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2026年4月

2026年4月30日 (木)

糸魚川フォッサマグナミュージアム(3)

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鉱物の展示コーナーを見て歩く。ここに展示されている鉱物の種類と量は、私の見て歩いた中では特に豊富である。ここに来るのは三度目だけれど、好きだから何度来てもわくわくする。鉱物は結晶であるから、その結晶の構造に応じた特殊な形をしている。それを見るのも楽しい。そういえば、学生時代に世話になった(酒や囲碁を手ほどきしてもらった)先輩は理学部で結晶構造の研究をしていて、いろいろ教えてもらった。

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またまたラピスラズリ。青金石とかラズライトというのが正式名らしい。アフガニスタンの奥地に産する。

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水晶にもいろいろなものがある。水晶は石英の結晶で、六角柱状。日本古代では勾玉に加工したりした。

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一つ一つ名前や組成、産地などを見ているときりがない。それにしてもふしぎなものがこの世にはある。

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これを全部丁寧に見ていたら、一日見ても終わらない。椅子が欲しい。

たいていくたびれて切り上げることになる。

これでこの小旅行は終わり。外は雨、この晩は親不知を経由して魚津に泊まった。魚津の埋没林をまた見ようかと思わないではなかったが、翌朝も雨だったので帰宅した。目的を果たしたので大満足であった。この数日前に、魚津では久しぶりのみごとな蜃気楼が見られたというニュースを見たのを思い出した。

あきれた後に同情

 高校生をハンマーで殴って負傷させたあと、自宅に逃げ込んだ男を警察が包囲して四時間半後に突入してみたら、既に犯人は裏口から逃走していていなかった、という事件はあまりのお粗末にあきれてしまった。

 

 突入までの四時間半のあいだに投降するよう説得を続けたはずである。その呼びかけは誰もいないところに向けて行われていたのである。警察が裏口があることを知らないはずはないし、当然裏口にも待機している警官はいたはずである。しかし人質がいたという話は報道されていない。中に犯人しかいないと承知していたはずだし、中の様子を知るためにいろいろと方策を講じたはずだと思う。何の反応もなく、ついに忍耐の限度を超えて突入するまでかかった時間が四時間半である。その間に犯人はどこかへ逃走し、またどこで誰に危害を加えるかわからない状態で、野放しである。

 

 警察は弁明の仕様もない。どんな非難を浴びせられても言い訳のしようがない。どうして人質もいないのにこんなに長い時間突入しなかったのか、理由がわからない。待つのはそこに犯人がいて逃げ出す恐れがないと考えてのことだろう。既に逃げたかもしれないと誰も考えなかったということだろうか。これで逃げた犯人が自暴自棄になって何かの事件を起こせば、マスコミは一層正義の味方の鉄槌を下すだろう。あまりにもお粗末すぎて立つ瀬のない警察に、かえって同情したくなってしまう。警察は逃げようがない。 

2026年4月29日 (水)

糸魚川フォッサマグナミュージアム(2)

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糸魚川フォッサマグナミュージアムのテーマは、ヒスイ、岩石と地質、化石、鉱物のコーナーに分けられている。ここからは化石。

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地球上の石灰岩のもとの一つ、ウミユリはこんな風だったらしい。

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長い時間と力と熱が加わり、積み重なった生物が石灰岩になっていった。その時間の厚みを感じてクラクラする。

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むかし、フズリナの化石を含む岩石を切り出してもらい、それをカーボランダムでひたすら薄くして顕微鏡で観察してスケッチしたことがある。道具があればまたやってみたい気がする。鉱物の薄片もそうやって半透明になるほどの薄片にして、偏光顕微鏡で見てその美しさに驚いたこともある。

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小さな三葉虫の化石を持っている。アンモナイトの小さいのも手に入れたが、それは娘にやった。

次は鉱物。ここの鉱物のコレクションはすごいのだ。

『終わりなき戦い』

 ジョー・ホールドマン著『終わりなき戦い』(早川書房・海外SFノヴェルズ)を読了。読んでいて、ハインラインの『宇宙の戦士』を思い出していた。巻末の解説にもそのことが言及されていた。『宇宙の戦士』はシリーズ映画化されている。私はこういう映画が好きだから全部見ている。ただ、解説にもあるとおり、ハインラインが第二次世界大戦や朝鮮動乱のパラダイムに基づいた積極的な戦いに対する視点であるのに対して、ホールドマンにはベトナム戦争的ペシミズム、反戦的心性が根底に感じられる。世代が違うのである。

 

 異星人トーランとの戦い、二十一世紀初頭から、3143年までの戦いに参戦して生き残った数少ない一人である主人公の戦いの様子が描かれている。そんなに長い期間であるのは、縮潰星を利用した時空のワープを経て移動するために、地球時間との大きな差が生じていくためである。縮潰星とはブラックホールのことであろう。本人にとっては数十年もたっていない期間である。

 

 そうした未来の世界がどうなっていくのか、そういうことも想像力豊かに描かれていて、読み始めたらどんどん読めて、夜もあまり寝ずに読んで、読み終えてしまった。

2026年4月28日 (火)

糸魚川フォッサマグナパーク(1)

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日本列島は大陸の一部だったが、亀裂が生じてその間に湖ができ、ついにはそこが海(日本海)となって大陸と分離した。およそ2600万年前頃のことだ(NHKのジオストーリーでやっていた)。二つの大きな島となり、その島のあいだはもちろん海だったが、海底火山の活発な活動などでやがてそこが噴出物などで埋まっていき、さらに隆起し、二つの島はつながった。そのもともと海だったところをフォッサマグナという。西側の島の端が糸魚川・静岡構造線であり、東側が柏崎・千葉構造線である。糸魚川・静岡構造線とフォッサマグナを勘違いする人がいるが、フォッサマグナは線ではなくもともと海だった幅広い面状部分である。

上の写真は糸魚川の郊外にあるフォッサマグミュージアムの前に置かれている大きなヒスイの原石。

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駐車場から見たミュージアム。左手は縄文公園になっている。

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この左手が入り口。向こうにまだ雪の残る山がのぞく。

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あちらにもヒスイの原石がある。その向こうは八重桜か。

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プロローグで、この一帯でヒスイがとれることが明らかになった歴史を紹介していて、さまざまな色や形のヒスイがいろいろ展示されている。これは美しい緑色のヒスイ。

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糸魚川一帯はそういう地殻変動の境目なので、さまざまな岩石を見ることができる場所なのである。ヒスイがとれる場所は世界でも極めて限られている。ここがそれだけ特殊な成り立ちの場所であるということでもある。

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さまざまな岩石の標本が、これでもかと言うほど陳列されている。

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こんなにたくさんヒスイの原石が置かれているのだから、川で採ってもいいではないか、とつい考えたりした。しかし趣味で一個二個を採るならいいが、それを許せば商売にしようと大量に採る輩が出てくるのだろうなあ。

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さあ、ここにも中央構造線と糸魚川・静岡構造線についての地図が展示されているぞ。

次に化石のコーナーへ行く、さらに続いて鉱物のコーナーもある。それは次回に。

『神々自身』

 アイザック・アシモフのSF小説『神々自身』(早川書房・海外SFノヴェルズ)を読んだ。少年時代から青年時代にはSFをよく読んだ。海外SFノヴェルズのシリーズは、30冊あまりを所持していて、読了していないものや、流し読みしかしていないものが半数ほどある。それらを押し入れから引き出して棚にならべたら読みたくなった。そしてまず読み始めたのがこの『神々自身』であった。

 

 この長編は三部からなり、それぞれが別々に発表されて、長編としてまとめられた。SFの賞として有名な「ヒューゴー賞/ネヴュラ賞」を受賞している。表題はシラーの戯曲『ジャンヌ・ダルク』の中の「愚昧を敵としては、神々自身の闘いもむなしい」を引用している。ただし、アシモフは第一章を「愚昧を敵としては・・・」第二章を「・・・神々自身の・・・」第三章を「・・・闘いもむなしい?」とわざと疑問符付きの章名にしている。

 

 第一章は地球上の話。平行宇宙から送られてきた物質により、人類は無限のエネルギーを手に入れることができたが、そこには何か罠があるのではないか・・・という葛藤が描かれ、第二章は物質を送り込んだその平行世界の、われわれの住む現在の宇宙のありようとは異なる異星の不思議な世界が描かれていく。かなりシュールなので、それを楽しめるかさっぱりイメージできないかでこの作品の評価が分かれることだろう。そして第三章は月面上の都市の物語となり、全体の伏線が回収されていく。

 

 ちなみに第二章の異世界について、ほんの一部を引用してみよう。

 

 オディーンは悪いヒダリ配偶子ではないわと、彼女は漠然とした愛情を抱きながら考える。
 トリットの方は扱いにくくて、彼女が・・・そう、そうありたいと願っている自分であるとき、トリットは不快そうな表情をする。でもミギ配偶子はみんなこんなものだ。彼はデュアにとってミギ配偶子だが、コドモにとってはオヤの親性子で、後者が常に優先する・・・それは都合のよいことだった、気まずくなったとき、コドモたちの誰かが彼を連れ去ってくれることがあるから。
 とはいうものの、デュアはトリットなんかあまり気にかけていない。融交のときを除けば無視しがちだった。オディーンは別だ。はじめは彼を見るとわくわくした。彼がそこにいるだけで、彼女の輪郭は微光を放ってかすんでしまう。

 

 ほとんど第二章全体がこのような世界の出来事として進んでいく。創造力というのはすごいものだ。

 

 オディーン:理性子でヒダリ配偶子
 トリット :親性子でミギ配偶子
 デュア  :感性子

 

 素粒子の擬人化のようなものだと受け止めれば読み進めることができるかもしれない。そして彼らは軟属であり、その世界には別に硬属も存在する。

さあ、別のSFを読もうか。

2026年4月27日 (月)

