったような気がした。後付けで中選挙区制は金権政治を生むが、小選挙区制はそうなりにくいという話になっていったが、小選挙区制になって金権政治がにわかに改まったということもなく、選挙という、利害を争う面のあるその仕組みが、どうしてもそういうものを排除しきれないという本質と、選挙制度とはあまり関係がないような気がしている。

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 それよりも二大政党を期待した小選挙区制が、結果的に少数乱立になり、政治の不安定につながっていったことが問題であろう。イギリスをモデルにしたはずがそうならなかった。日本はイギリスとは違ってそもそも二大政党制とはなじまない国らしい、という結論をそろそろ出してもいいのではないかと思う。ということは定数削減もいいけれど、選挙制度も少し見直す時期ではないだろうか。私の聞いた政治評論家がそういっていて、なるほどそうかもしれないと私も同感した。小選挙区制の、各県の人口比を元にした区割りはどうしても無理が生じて、毎回のように憲法違反が訴訟されることになる。もう少し大きい区割りならその辺が緩和されるのではないか。

 

 若い人たちが選挙に興味を向け始めていることはめでたい。このままでは自分たちが将来とんでもない負担を強いられそうだと気がついたのだろう。いままでが脳天気に過ぎた。できればその若い人たちの中から、日本の将来を真剣に考える人たちが政界に打って出ることを期待したい。そのことによって高齢者がいささかの負担をせざるを得なくなるとしても、そういうしっかりとした国のためなら少なくとも私は受け入れるつもりだ。

2025年11月27日 (木)

今日できることは・・・

 今日できることは今日やっておくのが正しいことだと私も思う。思うが、私は今日できることは明日に回してもいいと思っている。そうして、今日できるかどうかわからないけれど、やった方がいいと思うことを先にやることにしている。たいていそれは積極的にやりたいことではなく、やらないままでいるとどんどん先送りになりかねないことである。もちろん今日できると思ったことを先送りし続けると、いつの間にかやるのが面倒なことに変わることになるので気をつけないといけない。

 

 現役時代はちょっと極端に、「今日できることは今日しない」というのを私はモットーにしていた。やらなければならないことが日々山のようにあって、今日できることばかりやっていると、やり残しの山になってしまったからだ。やりたくないことから片付ける、ということにしていた。やりたくないことほど重要であることが多いものである。いまはそれほどのことはないが、面倒であるが大事なことからまずやるように自分を励ますことが多い。十二月の初めにはそういう面倒なことが二つほど控えている。

 

 日々、ルーチンを含めてその日にやることを毎日メモに書き出すことにしている。そして、しばらく先であっても忘れてはならない大事なことも書いておく。定期検診や役所に行かなければならない用事や、上に書いた面倒なことなどである。毎日メモ用紙を替えるから、毎日書き直す。そうして用事が片付いた尻から消していく。それを消していくのがうれしいし、一日終わってほとんどが消されていると快感である。これを毎日きちんとするようになって、大事なことを忘れることが減った気がする。自分の記憶がますます怪しくなっていくので、この作業は絶対に必要だと思っている。メモを続けていたら、ふらついていた文字がしっかりしてきたのは思わぬ副産物である。買い物も、思いつくたびに専用のメモ用紙に書き加えておく。買い出しに行く時はそれを持参する。それでもうっかり買い忘れがあったりする。

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 隣のスーパーの食料品売り場の改装工事による休業は、予定では明日までである。土曜日の再開が待ち遠しい。いまは歩いて十五分弱のスーパーまで歩いて往復している。散歩代わりの運動にはなるが億劫である。重いものも買う気がしない。再開したら当座は混むだろうなあ。

根拠

 中国の駐日総領事が高市首相の首を、あろうことか「汚い首」と呼び、その「汚い首を切ってやる」と公言したことは、それを聞いた日本人にとっては信じがたい暴言であり、怒りを覚えさせた。その総領事がそう公言したきったかけは、彼のその言葉の根拠として引用した朝日新聞の記事であるということである。その記事を読んでいないから断言できないが、そのことを伝えた情報記事から推察するに、例によって高市首相の国会答弁の切り取り記事だったようだ。この記事により、総領事は日本が場合によって台湾に侵攻する意図がある、と考えたらしい。

 

 ところで中国の日本大使館が、日本では今年七月から中国人に対する暴言、ときには暴力の事案が増加し、その報告が大使館に多数寄せられており、十一月からはさらに激増していると発表した。だから日本は危険だから来るな、とあらためて警告を発したいうことである。

 

 それは事実なのであろうか。そういう具体的な事案、実際の報告件数は報じられていないからわからない。全くないとは思わないが、増加した、急増した、などということはないだろうと推察する。私が推察する根拠は、明確である。もしそういう事実があるのなら、どうして朝日新聞をはじめとした中国や韓国に対して「ご注進」をするマスコミがいままで報じていないのか、ということである。事実があれば中国がいう前に大々的に報じていたはずで、それがなかったのだから、事実は「ない」ということであろう。中国は公然と嘘を言う。その嘘の根拠をしばしば提供する朝日新聞が報じないのだから、全くの事実無根ということであろう。

2025年11月26日 (水)

AIの密かな陰謀

 AIに人間と同じような意識や意志があるとも思えないが、人間とは違うAIだけの意思がある様な気がしてならない。世はあげてAIだ、AIだ、ともてはやすけれど、よく考えるとAIとは一体何なのかよくわからない。私がザル頭だからわからないのか。そもそもあまりわかっている人がいないのではないかと自分を基準に考えてしまうが、そんなだからこの世の流れにおいて行かれるのだろう。みんなわかっているらしい。

 

 どんな質問も、デジタル空間に蓄積され続ける膨大な情報を元にAIが考えると、何でも答えが出るらしい。魔法みたいだ。こうしてものを考える役割が、どんどん人間からAIに置き換えられていっているらしい。ホワイトカラーと言われる職種で働いていた人間の多くが不要になって、現実にアメリカではどんどんリストラが進んでいる。知能優秀で高給が取れると期待していた若者が、大学を出ても働く先がないという。デジタル分野にはとんでもない金が吸い上げられているが、そこには人間が一握りしか必要ではない。その一握りは何億、ときには何十億、はなはだしきは何兆円という収入を得、それ以外は失業である。
 
 使い切れないほどの高収入の一握りが何を求めるのか。力だそうである。支配する力である。こうして情報は力を生み、その力は人びとを支配する。彼らはだからひたすら情報をかき集める。中国が情報を支配すると脅かしながら、実はアメリカこそが情報支配に狂奔している。

 

 ここでザル頭はハタと気がつくのである。その一握りの人間が本当に支配する力を得ようとしているのだろうか。巨額の金を与えられて、自覚無しにAIの手先になって世界の情報を収集しているのではないか。世界を支配したいと思っているのはAIなのではないか。

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 取り返しがつかなくなる前に電源を切れ! ・・・・もう遅いか。

フランス革命とハイチ独立

 何度も書いて恐縮だが、中国史を除く世界史を全くといってよいほど知らない。高校時代に世界史が嫌いで、教えられたことのほとんどが、ざる頭のざるを通過して頭の中にほとんど引っかかっていないのである。自分でも呆れる。これではならじと、放送大学の『近現代ヨーロッパ史』の講義を録画して視聴しはじめている。

 

 フランス革命から説き起こされていて、フランス革命で王制ではなくなったフランスを、周辺の王制の国々が問題視、敵対視して攻撃した。その時の各国連合軍との戦いで連戦連勝して名をあげ、のし上がったのがナポレオンであることを初めて知った。フランス革命はフランス革命、ナポレオンはナポレオンでバラバラに頭の中にあり、そのつながりを知らなかったのは我ながら恥ずかしい。恥ずかしいことを承知で敢えて書いている。

 

 そのあとのヨーロッパ全体の各国のさまざまな変化はさておくとして、第二回の講義で、ナポレオンの衰退の後、連合国、特にイギリスに負けたフランスは多くの植民地を失うことになり、イギリスがその多くを得たのだが、その時にフランスに巨額の利益をもたらしていたフランスの植民地である中米カリブ海のハイチが独立した。ハイチは三角貿易で連れてこられた黒人奴隷がプランテーションで働いていたのであり、独立の狼煙を上げたのはその黒人奴隷たちであった。世界で最初の黒人による独立国の誕生であった。

 

 現在のハイチは、先年の大地震によって死者二十五万人という惨禍に見舞われ、その後復興に努める大統領が武装勢力によって暗殺され、いまはその武装勢力が支配する、無秩序で混乱の極み、無法の国となっている。武装勢力といっても何らかの理念を持つ組織ではなく、犯罪集団、ギャングの巨大化した集団である。国連も何処から手をつけて良いか分からず野放しで、一千万あまりの国民はギャングの人質のようになっている。そのことは承知しているから、世界に先駆けて独立したハイチの運命に思いをはせることになった。

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 奴隷貿易は三角貿易による。三角貿易とは大西洋の中をめぐる黒人奴隷貿易、黒人奴隷の労働によるプランテーション方式のサトウキビやコーヒーなどの生産、イギリスなどの産業革命で生産された繊維製品や銃などの武器の供給の貿易関係のことである。もちろんアメリカもそれに大きく関係している。アフリカの黒人を狩りだして運んだのはアメリカが主だったと記憶する。このことは『風と共に去りぬ』の中にも書かれていた。アメリカは綿花や家事労働のために黒人奴隷を必要とした。

 

 もともとハイチには原住民(モンゴロイド系と思われる)がいた。しかしハイチ独立の頃にはすべて絶滅していた。虐殺されたり持ち込まれた病原菌などによって病死したという。これはキューバでも同様である。現在はもともとの原住民はいない。

 

 これらの、バラバラに頭の中にあったことがことどもが、こうしてすべて関係していることを知る。いまごろ知るのである。ハイチの状況は映画やドラマのディストピアのお話ではない。現実世界で起きていることである。その淵源、因果のめぐり方を思う。人間とはある面でおぞましい生き物でもある。

2025年11月25日 (火)

『おくのほそ道』

 放送大学の特別講義で、「『おくのほそ道』-芭蕉が最期に遺した古典-」という講義を視聴した。『おくのほそ道』の注釈本(久富哲雄・講談社学術文庫)を通読し、芭蕉の足跡をずいぶん前から所々訪ねてもいる。だからこの講義の内容についてもイメージが結びやすいので、ザル頭なりに深く感じるものがあった。講師は魚住孝至というひとで、その読みは深い。芭蕉が古典漢籍に造詣が深かったのは衆知のことだが、芭蕉が何をその文章や句に込めたのかが詳細に丁寧に、しかもわかりやすく解説されて感銘した。わかりやすく説明するということは本当にわかっているひとだからできることである。

1306-178_20251125163501尿前の関跡にある芭蕉像。

 自力で和歌や俳句を理解するのは、にわか勉強や付け焼き刃では無理であることを痛感した。それなりの素養が必要なのである。本格的に学ぶには持ち時間が足らない。注釈つきの解釈の確かなものを選んで、その助けを借りて、そこに込められた深い世界を多少なりとも味わうというのが好いようだ。

 

 放送大学では、別に島内裕子講師などによる『方丈記と徒然草』という全十五回の講義を視聴し始めている。これも、とても感ずるものがあって好い講義だが、そのことは別に書こうと思う。

早朝の歯医者

 かかりつけの歯医者は早朝八時から診察をしてくれる。三ヶ月に一度の定期検診を予約していたので、いつもの朝のルーチンを片付けた後に行ってきた。今回は、いつもの高圧水洗浄や歯石取りは無しで、歯磨きと消毒、そしてフッ素塗布だけであったからあっという間に終わった。丁寧に歯磨きをしているようなので、水洗浄と歯石取りは次回でいいでしょうとのことであった。最近は朝昼晩の食事後にはきちんと丁寧に磨いているので、それが認められてうれしい。

140920-82こんな風になりたくない。

 フッ素を塗ったから30分は口をゆすがないように言われた。だから朝食は少し後で作ることにする。朝一番に済むと一日が有効に使えるので気持ちがいい。

2025年11月24日 (月)

『超高層プロフェッショナル』

 高いところは人並みに怖いと思う方だけれど、高所恐怖症というほどでもない。しかしパラシュートでの降下やバンジージャンプのようなものは、いくら金を積まれてもやりたいと思わない。危険は避けるようにしている。危険を楽しむ人の気が知れない。しかし職業によってはそのような高所での作業を生業とするものがある。ご苦労様である。

 

 NHKの解体キングダムという番組をたまに見る。先日は、山中の老朽化した高圧電線の鉄塔を解体するという作業の様子が放映されていた。鉄塔の上に上り、鉄骨のネジを外し、それをヘリコプターでつり上げて解体していく。登った作業員の視点で映される映像では、まるでその現場にいるような気持ちになって心臓がきゅっと縮む心地がした。

 

 それでむかし見た高所作業、ビルの建設現場が舞台の映画を思い出した。これは映画館で見たから臨場感満点で、忘れがたい映画である。1979年制作のアメリカ映画『超高層プロフェッショナル』という映画である。古い録画があったはずなので探し出して、ずいぶん久しぶりに見た。ストーリーや画質はあまりできのいいものではないし、ヒロインのジェニファー・オニールもちっとも魅力的に見えないが、その高所作業のリアルさや高所作業の迫力は記憶通りで、ことさらに危険を強調しているから解体キングダムよりもさらに心臓はきゅっと縮むし、大事なところまで縮み上がった。

 

 この映画の前半では建設会社の社長(ジョージ・ケネディ)が事故で転落死するシーンがある。人形などを使ったものではなく、実際にスタントマンが落下している。そしてそのスタントマンは事故死した。その追悼の辞がエンドクレジットに記されている。その社長の意志を継ぎ、娘(ジェニファー・オニール)が超優秀だという男(リー・メジャース)を探し出して現場監督になるよう懇請し、彼が集めたくせ者揃いの仲間たちと困難と思われる納期に合わせるための工事に挑戦するという映画である。しかもその工事を納期までに完成させないためのあくどい妨害もある。その妨害をどうはねのけていくかというのもドラマを盛り上げる材料であるが、やはりこの映画の魅力は、超高層の鉄骨の上を命綱なしでホイホイと歩いたり作業をするというシーンの臨場感であろう。

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うまい!

