格差社会
小説を読んでいる時はひたすら先へ読み進めるばかりなので、ストーリーを追いすぎてスピードが上がりすぎて読み方が雑にならないように、ときには休憩を入れる必要がある。随筆や評論文を読むときは、引っかかるところでときどき立ち止まる。書かれていることについて考えなければならないと感じるからだ。しかし読む流れは止めたくない。だから付箋をつける。そうして一区切り読み進めたところでその付箋の部分を改めて読みなおす。あるまとまりを読んだ上でその部分の意味を考えることができる。すでに自分が思っていたこと、考えたことと重ねて、自分の頭の中を組み替えるようなものに出会うことも多い。自分がそれによって変わる、変えられる、そのことが読書の楽しみ、考える楽しみだ。
内田樹の本をずいぶん読んできて、そろそろ一部を処分しようと思いながら読み直している。彼の本を読んでいると付箋だらけになる。同じ歳生まれで、同じ時代背景を経験していることもあって、彼の言うことが理解しやすいということもあるし、遙かに深い思考と、さまざまなことの関連を引き出すその知性に敬服している。いま読んでいる本から『格差社会』とは何か、と言う文章について一部引用する。
「格差」とは何のことなのか?
メディアの論を徴する限りでは、これは「金」のことである。平たく言えば年収のことである。
(中略)
ここから導かれる結論は論理的に一つしかない。
「もっと金を」である。
しかし、果たしてこの結論でよろしいのか。
わたし自身は、私たちの社会が住みにくくなってきた理由のひとつは「金さえあればとりあえずすべての問題は解決できる」という拝金主義のイデオロギーがあまりに広く瀰漫したことにあると考えている。
「格差社会」というのは、格差が拡大し、固定化した社会というよりはむしろ、金の全能性が過大評価されたせいで人間を序列化する基準として金以外のものさしがなくなった社会のことではないのか。
このあと、格差をなくすために「もっと金を」と言い立てることが、実は「金の全能性」をさらに助長し、格差を固定化していないか、と疑問を投げかける。そして、人の社会的価値を考量するときのものさしを見直すことを推奨する。全く同感である。そんなことを言えるのも、おまえが金に困っていないからだろう、と言われるかもしれない。そういうことを言われると、そうですね、と言って黙るしかない。ループから出られない人には何を言っても通じないと思ったりする。
トランプが絶大な権力を持つことになったのも、そのループの極地に彼が立っているからだろう、などと思う。
« 読書とお勉強 | トップページ | 「対症」と「予防」 »
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- ようやく一冊(2026.02.14)
- 断片(2026.02.11)
- 『シッダールタ』(2026.02.05)
- 『AIの壁』(2026.02.04)
- 『こんな日本でよかったね』(2026.02.03)



コメント