姫川

この日は朝から雨。雨の中、上諏訪を出発して、岡谷から長野道に乗り、北上する。地道を走っていろいろ立ち寄るところも考えていたのだが、雨では仕方がない。糸魚川のフォッサマグナミュージアムに向かうことにする。フォッサマグナパークというのもあるので(全然違うし場所も離れている)間違えないようにしなければならない。

ナビはそのまま上越経由を指示したが、私は安曇野で降りて147号線、そして148号線と、姫川経由の国道を走ることにした。安曇野の街は車が混んで信号で止められることも多いが、それを過ぎれば車も減ってスムーズに進む。途中、強く降ったりしたが、小谷村を過ぎて姫川温泉の入り口あたりで雨がほとんどやんだ状態になった。

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姫川はご承知の通りヒスイがとれる川である。急流で日本海に流れ下る。Dsc_5239_20260427091001

遠くの山はまだ雪が残っている。

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六十年以上昔、祖父がこの姫川の河原でヒスイの原石を持ち帰ってせっせと磨いていた。いまは河原で拾うことは禁じられているはずで、多分当時も採取はできなかったと思う。あの石、どうなったのだろう。

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崖が迫る。

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小さなダムがあり、その向こうの橋を渡れば山道があって、姫川温泉に行くことができる。二度ほど泊まったことがある。

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水が独特の色をしている。鉱物を含んだ水の色である。

また雨が降り出したので出発した。

諏訪大社上社・前宮

諏訪大社上社・本宮は諏訪市に、前宮は茅野市にあるが、距離的にはすぐ近くである。

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前宮の鳥居の前の駐車場に車を止めて本殿に向かう。ここから階段と坂を登る。息が切れた。登り切って本殿の前にも駐車場があることを知ったが、おかげで多少の運動になった。

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前宮の本殿。

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由緒。前宮の意味は、熊野三山の熊野速玉大社に参拝したときに知った。熊野速玉大社の前宮はあの山上の巨石で有名な神倉神社。そこに降臨した神を新しいお宮に祀ったのが速玉大社であった。だからその地を新宮と呼ぶ。

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前宮の前をきれいな水が流れ下る。

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水眼(すいが)の名水だそうだ。

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前宮の御柱。

日が傾いてきたので宿へ向かう。

2026年4月26日 (日)

諏訪大社・上社本宮

諏訪大社上社・本宮へはじめて参拝した。諏訪湖には何度か行っているのに、いままでは諏訪大社下社の秋宮と春宮しか訪ねていなかった。

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あとでわかったのだが、ナビが案内した下社・本宮の駐車場は正面入り口ではなかったようである。

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鳥居のすぐ近くにこんなものすごい瘤の大木があった。ここまですごいと神秘的な気がする。

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さすがに古い神社だけあって樹木も年を経て太い。

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こんなところを通って本殿のほうまで行くことになった。

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本殿に行くにはこちらが正面入り口のようだ。

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勅願殿。看板を読まなかったので何を勅願したのか知らない。

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本殿に参拝した。この上社・本宮は主祭神が建御名方神(たけみなかたのかみ)、大己貴神(大国主神)の御子神(つまり子ども)である。大国主神はもちろん出雲の神様で、国譲りをした。そうしてその子はこの諏訪に祀られたということである。

諏訪大社にはあと一つ、上社の前宮がある。遠くないのでそちらも参拝することにした。

尖石縄文博物館

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茅野市にある尖石縄文博物館を久しぶりに訪れて興奮した。収蔵されている展示品は素晴らしいものが多く見とれてしまう。以前より施設がずっと広くてきれいになっていて、展示物も多い。諏訪湖から遠くないので、機会があれば立ち寄ることをお薦めする。

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縄文のヴィーナスと呼ばれる土偶。国宝。

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仮面の女神と呼ばれる土偶。国宝。

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ほかにもたくさん土偶が展示されている。

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土器も素晴らしい。

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上部の飾りは蛇を象ったもの。

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これは珍しい吊り手土器。灯りをともした?

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一つ一つ見ていると時間のたつのを忘れてしまう。

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石棒。祭祀のシンボルで大きなものもある。何のシンボルかはご覧の通り。縄文遺跡で発掘されることが多い。昔はもっとたくさん展示されていたのだが、いまは限られたものだけが展示されていた。

外庭に縄文時代の竪穴住居が復元展示されている。子どもたちが見学にきてスケッチなどをしていた。

2026年4月25日 (土)

訃報

 娘の亭主の父親はがんで闘病中だったが、数日前に危篤の知らせで娘夫婦は実家の徳島へ向かった。そして今日娘から亡くなったと電話があった。たしか歳はほぼ私と同年のはずで、人ごととは思えない。硬派で酒好きで、一緒に呑んだのはいちどだけだが、私がギブアップした。すぐに通夜と葬式だという。ごく少数の家族葬にするから、わざわざ徳島までくる必要はないという。その言葉に甘えることにして、こちらでささやかに冥福を祈って献杯した。

 昨日午後早めに小旅行から帰宅。途中の道の駅で山菜が売られていたので購入。タラの芽、コシアブラ、コゴミなど。一人で食べるには量が少し多かったが、タラの芽とコシアブラを天ぷらにして晩の酒の肴にした。コゴミは湯がいてごま和え。それぞれの味と香りと食感を楽しんだ。春の味がした。

 

 分杭峠のところで書くのを忘れていたが、峠を高遠方向に下りたすぐのあたりは珍しい磁場ゼロ地帯だという。そのせいかどうかわからないが、そのあたりからしばらくの間、ナビが現在地を失陥していた。峠を降りたあたりから回復した。磁場が影響したのだろうか、ふしぎなことであった。

 

 録画していたドラマなどを片端から消化していったが、『魯山人のかまど』の最終回を見ていて気がついたら自然に涙がこぼれていた。孤高であるためには世の中とある程度の妥協が必要なのが世間というものであり、そうでなければ生活していけない。しかし妥協すればそれは孤高を貫くことにならない。それをあえて貫いた魯山人に共感するとともに、その孤高を許さない社会というもののことを思った。藤竜也の名演が心にしみた。このドラマは傑作として残るだろう。

妄想的陰謀論

 大鹿村界隈の旅が一段落し、次に訪ねたのは茅野市にある尖石縄文博物館だった。この博物館の展示物は素晴らしい。むかし見たときよりも館内が広くきれいになっていたし、展示されている土偶や土器が完全な形のものも多く、美しい。多少なりとも興味のある人はいちど訪ねることをお薦めする。さは去りながら、旅の報告は一息入れることにして、今回は妄想的陰謀論を少し書いてみたい。原油高についてである。

 

 アメリカとイスラエルによるイラン攻撃により、ホルムズ海峡が通行困難となって原油が高くなった。これを、原油を高止まりさせるために仕組まれたものではないか、と考えるのである。石油利権は一部の国に限られている。原油の値上がりで利益を上げるのはどこか。アメリカであり、ロシアであり、石油利権を持つ会社である。アメリカのシェールオイルは採掘コストがかかるから原油の価格が低いと採算がとれない。原油高は大歓迎である。コストがかけられればいままで採れなかったものまで採掘することが可能になる。

 

 その原油高がEV車の停滞と前後して起きていることも注目点だろう。EV車によってガソリン需要が減少すると原油価格が下がりかねない。それが思いのほかにEV車が伸び悩んでいる。ここにも何か仕掛けがあるのかもしれない。目的はまずEV化に先行している中国を叩くことである。EUの自動車メーカーもEV化を急速に進めていたが、国家の保護のもとに中国が安価なEV車で攻勢をかけてきたから勝負にならない。中国はレアアースなどを戦略物資として世界を牛耳ろうとした。そのレアアースを最も必要とするのはEV車である。その中国のはしごを外そうという仕掛けがあるに違いない。

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 そういう仕掛けの背後にユダヤ資本がある、というのが陰謀論の定番で、だからユダヤを欧米がここまで強力に支持するのである。ナチスによるホローコーストを反省してイスラエルを支持する、などというのは表向きで、イスラエルを利用して原油価格をつり上げ、中国やインド、日本や韓国、東南アジアにダメージを与え、自らは膨大な利益を得る、という陰謀が進行している。だからネタニアフは強硬でいられるのだ。

 

 二十世紀は石油の時代で、二十一世紀は自然エネルギーと原子力の時代 かと思っていたら、東京電力の大失態(対策を打っていれば電源喪失は起こらず、あの事故は起こらなかった。地震で原子炉が壊れたわけではないのである)により、原子力に対する信用が失われた。石油や天然ガスに頼る状態が維持されてしまった。しかしロシアなどの増産により価格が下がってしまったから、その価格をつり上げる必要が生じた。直接的に誰かが描いた図式かどうかわからないが、密かに願望する者が背後で動いていることはあるのではないか。

2026年4月24日 (金)

分杭峠

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国道百五十二号線を高遠方向に北上する。前回も記したが、この国道百五十二号線は中央構造線によって形成された谷を走る道である。狭くて曲がりくねった坂道を上り詰めると分杭峠に至る。分杭峠は北側の高遠藩が藩が境界として杭を打ったことにちなんでいる。南側、現在の大鹿村は天領であった。この峠からの眺めは絶景なのだが、ここに車を駐めると危険なので、わずかな駐車場所も今は閉じられて駐車禁止になっている。写真の正面から左へ曲がり、高遠へ一気に下っていく。道はほとんどS字カーブか部屋ピンカーブで、エンジンブレーキをきかせるためにセカンドかサードで下っていく。

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分杭峠の標高は1424メートル。峠としては屈指の高度である。