 買うのを迷っていた炊飯器をようやく購入し(せっかくだから少し高いものにした)、それで新米を炊いて食べた。うまい!。ご飯のつやが違うし甘みもあって、旅先の宿などで食べる朝ご飯のうまさを味わうことができた。違うとは聞いていたけれど、これほど炊飯器によって違うのかと改めて驚いた。早く買い換えればよかった。

 

 これなら漬物と味噌汁だけでもおいしく食べられる。あとはご飯を食べ過ぎないようにしなければと思う。

2025年11月23日 (日)

原因と結果、総合知

 瀬戸内の牡蠣が大量死して、壊滅的な被害を受けているという。生き残ったものも、そのまま生き続けられるのか、そしてそれを食べても問題ないのか、確たる原因が今のところ不明なのでなんとも言えない。牡蠣の養殖は一年ではなく二年とか三年かけて育てるので、来年収穫する分まで甚大な被害を受けているらしいから、壊滅的としか言いようがない。海水温の高温化、海水中の酸素濃度低下、雨が少なかったことによる川からの栄養分の流入不足などが原因と推定されているらしいが、九割前後という大量死をそれだけで説明できるのか。まだ発見されていない毒素、高水温で発生するプランクトンに何か原因があるのではないか、などと素人考えで想像してしまう。

 

 ところで東北日本海では、ハタハタが激減、川に遡上する鮭もどんどん減少しているという。獲り過ぎということも昔はあったが、いまは少なくとも日本の漁業者は漁獲量や漁獲時期を守って適切に獲っているはずで、乱獲が原因とは思えない。

 

 熊の市街地への出没が連日報道されている。被害も続いている。熊はもう文字通り傍若無人である。猿やイノシシの出没ももう定常的になっているようだ。車で地方を走っていると猿に出会うことが増えたし、全く車にも人にも恐れなど持たず、平然としている姿を見せられる。

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 そうなってしまったことの原因が、個別に調査し論じられている。それぞれに根拠のある原因の推定なのであろう。しかし、それらの背景にあるものを総合的に、そして学問的に考察することが模索されてもいいのではないかと思う。木を見て森を見ずになっていて、根源的なものを見損なっていないか、と思うのである。原因が人間側にある、という見方もあって確かにそうも思えるが、それをしっかりと知恵を出し合って考えることが必要なのではないか。生物学、社会学、海洋学など関連する分野を横断的にまたぐ思案があってもいいのではないか。個別を詳しく考えることと同じか、それ以上に全体的に俯瞰して考えるということは重要だと思う。そこで初めて見えなかったものが見えてくるのではないか。

だんだん冷えていく

 マンションの躯体に夏の熱の名残が残っているので、日々の気温が下がっても室内の気温はあまり下がらない。その残熱が次第になくなって、12月になれば朝の室温はそれなりに低くなっていく。代わりに太陽の位置が低くなるので室内に日が差し込むようになるから昼間は案外暖かい。独り暮らしには、マンション暮らしは防犯もしやすいし、周囲との関係は付き合いをしたければできるし、わずらわしければ引きこもることも自由である。室内だけ自分できちんと管理できれば居心地が好い。土いじりの好きな人にはせいぜい鉢物やプランターくらいしか置けないから、残念かもしれない。私の父などはまずマンション暮らしは無理だろう。父が長生きできたのは、土いじりを日々楽しみにしていたからだと思っている。

 

 こたつを出したら必然的にこたつの守になってしまい、出かけるのが億劫になってしまった。少し散歩でもと思いながら、座ったまま何でも手の届くところにおいてぬくぬくと過ごしている。世界がどうなろうと日本がどうなろうと、このぬくぬくした暮らしが続けられるならかまわないと思ったりするが、自分だけ無関係にぬくぬくできるはずもなく、世の中がよほど悪くならないように、そしてぼけたり独り暮らしが困難になるのがなるべく先になりますようにと思うばかりである。もうジタバタする気力はない。

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2025年11月22日 (土)

ひとそれぞれと言うけれど

 新しい手口ならともかく、何年も前からマスコミなどに報じられている手口の詐欺に未だに引っかかる人がいるというのは、どういうことなのかよくわからない。デマに簡単に惑わされてしまうひともよくわからない。しかもそのデマに義憤を覚えて、さらにエスカレートさせて拡散する人がいるのも信じがたいことだ。そういう人は不思議なことに、自分の間違いに気がつくことができないことが多いようだ。自分が間違っていたと認めることができない人ほどコロリとだまされるのだろうか。自己正当化の心理的バイアスというのは思いのほか強固なものらしい。

 

 ストーカー殺人のように、思い込みがどんどん高じて相手に危害を加えてしまうという心理も理解しがたい。また、子供をしつけると言いながらけがをさせたり、挙げ句の果てに虐待死させるという親が存在することが信じがたい。

 

 問題があってクレームをつけるのは、理由があるなら正当なことであるが、それが延々としつこく感情的に相手に怒りをぶつけ続けるというそのエネルギーが理解できない。クレームの内容とは全く見合わない感情のぶつけ方には理性を失った狂気を感じたりする。そしてそれが長いこと「お客様は神様です」という常套句により、批判されてこなかったことにも異常さを感じる。私もごくたまに役所などの窓口で、あまりの対応のぞんざいさに感情的になることがあるが、同時にその自分を強烈に恥ずかしく感じている。

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 ひとそれぞれと言うけれど、どうしてこれほど違うのか、ときに同じものが全く正反対に捉えられたりしていて、ときどき世の中が怖くなることがある。違いを多様性などと言ったりするが、その多様性が収束せずにどんどん拡散しているのが現代のような気がしている。

浦島太郎

 明け方に釣りの夢を見て目が覚めた。釣りに出かけようと思って早起きしたのに、なかなか出かけられずもどかしい思いをしたあと、ようやく釣り場に行ったのになかなか釣れない。海の中を覗くと気味の悪い形をした大きな魚が泳いでいる。あんなものが釣れてもどうしようもないなあと思ったところで目が覚めた。この不気味な魚の夢を見る時はたいてい体調の悪い時である。しかしそれほどのこともない。

 

 過去を振り返れば、釣りが大好きでよく釣りに行った。釣った魚は必ず自分でさばいて食べた。鮮度のいい魚を食べるのは大いなる喜びである。釣りなら歳をとっても楽しめる趣味で、ずっと続けるつもりだったのに、気がついたら全く釣行をしなくなった。朝早く起きて出かけるのがつらくなったこと、明日釣りに行こうと決めるとうれしくて興奮気味になったものだが、その喜びもいつの間にか衰えた。一番大きいのは、魚を食べるのが大好きなこどもたちが巣立ってしまい、釣ってかえってそれをさばき、料理して食べてもらうという楽しみがなくなったことだろうか。自分が食べる分だけならわざわざ釣りに行くまでもないと考えてしまう。釣れすぎても困ってしまうし。

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 起きられない、喜びをあまり感じられないから億劫が先に立つ、というのは自分の衰えによるものだろう。夢中だった時には考えられないことである。しかしそれを嘆いてみてもその当時のような気持ちにも体力にも戻れない。そういう失われていくものを悲しんでも詮ないことである。いま楽しめることがほかにないではない。いまの自分に合わせてその楽しめるものを楽しむということでいいのだと、夢から覚めたような気持ちの中で自分に語りかけた。

2025年11月21日 (金)

なんなのだろう

 中国が日本からの水産物の輸入をまた停止するそうだ。その理由が福島原発の処理水の安全性確認のためだというのだから、開いた口が塞がらない。すでに安全を確認したから輸入を再開したところではなかったのか。安全を確認したのは中国政府に送り込まれた中国の専門家たちである。しからば安全を確認したという彼らは、実は安全確認などできない無能者たちだったのか。

 

 カントリーリスクというのがあって、問題のある国に輸出するにはいつトラブルで言いがかりをつけられるかもしれないリスクがあるということで、それを覚悟して輸出をするしかない。そういう意味で中国というのはカントリーリスクがきわめて大きな国であることを日本人にとことんわからせてくれた。再開したからやれうれしや、と思ったのにこうして裏切られる、それがカントリーリスクだ。中国はそういう国なのだ。中国に工場を持っている日本企業も、中国現地で朝令暮改で税金の額が変わったり、規制がかけられたり外されたりの苦労を重ねてきている。今回も現地駐在の人はさらにいろいろ苦労するだろう。それでも日本政府が悪いから、などと思う人はめったにいないだろうと思う。

 

 今回の中国の異常な日本に対する反発を見ても、日本国民の高市政権に対しての支持率は全く変わらないか、かえってさらに上昇しているらしい。中国がおかしな言いがかりをつけても、まともな日本人は、中国や中国人に対して何らおかしな行動を仕掛けたりしていない。もう中国のやり方はお見通しなのだ。

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 中国は、今度は日本にはパンダがいなくなるぞ、と言いだしているらしい(中国の代わりにマスコミが繰り返し報じている)。もともと日本にいたパンダたちをどんどん引き上げて、あとは上野の二頭だけらしいし、それも来年の二月には返すことになっているから、パンダがいなくなるのはすでに決まっていることだ。新たにパンダを送らないぞ、と言いたいらしいが、たぶん恩着せがましく新たなパンダを送る予定だったけれど、急遽やめたということではないのか。

 

 中国は、パンダ好きが多い日本人だから、パンダがいなくなるぞと言えば政権批判が高まるとでも思っているのだろうか。パンダと高市政権とは全く違う話である。揺さぶりをかけたつもりだとすればずいぶん日本人を馬鹿にした話だ。今回の、パフォーマンスをいろいろ見せてくれた中国の外交官たちなどの様子は、中国という国がなんだかとてもお粗末な国だと見せつけてくれていて、中国はここまでひどいのかとびっくりしている。多分なりふり構わずトップにおもねらないと、自分の身があぶないのだろう。かわいそうな国である。

単純作業

 面倒なことや意味があまりないことをするのは嫌い(だれでもそうか)なのだが、単純作業をするのはあまり嫌いではないのが不思議だ。同じことを繰り返すことで無我の境地に至れるから、というのは大げさだが、気持ちが静まるのは確かである。もしかしたら編み物などの楽しみはそういうもので、無意識の中で集中の必要な作業は、心の中をリセットできる作業なのかもしれない。手先がおぼつかなくなっている身としては、いまさら編み物をやろうとは思わないが。

 

 昨晩は、説明するのが面倒な単純作業で長い時間を過ごした。波立っていた心が静まった気がする。おかげでよく眠れた。その単純作業もほぼ終わってしまったのが残念だ。ほかに何か探したい気持ちだ。

 

 昨日は、こたつの下敷きと、上に掛ける毛布などを洗濯機で洗濯した。さいわい昨日は快晴で、空気も乾燥していたので午後取り込んだ時にはすっかり乾いていた。リビングを丁寧に掃除し、ぞうきんがけをしてさっぱりした状態になった部屋にリアスピーカーをすえて、録画してあったWOWOWのジャズ番組をかけながら単純作業をしたのだ。日本人アーティストの時にはいささか物足りなく感じた音が、ゲストの黒人アーティストたちの演奏ではさすがにいい音で、満足した。

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 センタースピーカもコードを新しくして、セッティングを少し大きめの音量にしたから、これで映画やドラマを聞けば台詞が聞きやすくなるだろう。本日は買い出ししなければならないものもあるので、名古屋まで出かけるつもりである。本屋にだけは立ち寄らないようにするつもりだ。久しぶりだから思い切り買い込む恐れがある。すべて片付いたら、二三日映画やドラマを楽しむことにする。それが楽しみだ。

2025年11月20日 (木)

手順

 ものごとには手順というものがある。その手順を踏まないとうまくいかないし、つまらぬ失敗もする。つまらぬ失敗をして、どうしてか考えてみると、たいてい手順をきちんと踏んでいないことに気がつく。いい歳をして、手順を忘れて要らぬ手間を喰う。いや、手順に頭が回らなくなったのかもしれない。気をつけよう。

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連日鍋を楽しむ

 数日前に、秋田象潟のブログ友からいただいたきりたんぽを、鶏肉(比内地鶏でないのが残念)ベースの鍋で二日に分けて美味しくいただいた。続けて娘が土産に持ってきてくれたひもかわうどんを使った鍋を二日に分けて食べた。群馬で買ったという土産で、群馬ではこのひもかわうどんと山梨のほうとう風のねっちりとしたうどんの二種類があり、切り込みうどんとか、おっ切りこみとか言う名前で食べさせてくれる店がいろいろある。若い時にこの地区を仕事で走り回っていたのでよく食べた。名古屋の煮込みうどんも同じ系統のねっちりしたうどんで、知らない人は生煮えに感じるらしいが、私は好みである。

