テレビが休みだから
Eテレの高校講座も土日は休みだし、放送大学のお勉強は特別講義で見たいものがある時以外は土日は休むことにしているので、土日のテレビは私にとってほぼ放送休止中と同じである。大好きなテレビが休み(見るものがない)で、だから本が読めるのがありがたい。読みながら客用の布団を久しぶりに次々に布団乾燥機にかけている。同時にシーツを洗濯した。今日は風もなく日差しも暖かでよく乾いた。来年用のカレンダーと手帖を買いに行こうと思いながら、出そびれて今日は終日在宅。
山本夏彦の『茶の間の正義』を読み終えてしまった。明日からは『変痴気論』を読む。
夏彦節の一節
言うこととすることが違うじゃないかと怒ってはいけない。言うこととすることは、違うのが当りまえになったのである。昔は言行一致といって、この二つを一致させようと努めたが、今は務めなくてよいことになったのである。
活版印刷が普及して、新聞雑誌がなん百万部も売れる世の中になると、それに執筆することを商売にするものがあらわれる。自分が実行することしか書けなければ、この商売は成りたたない。実行できない、または実行する意志がないことでも、それが一見道理なら、進んで書くべきだ、それが言論の自由である、それでこそ人知は進歩すると、これまたさる知識人が書いているのを読んで、私は感服した。
「新聞週間」の標語でも何でもいい。おびただしい言論のすべてが、私にむなしく聞こえるのは、それらが実際から遊離して、一人で辻褄があっているせいである。
ジャーナリズムという職掌がら、私は無数の文章に接した。その結果、言論はむなしく、読書は悪習慣に過ぎないのではないかと、疑うようになった。
私はよきジャーナリストではなかったが、それにしても、二十年この道で衣食して、この結論に達したのである。心中落莫たる思いがある。
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