高遠の手前まで狭くて屈曲する道を走るが、峠を下りきって高遠に近づくと片側一車線のきれいな道路になる。桜の名所として有名な高遠城址に立ち寄りたいとも思ったが、そのまま北上する。茅野へ向かうこの道は杖突街道と呼ばれる。ところどころ狭いが、分杭峠の前後の道と比べれば遙かに走りやすい。杖突峠を越えて一気にいろは坂を下れば諏訪インターの近くに出る。高速をくぐり、ナビにしたがって目的地の尖石縄文博物館に向かう。この百五十二号線はそのまま北上すると白樺湖まで通じている。むかし白樺湖に向かったときに標識で尖石の博物館の案内を見たので立ち寄ったのだった。

尖石縄文博物館は素晴らしかった。その話は次回。

ろくべん館(大鹿村民俗資料館)

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ろくべん館は中央構造線博物館の少し奥にある。1994年開館とのこと。

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大鹿村は山深いところにある。国道百五十二号線沿いとその周辺でかなり広い。国道百五十二号線はまさに中央構造線そのもので、そこが深い谷を形成しているのだ。だから道は狭い。その道を南へ行ったり戻ったりしていた。

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こういう暮らしは私の子どもの頃は普通に見られた。自然と密接した生活だっただろう。

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カラムシ織。横糸にカラムシという植物繊維を使っている。

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みごとな切り絵がたくさんあって、それで大鹿村を説明している。これは歌舞伎の時の様子。

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舞台の実物模型。

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実際の場所。

大鹿村をもう少しうろうろしたあと、国道百五十二号線を北上し高遠へ抜け、茅野に向かう。鹿塩温泉近くから先は鹿塩川という中央構造線が形成した谷あいの細い道を走る。センターラインなどなく、乗用車ならかろうじてすれ違えるが、ときどきそこをあのトラックが通ったりするからヒヤヒヤする。最高地点の分杭峠へ登る手前に中央構造線の北川露頭がある。案内標識もあったが、山道を歩いて三百メートル、あのクマのイメージが頭に浮かんで、残念だが行くのをあきらめた。

茅野へのルートにこの道が最短なのだが、いつもは道が狭くても平気で案内するナビが、このルートではない道を指図した理由をつくづく思い知らされた。

2026年4月23日 (木)

山体崩壊した大西山

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中央構造線の背後にある大西山は、昭和三十六年に山体崩壊して、崩壊した岩石をともなう土石流で大被害をもたらした。それがきっかけでこの博物館ができたのではないかと思うが、確認していない。

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こういう露頭部分を見るのは大好きでわくわくする。

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採石場になっているのだろうか。トラックが列をなしている。川は小渋川。

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小渋川は少し先で国道百五十二号線沿いを流れる青木川と合流する。国道百五十二号線は南側の地蔵峠で途切れている。その地蔵峠の手前に中央構造線の露頭があるようなのでいってみたのだが、途中で工事車両と工事現場があって、道はますます狭くなり、その先へ行く気にならなかった。

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中央構造線博物館の前もひっきりなしにダンプカーが通る。自然が長い時間と大きな力で地形を変えてきたが、今は人間が地形を変えようとしている。

近くに大鹿村民俗資料館があったので立ち寄った。ろくべん館という。

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ろくべん館は結構見るものがあったので次回報告する。入り口近くにあったのが、大鹿歌舞伎の様子。

大鹿村中央構造線博物館

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大鹿村中央構造線博物館。後ろの山は昭和三十六年に大雨によって山体崩壊して岩盤が露出した大西山。このときの土砂崩れて四十二人が亡くなっている。博物館の前にはたくさんの岩石が置かれている。岩石の名前を勉強するのによい。日本列島が今のようになるまでに、さまざまな複雑な過程を経ていて、それが多種多様の岩石を生んでいる。今もその変化は続いているのだ。

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構造線というのは、端っこが明らかではない、繰り返し起こった長大な断層のことである。この中央構造線と糸魚川・静岡構造線が交わったのがこの大鹿村のあたりになるのだ。

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前回(かなり前)二ここを訪ねたときは熱心なお姉さんが、この模型で地形を説明してくれた。

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ボタンを操作すると、こうして地下の断面図が見られるのだ。前回、お姉さんが操作するのを見て覚えていた。前回は私一人だったから暇だったのだろう。今回はお客さんも何人かいて熱心に見ていた。次々に客が来るから、お姉さん(もちろん前回とは違う人)は窓口の奥にいて出てこなかった。

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模型の背後の構造線断面の岩石。全く違うのだ。凄い。

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活断層としての中央構造線の説明。

いくら見ていても見飽きない博物館。ただ、ここまで来る道がちょっと狭いのが難。しかしそこら中の河原で工事が行われていたから、道路もよくなるだろう。しかし清流の川がそれで失われてしまう気がした。

次回は大西山の露頭の写真や大鹿村の民俗資料館を紹介する。

2026年4月22日 (水)

大鹿村市場神社

 先ほど四時前に上諏訪の宿に到着して一風呂浴び、缶ビールを脇に置いてこのブログを書き始めているところだ。今日は意識してあまり水分をとらなかったので、スーパードライが格別うまい。

 

 今朝は七時前に我が家を出発して、小牧から東名高速に乗り、すぐに中央道に乗り換える。この時間は小牧のインターまでがいつもトラックだらけで、混むのはしかたがない。のんびり走る。中央高速は工事が多い。これからますますメンテナンス工事が続くらしい。彼方に恵那山が見えてくる。その恵那山の下の長いトンネルをくぐり抜け、しばらく走ると南アルプスが霞んで見えてくる。松川インターで降りて東へ向かう。このあたりは林檎畑だらけで、その林檎の薄緑の花が満開だ。林檎の時期には買いに来ることがある。娘に半分分ける。

 

 峠を越える道はところどころ狭くて、すれ違いが困難なところがあるが、それなのにトラックが走っている。運転が下手なので狭いところは嫌いであるが、今日はやたらに狭いところを走ることになった。この辺は谷が深いからしかたがないのである。大鹿村にたどりつく。今回のお目当ては大鹿村中央構造線博物館であるが、時間に余裕があるので大鹿村の歌舞伎が行われる神社に行ってみる。

 

 映画『大鹿村騒動記』は忘れられない映画で、これが原田芳雄の最後の出演作である。病を押して超人的な忍耐の元にこの映画を撮りきった。その迫力がこの映画に感じられる。共演の大楠道代も最高によかった。だから映画を見てすぐに、その舞台を見に来たことがあるのだ。

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ここの駐車場に車を置いて高台の神社まで歩いて行く。あとで土産も買った。

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大鹿村歌舞伎の舞台。

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薄紫の野生の藤がベールをかぶせたようにあちこちにみえる。

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これがミツバツツジだろうか。

 このあとお目当ての場所に向かった。

 

屈曲を見に行く

 自分の残りの寿命と蓄えとを勘案し、そこに年金を加えて余生の暮らしの算段をしている。大病して寝込んだりすれば算段は外れるが、そんなことを気にしていたら落ち込むばかりである。病気で入院している妻を抱えてはいるが、なんとかなりそうだと楽天的に考えることにしている。運転できるうち、出かける元気があるうちに、なるだけあちこち出かけようと思うのは、元気になった証拠である。ありがたい。

 

 今日は大鹿村(原田芳雄主演の映画『大鹿村騒動記』で知った)に中央構造線の屈曲しているところを見に行く。日本列島は南北の糸魚川静岡構造線と、九州から四国、紀州から伊勢、さらに木曽を東西に貫く中央構造線が走っている。その中央構造線は大鹿村のあたりでぐにゃりと南方向へ屈曲してほとんど消失してしまうのだ。・・・とうろ覚えで記憶しているのは、二十年近く前に大鹿村の村歌舞伎の舞台を見に行き、塩の温泉からとれた塩を買い、たまたま標識で気がついた大鹿村中央構造線博物館で、熱心な女性の館員から説明を受けたからだ。そのときは映画のイメージを追うことの方が優先していた。今回は目的が違う。

 

 大鹿村へ向かう道はいくつかあって、うっかり細い道を選んだりすると大変な思いをする。メインの国道が途中で通行止めになっているところもある。前回はそんなハードな道を選んでしまったが、今回はよくよく調べてある。

 

 断層部を見ることができる場所もあるはずだが、そのときには時間があまりなかった。今回は探す時間があると思う。そのあと高遠を経由して午後には茅野まで足を伸ばし、尖石(とがりいし)縄文博物館を訪ねる予定である。ここもいちど立ち寄ったことがある。土偶のヴィーナスがあるはずだ。

 

 さあ出かけよう。

2026年4月21日 (火)

子どもの化粧

 海外ニュースを見ていたら、子どもがたくさんの化粧品を嬉しそうに抱え込んでいた。親のものではなく、自分用の化粧品だという。どこの国のニュースだか忘れたが、日本もいまにそうなるのだろうか。

 

 祭りの時などに、子どもが化粧して晴れがましそうに、そして恥ずかしそうにしている姿などはなかなかいいものだから、子どもが化粧することを一概に否定する気はない。しかしそれはいわゆる非日常だから化粧をするので、日常的に子どもが自分の化粧品をそろえて化粧するというのはなかなか受け入れがたい気がする。

 

 知り合いの子どもが、母親と一緒にネイルアートしたりしているのを見ると、なんだか違和感がある。子どもが親のおもちゃになっているような気がするのである。子どもが化粧するのを、子どもが好きでやりたがるから、と母親がにこやかに言うのを聞くと、同様の思いがする。そうしてそこに商機を見つけて、子供用の化粧品などというものが売り出されているらしい。刺激のないような材料が選ばれているとは思うけれど、まだ荒れずに肌のきれいな子どもに化粧品・・・などとむかし男はつい思ってしまう。