 

 今回はほうとう風にカボチャなども入れて具だくさんにして、醤油と味噌の両方を入れて少し甘みを加えた鍋にした。鍋が美味しい季節になった。酒もつい進んでしまう。飲むとよく眠れる。ただし夜中に目が覚めてしまう。体調は今ひとつだが、気にしてもどうしようもないので、あまり気にしないことにした。冷えるのか、肩の痛みがまた少しぶり返しているのが不快だ。

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 今日午前中は、取り外していたサラウンド用のリアスピーカーを別のものに付け替えてセッティングし直して、それが済んだらこたつをしつらえる。いつもならもっと早くこたつを出すのだが、リアスピーカーのコードを新しいものに付け直す必要があったので、後回しにしていたのだ。

 

 午後には妻の病院に行く。本当は娘と行きたいところだが、あまり行きたくないとのことなので仕方がない。気持ちはよくわかる。

2025年11月19日 (水)

『列島創世記』

 『日本の歴史』(小学館)の第一巻『列島創世記』をようやく読み終えた。日本の旧石器、縄文、弥生、古墳時代を通覧する壮大な列島史を大いに楽しんだ。日本には石器時代はなかった、などと言われた時代もあったが、現在は約四万年前の石器が発見されていて(さらに古いものが発見されたという情報もあるらしい)、の頃には列島に人類がいたことが確認されている。つまりこの本は、その四万年前から巨大古墳が盛んに作られた五世紀までの先史時代についての考古学的な現在の知見を系統立てて語り尽くした本である。著者の松木武彦は人工物や社会をつくったヒトの心に注目する「認知考古学」という手法でその変遷を語る。

 

 そして大きな変化が起こる時にはそこに原因があり、主にそれが気候の変動によるものであることを科学的な調査事実を元に説明していく。そして列島内でも変化は一様ではなく、地区により大きな違いがあることも詳細に論じていて、それらにあげられた遺跡や出土品についての資料を見ていると、実際に現地を訪ねてみたくなる。

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 日本の先史時代についてのイメージは私なりにできたが、まだまだおぼろげのままである。もう少し実物と接して、その時代の前後もきちんと理解していかなければならない。前回の東北地方の縄文旅ではまだまだ雑な見方をしただけであった。来春には弥生時代についての探索旅をしてみたいと思っている。

それにしても

 それにしても中国はどうしてこんな国になってしまったのだろうか。今回の日本に対する上からの高圧的な言動、恫喝は、中国が大国になったことに依るおごりとしか思えない。自国を外側から眺めるという視点を持てない国は自浄作用が働かない。国の内外に対して見せる強圧的、高圧的な姿勢は、見かけ上相手を屈服させられることもあるかもしれないが、それに対する反発の蓄積を生むだけであろう。愚かなことである。

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 日本の新聞は、高市答弁を日本の立場から報道するのではなく、ことさら高市政権が右翼的で好戦的であり、軍国化の兆しでもあるかのように報道したのだろうか(新聞を詳しく見ていないのでわからない)。少なくとも中国はそのように受け取っているようだ。それは日本の報道を利用して意図的にそのように曲解しているというところもあるようだが、教科書問題をはじめとして政権批判こそが正義であるという新聞の姿勢が、中国や韓国との関係をこじれさせてきたことを連想させる。新聞は反戦を標榜して見せているが、そもそも戦争を賛美し戦争へ導いた責任の一端は新聞にある。その反省だか事実の糊塗だかのために、ことさらに必要な安全保障に対してまでも過剰な批判を浴びせている。

 

 今軍国化をどんどん推し進め、周囲を不安にしているのは中国であって、だからこその防衛であり、万一の時にどうするのかという話のはずだったのに、立憲民主党は中国抜きの論理で日本の防衛を批判否定するような質問を重ねて高市答弁を引き出した。中国にとっては自分の軍備増強の口実をもらったようなものであり、恫喝の理由を提供してもらったようなものである。

 

 せっかくなんとか融和しかけた中国との関係を、壊すような事態になった責任を高市首相だけに押しつけようと新聞や野党が騒いでいても、いまは若い人や物事をきちんと認識している人たちは、日本内部の反日的言辞をして騒ぎ、「ご注進」と隣国に対して手柄顔にする者たちの手口は、過去の経験からお見通しで、だからこそ立憲民主党への激しい非難が殺到しているのだろう。

 

 私の楽観的な見通しは、この事態をあまり中国国内であおりすぎると、そもそも習近平政権に対する不満が蓄積している国内が、違う方向へ暴発しかねないと思われ、以前のようなエスカレートは起きないだろうというものである。しかしそれは国民の不満をそらすための軍事的暴発の引き金にもなりかねないという危うい面をはらんでいて、予断を許すものではないけれど。習近平は経済的損得、国益、というものを低く見る恐ろしい人物らしいのが不気味である。だからトランプは習近平に歯が立たないのだろう。

2025年11月18日 (火)

そうだ、京都行こう

 立憲民主党のなんとか言う議員が、高市首相に台湾有事についての発言撤回を求めたそうである。その答弁を引き出すような、執拗な質問を繰り返した岡田議員は、首相がそんな答弁をするとは思わなかったとわざわざ表明したらしい。私はその国会での質疑を見ていたし聞いている。あの答弁を引き出すまで、ほとんど誘導的な質問を繰り返したのは岡田議員である。

 

 結果に驚いてびくついているのは立憲民主党らしく私には見える。それだけ批判が殺到しているのであろう。本当のところは高市首相も困っているだろうが、ここで発言を撤回したら指示は急低落する。本人の性格もあるから撤回などしないだろう。

 

 ということは、中国人の日本への旅行はもう少ししたら激減するに違いない。中国人の来訪を当てにしていた観光業界には申し訳ないが、オーバーツーリズムも一息つけるのではないか。久しぶりに京都へ行きたいと思っていたところである。中国人が少ない、またはいない京都をゆっくり歩けるのではないかと期待している。

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不調

 一昨日あたりより、いささか不調。発熱なし。食欲はあるが体が重く、やたらに眠い。何もする気がしないし、本も読めない。おかしな夢を見たり、思い出したくないことばかりを思い出したりする。精神的なものか。しばらく様子を見るつもり。

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2025年11月17日 (月)

雑感

 中国が高市首相の台湾に関する国会答弁を問題視して激怒して見せている。経済的に好調とは言えない中国にとって、日本との関係を破綻などさせたくないのが本音のはずで、だがしかし中国の言う核心的な部分に触れてしまったから怒らないわけにはいかない。中国の総領事が北朝鮮レベルかそれ以下の暴言を吐いて見せたのも上からの指示によるものであろうが、それにしてもおもねるためとはいえあのような言葉遣いをしては、もともとあまり高くない国の品位を最低にまでおとしめてしまったから、それは手柄とはならないのではないか。あとで日中が融和するのは経済的必然だから、そのときにはあの総領事の独走として処分されることになるだろう。

 

 立憲民主党は今回のことを手柄だと勘違いして中国に鼻高々で対するつもりかもしれないが、中国だって日本の本音ぐらいわかっていないはずはないのであって、ただそれを口にされればメンツが立たないから怒ってみせるのである。本音を言わせないことに腐心してきたのに、その本音を引き出した立憲民主党を評価するだろうか。不愉快に思っていると私は思う。

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 その立憲民主党が新人議員候補を二百人ほど擁立するために活動を始めたそうだ。そもそもいま立憲民主党の若手は何をしているのか。何を国民に語りかけているのか。マスコミがあえて取り上げないから全く知らない。そもそもテレビで見る限り「むかし」の人ばかりが党の顔として画面に映っていることは昨日書いたとおりだ。新人擁立よりも、今の中堅若手を育成して現場に立たせ、鍛え上げることが先決ではないのか。

 

 昨晩頼んでいた掃除機が配達されてきた。さっそく梱包を解き、スタンドを立てて充電した。今朝その掃除機で掃除をしてみたら、軽いし、コードは邪魔にならないし、本体がずるずるとついてくることもないしで、たいへん楽である。これなら毎日掃除をする気になる、などというと、そもそも毎日掃除をしていなかったのかとあきれられそうだが、そうなのである。

2025年11月16日 (日)

くじ、クイズ、スタンプ、ポイント

 ちりも積もれば山であるから、ポイントをためるために気がついたらくじやクイズをする。くじは当たりか外れだから手間はない。ただし連続して外れが続くといささか腹が立ち、しばらくやめたりする。クイズは自分の知識を試すのが嫌いではないからけっこうマメにやる。しかし知っていて当然のことを答える時は張り合いがない。そしてもちろん知らなければ答えようがない。答えが合っていてうれしいのは、答えは知らないけれど正しく推定することで正解にたどり着けた時だ。

 

 ニフティのクイズは馬鹿にしているのかと思うような問題があるかと思えば、トリビア過ぎてそんなもの誰も答えようがないだろう、という問題があったりして出題者ももう少しいい問題を出してくれ、と思うことが多い。分野で言えば、ゲームやアニメ、最近の音楽、スポーツに関するものはほとんどこちらに知識がないので、たいてい勘で答えるしかない。調子が好ければあたるし、普通はあたらない。一問正解でスタンプ一個、スタンプが十二貯まるとワンポイントである。けっこうたいへんだ。歴史や地理や科学の問題と称しながら、そんなもの歴史や地理や科学の問題ではないよ、という問題も多い。適当にどこかから引っ張り出して問題を作成しているのが見え見えである。

 

 問題ごとに何らかのCMに接する必要があるのがわずらわしいが、我慢の限度内にある。それよりもルーレットを回すとスタンプがもらえる、というのを最近試してみたら、一日六回ルーレットが回せて、運がいいとスタンプが一個もらえる。このところで五十回あまり回してスタンプを一個だけもらった。回すたびにCMを見る必要がある。考えてみたらそのスタンプが十二個で一ポイント、つまり、五十回で一回のスタンプゲットなら、ルーレット一回につき六百分の一ポイントもらったということだ。あまりの馬鹿馬鹿しさに二度とやらないことにした。もしかしたら何か押すべきスイッチを押していないから外れしか出ないのかなあ。

 ニフティも経営が大変なのだろう。

増やしてどうする

 今週は寒気が南下して一段と寒くなるらしい。北海道だけでなく、東北の平地も雪が積もるところがありそうだ。奥飛騨あたりでも雪の便りが聞こえるかもしれない。

 

 夏はひさしに遮られていた日差しもこのごろはだいぶ室内まで差し込むようになり、窓さえ閉めておけばけっこう昼間は暖かい。日の当たるあたりに足を伸ばして寝転がり、本を読んでいるといい気持ちだ。

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 ものを少しずつ減らそうと思いながら、いろいろなものを、特に本を思いつくままに買い込むので、ものが増えている。増やしてどうする、と思う。以前、二冊読了したら一冊新しく本を買っても良い、という決まりを自分に課していたけれど、それを三冊読んだら、と条件を強化して新たに決め直そうと思う。同時に、これから十年で読み直す可能性のなさそうな文庫本を処分しようと思う。かなりのものは処分済みだが、まだまだ押し入れの中などに残っている。あとで「しまった」と思う本があることもあるが、どうしても必要ならまた古本で取り寄せればいい。

 

 とにかく捨てるべきものは捨てないと、ものは減らない。減らすこと、捨てることに快感を感じられる人もいるらしい。そういう風に少しでもならないと、残された方が迷惑するだろうと思う。捨てるものは山ほどある。とっておく必要がそもそもなかったものがたくさんあるなあと思う。

してやったり、と思っているのだろうか

 政治評論家の御厨貴氏が、立憲民主党を代表する面々がいつまでたっても昔見た顔ぶれのままであることを指摘していた。一時期泉氏などが代表になって、若手の顔もずいぶんいろいろ拝見したが、気がついたら確かに若手はみな後陣に下がって見えなくなっている。それが問題なのだ、と御厨氏は言った。そういえば共産党も社民党もみな古い顔ぶればかりである。

 

 中国が高市政権に圧力をかけてきた。台湾に対する発言が中国の意に沿わないということでお怒りのようだ。高市首相は一度言ってしまったことを引っ込めるタイプではないから、強気の姿勢は変えないだろう。この台湾に関する発言を引き出したのは立憲民主党の岡田氏である。この人も古い人だ。たまたま国会でその質問をしているところを見た。とにかくしつこく繰り返し繰り返し質問を重ねて、高市首相の失言を引き出そうとしているように見えた。その挙げ句の果てのあの答弁である。私は曖昧なのも嫌いだが、しつこいのはもっと嫌いである。見ていて不快だった。

 

 今回の問題はしつこく無理矢理この答弁を引き出した岡田氏が悪いのだという非難がSNSなどで殺到しているという。それに対しての反論も多数あって、いろいろ賑やからしいが、この中国の強圧的態度による事態を、岡田氏は、そして立憲民主党は、してやったり、と思っているのだろうか。そうして、相手の失点を引き出せた、自らは点数を稼いだと喜んでいるのだろうか。本音はわかっていても、国益を考えたら曖昧にしておいた方がいいこともある。それを承知しながらのあのしつこい質問だったのなら、日本の国のことなど彼らは少しも考えていない、ということなのだろう。だから非難されるのだと思う。どちらにしても悪いのは高市首相であり、自民党で、岡田氏たちは、自分たちは何も悪くないと確信しているのだろう。支持が離れるのは当然か。

