お迎え
養老孟司の本を読んでいたら、以下のような文章があって思わず笑ってしまった。
学校の先生方の集まりがあって、講演を依頼された。当日、控室で講演時間を一人で待っていたら、若い先生が来て言われた。「先生、まもなくお迎えが参ります」。
まあ私はまもなく八十歳だから(現在は八十八歳・引用者註)、お迎えが来るのはわかっている。そりゃわかっていますが、突然いま阿弥陀様にお迎えに来られても、ちょっと困りますなあ。正確にいえば、私は困らないけど、あなた方がお困りになるのでは?今日の私の講演時間をどう消化するんですかね。
そう思ったけれど、年の功でむろんむきつけにそうは言わない。率直に「ああそうですか、ありがとうございます」と申し上げた。おそらくあの若い先生は、私の内心にお気付きではないであろう。とはいえこの「お迎え」というのも、いい言葉ですなあ。安楽死などと固いことを言わず、「早めにお迎え、お願いします」と言ったらどうかしら。やっぱり同じ事か。
年末に本がよく読めて、いいやら悪いやら。午前中には山本夏彦の『編集兼発行人』という本を読了し、池田雅之の『小泉八雲 日本美と霊性の発見者』を読了した。いまは養老孟司の本や内田樹の本、『日本の歴史 第二巻』を読んでいる。だいたい一日に合わせて二百ページほどのペースで読んでいるから、二日に一冊は読了することになる。引きこもり状態が続くので、「散歩に行くこと」と大書して机の上に置いてあるのだが、気がつくと夕方になっている。もちろん一日中本を読んでいるわけではない。読んでいる時間以上の時間をぼんやりしているし(半ばうつらうつらしている)、お勉強もちょっとしているし、録画したドキュメントやドラマを見たりもしている。
先日、本がだいたい片付いたところから、家の片付けは停止したままである。しなければならないことはまだたくさんあるのだから、本を読んでばかりもいられない。だから本がよく読めるのである。
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