兄貴分の人

 五つ年上で、現役時代に世話になり、わたしがリタイア後も親しくさせてもらっている先輩を、わたしは兄貴分の人と呼んでいる。数年前までは、私が勝手に長老と呼ぶ、兄貴分の人の友達と三人で、年に一二回はあちこち旅をした。兄貴分の人とは二人で竜飛岬へ行ったり、佐渡へ行ったり、北海道へ行き、利尻島へ泊まったりもした。その兄貴分の人もコロナ前から持病が悪化して旅行に行くことができなくなり、手術を繰り返していたが、一度会いに行かなければと思いながらご無沙汰していた。それでも電話ではよくやりとりしている。しばらくぶりに声を聞いたら、最初は力のない声だったが、話しているうちに元気そうな声になっていった。さびしいのかもしれない。会いに行くならいまだと思い、来週行くことにした。

 

 

 行くなら声をかけてくれ、と犬山の先輩にも言われているのでさっそく連絡した。どうやら月曜日は何か都合がありそうだったが、話しているうちに「一緒に行く」と言う。行けるときに行かなければと思ったのだろう。もう一人声をかける友人がいる。彼がいけるかどうかは半々だが、できれば三人でお邪魔しようと思う。

 

 兄貴分の人とは別に、会っておきたい闘病中の友人もいる。闘病中の姿を見せたくない気配もあり、いくのを迷っていた。連休明けに行くことにしようか。断られたら仕方がないが、会いたいときに会っておかなければと思う。会わなければと思いながら、かわいがってくれた叔父に会えずじまいで、一月に見送ったことを思い出した。

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竜飛岬のその先端にある津軽海峡亭の前で崖の上(崖の上にホテルがあり、展望台があり、そこから珍しい階段国道があって降りられる)を見上げる兄貴分の人。この食堂が民宿もやっていて、二人で北の魚をたらふく食べて酩酊した。

2026年4月20日 (月)

『NIGHT HEAD』

 1994年の日本映画『NIGHT HEAD』を見た。監督・飯田譲治の原作と脚本。主演は豊川悦司と武田真治、超能力者の兄弟という設定である。やはり超能力を持つ、ヒロインの少女役は小島聖、悪役は篠井英介など。超能力の映画やドラマ、アニメや小説が大好きで、多少出来が悪くても見たり読んだりしてしまう。この映画もテンポがゆっくりすぎてイライラするところが多く、切れが悪いうえに画質もイマイチで、不満だらけであるが最後まで見てしまった。

 

 人間には未知の力がある、という信奉と、人間は脳の能力の一部しか生かせていないという事実とがミックスされて、さらに解明されていない不思議な現象の記録が、超能力というおとぎ話を生み出す。私は超能力があればいいなあ、という思いが強くあるのに、その能力のないことを残念に思っている。だから空想であってもそういう話が大好きなのである。スティーヴン・キングの小説にもそういう話が多い。彼の原作でスタンリー・キューブリックが監督した『シャイニング』という映画も、ホラー映画ではあるが、シャイニングというのはあの少年の過去を見る超能力のことでもある。平井和正の『幻魔大戦』もそうだし、彼の『メガロポリスの虎』なんていうSFもやはり超能力者の話で、大好きな作品である。取り上げていったらきりがなく映画や小説をあげていきそうなのでこの辺にしておく。そういえばオウム真理教もそういう超能力をうたい文句にしていた。あこがれる人が多いのだろう。

 

 未来を見通す力、人の心を操る力、強大な物理的力を使える者が、ある組織によって利用されようとするとき、兄弟でそれを阻止しようとする、というのがこの映画のストーリーであるが、その組織のリーダーが、より次元の高い存在との交信から物事を進めるという、その高次存在の目的が不明確なままである。だから恐ろしさがちっとも感じられない。危機により能力が高まり、危機を乗り越えたとき新しい世界への道が開ける、という展開になってほしいのだが、どうも人間はそういう能力までは神から与えられていないようだ。

睡眠

 この数日、やたらに眠い。普段は六時間寝れば十分であるが、それで足りないときは昼食後にうたた寝する程度だった。それがうたた寝どころではない長い昼寝をするし、早めに寝て朝まで寝たりすると十時間も寝たりする。春眠暁を覚えず、どころではない。眠れずに、睡眠導入剤を必要としたこともある時期とは大違いだ。

 

 そういえば、父も高齢になったらよく横になっていた。起きているより寝ていることの方が多いくらいによく寝た。その父は九十七歳まで生きたから、よく寝ることは良いことなのかもしれない。父は酒もたばこもたしなまず、土いじりが趣味で健康的に生きていたから、暴飲暴食を重ねた私がその父のように長生きするとは思っていないが、持病は抱えているものの、今のところ元気でいられるのは、そういう体質を受け継いでいるからだろうと思う。

 

 この頃父や母のことをよく思い出すようになった。現役時代はもちろん存命だったが、あまり父や母のことを思うことはなかった。それでもまとまった休みがあれば、喜ぶから子どもたちを連れて顔を見せに行った。ある時期から事情があって男手一つで子どもたちを育てていたので、ときどき二人でやってきて子どもの面倒を見てくれたりした。

 

 些細なことを思い出す。その些細なことで父や母がどんな思いをしたのか考えたりする。とげのある言葉を発していたような気がする。もう少し優しい言葉をかけたら良かったと思う。心配させたり、がっかりさせることも多かった。親は大事にしなければいけない、というあたりまえのことを、親がいなくなったいまごろ深く知る。そろそろこちらへおいで、といっているわけではないだろうが、なんとなく父や母との距離が近づいている気がしないではない。

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小学生の頃(昭和三十五年か六年頃)、私が撮った両親の写真。わたしは母に似ている。父は普段はめがねをかけていたのに、珍しくこの写真ではめがねをかけていない。

2026年4月19日 (日)

『憑神』

 『憑神(つきがみ)』は2007年の日本映画。主演は妻夫木聡、監督は降旗康男、原作は浅田次郎。見る前はシリアスで少し怖い時代劇かと思っていたのだが、なんとコミカルな映画であった。コミック映画はあまり好みではない。たいてい役者だけが騒いでいてちっともおもしろくないことが多いからだ。しかし降旗康男である。大真面目に演出し、妻夫木聡以下役者たちも大真面目に怪演している。共演は夏木マリ、佐々木蔵之介、西田敏行など。

 

 下級の幕臣で、以前は昌平黌の俊才と謳われた男(妻夫木聡)は不運続きで、次男坊でありながら良家に養子に入ったのに、部下の不始末の責めを負い、養家を離れて兄の元に戻って居候暮らしの身になっている。出世した学友の姿を見て、自らの不遇を嘆いている。

 

 そんなとき、勧められてお稲荷さんに祈願するつもりでいたところ、たまたま草むらの中の小さなほこらの稲荷を見つけてそこに祈願をしたのだが・・・。

 

 それから彼がであう憑神が三人(神様だけれど人間より人間くさい)、貧乏神、そして疫病神、そして最後が死神である。逃れられぬ運命と抗うことで、逆に生きるとはどういうことか知る、という仕立てになっているが、神とのやりとりが極めてユーモラスでおもしろいのだ。大真面目だからおもしろいし、同時にペーソスも生み出す、という、喜劇の本道を楽しんだ。

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ユートピア

 雨の日は好いのだが、風の強い日は特につらい。ヒノキ花粉が飛んでいるのだろう。私はこの時期が特に症状が強く出る。杉花粉の時期はあまり感じなかったのが、今年は杉にも強く反応していた。今年は風の強い日が多いように思う。大根の枝が風に煽られて、背の低い方の鉢は頭でっかちなのでしばしば倒れてしまう。そういう日は花粉もよく飛んでいるようだ。髪が中途半端に伸びて乱れているので床屋に行きたいのだが、床屋でくしゃみをするのはあぶないから行く気にならない。

 

 今週半ばに長野に縄文遺跡や中央構造線を見に行く予定を立てて宿を取ったら、後半は雨だし、昨日は大きな地震が発生するしでちょっと心配なことになった。いままで出かけるときには念力で雨雲をはらうことができたものだが、使い過ぎて効果が弱くなったようだ。

 

 放送大学で、静岡大学の石井名誉教授の講演した「トマス・モア『ユートピア』における演技する自己」という特別講演を見た。ユートピアは現在、理想郷という意味合いで使われることが多いが、そもそもはギリシャ語で、「ユー」は否定語、「トピア」は場所という意味であり、「どこにもない場所」をあらわす。トマス・モアが書いた『ユートピア』ではまったくの共有制の社会、私有のない世界(日本でいえば幸福会ヤマギシ会のヤマギシズムか)が描かれている。トマス・モアはそれを理想社会とは考えておらず、懐疑的である。

 

 トマス・モアが生きた15~16世紀という時代は、ルネッサンスの時代であり、宗教改革の時代であり、専政領主の時代から絶対王政への変化の時代であり、毛織物業の隆盛に伴い、土地の囲い込みが起きていた時代であり、個人という意識が目覚めた時代であった。トマス・モアは物語の中で「羊が人間を喰う」という表現をしている。

 

 『ユートピア』についてさまざまな解析がなされてきた。その中のいくつかが紹介されている。そして講師はその衣鉢を継いで、『ユートピア』の中に書かれている「演技する自己」という視点を重要視して時代背景を含めて解説していく。「演技する自己」とは、自分とは、他者を前に絶えず演技する存在だ」という意味である。この観念はのちにシェークスピアの「人はみな役者である」という台詞につながっていく。 

 

