まず思い出すのは
安倍首相暗殺事件は衝撃だった。犯人の動機に汲むべき要件があるということと、この犯人が起こした事態とを混同するようなことがあってはならないと私は思っている。この暗殺は憎むべき凶悪な犯罪であることは間違いないのだから。
しかし世の中にはこのようなものの考え方をする人間が少なからずいる。そういう人間をすべてどうにかするなどということは不可能なことである。それならどうするのか。そういう事態が起きないように、徹底した防御をするしかないのであり、それを完璧にしたつもりでもこういう事件が起きてしまうのが哀しい現実である。
それを前提にしてまず思い出すのは、事件のその日の晩の、奈良県警の記者会見の様子である。記者からこの事件についてさまざまな質問があった時の一人の警察幹部のにらみつけるような目つきが忘れられない。そしてその語る言葉は、悪いのは犯人であって、県警ではないというようなものであった。それはもちろん誰にでもわかっていることである。しかしそういう犯人が事件を起こさないための警備であったのに、事件が起きたのであればその責任をマスコミが問うのは当然であって、それに対して警備が不十分であったと頭を下げるのが順当であると思うが、彼はただ奈良県警を擁護するような言葉を発し、文句があるなら許さぬぞ、という目つきで周りをねめつけていた。
警察組織がしばしば組織擁護に走ることは、ドラマだけの話かと思ったら、そうではないのだということをこの男は全身とその目つきで表していた。この感覚では防備が不備であったと反省することはできないだろうな、また起こるだろうな、と感じさせた。
今犯人の公判が始まって、まず思い出したのがこの記者会見だった。
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