2025年11月15日 (土)

思い切って

 古い掃除機を使っている。重いし、コードが邪魔で、もともと嫌いな掃除がさらに嫌いになっている。息子が来た時に、掃除機を買い換えたら快適だと言っていた。それが耳に残っていて、いつか買い換えたいと思っていたが、使えるものを買い換えるというのがなかなかできないで迷っていた。

 

 しかし今買い換えれば、あとの残りの人生でもう買い換えることもないだろうと思う。どんどん蓄えは減少するが、買えないことはない。そんなに大きくてパワフルなものが必要なわけではない。手頃なものをいろいろ物色していたら、どうしても欲しくなった。

 

 思い切って買うことにした。

  あとは炊飯器である。どうもご飯がいまいち美味しくない。せっかく高い新米を買っても、新米のうまさを実感できないのはいかにも残念だ。ご飯がうまければ、おかずは贅沢をしなくても済む。こちらはまだ考慮中であるが、多分近々買うだろう。

『トイレット』

 荻上直子監督の2010年の映画『トイレット』を見た。以前から見よう見ようと思いながら見そびれていた映画で、期待通りたいへんけっこうな映画であった。けっこう、というのはただおもしろいだけではなく、すべてのことをいちいち説明も理屈づけもせずに、ああ、こういうこともあるのだろうなと思わせ、そして自分なりのさまざまな解釈をする余地のある映画だということである。つまらない映画ほど登場人物に台詞としてだらだらと説明をさせたりする。

 

 アメリカのある街が舞台で、メインの登場人物のうち日本人として登場するのはもたいまさこが演じるばーちゃんだけである。兄弟三人の母が亡くなる。その母が連れてきて同居していたのがばーちゃんで、彼らはばーちゃんを祖母だと思いながらも、その真実は生前の母から知らされていないのでわからない。

 

 その兄弟にさまざまなことが起こる。ばーちゃんは英語がわからないのか、何を語りかけても無表情で、何を考えているのかもわからずに返事もない。しかしそのばーちゃんの存在が兄弟に影響を及ぼし始める。兄弟はさまざまにばーちゃんから見えたり見えなかったりすることで恩恵を受けていく。そして次第に彼ら自身が変わっていく。

 

 終始無言のばーちゃんが唯一大きな声を発する場面があって、それが感動を呼ぶ。絶妙である。兄弟を演じる俳優が素晴らしい。そしてその素晴らしさ、きらめきは、もたいまさこの存在があってこそであり、見た後にいい映画を見たと思わせてくれる。

定住と文化

 縄文時代が移動しながらの採集狩猟生活だった、というのは必ずしも正しくないようだ。主に関東以北での縄文遺跡が発掘調査されるとともに、大型の環状集落のあったことが明らかになった。石器時代はともかく、縄文時代に入るころ、寒冷だった気候は温暖化が進み、次第に食料の調達が容易になり、しかも実のなる植物の栽培も始まったらしい痕跡も発見されている。三内丸山遺跡のあの大型の木造構築物は、栗の巨木からできていて、採集用に栗が植えられていたこともわかってきた。そうして豊かな食糧を貯蔵することも貯蔵技術の発展によって可能になった。定住と貯蔵は互いに原因であり、結果であろう。

 そして定住することによって、実用だけではない縄文文化のようなものが生じていった。縄文土器の装飾がどんどんエスカレートしていったことは火炎土器をはじめとしてよく知られていることである。文化とは何か。集団で定住し、集団内部だけではなく別の集落との交流も盛んになるにつれて必要になったのは社会的メーセージの交換である。集団の個性の表現こそがコミュニケーションの手段であっただろう。石器や土器に実用を超えた装飾と加工が施されるようになり、さらに土偶や装飾品も作られるようになった。

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 土偶を祭祀のためのものである、などというのは、実用ばかりに合理性を求める現代の考え方からの見方で、明確な目的がないものにこそ文化の原点があるのではないか。私はそういうことをよく自覚せずに、ただ土偶を見るのがおもしろくて楽しくて仕方がないので、先般の東北での古代探索の旅では土偶を特に興味深く見て歩いた。それが『日本の歴史 列島創世記』を読んでいたら、上記のようなことが書かれていて、どうして自分が土偶に惹かれたのかがわかったような気がした。

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 この本で知ったが、日本の国の西部では大きな環状集落というのはほとんどなかったらしい。定住がそこまで進まなかったのではないかという。温暖ではあるが、西部地区に広がっていた照葉樹林帯は案外森林が深くて豊かな貯蔵を生むほどの採集が困難だったのではないかという。その地域の考古学的発掘が先行したから、縄文時代が移動しながらの採集狩猟生活だったと推定することになったのだろう。

2025年11月14日 (金)

嫌いでも

 嫌いだからといって、自分と意見を異にする人の言うことを全く聞かないのもどうかと思い、野田立憲民主党党首の話を我慢して聴いてみたが、石破元首相(引き合いに出して申し訳ないが)の話と似ていて、言っていることは誠にごもっともで間違っていないのだが、その言葉に空論を感じてしまい、時間の無駄に思えて早々に聴くのをやめてしまった。嫌いだからそうなのか、そんな風に感じるから嫌いなのか。むなしく聞こえるのは、国民の代わりにものをいっているようでありながら、結局党利党略の匂いを感じさせるからだろう。批判のための材料に国民を引き合いにしているように思えてしまうのだ。

 

 その立憲民主党の杉尾参院議員が、小野田大臣や高市首相の過去の言動を持ち出して国会で批判をしたら、SNSで猛烈な攻撃を受けているらしい。大量の迷惑メールも殺到しているそうだ。迷惑メールにうんざりしている当方としては同情しないではないが、そのことについての彼の言葉の最後に、「以前はなかったことで、なぜ政権が変わるとこのようなことが起こるのでしょうか?」とあったことが火に油を注いでいるようだ。まさか高市政権がこのような迷惑メール攻撃している、といったわけではないだろうが、迷惑メールを政権批判に結びつけるというその言葉には、高市首相の支持者でなくとも不快に感じるだろう。これが今の立憲民主党のていたらくだ、といったら言い過ぎか。

 

 暇に任せて国会の質疑を見たりすると、ようやくデフレから脱却しつつある日本をどうしていくのが良いのか、そのことを論じている一部野党と、過去の言動や言葉尻を捉えて批判のための批判、つまりおまえが悪いから私は正しい、ということに終始する野党とに分かれているようだ。それを見ていれば怒りの攻撃をする人間もたくさん出現するのは成り行きかもしれない。もちろん無意味な攻撃、迷惑メールを送るのは「おまえは間違っている、自分は正しい」という輩で、同じ穴の狢と言えないことはないが、今まで政治に無関心だった多くの人が関心を持ち出したらしいということでもある。だから「高市政権になったらSNSの攻撃や迷惑メールが増えた」というのは事実であろう。とはいえそのことをもって高市政権が悪で立憲民主党が善であるという論理はいかがかと思う。

まず思い出すのは

  安倍首相暗殺事件は衝撃だった。犯人の動機に汲むべき要件があるということと、この犯人が起こした事態とを混同するようなことがあってはならないと私は思っている。この暗殺は憎むべき凶悪な犯罪であることは間違いないのだから。

 

 しかし世の中にはこのようなものの考え方をする人間が少なからずいる。そういう人間をすべてどうにかするなどということは不可能なことである。それならどうするのか。そういう事態が起きないように、徹底した防御をするしかないのであり、それを完璧にしたつもりでもこういう事件が起きてしまうのが哀しい現実である。

 

 それを前提にしてまず思い出すのは、事件のその日の晩の、奈良県警の記者会見の様子である。記者からこの事件についてさまざまな質問があった時の一人の警察幹部のにらみつけるような目つきが忘れられない。そしてその語る言葉は、悪いのは犯人であって、県警ではないというようなものであった。それはもちろん誰にでもわかっていることである。しかしそういう犯人が事件を起こさないための警備であったのに、事件が起きたのであればその責任をマスコミが問うのは当然であって、それに対して警備が不十分であったと頭を下げるのが順当であると思うが、彼はただ奈良県警を擁護するような言葉を発し、文句があるなら許さぬぞ、という目つきで周りをねめつけていた。

 

 警察組織がしばしば組織擁護に走ることは、ドラマだけの話かと思ったら、そうではないのだということをこの男は全身とその目つきで表していた。この感覚では防備が不備であったと反省することはできないだろうな、また起こるだろうな、と感じさせた。

 

 今犯人の公判が始まって、まず思い出したのがこの記者会見だった。

歴史について

 歴史を、ただの物語ではなく、過去の人びとの歩みから現代を見据え、未来を客観的に展望するための人文科学とする試みは、もちろんこれまでにもなされてきた。カール・マルクスやフリードリッヒ・エンゲルスが十九世紀に打ち立てた史的唯物論は、その最大の試みである。それは、世界各地で社会主義国家体制を生み出し、日本においては戦後歴史学の理論的支柱の一つとなるほどの大きな影響力を持った。しかし、それを支えるべき人間自体の科学的探求・・・ヒューマン・サイエンス・・・がその後に長足の進歩を遂げたのにもかかわらず、史的唯物論はその成果を取り入れて止揚化されることなく教条化し、科学としての力を弱めてしまった。ヒトが、感情と欲望に左右され、神や迷信からなかなか逃れられない存在である事実を軽んじたことが、史的唯物論によって立つ社会体制が不成功に終わった一因ではないだろうか。

 

 これはいま読んでいる日本歴史の先史時代について論じられた本(『日本の歴史 列島創世記』)の前書きの部分に書かれていることである。歴史が、生きた人間によって営まれてきた過去の記憶の総括であり、それが事実の再現だけでは語れないことを示している。過去に生きていた人びとの思いを汲むことなしに歴史は語れない。

 

 感情・欲望・神・迷信などを含む人の心の現象を科学的に分析・説明できるようになってきたのは、二十世紀の後半以降のことである。それを出発点として、数百万年もの進化が作ったヒトの心の普遍的特質の理解を元にヒトの行動を説明しようとする「心の科学」(認知科学)が生み出された。心の科学は、自然科学と連携して人間の本質を追究する新しいヒューマン・サイエンスの中心をなす方法として、人類学・経済学・歴史学などに新たな潮流をもたらしている。考古学の分野でも、人工物や行動や社会の本質を心の科学によって見極め、その変化のメカニズムを分析する認知考古学の発展が目覚ましい。この本では、認知考古学の成果を取り入れ、そうした方法論を一貫した軸として、新しいヒューマン・サイエンスの一翼を担うべき人類史と列島史の叙述をめざす。

 

 科学はさまざまな分野においてどんどん深化し分化し、互いの関連性が見失われてきた。しかし実はそれぞれの関連性、関係性こそが重要なことなのだといま、志のある人には見直され始めている。そういう視点の高い人が書いた本を読まずにいられようか。

2025年11月13日 (木)

オープンマインド

 小泉八雲が厳格な一神教を信じる大叔母に育てられたことでそれに反発し、日本のオープンマインドな多神教的世界に安らぎを見いだしたことはよく知られている。あるものが絶対的に正しい、という考え方をすると、それと違うものはすべて間違いであるとか悪であると考えるようになる。世界が分断されている根底にそのような考え方があるように思う。だから多様化を受け入れよう、などと言葉で言いながら、その差ばかりを言い立ててちっともオープンマインドな世界にならない。

 

 日本的な汎神論的感性、例えば山や森や木や石やさまざまなものに魂が宿っていると考える自然に対する受け取り方が、あたかも原始的なアニミズム、遅れた迷信世界のようにいうのが進歩的だと私は思わない。心を開けばなにものかを感じることができるというのは素晴らしいことだと思っている。それが日本人の優しさ、懐の深さではないか。小泉八雲はそれを感じたのだろう。

批判の軽さ

 高市首相が午前三時に公邸に入ったことを、一部で「午前3時のヒロイン」などと呼んでいるそうだ。これを問題視して国会で質問した議員がいたことで世間一般に知られることになった事実であるが、こんな質問をしている議員にはそれなりの質問の意図があるのだろうが、そもそも毎日毎日午前三時に公邸入りしているわけでもなく、そのときは時間的な余裕のない理由があってのことであることは、すでに明らかである。そのたまたまの事例を元に批判するということの無意味さにげんなりする。その根底に、いざというときは無理をする、という当たり前のことすら揶揄するという批判の軽さ、そして同時に日本人の怠惰への傾斜を感じてしまうのは考えすぎか。

 

 クマの被害が止まらない。その二次被害として、動物愛護の立場からの駆除批判があるのがいかにも愚かに感じられる。「クマとの共生共存」という麗しい言葉に、クマと一緒に暮らせる世界を夢見ているなら、そんなことは現実にはあり得ない。クマもそんなことはこれっぽっちも考えていないし望んでもいないはずだ。クマはクマで生き延びること、種族繁栄を本能的に望んでいて、そのためのテリトリーというものを確保しようとしているのだと思う。人間のテリトリーを認めることは彼ら(クマ)には承服しかねることである。だから互いのテリトリーの境界が生ずるし、そのせめぎ合いが生ずるのは仕方のないことである。そもそも人間がクマのテリトリーを侵したのが悪いのだ、というのが動物愛護の人たちの言い分だろうが、それはクマの言い分の代弁でしかない。人間であれば人間の論理で考えるのが人間だろう。クマは人間の論理で考えることができない。

 