 人はみなその与えられた役割、立場に基づいた振る舞いをする。王様なら王様として、社長なら社長として、父親なら父親として、役割に応じた演技をしているというのである。しかしユートピアではすべて平等であり、役割を演ずる必要がない。演技が必要とされない、演技が否定される社会なのである。ときに若者は儀礼を否定する。人は平等だから敬語など必要ない、まさにユートピアを夢見ているのだろう。挨拶も不要だ、といったりする。その若者は演技が必要な社会が許せない。だから役割ではない本当の自分を探したりする。そんな自分に合った仕事を探したりする。

 

 トマス・モアは「ユートピア」を理想郷として提唱したのではない。「人は演技する存在である」ことを『ユートピア』によって逆説的に描いて見せ、そして同時にあまりに急激に変わりつつあるその時代との大きなギャップとどう折り合いをつけるのか、そのことを問うたのかもしれない。講義を聴いてそんなことを感じた。途中からは私の私見がかなり入っているので、講義そのものではないのでお断りしておく。

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 トマス・モアは王によって投獄され刑死している。

2026年4月18日 (土)

『キャプテン・フィリップス』

 2013年のアメリカ映画『キャプテン・フィリップス』を見た。2009年、アメリカのコンテナ船がソマリア沖で海賊に襲われ、船長が人質になった実話をもとにした映画で、主演はトム・ハンクス。緊張感があり、見応えのある映画だった。

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 このトム・ハンクス、そしてこの映画には出ていないけれど、レオナルド・ディカプリオが私はあまり好みではない。しかし彼らが出る映画は好い映画が多いので、けっこう本数を見ている。イランとアメリカの諍いにソマリアも話題になったので、そんなつながりから、見そびれていたこの映画を見たのだ。海賊側の男たちのキャラクターが丁寧に描かれていて、リアリティを増している。話し合いが通じない相手というのがいる。そしてそういう者と交渉しなければならないのだから本当に命がけだ。実話の結末を知っているので助かることがわかっているのにハラハラドキドキした。勇気があるということはどういうことか、教えられるけれど、自分がそういう場面に出くわしたらどう行動するか、自信がない。まあたいていの人がそうだろうけれど。

 

 ほかにWOWOWのミステリードラマ『ログアウト 見えざる追っ手』(全六回・スイスとフランスの合作)を一気見した。出だしからこういう展開になりそうな気はしていたのだが、どうしてこうなったのかは意想外の理由があって、その意外性で最後まで楽しめた。ハッカーというものの恐ろしさを改めて感じさせてくれる。

 

 今日は天気がいいのにこうして引きこもってテレビの画面を見ていた。

明日は選挙

 明日は市議の選挙の日。それぞれの議員の支持者が配布するチラシがポストに投げ込まれているし、街頭での演説や選挙カーを頻繁に見る。いつもより盛り上がっているようだ。しかし一体誰に投票したら良いのかがよくわからない。情報があるようで、判断する材料が意外にないのだ。

 

 市政については市の毎月の広報でなんとなく承知しているつもりだが、それぞれの市議については知る機会がない。市民の高齢化による財政負担はこれからますます大きくなる。それなのに「あれもやります、これもやります」と安請け合いするのは無責任ではないかと思う。その辺の、地に足のついたことを言っているかどうかで選ぼうか。市議なのに天下国家をどうするこうするなんて言うのがいるから笑ってしまう。まず足元からだろう。

 

 これは市政ではないものの、名鉄の踏切の多いこと、何しろ本数が多いから、それによる交通に対する支障が日常生活の中で最も改善してほしいことで、名鉄は名古屋駅ビルの再開発が頓挫して白紙になったくらいで、金がないのだろうとは承知しているものの、踏切を一つでも減らすことを自治体と協力して進めてもらいたいものだと思う。市には、いまは妻の入院費用の補助をしてもらっているからありがたいと思っていて、それ以上の要求をしようとは思っていない。

2026年4月17日 (金)

ぼんやりして

 おいしそうなぶりのアラがあったので、つい購入してしまった。魚のアラは切り身よりおいしいとわたしは思う。食べるのが少し面倒なだけだ。十年前だったら本当に安くて酒の肴にはありがたかったけれど、この頃は普通の切り身と変わらない値段で、食べるところが少ない分、かえって高いかもしれない。鶏皮や手羽先なども、精肉より値上がりの率がずっと高いのが残念だ。

 

 そのアラを危うくダメにするところだった。琺瑯の平たい鍋にならべ、落とし蓋をして煮込んでいるうちにぼんやりして焦がしかけた。煮汁がほとんどない状態で、きわどいところだった。ひところ考え事をすることが多いときには、よくやかんを火にかけたまま空だきしたり、鍋を焦がしてダメにすることが続いて自己嫌悪になったものだが、この頃はそういうことがあまりなくなっていたのに・・・。

 

 今日、妻の病院へ、月に一度の支払いに行った。面会の予約はしていないので支払いだけ。前月面会で会ったときに、妻の調子がいつもより悪くて激しく疲れたので、今回はパスして、しかるべき日に改めて面会するつもりでいた。支払いの額が例月に比べてだいぶ高い。医療費そのものはほとんど変わらないけれど、シーツの洗濯代や紙パンツの支払いが急増している。やはり調子が悪そうだ。介護の人に手間をかけさせているのだろう。仕事とはいえ申し訳ないことだ。このまま病院に居続けることができるだろうか。覚悟をしていたとはいえ、思ったよりも進行が早い気がする。

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 考え込んで、ついぼんやりしてしまうのである。

岐阜県博物館・飛騨は海だった

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ミノタウザウルスの頭部の模型。

博物館は有料コーナーと無料コーナーがあって、もちろん有料コーナーにこそ見たいものがあったのでチケットを購入する。博物館はJAFのカードを持っていると割引になるところが多い。ここもそうだったし、先日行った陶磁美術館もそれで割引があった。シニア割引はどちらもなかった。来るのはシニアばかりなのかもしれない。最初にエレベーターで三階に行き、恐竜や化石や岩石などのあるコーナーを見る。どれも好きなものである。

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プロトケラトプスの頭部。

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ティラノサウルスの頭部。模型である。

大きな恐竜や翼竜のレプリカなどがたくさん展示されていて、模型のほうが完璧なのできれいである。

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飛騨は大昔、海だったらしい。

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放散虫の化石。時代により形が変わるので年代を測る物差しになる。少し前に行った、福井県三方の年縞(ねんこう)博物館で説明を受けた。

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飛騨には鍾乳洞があちこちにある。わたしは洞窟も好きなので数カ所訪ねたことがある。平日、人がほとんどいない洞窟を歩くとちょっとドキドキする。怖がりなのである。

鍾乳洞は石灰岩の堆積があってこそできるものであり、石灰岩は珊瑚や貝などが降り積もってできるから、つまり飛騨はむかし海だったのである。

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上の階から見下ろしたところ。これはほんの一部で、全体はかなり広い。

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岩石がいろいろ展示しているコーナーも歩いた。いろいろな岩石を眺めるのも好きだ。この岩石の中に日本最古の岩石の部分が封じ込められている。約二十億年前の岩石。飛騨川に沿って国道41号線を走る途中にある七宗町(ひちそうちょう)というところで発見されたもの。七宗町にはこ最古の石を含め、隕石などの珍しい石を展示しているロックガーデンがある。大好きなところで、下呂や高山へ行く途中に、ときどき見に行く。いくら見てもなかなか岩石の種類の判別はできない。ブラタモリでタモリが言い当てるのにいつも感心する。

このあと縄文土器など、古代から現代までの展示コーナーがあったのでじっくり見て回ったのだが、そこは写真撮影は禁止であった。この頃は禁止されれば写真は撮らない(昔はチャンスがあれば撮っていた)。そもそも土器などをどうして撮ってはならないのかよくわからない。

さらに刀剣の特別展示もあったのだが、くたびれて足も腰も痛くなってしまい、おざなりに見てしまった。無料展示コーナーのほうでは鉄道関連の展示もあったが、そこにあったソファーに腰掛けて休みながら眺め回しただけ。六角精児なら大喜びで見ただろうなあ。駅弁のコレクションがおもしろかった。

くたびれたけれど満足して帰路についた。

2026年4月16日 (木)

岐阜県博物館

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岐阜県博物館へ行ってきた。岐阜県博物館は岐阜県関市の岐阜百年公園の中にある。とにかくこの公園は広い。快晴。

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突然バラバラと葉っぱや花の萼らしきものが降ってきた。なんだかよくわからない。ふしぎなことがあるものだ。

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案内に従って博物館の方へ歩く。日差しが強くて日に焼けそうだ。

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ようやく近くなってきたようだ。右手奥の急坂の上にある。スロープカーというのは小さなケーブルカーで、乗るほどもないと思って歩いて登った。息が切れた。

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立派な青い建物。

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入り口。

いろいろ展示しているものがあったけれど、その話は次回。

最初に目についたのは

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ラピスラズリ。青い宝石。トルコの青のサマルカンドは、このラピスラズリを顔料にして青いタイルを焼いている。

今朝は快晴

寝室の窓のカーテンは引かない。だから夜が明けて明るくなればひとりでに目覚めるのだが、昨晩は録画していた『テミスの不確かな法廷』というNHKのドラマを夜遅くまで見ていて(全八話のうち四話まで見た)、朝寝坊してしまった。録画はしていたが見そびれていたドラマで、弟たちが「おもしろいよ」といっていたのを思い出したのだ。確かにおもしろい。今日は残りを見ようと思う。

今朝は快晴。溜まっている洗濯物を洗濯しよう。動き回ると汗ばむ陽気になったので、着替えることも多くなる。洗濯は嫌いではない。たたんで仕舞うのも面倒ではない。

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ベランダの大根の花が結果してこんな風なサヤがたくさんできている。カラカラになったら採集して種をとり、蒔いてカイワレにしていただくのだ。

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ベランダから見下ろせば、中庭にツツジがたくさん咲いている。本当に好い季節になった。しかし近年はこの好い季節、過ごしやすい季節がどんどん短くなっているのが残念だ。 

