覚えておく
台湾有事に関しての高市首相の国会答弁が中国の強い反発を招き、それについての考えをさまざまなところでさまざまな人が意見を述べている。これを百家争鳴というのだなあと感心して見聞きしている。中国は言いがかりがつけることの可能な事態が生じるとガツンと一発かまして相手に譲歩させる、という手法をくりかえしてきた。それはそのたびに成功したから、その成功体験が中国に同じ事を繰り返させているのだと私は思っている。
時にそれがうまくいかないこともある。うまくいきすぎたときもある。私の記憶しているうまくいきすぎたときというのは、旧民主党政権だったときである。尖閣諸島で中国の漁船が海上保安庁の船に体当たりしてきて破損させ、負傷者まで出した事件の時であり、民主党政権は中国の脅しに屈して逮捕した船長を超法規的に帰国させた。帰国した船長は英雄として喝采を浴びた。その後どうなったか知らない。たぶんこの世にいないだろう。こういう跳ね上がりは強権支配の独裁国家では始末するのが得策である。あとは野田政権の時に尖閣を国有化したときである。このときは反日暴動まで起きた。日本はさまざまに譲歩したが言いがかりは続いた。安倍政権に代わってから中国の要求を無視したら、しばらくして治まったように記憶している。
今回の様々な人の意見を聞いていて、どういう考えでそういう意見を述べているのかを想像してみたりする。無知で過去の事例など覚えていない者、想像力が卑屈な想定で展開している者、見掛けの損得でばかりものを考えている者、勇ましいばかりで無考えの者など、いろいろある。それはどんな考えであっても人それぞれで構わない。私が嫌だと思う者は、情勢が変化するとそれに合わせて全く違うことを恥ずかしげもなく言う者である。誰も覚えていないと思うなかれ、覚えている者もいるのだ。
野党の一部に不快感を感じるのは、正義を基準にして起こった事態を失敗と談じ、困った人がいるのだからそれは悪だと断じる姿勢である。山本夏彦も言っていた。正義は売りものではない、正義を売りにする者を信用するなと。私は敬愛する賢人のことばを忘れないようにしている。
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