扶養の主体
国家予算の半分が年金や医療費などの社会保障費だという。その社会保障費の多くを消費しているのは高齢者で、その年金や保険料を負担しているのは現役世代である。しかもその負担額は少子高齢化に伴ってますます増加していく。後期高齢者として、現役世代には申し訳ないと心より思う。だから生活に少しでも余裕のある高齢者は既得権ばかりを主張せずに、少しくらいは負担することを仕方のないことと考えなければならないだろう。
さはさりながら、待てよ、と思うことがないではない。思えば昔は年寄りの面倒は家族が見た。家族が高齢者の扶養を行っていたのだ。今でも家族が面倒見ることもあるけれど、多くは施設や病院で見てもらうようになった。その費用を年寄りの年金や資産を食い潰すことで行うことが普通になっているのではないか。つまり、自分が面倒を見ない代わりに他人に面倒を見てもらうのが当然と思われるようになった。その負担の一部ないし多くを国家が負担するのである。それなら扶養の主体が自分から国家に移ったということで、その応分の負担を年金支払いや保険料支払いで支払うことになったと見ることもできる。
個別に言えば不公平なこともあるだろうが、全体としてみればそういうことだ、と考えられないだろうか。核家族化で自由を謳歌し、年寄りや両親とは縁を切ったかのような楽な暮らしをできているツケを支払うということだと考えれば、差し引きでは重い負担が気持ちの上だけでも軽くならないだろうか。ならないか。
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こんにちは
その報いを受けるのは私たちだと思うと内心忸怩たる思いがします。
最近興味があって在宅ホスピスについての本を数冊読みましたが、どう転んでもそう言うものに頼らなくてはいけないのは私たちでしょう。今までは病院や施設が受け入れてくれましたが、私たちの世代ではそうもいかないでしょう。何せ老人の方がはるかに多い、そして毎年100万人が生物学的に消滅する時代がすぐそこまで来ていますから、税収は減り、逆に社会保障費は上がるでしょうね・・・。
では、
shinzei拝
投稿: shinzei | 2025年12月19日 (金) 15時36分
shinzei様
少子高齢化というのはそういうことですね。
年寄りがどんどん死んでも追いつかないでしょう。
投稿: OKCHAN | 2025年12月19日 (金) 17時16分