反「リベラル」
いまの若者たちが高市支持が多いことについて、マスコミは若者の保守化などといっているようだが、ある識者が、いまの若者は保守などではない、反「リベラル」なのだ、と語っていたのが妙に納得できた。リベラリストとは自由主義者で、リベラルとはだから自由主義的ということだが、いまちまたで「リベラル」と言われる人たちは本来のリベラルとは違うものだと敏感な若者たちは気がついているのだという。その偽善性、お花畑的な世界観に嫌気がさしているということで、その識者は健全な反応だと語っていた。それに若者たちはまだ保守ではないし、保守とは何かもよく知らない。それをマスコミは若者の保守化、などという。
そういえば政府の誰かがオフレコ前提の場で、個人的な見解だがと前置きして、日本の核保有も考えるべきではないかと思っている、と語ったらマスコミや野党は豚を殺す大騒ぎである。自由主義的とは言論の自由を含むものではないのか。核保有を進めると言ったのではない、考えてみるべきだといっただけでその責任を問い、やめさせろ、と騒ぐ。ましてやオフレコの場だというではないか。自由に語り、そのことは報じないという約束の場ではないのか。自分たちの正義が絶対的正義だと信じると、そうでないものはすべて悪に見えるらしい。こういうことも反「リベラル」の若者たちはじっと見ているに違いない。
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