白菜を漬ける
白菜がおいしい季節になった。おいしい時期は値段も安い。半分を買ってきて塩漬けにした。今までは出来合いの漬物を買っていたが、やはり自分で漬けた方が好きだ。もちろん自分で漬けると塩加減が適当だからうまくいかないこともあるが、それでも自分で作ったことそのことがうれしいから、それが加味されておいしいのだ。
懸案事項がようやく二つほど片付いた。それを片付けるために隣町の妻の病院に行き、そして市役所に行った。心配事、不安材料は解消しているわけではないが、少しだけでも気持ちは軽くなった。
山本夏彦の文庫本を読んで片付けていくつもりであるが、加えて養老孟司の文庫と新書、そして内田樹の文庫と新書を読むつもりで積んである。全部合わせれば軽く百冊を超える。お気に入りで大事にとってあった本たちで、たいてい二度以上読んでいるけれど、今回は読んだ尻から処分する、つまり捨てるつもりである。ただしそれぞれのハードカバーもそれ以上にたくさんあって、それは本棚に残す。昨日と今日で新たに山本夏彦の『毒言独語』と養老孟司の『死の壁』を読了した。それぞれに心に残るものがあった。
読書はものを考えるためのエネルギーだと思う。目の粗いザル頭ですくい取るので、摂取量がわずかなのは残念である。だから繰り返し読む。そうしてまたすぐに忘れてしまう。しかし脳の中に何かが降り積もっていき、それが圧縮され、発酵して私自身の一部に変わっていく。そう信じている。受け売りではない自分の言葉で語れるようになれたらうれしい。



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