苦手だからいいものを
テレビのスポーツ番組が苦手である。何よりやかましい。同じNHKでもニュースのときとスポーツ番組のときでは倍ぐらい音量が違う気がする。アナウンサーの必要以上に甲高い声はわざとらしくて鳥肌が立つ。そのスポーツ番組がやたらに多い土曜と日曜は、ニュース番組があまりないので見るものがない。スポーツ番組以上に苦手なのは、というより嫌いなのはCMで、だから民放は録画してからCM飛ばししないとみる気になれない。すでにCMの、番組に対する浸食は異常である。これをリアルタイムで見ることができるのはかなりの忍耐力の人か、失礼ながら鈍感な人だろう。感性の鋭い若者がテレビ離れするのは当然の成り行きで、お年寄りばかりが忍耐強くテレビを見ているが、それでもさすがに限度を超えているから、未だに見続けているのは私のように少しありがたくなっている老人だけだろう。そもそもCMだけでできている番組を垂れ流している昼間の衛星放送にどんな存在意味があるのだろうか。テレビは淘汰の機会を持たないまま劣化の極地に至っている。
一部の民放には時代錯誤の価値観で正義をうたったつもりの番組を抱えているところもある。それに対する批判を存在意味のように勘違いしているようだが、そろそろ目を覚ましたらどうかと思うが、その気配はない。
どうやらテレビの終焉を、テレビの黎明期から知る我々団塊の世代が見送ることになるようだ。私はだから基本的にテレビを単なるモニターとして利用するようにしつつある。だからこそ、いい映画やドラマや紀行番組を楽しむための、大画面の、いい画質のテレビが必須である。
« 『カルキ 2898-AD』 | トップページ | 『ビーキーパー』 »
「映画・テレビ」カテゴリの記事
- 『日本の面影』(2025.12.01)
- 『ミッキー17』(2025.12.01)
- 『はたらく細胞』(2025.11.28)
- 『超高層プロフェッショナル』(2025.11.24)
- 『トイレット』(2025.11.15)


コメント