2026年4月15日 (水)

陶磁器美術館

 もらったパンフレットによれば、愛知県陶磁資料館は2013年に愛知県陶磁器美術館と改称されたらしい。作陶体験施設や古窯跡などを併設して、「本館」と「デザイン愛知」の二つの展示施設をメインとする。その本館は、地下一階を現代作家の陶磁器アート作品の展示、一階が特別展。現在は『茶の饗宴』として、日本の茶器、中国の茶器、西洋の茶器などが並べられていて、見応えがあった。二階は収蔵品の常設展示があり、日本の古代から(ここに、もちろんわたしの好きな縄文土器も置いてある)現在までの陶磁器、中国、韓国の陶磁器が展示されている。丁寧に見ていたら、たちまち二時間あまりが経過していた。腰と背中が痛くなり、曲がったきり伸ばせない。あっという間に腰の曲がったおじいさんになっていた。

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 陶器と磁器の違いはおぼろげに承知していたが、土師器(はじき)と須恵器(すえき)について、今回初めて知ることができた。土師器はいわゆる土器であり、縄文土器も弥生式土器もこの土師器である。せいぜい800度から1000度で焼かれるために焼き物用の粘土の中の珪酸がガラス質に変わりきっていないために、長時間立つと水が染み出てしまう。須恵器は高温で焼く技術が朝鮮半島から伝えられてからの焼き物のことをいうらしい。日本古窯には六古窯があり、そのうち五古窯が尾張三河地区を源流とするのだそうだ。残りの一つが九州の古伊万里である。日本中に窯場があるが、すべてはこれらから発しているという。

 

 焼き物にはそれほど強い興味がなかったけれど、今回丁寧に国宝級の焼き物を眺めていたら、おぼろげながらもその魅力を感じることができた。良いものをじっくり見ることではじめてその良さ、魅力もわかるようだ。そういえばNHKで北大路魯山人のドラマをやっている。『魯山人のかまど』というこのドラマは好い。藤竜也の名演技、そして古川琴音という女優の魅力がドラマをもり立てている。

 

 南紀へ行ったとき、串本でトルコの焼き物を売っている店があり、青色のカラフルな小さな浅い小鉢が、なんとなくぐい呑みに使えそうに思って購入した。色が鮮やかな割に酒器に使ってもうるさくない。好い買い物をした。気に入っている。

 

 機会があればとにかく出かける方が良いようだ。次はどこに行こうか。

陶器の狛犬

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本館の建物入り口。本館は立派で大きい。入り口入ってすぐのところに陶器製の狛犬がたくさん置いてあって、おもしろい顔のものもいろいろあって楽しい。

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狛犬とは何か、説明文を読んだ。なるほど。

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ご主人様を見上げて甘えている犬のようだ。

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こちらはそれなりに睨みをきかせている。

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アンバランスな表情が笑える。

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たくさんあったほんの一部を紹介した。ここまでは無料。このあと入場料を払って中の展示物を丁寧に見ていく。特に写真撮影は禁止ではないが、写真を撮る雰囲気ではなかったので、あと一枚だけ撮った。

次回はその一枚をもとに館内の様子を報告する。

2026年4月14日 (火)

愛知県陶磁美術館に行く

ちょっとした用があったので娘に会いに行くと連絡していた。娘の都合で午後に訪ねることになったので、午前中に、瀬戸にある陶磁資料館を見に行くことにした。休館ではないことを確認しようとネットで調べたら、見つからない。かなり前に名前が陶磁美術館に変わっていたのだ。何しろわたしが行ったのは、名古屋へ移り住んですぐの頃のほぼ四十年近く前で、場所は記憶通りだが、中はずいぶん変わっていた。

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一番奥の駐車場に車を置いたら、発掘された大昔の窯跡の場所が近かったので見に行った。かなり大型の登り窯である。上からも眺め下ろすことができる。ほかにも発掘された窯があるし、現在使用している窯もある。一つ一つ見て回る。

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窯からさまざまな陶磁器が展示されている本館までは少し歩く。途中にツツジが咲いていた。ツツジだと思うが花は普通のツツジより小ぶりであるから皐月かもしれない。何しろ植物に疎いので恥ずかしながら区別がつかない。

道路をまたぐ歩道橋に陶板がいくつも貼り付けられていた。

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狛犬。狛犬については本館の玄関脇、特別展示箇所にさまざまな狛犬が飾られていた。後で見に行く。

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縄文土器の陶板。好いなあ。

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八重桜の向こうに本館の建物が見えてきた。

ニュース雑感

 ニュースを眺めてさまざまなことを思うが、特に深く調べることもめったにないからヤジ馬レベルの情報からの思いにとどまる。

 

 京都府南丹市の少年失踪事件は、少年と思われる遺体が発見されたらしいことで、最悪の結果になったようだ。リュックが見つかり、そして靴が見つかり、ついに遺体が見つかる、という流れを見ていると、誰かが意図的に行っているような気がしてならない。靴を並べて置いておくというのは、少年が自ら行った行動によるものとはとても思えないではないか。それにしてもふしぎな事件である。死後何日たっているのか、それが問題だろう。亡くなってからリュックや靴を置きに行くことはできないのだから。

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 台湾国民党の党首が中国で大歓迎を受けたようだ。思えば国民党とは蒋介石を源流としているのであって、中国共産党とは相容れるはずのない党のはずなのだが、その党の党首が自ら共産党の歓迎を受けに行くというのも奇妙なことだ。そして中国と一緒になって日本を非難する姿は日本人としてあまり愉快なことではない。これを見て台湾の国民党支持者は賛同しているのだろうか。中国は強面を隠して台湾に対してソフトムードを演じて見せている。悪いのは民進党だ、ということを強調し、日本びいきと言われる台湾をアンチ日本に誘導していこうというのだろう。香港がイギリスから返還されてからの経緯を台湾がたどることになるのではないか。それが必然の流れであるような危惧を感じる。  

 

 イランに対してのアメリカ人の嫌悪感は根強いものがあるようだ。だからイランに対するトランプの国際法を無視した行動は、アメリカ人にとって当然だと受け止められているように見える。軍事行動に反対する者たちの反対理由は、ただ戦争なんかしている場合ではないとかガソリンの値段が上がって生活に差し障りがあるというのが大半なのではないか。そうでなければ攻撃は正当だといいそうに見える。アメリカは常に他の国を戦場として戦ってきた。自国が戦場になったことがほとんどないから、アメリカ人の戦争に対する感覚にはリアリティがない。だから日本軍の真珠湾奇襲へのあのこだわり、日本に対しての反感がかえって根強く、根深いのだろう。9.11同時多発テロに対しては、自国が戦場になったと受け止められた。そのトラウマが中東に対するアメリカ人の正義と悪の判断に影響しているように見える。

2026年4月13日 (月)

ドラマを見るのに忙しい

 小芝風花主演の『あきない正傳金と銀』の新シリーズを見るかどうか迷ったのだが、第二回をつい見てしまった。八方塞がりになった主人公が、それでもなんとか周囲の人々に支えられて立ち直りつつある。さらに成長して苦境の壁に立ち向かうであろう。あまりの主人公の苦難に感情移入しすぎて見るのがつらく感じるとは、我ながら意気地がないなあ、と反省する。苦難が厳しいほど、それをはねのけた後の快感があるのに・・・。

 

 同じくNHKでフランスミステリードラマ『アストリッドとラファエル』の新シリーズが始まった。待ちかねた。暴走気味の女警部(ラファエル)に自閉症の天才(アストリッド)という異色のコンビがとても好いのだ。今回はラファエルが病院で意識不明の状態から始まる。前回のシリーズの最後に毒で生死をさまようところで終わっていたからだ。いささか奇妙でふしぎな出来事がドラマにかぶせられていて、なかなか味がある。二人の友情はますます濃厚になって、微笑ましい。いつも次の話が待ちきれない。

 

 『豊臣兄弟』もなかなか好い。大河は見る気になるものとならないものがあって、今回は最初から見るつもりであった。代わりに今回の朝ドラは見ないことにした。WOWOWの『FBI特別捜査班』第八シーズンが始まった。スピンオフもいくつかできたけれど、やはり本筋のこの警察(FBI)ドラマが最高だ。マギーとジダンのコンビが素晴らしいし、特に好きなのは指揮官のジュバルだ。このシリーズは欠かさず見ている。同じくWOWOWの『清明上河図』も毎回楽しんでいる。茫洋としているようで案外鋭い主人公と、その妻が活躍する中国宋の時代のミステリーである。時代背景を丁寧に描いているし、何より風俗がきちんとしている。何しろ有名な絵画(『清明上河図』)を下敷きにしているから手抜きはできないのだ。

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 またまたWOWOWの『マーサー教授の事件簿』も第二シーズンが始まった。心理学を応用した推理はなかなかおもしろい。さらに『BLOOD & SWEAT』という日本とフィンランドが舞台の猟奇連続殺人事件を追うミステリードラマも始まった。主演は杏。物語そのものは多分おもしろいのだろうと思うのだが、杏の演技が私にはいまいちしっくり感じられず、リアリティを損なっているように感じる。彼女が敏腕刑事に見えないのだ。彼女は何らかのトラウマを抱えているらしいのだが、それがこの違和感の理由なのかもしれない。だから我慢して見続けるつもりだけれど・・・。

 

 とにかくおもしろいドラマが多すぎて見るのに忙しい。

まず足慣らしをせねば

 ベランダの大根の実(種)を包むサヤがようやく膨らんできた。花はたくさん咲いたのに結果しなかったものが多かったので、水をやるのを控えてみたらどんどん結果するようになった。水をやりすぎるのも善し悪しのようだ。風で折れた枝の先のサヤもめげずに膨らんでいるのはけなげだ。いまは昨年採った種の残りを蒔いてはカイワレを楽しんでいる。枝が枯れてきたらまた種が収穫ができる。

