命がけなら
養老孟司の本の中にあったことだが、彼が虫取り仲間と海外へ出かけた先の雑談の中で、どうしたらロケットがちゃんと飛ぶだろうかという話になり、辛口の友人が最初から有人ロケットにして、責任者の二三人をそれに乗せることにすればいい、と言ったという。命がけなら成功するだろうというのだ。
ソビエトや中国のロケットが成功したのも、命がけだったからだろう。失敗したら自分が乗らなくてもその責任をとらされる。
いまは何十何百とロケットが打ち上げられている時代で、打ち上げが成功するのが当たり前の時代である。打ち上げを成功させる能力、技術力があるはずの日本で打ち上げが失敗するのは、失敗する何か本質的な原因があるのだろう。日本は周回遅れから、すでに背中がみえないところまで絶望的に立ち後れしてしまった。応援する者のひとりとして極めて残念である。
はやぶさの奇跡的な成功は素晴らしかったが、そのことを私は手放しに喜べなかった。順調にいくはずのことがトラブル続きだったから、あの成功は奇跡的だという美談になった。そういう美談はあまり好きではない。美談にして褒めそやしたことがかえって災いになっていないか。
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