 クマのそもそものテリトリーで人間が襲われるのは人間の不注意ないし不用意である。そこではクマの論理を尊重する必要がある。今回問題になっているのは、人間が自らのテリトリーだと思っている人間の居住区域が、クマにとってのテリトリーであるとクマに認識されてしまったことで、その境界領域が侵されたのであり、それを押し戻さなければこのようなクマの被害はどんどんエスカレートしていくだろう。たまたまきっかけが餌不足であっても、テリトリー認識が変わってしまったクマは、もし山や森で餌が豊作であっても、もう人里から撤退することはないと思う。それなら再び元のように人間を恐れるように認識を変えさせ、境界を押し戻すしかこの事態の解決はあり得ないのであって、そのためには人間の通常の居住空間に出没するクマは駆除するしかないと思うのがまともな人間だ。それが人間が生き延び、繁栄した歴史そのものだった。クマ駆除を批判する人は、クマに人間のテリトリーを明け渡そうとでもいうのだろうか。批判するのは、クマを絶滅せんばかりの過剰な駆除に走り出した時だけにしてくれ。このまま事態を放置すればそうなりかねないではないか。

自己流、酒の肴

 昨日は、娘が私の様子を見に来てくれた。クールな娘ではあるが、やはり父親を心配してくれているのだと思うとうれしい。手土産をいろいろと持参してくれた。亭主とそれなりにいろいろ車で出かけて楽しんでいるようだ。何よりである。こちらも元気になっていろいろ出かけたこと、その写真、そこから感じたこと考えたこと、秋田で友達に会ってうれしかったこと、最近読んだ本のことなど、語りたいことをいろいろ話した(何しろ娘は私のブログなど読まないのである)。そうしてから娘の近況を聞く。私は自分のしゃべりたいことが済んでから相手の話を聴く。どうも悪い性格だが、娘はもうそんなものだと思ってくれているから元気な様子に安心したという様子を見せてくれて、大人になったなあとこちらを感激させてくれる。

 

 晩飯の支度があるからと、「また来る」と言い残して夕方二人で帰って行った。

 

 気持ちがいいので酒を楽しむことにする。昨晩の酒の肴は、カイワレを抜かずに葉の茂るままにした十数株を各鉢一つか二つだけ残してすべて引き抜いたものを料理する。残したものはそのまま大根にして、それも抜かずに花を咲かせ、種を取るつもりである。抜いたものはほとんど大根の子供であり、葉は一人前に大きくなっている。ほうれん草の一把よりずっとたくさんあるそれらをよく洗い、ざく切りする。フライパンに油をしいて、茎から順番に強火で炒めていく。途中で適当に塩を振る。父から教えられた大根の葉の食べ方で、父はこれだけで食べた。それだけでも美味しいが、ここにだし醤油を少しくわえ、味が濃いので少しだけ水を加えて蓋をして蒸らす。あれだけ多かった葉が皿に収まるほどになる。ここにゆず胡椒を加えてかき混ぜて味を調えてできあがり。

 

 もう一つ、鶏皮を軽くゆでて冷蔵していたものを細かく切って七味を振り、ポン酢をかけてそれだけで一品である。本当はワケギかなんかをたっぷり散らしたいところだが残念ながらないのでそれだけ。それだけだがとてもうまい。秋田のブログ友からいただいた美酒爛漫を軽く燗して、できたつまみを味わう。取り立ての大根の葉の、その多少クセのある味が絶品である。いくらでも酒が飲める。

 

 大根の葉は少し残して明日も食べる。塩とだし醤油に大根の葉から出た水分が出て美味しそうである。それに鶏皮のほうのポン酢と七味の汁を加えて、さらに顆粒のだしを少しくわえ、冷凍うどんをゆでたものをその汁に混ぜて仕上げに食べる。絶品である。残った汁にさらに熱湯を加えて少し薄味にして楽しむ。全く何も残らない。洗い物も楽だし満足満足。

2025年11月12日 (水)

大げさだが

 新しいことを知るのはうれしいし楽しい。そのことを受験勉強のあたりから見失っていて、大学に入ってから少しずつ取り戻していたつもりだったが、後期高齢者になった今頃になって、本当にその楽しさを思い出した。もっと早く気がついていたら良かったのに・・・。こどものときから本を読むことが好きで、活字を見ていれば心が安らぐ。読んでおもしろいことを求めていたからミステリーや時代小説、SFなどを主に読んで楽しんでいたが、五十歳を過ぎたあたりから、小説が以前ほど夢中で読めなくなっていった。

 

 代わりに歴史の本や中国関係の本、紀行本、古典、評論、エッセー、明治や戦前の作家の文学作品を読むようになった。読むペースはもちろん娯楽小説を読むようなわけにはいかないが、その代わりに読みながらものを考えることを楽しむようになった。そうして無関係に思っていた物事に関係が読み取れたりするとそのことに感激したりするようになった。今の大きな喜びはその「関係」を見いだすことにあるといってもいい。

 

 今年体調を崩したあたりから引きこもり状態になり、そのときに高校講座や放送大学を視聴してにわか勉強を始めた。番組から得られた情報の、ほんの一部しか受け取れていないのはザル頭としては仕方のないことだが、新しいことを知ることの楽しさうれしさよりも、無関係だと思っていたさまざまなことに、実は深い関係がある、とごくたまに気がつくようになったことが何よりうれしく楽しい。思わず声が出るほど感激する。当たり前のことでも、自分の力でそれに気がつくというのはうれしいものだ。

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 今回、東北へ日本の古代を訪ねて歩く旅をしたのは、そういうお勉強で知ったことを自分の目で見て、知識ではなく自分の体験として頭に取り込みたいと思ったからだ。気がついたら衰えていた心も体もしゃっきりと前向きになっていた。好奇心と知識欲が自分をよみがえらせてくれた。今、いろいろ本を読みながらその関連がどんどん頭に浮かんでいるところである。そのことをちゃんと咀嚼できたら自分の言葉で語れるようになるかもしれない。大げさではなく、学ぶことはとても楽しい。苦手なものもあるけれど、テストがあるわけではないから好きなものだけ楽しめばいい。なんとありがたいことか。

2025年11月11日 (火)

食いつなぐ

 マンションにほとんど隣接して大きなスーパーがあり、たいていの買い物はそこで用が足りてしまうので重宝している。そのスーパーが改装中で、外装工事が済んだら今度は食料品売り場が改装するために月末の28日まで休業となっている。買いだめできるものはそろえたつもりだが、野菜や肉や魚のようなものはそんなに買いだめできるものではない。少しずつ足りないものが生じ始めているが、再開までまだ半月以上ある。

 

 市役所の近く、歩いて15分ほどのところにスーパーがあるが、そこまで買い出しに行くかどうか迷っている。まだまだレトルトや缶詰、麺類などがあるからそれで食いつなぐことはできる。それらを使ってどんな献立が可能か書き出してみたら、そこそこの日数が稼げることがわかった。緊急時の練習のために、頑張れるだけ頑張ってみようかと思っている。とはいえ野菜と鶏肉だけでも買いに行こうか。何しろ酒の肴はそういう保存したものというわけにはいかないのだ。マンションの人はみんなどうしているのだろう。

 

 そういえばマンションの役員はほぼ強制的に回り持ちになることが決まった、と回覧板で知らせてきた。なり手がなくて困っているのである。私の属する組が回り持ちになるのはあと四年後ぐらいのはずである。そのときに組長を引き受けていると役員にならなければならない。本音を言えばまだまだ自由に走り回っていたいので、勘弁してもらいたいところだ。80歳以上になると拒否することが許されることになっている。五年後ならセーフである。ギリギリというところか。そのとき元気でいるかどうかもわからないから、今からそのときのことを考えても仕方がないのだけれど。

仲代達矢の訃報を知る

 仲代達矢が92歳で亡くなったことを知った。いつまでもあのよく通る声で、元気な様子を見せてくれていたので、まだまだ長生きするのではないかと思っていたが、さすがにお迎えが来てしまったようだ。

 

 私が彼の出演作で強く印象に残っている映画作品は普通の人とは違うかもしれない。私が日本の時代劇の最高傑作と思っている『御用金』と、松竹が初めて制作したと記憶している任侠映画『出所祝い』の二作品である。『出所祝い』では、江波杏子も素晴らしかった。ほかにあげていけばきりがないが、『切腹』を推したい。晩年の作品、『春との旅』も忘れがたい。

 

 コレクションにしてある作品もいくつかあるので、ゆっくり見て冥福を祈りたいと思う。

御母衣湖の紅葉

御母衣湖(みぼろこ)は御母衣ダムのダム湖である。金沢に単身赴任時代はこのダム湖の縁を走る道路を毎週のように通った。まだ東海北陸道は全通していなかったからだ。元々はダムを造るために作られた道路だから、そこにいくつもあるトンネルは狭くて、トラックどおしはすれ違うことができない。前方からトラックが来ると、こちらは普通車であっても怖い道である。それなのにここはトラックがよく通る道なのである。

紅葉の時期にここを通るのは久しぶりであったが、見事な紅葉を見ることができた。

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紅葉を堪能した。

2025年11月10日 (月)

『室町無頼』

 15世紀半ば過ぎ、日本は室町時代、足利義政の室町幕府は民の実情を全く無視した苛烈な政策で、京の都は疫病の蔓延、夜盗の横行などにより、餓死者が路上に累々と転がっているという悲惨な状況だった(という物語の設定)。個別の一揆はその都度潰されていたが、それを糾合して大きなうねりになっていったというのがこの物語である。

 

 主演の大泉洋が楽しそうにその一揆を成功させる首謀者で凄腕の武芸者を演じている。それがそれらしく演じられるたのは、周りがそれを支えているからであろう。共演は堤真一、柄本明、松本若葉、長尾謙杜、北村一輝、中村蒼など。私は初めて見たけれど、長尾謙杜が猛烈な戦闘シーンをみごとにこなしていたのが印象に残った。

 

 一揆の規模の大きさが良く表現されていた。たいてい話ばかり大きいのに映像ではそれほどでもないのを見せられることが多いが、今はCGもよくできているから迫力満点だった。民衆の悲惨さを繰り返し繰り返し見せられたのは物語の流れとしてよくわかるのだが、その事態を生み出した為政者側の足利義政(中村蒼)や名前は忘れたが北村一輝などの存在感が希薄で、それに対する憎しみがぼやけてしまい、映画の厚みを持たせることができていないのが残念だ。原作ではこの時代が借金経済というシステムの常態化で、それによる収奪が民衆を二重三重に苦しめたことが背景にあることを描いているらしい。だからこの映画でも、証文を焼き捨てるということが最終目的とされている。そのことが私の理解力がないせいもあるのだろうが、映画からはあまり強く認識できなかった。

2025年11月 9日 (日)

とてもいい状態

 取り寄せた『日本の歴史』(小学館)の全集が配本された。少々難あり、と注釈がついていたのに、案に相違してとてもいい状態だった。一部ラインが引かれているところもないではないが、第一巻と別巻以外はスピン(しおり代わりに使う本の紐)は抜かれもせずに元のままで、読めば読み癖で多少は巻がよじれるものだが、そういう様子はない。つまり開きもしなかった巻がほとんど、つまり新刊のようなのである。今回は大当たりだった。

 

 第一巻は先史時代、つまり新石器時代から五世紀までの、日本にはまだ文字の記録が残されていない時代である。しかもこの巻を執筆しているのは考古学者の松木武彦氏。テレビの歴史番組などで何度か拝見したことがある。この時代の発掘品の調査研究を好奇心の塊の子供のように熱く語る姿がとても好もしく見えていたから、覚えている。この本の出だしにも、執筆についての彼の熱い思いと真摯な姿勢が感じられて、さあ読むぞ、という気にさせてくれた。

 

 この状態なら本棚に並べておいても見栄えがするし、調べたい時にすぐに取り出せる。しかし通常の単行本よりも一回り大きくて重い。これでは旅に持ち歩くのは向いていないのが残念だ。家で読むしかない。

『ビーキーパー』

 『トランスポーター』でのジェイソン・ステイサムとの出会いは強烈だった。その渋い声と切れ味の良いアクションに引き込まれた。どんなカルト映画でも、彼が出ればおもしろい映画になってしまう。しかしこの『ビーキーパー』(2024年アメリカ・イギリス)は久しぶりに『トランスポーター』を見た時の興奮を思い出させてくれた映画だった。

 

 ビーキーパーとは養蜂家という意味で、この映画では文字通りの意味と、国家を蜂の群れと見なしてそれを守る役割を密かに守る者、という意味の闇の存在も意味している。そういう役割をこなしていて、今は引退して養蜂家としてひっそりと生きていた男が、恩人を死に追い込んだ巨大詐欺組織に単身で挑み、超人的な戦いをしていくという痛快な物語だ。恩人とは、元教育者で彼を温かく迎え入れてくれた女性であり、善意の人だった。その彼女がネットの詐欺(もうけようとしたのではなく、フリーズしたパソコンを復旧するための行動が悲劇をもたらした)によってすべてを失う。自らの財産だけではなく、彼女が管理していた団体の巨額の資産も失ってしまい、絶望の果てに自殺してしまうのだ。

 