 

 春休みシーズンも終わり、雨の多い日々も一段落したようなので、出かけたい気持ちが嵩じてきている。しかし、三月末に兄弟で南紀旅行に出かけた先の、那智の滝へ行く階段で、今までにない膝の痛みに見舞われてからそれが治まっていない。マンションの五階に住んでいて、登りはエレベーターを使うことが多いが、下りはほとんど階段で降りていたのだが、膝が痛くて休み休み降りる状態だ。コンドロイチンは飲んでも効果はないというので飲むのをやめていたけれど、再び飲み始めたら少し楽になった。気持ちの問題か効果があるのかひとりでに治っているのかはわからない。

 

 雨の日が多かったし、膝の痛みもあって散歩をほとんどしていない。出かけるとなればかなり歩き回ることになるし、階段の上り下りを避けるわけにもいかない。まず足慣らしをしなければと思う。
 
 まず散歩を少しずつ再開し、近場で出かける先をいくつか選んだ。瀬戸の陶磁資料館、安城の歴史博物館、名古屋市博物館、岐阜市博物館などをリストアップしている。いったことのあるところもあるが、日本古代に関する部分をもう一度重点的に見直したいと思う。次に考えているのは大鹿村の中央構造線博物館、そして諏訪湖の東側にある尖石縄文考古館を再訪することである。また遠出して山形から岩手県遠野周辺の博物館を訪ね歩くことも考えいている。徳島の大塚美術館をまた見に行きたいし、その足で四国を巡りたいとも思う。可能な内に九州南部にも行きたい。

 

 とにかく歩き回れるように足を鍛えなければ。

2026年4月12日 (日)

集中力を欠いて

 NHKのドキュメント『ハルマゲドンを待ち望んで 米国“福音派”』という番組を見た。ヨーロッパのいくつかの国の合作であるが、どの国かメモし忘れた。いわゆるアメリカの「福音派」と呼ばれる人たちのなかの、特に“狂信的”なグループを可能な限り取材しての実態報告である。この番組だけから判断すれば、ほとんど“福音派”とはオウム真理教に近いものに見えてしまう(福音派にもまともなグループは少なくないはずなので、すべてが狂信的であるように報じるのは、そういうバイアスがかかっていると見えないことはない)。とはいえ、そういう人たちが長年にわたってアメリカ全体の政治や経済に影響力を強めてきて、ついにトランプ時代になって止めようのない力を持ってきたということの恐ろしさを感じさせた。まともな神経の持ち主ならみなそう思うだろうし、そうしてその恐ろしい彼らをまともに戻すことは絶望的に不可能だと思う。アメリカだけがおかしくなるなら自業自得だが、それがどのように世界に、そしてわれわれに波及してくるのか。現に今まさにその災厄を世界は受けつつある。

 

 ハルマゲドンは言うまでもなく「ヨハネの黙示録」で描かれる、神による人類絶滅(人類だけではなかったと思う)の事態のことである。あのソドムとゴモラの世界版であり、救われるのはただ神を信ずる者のみ。人類絶滅の先頭に立つのはイエス・キリストで、彼は剣の代わりにAK-47を手にしているらしい。彼らは約束されている一握りの人たちのみがイエスと出会い、蜜と乳の地へ誘われると本気で主張しているのだ。だから世界は破滅して全くかまわない。むしろ破滅のときが早く来れば神の救済が早まるということである。イエスに会えるということである。これが信仰なら狂っている。

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 そんなドキュメントを見てから精神にさざ波が立ち続けて集中力を欠いた状態になってしまい、本が読めないし、何もする気にならない。仕方がないのでぼんやりと眺められる絵画の全集や世界遺産の写真集、落款辞典などを引っ張り出して広げている。人間不信が心を支配してしまうのは良くない兆候だ。変な精神状態にならないように、早めに酒でも飲んで心の穢れを祓うことにしようか。

朝のルーティン

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 朝のルーティンにしていることの一つが、お気に入りに入れてある方々のブログを拝見することである。毎日更新する方もいるし、中には月に一度くらいしか更新のない人もある。欠かさず更新していた人の更新の間隔が間遠になっていったりする。毎日欠かさず散歩の様子を写真とともに伝えてくれていたのに間隔が空いていく理由が体調の衰えであったりするのは日々読んでいるからよくわかる。こちらも同様だから人ごとではない。もともとめったに更新しないのに必ず開くブログがある。波長が合うからだろう。逆にしばらく拝見していたけれど、だんだん読むのがおざなりになってしまう人もいる。

 

 最近久しぶりに一部のお気に入りのブログを入れ替えた。お気に入りは二つフォルダーを作ってあるから、これ以上増やすのも時間的に無理がある。申し訳ないが退場いただく人も出てくる。新しいブログは人気ブログランキングのリストの中から物色した。案外波長の合うものは少ないからかえって選びやすい。以前はいいね!をくださった方のハンドル名などからたどることができたからそこから選んでいたが、それがなくなったのでいまはそんな方法しかない。

 

 最近、アクセス数が増えて今年中には達成するかな、と思っていた密かな目標を、気がついたら超えていた。一万、十万、百万までは目指せても、もう一桁上はさすがにムリだろう。一時的な増減はあるものだが、この頃は増えたまま安定しているので励みになる。お粗末ではあってもきちんと考えて書くようにしたいと思う。

2026年4月11日 (土)

映画を見る

 このところドラマやお勉強(放送大学や高校講座)、ドキュメントを見るのに忙しくてほとんど映画を見る時間がない。急に映画が見たくなったので、昨日から立て続けに三本ほど映画を見た。まず、インディ・ジョーンズシリーズの最新作(といっても2023年公開だが)『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』。次から次へ切れ目のない危機を切り抜けていくけれど、主人公もかなりの歳であるから動きに往年のキレがない設定になっている(あたりまえだが)。戦時中のナチスとの軋轢(出だしはそこでのアクションがこれでもかとつづく)が尾を引いて、現在(1969年)につながってドラマは展開する。

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 こちらも主人公以上に老化しているから激しい流れについて行くのがやっとである。そうしてそれがわくわくしておもしろいことはおもしろいが、なんとなく二番煎じを見せられている気になったりもした。まあこのシリーズは多分主人公を変えても同じようなストーリー展開になるだろう。これが見納めか。期待したほどの気分転換とまではいかなかった。

 

 次にチャップリンの『ライムライト』を見た。学生時代に映画同好会の連中に誘われて古い映画をずいぶんたくさん見たが、その中にチャップリンの映画も何作かあった。しかしこの『ライムライト』は見ていないので初見である。見た映画はほとんど無声映画、ないし意図的に無声映画風(モダンタイムスなど)のものばかりだったが、この『ライムライト』は全編台詞つきである。チャップリン自身も落ちぶれた喜劇芸人を演じながら、あえてその老醜めいたものを誇張して演じて見せていた。やさしいからこそ助けた娘の幸せのために身を引こうとする主人公カルヴェロ。彼が久方ぶりの劇場で最後に万雷の拍手喝采を受けたのは、やらせだったのか、それとも死の前の輝きであったのか。この映画がチャップリンが出演したアメリカでの最期の映画であり、ハリウッドを追われることになったことに対しての、彼の気持ちが込められているのだろうと思う。バスター・キートンが共演している。

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 もう一本は『風の又三郎 ガラスのマント』(1989年)。宮沢賢治の『風の又三郎』は三回実写映画化されていて、小学生の時にその一つを見ているのだが、それが1940年版か1957年版かよくわからない。ただ、覚えているのは嵐の雨風の中で歌われる歌だけである。どの映画もメロディーは同じ。それは宮沢賢治が作曲した楽譜があるからで、それが使われているのだ。この映画は少女が主な登場人物となっていて、ずいぶん原作とは違いがある。少女は今風にいえばイジメに遭っているのに平然としていて、ついにはそれを自然に克服していく。又三郎と呼ばれる少年のおかげとも言えるが、わたしは彼女自身の力だと思う。その強さに感動する。なんとなく『トトロ』の五月に似た役割が与えられている気がした。病院に入院することになる母親を檀ふみが演じていて、病院の窓越しに遠くから眺めるところがなんとなくそれ(あの猫バスから母親を見るシーン)を連想させた。とはいえ映画が作られたのはこちらが先である。ふしぎな余韻を残し、さまざまな解釈の余地を与えてくれる映画だった。

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 録画してある映画は山のようにある。こんなにおもしろいのだからもっとせっせと見なければ・・・。

ヘミングウェイの短編を・・・

 ちょっと気分転換に少し盛りだくさんの肴で、酒をいつもの晩酌の規定量より余分に飲んだら、八時前に眠くなってそのまま寝てしまった。そうして一眠りして目が覚めたらまだその日だった。すぐには眠れそうもないのでヘミングウェイの短編集の第三巻を開いて短編を数編読む。この短編集の中には百ページを超えるものもあるが、読んだのは比較的に短いもので、一編読むごとにその余韻を味わってから次へ進む。次々に読みたくなるがあまり読み進めると朝まで眠れなくなるので切り上げて寝た。

 

 短編集の第一巻は主にパリ在住時代に書かれた初期のもの。第二巻はフロリダ沖の島に暮らしていた時代のもの。第三巻はキューバ時代のものだ。今回読んだ短編はアメリカの話、スペイン内乱に参戦した頃の話、イタリア戦線に記者として従軍していた時代の話など。どれも乾いた文章と会話だけでたちまちのうちに物語世界に引きずり込まれる。たまたま二つの盲人の話が続いた。戦争で失明し、その世話をする女性をどうにか自分から引き離そうと思う「私」の思い、そして彼女との会話が綴られていく。愛するが故に彼女の幸せを第一に考えるということだ。もう一編は、酒場で「私」が、すさまじい喧嘩の果てに両目を失ったというぼろきれのような男に出会い、その喧嘩のいきさつと、男が語るさっきあった出来事を聞くというものだ。本当にすさまじい話で、しばらくそのイメージが頭から離れない。

