自己流、酒の肴
昨日は、娘が私の様子を見に来てくれた。クールな娘ではあるが、やはり父親を心配してくれているのだと思うとうれしい。手土産をいろいろと持参してくれた。亭主とそれなりにいろいろ車で出かけて楽しんでいるようだ。何よりである。こちらも元気になっていろいろ出かけたこと、その写真、そこから感じたこと考えたこと、秋田で友達に会ってうれしかったこと、最近読んだ本のことなど、語りたいことをいろいろ話した(何しろ娘は私のブログなど読まないのである)。そうしてから娘の近況を聞く。私は自分のしゃべりたいことが済んでから相手の話を聴く。どうも悪い性格だが、娘はもうそんなものだと思ってくれているから元気な様子に安心したという様子を見せてくれて、大人になったなあとこちらを感激させてくれる。
晩飯の支度があるからと、「また来る」と言い残して夕方二人で帰って行った。
気持ちがいいので酒を楽しむことにする。昨晩の酒の肴は、カイワレを抜かずに葉の茂るままにした十数株を各鉢一つか二つだけ残してすべて引き抜いたものを料理する。残したものはそのまま大根にして、それも抜かずに花を咲かせ、種を取るつもりである。抜いたものはほとんど大根の子供であり、葉は一人前に大きくなっている。ほうれん草の一把よりずっとたくさんあるそれらをよく洗い、ざく切りする。フライパンに油をしいて、茎から順番に強火で炒めていく。途中で適当に塩を振る。父から教えられた大根の葉の食べ方で、父はこれだけで食べた。それだけでも美味しいが、ここにだし醤油を少しくわえ、味が濃いので少しだけ水を加えて蓋をして蒸らす。あれだけ多かった葉が皿に収まるほどになる。ここにゆず胡椒を加えてかき混ぜて味を調えてできあがり。
もう一つ、鶏皮を軽くゆでて冷蔵していたものを細かく切って七味を振り、ポン酢をかけてそれだけで一品である。本当はワケギかなんかをたっぷり散らしたいところだが残念ながらないのでそれだけ。それだけだがとてもうまい。秋田のブログ友からいただいた美酒爛漫を軽く燗して、できたつまみを味わう。取り立ての大根の葉の、その多少クセのある味が絶品である。いくらでも酒が飲める。
大根の葉は少し残して明日も食べる。塩とだし醤油に大根の葉から出た水分が出て美味しそうである。それに鶏皮のほうのポン酢と七味の汁を加えて、さらに顆粒のだしを少しくわえ、冷凍うどんをゆでたものをその汁に混ぜて仕上げに食べる。絶品である。残った汁にさらに熱湯を加えて少し薄味にして楽しむ。全く何も残らない。洗い物も楽だし満足満足。
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