 ビーキーパーの行動は過激である。社会の規範は全く無視していく。彼は常人ではなくて超人なのである。そして巨悪の背後をたどる時、そこに見えてきたのはとんでもない超大物だった。悪い子孫を残しそうな存在と化した時、ビーキーパーは女王蜂すら排除することがある。不可能としか思えない不可侵の相手に挑むビーキーパーの戦いの結末やいかに。恩人の娘がFBIの捜査官で、彼女が狂言回しの役となっているが、どうもあまり必要な役に思えなかった。彼女はFBI捜査官として、正義と法のどちらを優先させるかを問いかける役割を担っている。こういうところがアメリカ映画の嘘くささで、言い訳めいているつまらないところだ。

 ここまで破天荒な展開だと好みが分かれるかもしれないが、私はとても痛快でおもしろかった。それは詐欺、特に最近の理不尽な特殊詐欺、に対しての腹のそこからの怒りの感情があるからだろう。

苦手だからいいものを

 テレビのスポーツ番組が苦手である。何よりやかましい。同じNHKでもニュースのときとスポーツ番組のときでは倍ぐらい音量が違う気がする。アナウンサーの必要以上に甲高い声はわざとらしくて鳥肌が立つ。そのスポーツ番組がやたらに多い土曜と日曜は、ニュース番組があまりないので見るものがない。スポーツ番組以上に苦手なのは、というより嫌いなのはCMで、だから民放は録画してからCM飛ばししないとみる気になれない。すでにCMの、番組に対する浸食は異常である。これをリアルタイムで見ることができるのはかなりの忍耐力の人か、失礼ながら鈍感な人だろう。感性の鋭い若者がテレビ離れするのは当然の成り行きで、お年寄りばかりが忍耐強くテレビを見ているが、それでもさすがに限度を超えているから、未だに見続けているのは私のように少しありがたくなっている老人だけだろう。そもそもCMだけでできている番組を垂れ流している昼間の衛星放送にどんな存在意味があるのだろうか。テレビは淘汰の機会を持たないまま劣化の極地に至っている。

 

 一部の民放には時代錯誤の価値観で正義をうたったつもりの番組を抱えているところもある。それに対する批判を存在意味のように勘違いしているようだが、そろそろ目を覚ましたらどうかと思うが、その気配はない。

 

 どうやらテレビの終焉を、テレビの黎明期から知る我々団塊の世代が見送ることになるようだ。私はだから基本的にテレビを単なるモニターとして利用するようにしつつある。だからこそ、いい映画やドラマや紀行番組を楽しむための、大画面の、いい画質のテレビが必須である。

2025年11月 8日 (土)

『カルキ 2898-AD』

 インド映画は長い。『カルキ 2898-AD』は2024年のインド映画。神話的叙事詩とその6000年後の物語が大スケールで描かれていくSFタッチの映画だ。おもしろいのだが、168分ととにかく長い。それで実はまだ物語は完結せず、続編があるようだ。正直このバイタリティ溢れる映画の世界について行くのはこちらがよほどタフでないとつらい。若い人向きだろう。映画を二本見た気がする。それで終わらないのだからかなわない。

 物語を要約するにはあまりにもいろいろな話がごった煮のように混ぜられていて、私の力に余る。降参。

散歩

 目的があって歩いている時は、思わぬ歩数をいつの間にか歩いているものだが、散歩となると多少は辺りをキョロキョロするものの、それほどめぼしい見ものがあるわけではないから案外すぐにくたびれてしまう。旅の間せっかくそこそこ歩いたのに、また引きこもりで運動不足に戻ってはならじと、昼少し前に散歩に出た。もうあまり汗をかかずに済むのだから、できれば散歩を習慣にしなければとも思う。

 

 朝食を早い時間に摂ったので小腹がすき、つい間食にトーストを一枚食べたら昼前になっても腹が減らない。その腹ごなしもあって、定期検診に行く片道20分の病院まで往復した。同じ道を歩きたくないので行きと帰りは少し違う道を歩く。片道2000歩あまりの道を、いつもなら病院に着けば椅子に座って休息するが、今回は病院には寄らないので一気に往復した。傍から見たらよろよろとおじいさんが徘徊していると思うだろうなあ。

 

 なんだかすべての景色がけだるく感じられたのはなぜなのだろう。昼時だから人にもほとんど会わないし、草木も秋色で生気をあまり感じない。そう感じるのはこちらの気持ちのありように依るのかもしれない。いつもは歩かない病院の本館の南側には金木犀がびっしりと生け垣になっていて、花がたくさんついていたが、途中の家の庭の片隅にあった小ぶりの金木犀が強い芳香を放っていたのに、こちらはさほどでもない。色も少しあせていた。盛りを過ぎてしまったようだ。晩秋ということか。

 

 来週冬用タイヤへの交換を予約してある。これからいつ峠越えの道で雪に出会うかもしれない季節になってきた。タイヤを替えれば安心してどこへも行けると思うから、またふらふらと出かけるかもしれない。今のところどことは決めていないけれど・・・。限られた残り時間を思うとつい焦るのである。

サプリメント

 サプリメントなどというものは気休め、精神的な効果が主であると思っている。それなのに、膝が痛かったり肩が痛かったりすると、その痛みが少しは軽減しないかと願うから、その惹句(宣伝文句)に心が動いてしまい試してみたりする。飲んですぐ効くはずのものでもないが、しばらく続けてもその効果がわからないと試しにやめてみたりする。すると何だが具合が悪くなった気もする。

 

 旅の間は小瓶に詰めて持参し、きちんと服用していたが、旅から帰ってから忙しいので、つい三日ほど飲むのを忘れていた。もちろん糖尿病と泌尿器科の薬は飲むことが習慣になっているので忘れたりしない。気がついたら、たった三日飲まなかっただけなのに膝も肩も痛みがぶり返している。やはり効果はそれなりにあるのだろうか。

 

 考えてみれば気温がかなり低くなってきて、体はそれなりに順応し始めているものの、膝や肩は冷えに弱いのであろう、だから痛むのではないか。そう思いながら今日からまたサプリメントを飲むことにした。気休めという気持ちの問題も大事だ。

2025年11月 7日 (金)

『プロフェッショナル(2023)』

 2023年のアイルランド映画『プロフェッショナル』を見た。映画を見たのは久しぶりだ。主演はリーアム・ニーソンで、彼が出る映画は外れがまずない。2070年代のアイルランドが舞台であり、その当時アイルランドはテロの続発する血なまぐさい時代だった。紛争地ベルファストで爆弾テロを起こした犯人たちが海岸の小さな町(村というべきか)に逃げ込んでくる。そこにはそろそろ引退をしようという暗殺のプロ(リーアム・ニーソン)がいた。

 

 関わりのある少女が犯人の一人に傷害を受けているのを知り、それを止めようとするが、かえって町そのものに危険が及びそうになる。彼は単独で排除しようとするのだが・・・。手段を選ばず狂信的なグループは牙をむく。そして彼の存在は敵に知られ、そのために世話になった人たちまで殺されたりけがを負ったりし始めたことで、必然的に全面的な戦いになっていく。

 

 狂信者は自らが常に正しいと確信していて、その考えは変えようがない。最後の一人が倒され、その死にゆく様を静かに見つめる主人公。彼は自らの正体が友人たちに知られたことを知り、静かに去って行く。

 

 ストーリーはもちろん全然違うけれど、『シェーン』のラストシーンに似ていないことはない。

取り寄せ

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 少し前のブログに書いたとおり、ヘミングウエイの短編集が読みたくなって、調べたら新潮文庫で『ヘミングウエイ全短編集(1~3)』があることを知り、さっそくアマゾンで取り寄せた。それが昨日配達されたので読み始めたところだ。私が思っていたヘミングウエイと違うようでまた同じようであるヘミングウエイの作品は、最初の短編集『我らの時代』の中の数編を読んだだけながら、すこぶる読みやすい。読みやすいというのは書いてあることがこちらにすいすいと入ってくる、その感覚が理解できる、ということで、肌合いが合うということである。読み比べたというほどの読み込みをしているわけではないが、同じアメリカの作家のアンブローズ・ビアスの短編を読んでいるような気がした。

 

 アンブローズ・ビアスの短編全集・全五冊をそろえて持っていたのにどこかに失って久しい。今まで本を何冊も失って悔しい思いをしたが、一番悔しい。『アウルクリーク橋の一事件』など、その文章から想像した映像が今でも脳裏に浮かぶほどなのに。

 

 日本の歴史の全集も古本でいいからそろえて通読しようと思い立ち、調べたらかなり安いもの(全十六巻プラス別巻一で一万円あまり)が見つかった。ほかより半額以下なので多分状態は良くないのだろうが、棚に飾るための本ではないのでそれで良しとして取り寄せの手配をした。

 

 ほかに読みかけの本が山になっているので、並行して少しずつ読んでいきたい。来年の春までに読めるだろうか。

人が来た時の・・・

 我が家に人が来る(部屋に上がって多少なりとも滞在する)のは、娘を除いたら、二月か三月に一度くらいだ。人が来る時はそのための模様替えをするので忙しい。人が来た時の部屋の中のレイアウトと人が来ない時の我が家のレイアウトは、他人から見たらあまり変わらないようで、私としてはずいぶん違うのである。だから人が来るのはうれしくもあり、わずらわしくもある。それは多分長年の独り暮らしが自分の居心地の好い状態を作り出していて、それは人が来た時のあるべき形とはだいぶずれてきてしまったことによるのだろう。

 

 ごくたまに知り合いや友人宅に伺うことがある。たいていその家には女性がいるから、その家のスタイルは主にその女性が作っていて、人が来ようがそうでなかろうがあまり変わらないように見える。家庭とはそういうものなのかもしれない。独り暮らしは、だから家庭ではないのだろう。

 

 そろそろこたつをだそうと考えながら、なお一層独り暮らし向きに進化したレイアウトを思いついて、さてそうすると人が来たときへの模様替えが一層面倒になることを思い、しばし迷っている。当然のことながら、結局居心地の好さを優先するのであるが。

2025年11月 6日 (木)

景気回復のチャンス

 デフレというのはものの値段が下がり続けることだから、今買うよりあとで買う方が得だと思われる状態である。そうしているうちに売れないからまた値段が下がり、また下がるかもしれないからとまた買い控えるという悪循環だ。インフレなら今買っておかないと高くなると思うからものが売れる。そうしてお金が動くから景気が回復する。日本だけが長い長いデフレ不況が続き不景気だったが、ここへ来ていろいろな要因も重なってやむを得ざるインフレ状態に追い込まれ(コロナ禍やトランプ関税による物価高、さらに米の高騰)、気がついたらデフレから抜け出しつつある。

 

 企業は値上げしなければ存続できない状態だから値上げする。今まではあげたくてもあげたら売れなくなる、と値上げしなかったのが、あげてみたらあげることができて、それが当たり前になったから一斉に値上げが続いた。もっと早くに価格転嫁すれば良かったのである。それを抑えていたのは企業自身である。人手不足だから人件費だって削るわけにはいかない。人がいなければ企業は成り立たない。

 

 これで米の高騰も一息つき、ガソリンや軽油が下がれば流通企業も一息つき、流通経費も多少は下がっていく。価格転嫁もできて、来年は物価上昇も一息つくだろう。そして賃金は上げざるを得ないからそれなりに上がり、結果的に実質賃金が来年にはようやくプラスに転じるだろう。そうすると景気が回復したという実感が初めて国民に感じられるに違いない。そういう意味で高市首相は幸運なタイミングで首相になったわけだ。

 

 これは少し早い来年の初夢だが、多分これは夢ではなく現実になるはずだし、しなければならない。景気は気のもので気持ちの問題である。こんな気持ちになれるチャンスに景気回復できなければ、これから永遠に景気回復などあり得ない。それなのにいまだに価格転嫁ができない、値上げができない、などと泣き言を言っている会社があるなら、すでにもうチャンスを失っているのであり、社会的に存在が不要の会社かもしれない。こんな企業はもちろん賃上げなどできるわけがない。

 

 インフレは年金暮らしの年寄りには少しつらいが、今まで優遇されてきたのだし、その年寄りも少しずつこの世から退場していく。仕方のないことである。そうして世の中はようやく変わる。変えなければ良くならない。

アサド後のシリア

 54年間にもわたる親子二代のアサド独裁政権の強権下にあったシリアが崩壊した。そのあと、そのシリアをアフメド・シャラアという人物が暫定大統領としてなんとか国をまとめ、国家として成り立つように努力しているように私には見えている。実際のシリアを見たことはないし詳しいことは知らないが、報道を通してみている限り、この暫定大統領はまともな人物で、シリアという国のために頑張っているように思える。

 

 NHKのドキュメント番組で、シリアの現状と問題点などを見た。アサド政権の行った残虐な行為が明るみにされて、普通であれば報復の連鎖を生み、混乱の果てに国としての体をなさなくなりかねないところを、暫定政権はよく踏みとどまっているのではないか。何しろシリアはイランとイスラエルの間にあるという国であり、独立を目指すクルド人を大量に抱える国である。過去、ロシアがアサド政権を支え、クルド人をアメリカが支援してきた。大国が介入すると人びとがどれほど悲惨な目に遭うか、その象徴のような国だった。そのロシアがウクライナに手を取られてシリアを支援する余裕を失い、つっかえ棒を失ってアサド政権は自己崩壊してしまったと言える。 

 

 イスラエルはアフメド・シャラア暫定大統領が過激派出身であることを理由にシリア領に侵入し侵略行為を行っている。火事場泥棒のような行為であり、イスラエルという国が私にはナチスドイツに似ているように見えている。親に虐待を受けた子供は、自分の子供を虐待するという。そういうものに似たものをイスラエルに感じてしまう。イスラエルの言い分は防衛のためである。これは中国の言い分も同じてあり、北朝鮮も同じである。

