もらうのが嬉しいので
年賀状を作らなければならないと思いながら全く手がついていない。「作る」というのはほとんど手で書くことがないからだ。毎年、年賀状を作ることがストレスである。作り出せばたいてい二日ほどで済むことなのに、これほどストレスならやめればいいのだが、そのストレスよりももらうことのうれしさが勝るので、今のところやめる気はない。年に一度の消息を知ることは正月の何よりの喜びで、もしそれがなければ互いに今どうしているのか知りようがない人も多いのである。
やらなければ・・・と思うものを抱えていると本が良く読める。山本夏彦の『かいつまんで言う』、養老孟司の『半分生きて、半分死んでいる』、池波正太郎の『剣客商売』の三冊を読了した。読みかけが何冊があるので、久しぶりのハイペースで本が読めている。
養老孟司が少子化について、
だって人口が減るというのは、子どもたちに「おまえなんか要らない」と言っていることだからである。老人は保育園なんかウルサイ、あっちに行け、と言う。ゴミ処理場や火葬場と同じ扱いですなあ。しかも、この二つも、社会には必要不可欠ですけどね。
さらりと書いているけれど、どうしてこんなことになってしまったのだ、という静かな怒りを感じて共感する。個が肥大化しすぎた世の中にあきれているのだろう。とはいえ、私には孫がいない。残念なことだ。しかし息子夫婦、娘夫婦は幸せそうに見える。それがことのほか私にはありがたい。ありがたく思うにはそれなりの深い理由もないではない。
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