キャッチコピーと朝令暮改
衆議院議員選挙に際して各党党首がいろいろと決意表明をしているのを見ていると、やたらにキャッチコピーめいた言葉を連発する人がいる。社民党の福島女子は昔はそれほどでもなかったような気がするのだが、やたらにキャッチコピーを連発するようになったのは、なんとか石井とか言う人が参加したからだろうか。キャッチコピーは一言で本質を突くような言葉であるから効果があるので、連発したり的外れだったりしては失笑を誘うばかりである。
しばしば政治的なキャッチコピーはレッテル貼りに似る。レッテル張りは複雑な世の中を単純化してしまう。単純化はわかりやすくなるけれど、思考を妨げる。私は害の方が多いと思っている。
朝令暮改という言葉がいまほど歴然と該当する時代はない。トランプという人物により、昨日決めて公言したことが舌の根も乾く間もないあいだに今日は違う言葉に変わる。人はそういうことを恥じるもので、ましてやそれなりの権限のあるものの決めたことはそんなにコロコロ変えられては周りが迷惑する。人は信用を失うことを恐れる。ところがその信用というものが辞書にない人物が世界で最も権力のある座についてしまった。
キャッチコピーも朝令暮改も、その裏には大衆など愚かなもので、どうにでもひとは自分の言葉でリードできるという傲岸不遜な心底があるのではないか。
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