『ミッキー17』
2025年のアメリカのブラックコメディSF映画。ブラックユーモアというよりも、グロテスクなシーンなどもあって確かにブラックコメディで、私はコメディ映画、特にえげつない猥雑なものは基本的に嫌いだからこういう映画は積極的に見ることはない。ところが実際に見始めたらけっこう引き込まれて最後まで見てしまった。何より込められた寓意がいくつも感じられたからである。込めたのはただのパロディで、そこまでのことはないのかもしれないが、こちらにそれを感じさせるのは、それなりにできがいいからであろう。
死んでもそのコピーが簡単に作れて、記憶もデータとして再生できるとなれば、死ぬことは怖くなくなるのかどうか。ミッキー17というのは、ミッキーという男の第17番目の再生体という意味である。死んで再生するということを繰り返すということを、実際に死ぬ経験をする側から描いている。エクスペンダブルという、使い捨て人間である最下層に落ち込んだ、ミッキーという不運続きの男が、送り込まれた植民星でどんな運命をたどるのか、という物語である。ミッキー17が死なないうちに死んだと見なされて、ミッキー18が誕生してしまうことで混乱が生じてしまうのである。
生命というのは再生が効くとなると軽くなるのだという寓意はとてもおもしろい。失われたら終わりであるからこそ、命にはかけがえのなさがある、という当たり前のことの裏返しである。かけがえのなさは失われる。
ほかにもいくつか寓意を感じたが、見る人が見ればたくさん見つけられそうだ。植民星の現住生物が、知性のある巨大なダンゴムシ、あの『風の谷のナウシカ』のオームみたいなものであるのがおもしろい。それが集団で基地に押し寄せる。そのダンゴムシと意思が通わせられるのがミッキー17だ、というのがまるでナウシカではないか。
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