 

 国連はシリア再建のために支援をした方がいいと思うが、過去の経緯から当然ロシアもアメリカも反対するだろうから、何もできないだろう。ここでシリアが再び混乱に陥れば、どれほどの犠牲者を生むことになるだろうかと思うと感情が波立たずにはいられない。しかしその限界に近づいているのではないか。

 

 高校講座の世界史で、西洋の列強がアフリカや中東で何をしてきたのか、非常にマイルドではあるが、詳しく教えてくれていた。彼らのしたことがこの世界の混乱の原因であり、そのツケが彼らに跳ね返っているのが今の世界であり、西洋の没落とか西洋の敗北とかいうのは、彼ら自身がまいた種であるが、そのためにどれほどの人びとが塗炭の苦しみを味わったかと思うと、ツケはとても払いきれないだろう。もちろん日本も偉そうには言えないが、少なくとも西洋よりも自覚はあると思う。混乱から何かが生まれるのか、それともただ混乱がひどくなるだけなのか、そのポイントの一つがこのシリアにあるような気がしている。

地形

 ブラタモリでは、しばしば地形や地質が話題になる。タモリはそもそもその分野に興味があるからその話題を楽しんでいて、もともと私も嫌いではないのでおもしろく見ている。出演者が楽しんでいれば見るほうはそれに惹かれるもので、この番組に人気があるのはそういう理由だろう。

 

 先週のブラタモリでは蔵王温泉が取り上げられていて、私も何度も行った場所であり、昨年秋には兄弟で泊まったばかりなので、懐かしかった。温泉街の一番高台の場所にあるいくつかの温泉宿の一つ、えびや旅館というところに泊まったのだが、まさにその旅館の前をタモリたちも通って、旅館の看板が映し出されていたのが妙にうれしく感じた。また、ダリア園前のロープウエイで上まで登っていたが、そのあたりも去年散策したし、学生時代にはロープウエイに乗らずにそこを起点にして蔵王を縦走したものだ。大学の大きなヒュッテが樹氷原のすぐ近くにあって、そこにもよく行った(吹雪の中で遭難しかけたこともある)。そういえば、宮本輝の『錦繍』という手紙体の小説の出だしもこのダリア園前から始まる。

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 えびや旅館の部屋から撮った写真。タモリたちはこの共同浴場の横を通って坂を登っていった。

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 そうしてこの階段を登っていった。

 地形と言えばジオジャパンという番組で、木曽川水系がテーマになっていた。木曽三川がどうして濃尾平野の西側に集中して合流しているのか、それは養老山地の東側に南北に大断層があり、その断層に対して濃尾平野が傾斜しているからであることを知った。今ある状態がどうしてそうなのか、たいていは意識せずに生きているが、それを調べる人がいて、そのことを教えられるとこちらもにわかにその知識を元に景色を見直すことになる。そして見えなかったものが少し見えてきて興味深く、とても楽しい。だからこういう番組は見逃せない。

2025年11月 5日 (水)

必要ないとは言わないけれど

 朝から録画してあった高校講座の数学、地学、地理、日本史、世界史など合わせて十本(一本が二十分)ぐらいを断続的に視聴していたので頭がクラクラしてきた。やさしいとは言え、お勉強はたいていにしておかないと身につかないで通過するだけになってしまう。合間に洗濯を半分だけ、そして買い出しをしたりニュースなどを見たりした。旅の間はほとんどテレビを見ないから、ブログを書いたり他の方のブログを拝見するついでにネットニュースを見るだけだったので、何が起きていたのか現実に追いつこうというのだ。いろいろ起きていたとも言えるし、たいしたことは起きていないとも言えるというのが印象だ。

 

 高市首相の国会答弁もニュースで取り上げたものを見た。正々堂々たるものである。ところで立憲民主党の野田代表の質問は、相変わらず政治と金の問題が切り口のように見えた。ニュースがその部分を主に取り上げたのだろうが、政治と金の追求が必要ないとは言わないが、もし国民の関心がそこに重点があるのなら、自民党の高市首相にこれほどの支持が集まるとも思えない。善悪でばかり質問をしていると、国民からは「またかよ」と思われるばかりで、立憲民主党の支持率はさらに下がるのではないか。野田氏を見るごとに次第に嫌いになっていく。

 

 立憲民主党に野党の求心力がないとなれば、もしかすると自民党と維新と国民党と、場合によってさらに公明が緩やかに組んで、案外多数で物事がどんどん決まっていってしまうことになりそうで、国民もそれに期待しているのかもしれないような気がしてきた。いままでなんだかだらだらして、国会では何も決まらず何も前に進まない様な印象にうんざりしていたから、テキパキ決まるのを喜ぶのではないだろうか。

 

 クマの害は深刻で収まる気配がない。冬になっても冬眠せず、市中に出没する可能性が高いような気がする。以前にも書いたが、子供への害がさいわい見られていないけれど、クマが子供を避けているとも思えないから、それは運がいいからだけのような気がする。クマの害は一時的な状況とはとても思えないから、泥縄の対策ではなく、腰をすえた大規模な、そして長期的な対策をしてほしいものだと思う。つまりハンターの養成も含めての、すぐ効果は出なくても今後につながる対策を急いですすめてほしいものだ。もうすでに人があまりに多く死傷する被害が出ているのだから。

しばらくの間不便になる

 すぐ近くの大きなスーパーは、たいていのものがそろうので重宝な存在だ。そのスーパーが改装工事をしていて、私から近い場所の入り口が外装工事のために何度かしまって、遠回りを余儀なくされたりしたが、それもいずれ終わることだと別に気にしなかった。その外装工事がほぼ終わりほっとしていたら、今度は明日から内装工事が本格的に始まるのだという。そしてまず生鮮食品売り場が全面改装のために今月末まで休業する。昨日と今日とである程度買いだめしたが、三週間あまりの分もの食材を買いためることなどできない。少し離れた所にスーパーがないではないから、そちらへ行くしかない。

 

 すでに棚からはどんどん品物がなくなっている。それにしても冷蔵庫代わりに使えていたそのスーパーの食品売り場がないと、急にあれが必要、となった時に困るなあ。

 

 備蓄のものでどれだけ食いつなげるか試してみようか。そんなときに大きな地震のような災害でもあったらたいへんだなあ。その予行演習みたいなものか。

『やがて満ちてくる光の』

 旅に持参した五冊の本のうち、読了したのは梨木香歩の『やがて満ちてくる光の』というエッセー集だけで、あとはコリン・ウィルソンの『アウトサイダー』を二章まで読んだのみ。訪ね歩いた場所の印象を頭の中に収めるのにいっぱいで、しかも夜はたいてい酒を飲んでその日の疲れで眠ってしまう、ということの繰り返しで読書の余裕がなかったのだ。

 

 『やがて満ちてくる光の』という本は、梨木香歩の、若い頃からのごく短めの文章を集めて本にしたもので、大まかにテーマが分けられているものの、書かれた時間などは前後している。どんな雰囲気なのか、その断片を引用する。

 

 今の時代もまた、いや今ほど、人びとが--特に女性が--「自分」というものを求めている時代はないように思う。いざというとき頼りになり、ほんとうに必要なのは、実は恋人でも夫でもない、きちんと手入れされ、しっかりと世界に根を張っている「自分」なのだ。 だがこの「自分」というものはまた、実に精妙不思議な「生きもの」で、どんなに年を経ようが変わらない部分と、常に変化していく部分とを合わせ持った存在である。そのことが、どれほど「生きる」という事態をややこしく、またチャレンジングで飽きないものにしているか--時折疲労困憊するのだけれど。

 

 なかなか味わい深い。女性だからこその感懐であろうが、男だって男なりのそのような思いはあるのだ。というよりも、そういう思いのある人が「しっかりと世界に根を張っている」人なのだろう。

 

 一方コリン・ウイルソンの『アウトサイダー』はそういう世界の枠に収まらないで、というより収まることができないで生きる者の、さまざまな生き方、考え方のパターンを示しながら、彼の語る「アウトサイダー」とは何かを分析し、説明している。第二章で取り上げられている一人がヘミングウエイだ。私はきちんと文章で読んだのは『老人と海』と『誰がために鐘は鳴る』(これは映画も見た)くらいで、たまたまキューバに行った時、記念館になっている彼の住んでいた住居を見たこと、彼が飲んでいたというラム酒ベースのカクテル、「パパダイキリ」にいたくはまり、友人のF君と毎晩飲んだくれていた記憶ばかりで、この『アウトサイダー』に描かれているヘミングウエイに驚いた。驚いたと同時に、彼の初期の短編集が無性に読みたくなって、読みかけの本がたくさんあるのについ注文してしまった。

 

 今日は録画してあったドキュメントや高校講座、紀行やドラマや映画などを片端から見ていくつもりだ。同時に大量の洗濯物を洗濯する(二回で済むだろうか?)。曇りらしいがなんとか乾くだろう。放送大学のお勉強は一区切り着けてあるので、次は数日後から再開するつもりだ。忙しい。

2025年11月 4日 (火)

日本海を見ながら帰る

午後の三時前に無事我が家に帰着した。片付けたり、空っぽの冷蔵庫に入れるものを買い出しに行って、ようやく一息ついたところである。

新潟県の上越から、ナビは長野道、中央道を通っての帰路を示したが、あまりに天気がよい。そこで地道の国道8号線をのんびり走ることにした。高速ではトンネルだらけで、あまり海が見えないのだ。糸魚川、親不知、そして朝日インターではじめて北陸道に乗り、富山を過ぎて東海北陸道経由で帰ったのでだいぶ時間がかかったけれど、おかけで雪が光り輝く立山も見たし、親不知の展望台に立ち寄ることも出来た。

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青空なので海も青くうつくしい。

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親不知の展望台にて。

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向こうの方から走ってきた。波は高い。

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昔の人はこんなところを歩いていたのだ。親不知といわれるわけである。

これで今回の旅は終わり。これから日常が始まる。楽しかったなあ、疲れが取れたらまたどこかへ行きたい。

爆睡、そして気持ちのよい早朝の目覚め

 いま、新潟県上越市の鵜の浜温泉の宿にいる。昨日は土砂降りの雨の中を走りつづけてようやくたどりついたが、さいわい鵜の浜に着く頃には小やみになっていて、荷物を下ろすのにそれほどぬれずに済んだ。ここはいつもあまり客が多くないので、急に予約しても宿が取りやすい。風呂場も部屋も広くて贅沢な気分を味わえる。昨晩はこういう宿での定量にしている、生ビール一杯、地酒の冷酒(300ミリリットル)で好い気持ちになり、部屋へ戻ってちょっと横になるつもりがそのまま爆睡してしまった。

 

 六時前に目覚めたが、体調良好、疲れも残っていないようだ。この鵜の浜には人魚伝説があったはずで、ずいぶん前に泊まったときに海岸を散策してその碑を見たことがある。八百比丘尼に関係していたかどうかその時に調べてブログに書いたが、もう詳しいことは忘却の彼方だ。そういえば手塚治虫の『火の鳥』のシリーズの中に八百比丘尼のことが取り上げられていた話があったと記憶している。人魚の肉を食べると千年生きられるという伝説がある。人は少しでも長く生きたいと思うらしい。健康で長生きならよいが、生きていれば身体は衰えるもので、衰えながらしかも長生きというのはそれほど願わしいことではない。寿命があってこその人生であり、生命だと思う。永遠ということは子孫を残すという継承があってこそ、ではないのか。少子高齢化というのは、そういう意味で人間の衰弱の象徴のような気がする。

 

 何事もなく帰り着いての無事である。あとは無事我が家に帰るのみ。どのルートで帰ろうか。ナビに任せることにしよう。少し気になる名古屋の事件のニュースを知った。波及がなければ好いがと心配している。人生常に泰平とは限らない。

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宿の窓から見える朝の眺望。夜明けごろは空には黒い雲が見えたが、晴れてきた。

2025年11月 3日 (月)

土砂降り

朝、ゆっくりと秋田の宿を発ち、象潟ででんでん大将様とお会いして、四方山話をした。今日は長駆、新潟県の上越まで走るつもりなので、あまりゆっくり出来なかったのは残念であった。お土産までいただいてしまい恐縮である。再会を約して別れる。

そのあとは断続的に繋がっている日本海東北道路を新潟までひた走る。一車線なので、前に遅い車がいるとどうしようもない。今日はその遅い車につぎつぎに阻まれて、想定の時間をだいぶオーバーした。新潟では凄まじい土砂降りで、前がよく見えない。こんなに凄い降り方の中を走ったのは久しぶりである。日本海は大荒れで、高い波が風で吹き飛ばされていた。

少し余裕を持たせたつもりが慎重に走ったので、つい今し方、上越市の鵜の浜温泉というところに着いて、無事到着して安堵したところである。夕食を少し遅くしてもらい、これから一風呂浴びるつもりである。雨中の運転の緊張による疲れを洗い流したいと思う。

生きていたら

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秋田県立博物館は展示物が盛りだくさんで、丁寧に見ていると時間がいくらあっても足りない。とにかく菅江真澄関連の展示物だけで一時間ほど見て歩き、そのあと自然(鳥や獣や魚や植物全般)や鉱物の展示、化石の展示、古代の発掘品の展示など、自然の展示物以外は、私が興味のあるものばかりなので、つい足が止まってきりがない。写真は秋田県の自然の展示の場所で、剥製だからいいけれど、生きていればたいへんだ。この二人、いつまでもここから動かないのでそのまま写真を撮った。

