『日本の面影Ⅱ』
今日はついに今年最後の日、大晦日だ。一時体調を崩してどうなるかと思ったが、後期高齢者モードへの最後の脱皮だったのかもしれない。痛くて寝ることもできなかった右肩の痛みも、解消とまでは行かないが生活に支障がないくらいには恢復した。
年末になって読書への集中力が復活し、若いころのようにハイペースで本が読めている。集中力があるだけ読みも深くなるからありがたい。ただしハイペースが過ぎると上滑りする。読了した『日本の面影Ⅱ』は、ラフカディオ・ハーンの『見知らぬ日本の面影』を池田雅之が抄訳、意訳したもので、全26編のうち、11編を『日本の面影』として出版したが、さらに追加して訳してほしいという強い要望のもとに、15年後に10編を訳してまとめたものだ。
この中では『日御碕(ひのみさき)にて』や『美保関にて』が、わたしも好きな場所であり、二度三度訪ねて思い出が深いから、情景がリアルに思い浮かんだ。また行きたくなる。兄弟を連れて松江や出雲を見せたいと思う。十五年ほど前、日御碕では、大きな駐車場の前の、売店のおばあさんが姉妹で営んでいる民宿に飛び込みで宿を取った。その夜体験した夜の恐怖が未だに忘れがたい。何が怖いというほどの、何もなかったのだけれど、とにかくあれほど夜が明けるのが待ち遠しかったことはない。私は怖がりであるけれど、それだからかいろいろなものに感応する。何かを感じて闇が怖くなったのだ。
ラフカディオ・ハーンが松江にいたのはわずか一年と三ヶ月であった。その後熊本、神戸、東京都移り住み、東京で亡くなる。妻セツとのあいだに三男一女をもうけた。彼が帰化を認められ、小泉八雲となったのは、来日してから六年目だった。小泉はセツの旧姓で、「八雲」という名は、あの須佐之男命が歌った、「八雲立つ 出雲八重垣・・・」からとっている。この本の中にも『八重垣神社』という一編がある。縁結びの神らしい。縁結びは願うつもりはないが、まだ訪ねていないので一度行きたいと思っている。
後半部分は小泉セツが『思い出の記』として小泉八雲を語っている。八雲とセツがどれほど心を通わしていたのか、それがよくわかる。かなり神経質だった八雲を、ここまで受け入れて愛し抜いたセツに出会えて八雲は幸せであっただろうと思う。八雲はセツを妻として、そして幼い時に生き別れたまま二度と会うことがなかったギリシャ人の母親を慕う気持ちから、セツに母親のように甘えたのだろうと思う。
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下の売店の民宿
日御碕神社の門


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