辺境
『日本の原像』という日本古代史により、特に辺境としての東北の位置づけを興味深く感じた。私自身は関東生まれの関東育ちだが、父が東北出身で、私も大学時代の四年間を東北で暮らし、寮生活で親しんだ友人たちもほとんどが東北出身者だったから、思い入れがある。だから民俗学者の赤坂憲雄が柳田國男を敬しつつも、東北を「東北学」という違う視点で論じていたのを共感しながら読んだものだ。「日本の原像」を執筆した平川南は、辺境としての古代東北について以下のように結んでいる。
中央政府にとって、対蝦夷政策は最大の関心事のひとつであった。多賀城や胆沢城(いさわじょう)などはそれを遂行する辺境の役所であるからこそ、都市景観はどこの地方よりも整備されて国家の威容が誇示され、仏教・儒教(孝経)などによる教化(きょうげ)を目的とした儀式も、諸国のどこの役所よりも忠実に励行されたのではないだろうか。軍事態勢も全く同様である。古代国家はその目指す中央集権国家の理想像を、かつては有力な勢力が比肩し抗争した国内の治ではなく、未知なる辺境世界に求めたのであろう。いいかえれば、古代国家が理想とした姿は、辺境を“鏡”とすることでこそ、みえてくるのである。
その一方で、辺境は国家があくまで政治的に創出した地域設定だということに留意する必要がある。権力者の欲する漆・金・馬などの産出地でもある辺境を、たんに遅れた地域・未開な地域と位置づけることは誤りである。
辺境は、古代国家の理想像を貫徹させる対象地であった。それ故に、古代国家の盛衰は辺境の地をバロメーターとしてみることができる。つまり、辺境世界の消失は古代国家の終焉でもある。ただし、実際には一度生み出された辺境世界像は、残像としてまた差別の対象として再生産され、長い歴史の中で消えることなく、現在も生き続けているのだということを忘れてはならない。
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