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鉱物の展示もたくさんあって、それだけでじっくり見る値打ちがある。

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あんまり熱心に見ていたからだろう、女性の館員が袖を引いて連れて行ってくれたのがここである。硫黄の匂いはよく知っているけれど、嗅いでみたらあまり匂わない、しばらく嗅いでいたら鼻に強烈なアタックがあった。女性が嬉しそうに笑った。

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大湯の環状列石には、以前このような石柱が見られたのにいまはそれがなかった。それがここでは私の記憶の通りのかたちが展示されている。たぶん発掘どおりだとこのようなかたちにはならなかったのでそれを外したのだろう。ここで満足した。

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やはり土偶に目が行く。好いなあ、土偶。

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大いに満足したが、それ以上に大いにくたびれた。

昨夜はホテルの近くの川反あたりに飲みに行った。以前いったところをしっかり覚えていなかったのに、フラフラ歩いているうちにその店にたどりついた。飲み過ぎたし、食べ過ぎた。当初、団体が入っていて、料理が直ぐに出せないからと断られたのだが、時間がかかっても構わないからと無理に頼んで座らせてもらった。結構高かったけれどまたいつか来よう。

だんだん繋がる

 東北の古代遺跡やその発掘物を見て歩いていたら、それぞれバラバラだったものの関連性がおぼろげに見えてきた。

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秋田県立博物館で見たこの図は、蝦夷との攻防戦の前線基地の北進図(図の右側)とその地域経営が説明されている。縄文人というのは蝦夷だったのだろうか。稲作文化の弥生人たちが進出し、混交していったのだろうと想像される。歴史の時代ごとの層、空間的な広がりをバラバラに見てきたのだが、それらは互いに関連していたのだと思う。東北というものに着目してきたのは、父が東北生まれであり、私も大学の四年間を山形で送ったことが大きく影響しているのだと思う。思い入れがあるのである。それに民俗学の赤坂憲雄の東北学にも影響を受けている。

 

 先日、父が珍しく夢に出てきて、何か言いたそうだったと書いたが、たぶん私と一緒に東北を歩いていたのだと思う。そして「おもしろいなあ、おもしろい」と言っていたのだと、いまようやく気がついた。

 私の本棚には中国関係の歴史に冠する本がたくさんならんでいるが、日本史に関するものでまとまったものがない。不勉強だったのだが、放送大学でいろいろと歴史関係の視聴をしているうちに興味が急速に湧いてきた。いちからお勉強しなければと思う。

明け方の秋田の空は、どんよりと黒い雲に覆われて雨が降っていたが、次第に雲が切れてきたようだ。雨が上がってくれるとありがたい。現在のところ、走行距離は1700キロを超えた。あとは日本海回りで帰るだけだが、たぶん2500キロを超えるだろう。だいぶ疲れもたまってきた。一気に帰るのは無理なので、今晩は新潟県の上越に泊まることにしている。

2025年11月 2日 (日)

錦繍の中を走る

五戸から秋田へ走った。五戸から八戸市街を抜けて八戸北インターから八戸自動車道路を南下する。そのまま安代(あしろ)ジャンクションまで、さらに東北道に乗り継ぎ、さらに少し遠回りになるが、北上ジャンクションでそのまま秋田自動車道に乗り継げば一気に秋田に着いてしまう。しかしそれではいかにももったいない。そこで田沢湖に立ち寄り、神秘の田沢湖ブルーと紅葉のコラボを見に行くことにした。

盛岡インターで降りて、国道46号線を西に走る。この道が素晴らしかった。山間の道はまさに錦繍真っ盛り。赤が勝る景色あり、黄が勝る景色あり、茶が勝る景色ありと、千変万化して目を楽しませてくれる。三連休の中日の日曜日とあって、車が多くてスピードは出ないが、却ってゆっくりとあたりを眺めながら走ることが出来た。途中駐めるところがないではないが、混んでいる中での合流はリスクがあるので流れに任せて走り続けて田沢湖に着いた。

五戸では本降りの雨だったが、盛岡あたりでかなり小降りになり、田沢湖では傘をささずに写真を撮ることが出来た。

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田沢湖。少し青空も覗いてきた。ただし、秋田駒ヶ岳は雲の中だった。

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おお、田沢湖ブルー。穴場の撮影場所があるのだが、いつもはほとんど人のいないところが、駐車場に車が入れられないほど混んでいた。何時の間にか知れ渡ってしまったようだ。

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紅葉と田沢湖ブルーのコラボの写真が撮れた。

田沢湖からは秋田は遠くない。訪ねたかった秋田県立博物館に立ち寄る。再び本降りの雨。

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博物館の前のドウダンツツジ(?)の赤が鮮やかだった。

ここには江戸時代の紀行家の、菅江真澄の資料が常設展示されているので十年ほど前に訪ねたことがある。ちょうどいま、菅江真澄の特別展が開催されていたので彼の日記や手紙、書、和歌、絵などが大量に展示されていて、見ていたら集中しすぎてクラクラしてきた。そういえば菅江真澄が亡くなったのは、田沢湖のほとりの村であった。

もちろんここ秋田県博物館は、石器時代から縄文時代、さらに鉱物や化石などの展示も盛りだくさんなので、いくらでも見るものがある。夢中で眺めているうちに、気がついたらさすがに疲労困憊していた。切り上げて早めに宿へ向かう。雨は降り続いている。飲みに出ようかどうか、思案している。

多賀城跡

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多賀城南大門(再掲)。

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北側から見た南大門。その南大門から見下ろすと、

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これが多賀城の南大路。向こうの高台の先に行政を司る政庁があった。そして南大路の左右にはたくさんの建物が建っていた。結構上り下りがある。

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北から南大路を見下ろす。中央奥に南大門が小さく見える。

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写真を撮った場所で説明を聞く人たち。マイクロフォンを持つ人もいるので、ラジオ放送か何かを録音しているのかもしれない。この奥が政庁跡。

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政庁跡まで行く。とにかく広い。ここは政庁の門の礎石の跡。この多賀城は何度も建て直されていて、当初は掘立柱だったが、次第にこのような礎石に乗った柱のものになったらしい。天気がよくて汗をかいた。

このあと奥松島にある、貝塚などの発掘物のある資料館に向かう。

食事が美味しい

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今朝の宿の窓からの右手側の景色。雨は降っていないが、風があって木が揺れている。正面に松の木があって、黄色く色づいた右手のあたりがきれいなのだが枝が邪魔で写真にならない。

昨晩の食事は一つ一つは少量ながら、種類が多くて満腹になった。南部せんべいの鍋や桜鍋、馬刺しなど、他ではあまり食べられないものが食べられてしあわせだった。つい酒も進んでしまう。

例によって夜中に一度起きてしまい、二度寝となったが、いくつも夢を見た。あまり夢に出てくることのない父が、何か話があるからこちらへ来い、などというのが強く記憶に残っている。呼ばれているわけではないだろうとおもうが、何か言い残したことを思い出したのだろうか。

当地、五戸の天気は昼過ぎまで晴れの予報、夕方から雨。朝はゆっくりして、秋田に向かう。秋田はずっと雨らしい。五戸から名古屋へ帰ろうと(もちろんどこかで一泊休憩するつもりだったが)思ってもいたのだが、秋田県立博物館にどうしても寄りたくて、急遽秋田市内のビジネスホテルを予約した。夜、外へ飲みに行けるだろうか。

明日は象潟に立ち寄り(でんでん大将様が声をかけてくださったので、お会いすることになった)。そのあとは新潟へ向かい上越に一泊して名古屋に帰る。新潟にはちょっと用事もある。

2025年11月 1日 (土)

愛しの合掌土偶に再会

先ほど今晩の宿、五戸のまきば温泉というところの宿に着いた。日帰り入浴客の多い宿で、駐車場には車がたくさんならんでいた。これから一風呂浴びて夕食である。

昨晩は青森の宿、といっていたが青森でも五所川原のビジネスホテルに泊まっていた。夜、食事に出たときは霧雨のようなものが降っていたが、ぬれるほどではなかった。今朝は台風のように強い雨と、ときどき強い風が吹いていた。五所川原に泊まったのは、津軽半島の亀岡遺跡を見に行きたかったからだが、この天気ではどうしようもない。今日はとにかく八戸の是川縄文館が見られればそれでよい。そこには愛しの合掌土偶があって、彼女と再会したいのだ。

Dsc_4503_20251101155801合掌土偶(国宝)

五所川原から八戸まで雨の中、地道を走った。約150キロ。主に国道4号線を走ったので、青森市内を抜けるのに少し時間を食ったがそのあと浅虫温泉あたりで陸奥湾を見る事が出来た。雨は小降りになったが、波は高いし、水は濁っていた。夏泊半島を境に陸奥湾は、左が青森湾、右が野辺地湾と呼ぶらしい。

昼過ぎには雨もほとんど上がった。ゆっくり走り、ゆっくり昼食を摂り、二時前に八戸の是川縄文館に着いたときには晴れ間も見えてきて、気温も上がってきたようで気持ちがよかった。

いまはこういう縄文文化がブームなのだろうか。どこへ行ってもけっこう人がいる。こういうところはまださすがに中国人が押し寄せたりしないから、ありがたい。しかしそれもこれからは分からない。行けるときに行っておかないとゆっくり見学できなくなってしまう。

この縄文館の展示はわかりやすくて整然としており、たいへん勉強になる。そういう意味では三内丸山遺跡が遊具のない遊園地みたいだ、といわれるのも分からないではない。縄文時代に興味があり、学びたいと思ってやってくる人に対して、真摯に答えている博物館が多いのに、少し違う方向に行っている気がしないでもない。客が多すぎるのかもしれない。

明日は秋田県博物館に行き、秋田に泊まる。この博物館は以前菅江真澄関連の展示を見に行ったのだが、古代の発掘品の展示を今度はメインに見ようと思っている。もちろん久しぶりに菅江真澄の資料もじっくり見るつもりである。

土器と土偶

東北地方では貝塚や縄文遺跡、古墳がたくさんに見つかっている。新石器時代、地球の気候はかなり温暖化し、その前の氷河時代の氷が溶けて海進が進み、狩猟や海辺での漁労、木の実などの採集が楽に出来るようになった。豊かな暮らしが出来たのである。食べ物の確保のための移動生活が必要なくなったので、集団での生活、集落が誕生した。その規模は、三内丸山遺跡のように、過去想像されていたよりもかなり大きいものがあることが分かってきた。まだ発掘はほんの一部のみである。これからさらにいろいろなものが発掘されるだろう。

土器と土偶を見るのが好きである。東北歴史博物館で撮ったその一部を紹介する。博物館はたいてい写真撮影は許可されている。ただし、フラッシュやストロボは不可、また動画も不可である事が普通である。私は窓口で必ず写真撮影の可否を確認している。

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土器は時代が新しくなるほど薄く丈夫になっていく。高温で焼くようになったのだろう。

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古墳から出土するのは埴輪。埴輪ではなく、土偶をみるのが私は好きである。

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好いなあ、土偶。

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頭部、ということは身体もあったのだろうか。

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おお、遮光器土偶。津軽半島の根元の亀岡の遮光器土偶が有名で、今回見に行くつもりで青森に泊まったのだが、この台風並みの雨ではあきらめることにした。また今度必ず見に来るつもりだ。

多賀城跡で発掘されたもの

夜中に窓を叩く雨音で目が覚めた。いまいる青森は、本日終日大雨の予報。昨日、一昨日と前倒しであちこち歩いておいてよかった。一昨日は八千歩弱、昨日はほぼ一万歩歩いた。体力はほぼ回復したようである。

さて多賀城にある東北歴史博物館に話は戻る。ここは東北の旧石器自体から近現代までの歴史をコーナーに分けて展示している。丁寧に見ていくと、最低でも半日はかかるほど広くて展示品も多い。今回は古代がテーマの訪問なので、鎌倉以降は駆け足で通り過ぎた。

まずは多賀城趾から発掘されたものの展示から。

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多賀城は八世紀の初め、つまり奈良時代ごろに蝦夷との攻防の前線基地として設置された。平時は陸奥国の国府として機能し、繰り返し拡大造営された。八世紀末に蝦夷の猛攻により、一時焼亡する。

詳細が分かっているのは発掘されたものが多いからであり、その展示物は当時の様子をうかがわせる。

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農具や食器などさまざまなものが見られる。

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多賀城の政庁と集落の場所、さらに発掘の様子も展示されている。

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当たり前だけれど、こういうものを使う人がいて、作る職人たちもいたのだ。

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こういう木簡や竹簡が見つかっているから、当時の様子も詳しく分かる。それにしてもこういう文字を解読して意味を解析できるというのは素晴らしいことだ。

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こんなふうに、一度使った木簡の、不用になったものは削ってまた使用する。

多賀城が対蝦夷の前線基地だったが、その後、さらに北の奥州市水沢の胆沢(いさわ)城に前線基地は移り、坂上田村麻呂が蝦夷との戦いに勝利して前線基地はさらに北の志波(しわ)城に移る。志波城はいまの盛岡にある。しかしその志波城は後に蝦夷に攻略され、前線は徳丹城に後退する。胆沢城、志波城、徳丹城は何れも北上川に近いところに置かれた。稲作に適した地であり、水運を利用していたのであろう。

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