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 目が見えない人物が登場する物語を読むと、ついそれに感情移入してしまって別の登場人物まで目が見えないような勘違いしたり、自分が目が見えない状態になったことを想像してそれにとらわれすぎてしまうことがある。

 

 まだ半分ほどしか読み進めていないこの第三巻には生前未発表の作品も収められていて、それらをまとめてその中の一編の題名である『何を見ても何かを思い出す』を表題としている。連想をよぶ好い題名だ。前半には傑作とされる『蝶々と戦車』という作品も収められているのだが、これがどうして取り立てて傑作とされるのかがわからなかった。もう一度丁寧に読み直してみようと思っている。

2026年4月10日 (金)

『対馬の海に沈む』

 柴田錬三郎の『孤剣は折れず』を読了し、引き続いて『対馬の海に沈む』という窪田新之助というひとの書いたノンフィクションを読んだ。内容についても前評判についても一切知らず、ただ表紙の帯にあった、開高健ノンフィクション賞受賞という文字に惹かれて購入した本である。読んでみたら、JA対馬で起きた巨額の不正事件について、その詳細がルポルタージュされた本だった。

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 かねがね農協というものに不信の思いを抱いていた。詳しい事情を知ってのことではなく、さしたる根拠があるわけではない。本来は農業従事者の互助会的なものを母体としながら、巨大な営利組織となり、金融体にまで変貌しているように見えることに異様なものを感じているからだ。農林中金の信じがたいほどの投資失敗による巨額の損失があったことも記憶に新しい。

 

 このルポで明らかになったことは、対馬のJAで起きた巨額の不正事件が、あるひとりの不正者による単なる一事件として、犯人の自殺で片付けてよいのかどうかということである。そういう事件が長年看過され、しかも告発者がいたのに排除され、見て見ぬふりをしたばかりか、加担者すらしたとおぼしき者が責任を問われないままであるらしいことに異様なものを感じるのは私だけではないだろう。通常の企業であればあり得ない事態は、JAそのものの体質に原因がありはしないか、ということは誰もが感じることだと思う。去年からの米価と米の供給の問題についても、こういう体質と無関係とは思えない。この本を読んで、私のJAに対する不信は深まることはあっても薄らぐことはなかった。

 

 不正が行われても誰が被害者なのかわからないという事実がある。巨額の被害は全体の中に吸収されて見えなくなってしまう。被害者がいなければ被害に対する責任者も曖昧になってしまうのは道理である。極端なことを言えば、JAを食い物にしているのはJAそのものであり、それを構成している当の農業従事者であり、自らが自らの身を食い潰しているという図式に見えたけれど、それは言い過ぎなのだろうか。私は直接的に農業従事者でもなく、JAとはほとんど縁がない(このごろ近くのJAのガソリンスタンドを利用するくらい)ので間違った見方をしているのなら申し訳ない。そうして、特にこれ以上詳しく知りたいと今は思わない。

たかがドラマだが・・・

 NHKのドラマ『あきない世傳金と銀』は第三シーズンに入った。高田郁原作、小芝風花主演のこのドラマは第一シーズン、第二シーズンとも期待した以上におもしろかったので第三シーズンも楽しみに見始めたのだが・・・。

 

 呉服の商売で、さまざまな困難を乗り越えて店を拡大していく主人公幸(小芝風花)のその創意工夫、アイデアと人の和による経営が、見ていて気持ちが好いのだ。幸たちがアイデアを思いつく、それを寝食を忘れてかたちにして(デザイン化、図案化)いく者がいて、さらにそれを実際の精細な型紙(伊勢型紙)にするために心血を注ぐ職人がいて、それをみごとに染め付ける職人がいて、そしてその前に良質な反物を得るための苦労もあった。江戸での成功が本格化する新たなステップがなろうとしたその時に、あろうことか、幸の妹の結が、その精華である型紙を商売敵の元へ持ち込んでしまうのだ。

 

 裏切りである。裏切りは世の常とはいえ、ものが作られていく工程に人一倍興味があり、職人たちの苦労を誰より知るはずの結が、姉に対するそねみ、妬み、恨みから裏切ったのだが、その裏切りの理由と裏切ることにより失われるものとの大きさのあまりに違いすぎることにこちらの気持ちがついて行けない。そのことにあとで気がついても取り返しがつかないことに思いが至らない人間がいることが理解できないのだ。自分が思い入れのあったことを裏切ることは自分を捨てることである。自分を捨ててもいいと思いなしたからの裏切りであろうが、私はそれに対する怒りの感情、人間に対する幻滅感に耐えられない、許せない。

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 精神の安定のために第二回以降を見るのをどうしようか迷っている。

2026年4月 9日 (木)

むくみとサプリメント

 もともとサプリメントにあまり信仰がない。だから友人と旅に出たときなどに、いろいろな種類のサプリメントを飲んでいるのを見て笑ったりする。そういう私は持病があるから何種類もの本当に必要な医師の処方薬を食前食後に飲まなければならない。友人がサプリメントを飲んでいるのを見て自分が飲み忘れたことに気がついたりするから笑ってばかりいられない。

 

 そんな私が肩の痛みで眠れなかったり、膝や腰が痛くなったり、目の酷使でつらかったりするのにたまりかねて、サプリメントをいろいろ試すようになってしまった。本来は持病を診てもらっている医師と相談しなければならないところを勝手に薬局でいろいろ選んで試しているので、何種類もの薬を飲むことになってしまった。

 

 おかげで肩や膝の痛みは軽くなっているし、目もこのごろはあまりつらくない。ところがこの頃足がむくむことがたびたびである。くるぶしが見えなくなる。靴が窮屈である。見てその醜い様子にうんざりする。サプリメントが悪影響しているのではないかと疑っている。むくみ対策用の膝から下の加圧靴下を履くとかなり改善するが、むくんでいるときに履くのはかなりきついし甲が痛いことがある。しばらくサプリメントの服用を中止して様子を見ようかと思っている。やはり温泉での療養が必要だろうか。

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『孤剣は折れず』

 柴田錬三郎の『孤剣は折れず』(新潮文庫)という時代小説を読んでいる。奥付を見ると、昭和三十七年発行、私の持っているのは昭和三十八年の第二版である。私は昭和二十五年生まれで、だからこれを買ったのは小学校六年生か中学一年生であった。定価は百九十円。六百五十ページほどある厚い本が、こんな値段で買えたのだ。自分の小遣いで買った、生まれて初めて買った文庫本がこの本である。実家に置いたままだったからとっくに失われているものと思ったら、ひょっこり出てきた。シミがあちこちにできているし、印刷インクが少しかすれたページもあるが、何とか読める。

 

 この本で覚えたことは数限りない。読めない字や意味のわからない言葉もたくさんあったはずだが、気にせずどんどん読めたのは、とにかくおもしろかったからだ。このあと柴田錬三郎の本はほとんど手当たり次第に読んだ。この本の巻末の解説を書いている尾崎秀樹が、『剣は知っていた』、『美男城』、そしてこの『孤剣は折れず』を連続する三部作、と評している。時代設定も登場人物もストーリーも違うけれど、ひとまとめに論じる意味は、この三冊をすべて読んだからわかる。そしてその暗い作風が少し明るくなった作品が、これに続く『運命峠』という小説だ。どれも好きなものばかり。さらに暗さをあえてデフォルメして見せたのが『眠狂四郎』シリーズである。

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 実は『孤剣は折れず』のこの文庫本はなくしたと思って、再版された単行本を買い直して本棚にある。その本でだいぶ前に読み直したことがある。柴田錬三郎の本で手元にあるのはこの一冊だけ。すべて処分した。実家には短編集が数冊残っているがそのまま置いてある。

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 その単行本ではなく、読みにくいこの文庫本をきのうから丁寧に細部まで読んでいる。いかにこの小説が盛りだくさんで内容が豊富であるか(だから六百ページを超えてしまうのだが)、その圧倒的な情報の量にあらためて圧倒されている。柴田錬三郎はやはり素晴らしい作家だと思う。この本に出会えたことは私の幸運だった。それにしても、どうして少年の私が本屋の棚からこの本を選んだのか。不思議である。

2026年4月 8日 (水)

次はキューバ

 中国がアメリカの石油と天然ガスを買う約束をした、というニュースを見た。いつからどれぐらいの量買うのか、どこまで本気なのか知らないけれど、今回ホルムズ海峡の安全通行を前提にイランとアメリカの一時停戦が合意されたらしいことを考えると、トランプ大統領はこの中国とのディールを一つの手柄として攻撃中止の理由にするつもりではないかと思った。アメリカがことを起こして恫喝したからイランも中国もアメリカに屈した、といいたいのだろう。引っ込みがつかなくなったことをやめる言い訳になると思ったのではないか。トランプだけの論理だろうけれど。

 

 これでトランプは中国に行きやすくなった。中国はお土産を渡すことができた。トランプが訪中したら、一番心配なのは日本に対してあることないこと吹き込まれることだ。中国はそういうところはとても巧妙だから、ころりと言いなりになる可能性が大きい。そうしてイランはもうトランプにとって興味の対象から外れ、次はキューバということになる。ところでキューバを侵略してアメリカにどんな利益があるのだろうか。そもそもキューバはアメリカにどのような被害を与えているというのだろうか。キューバには貧しい人びとがいるだけで産業らしい産業もなくベネズエラのような資源などもない。あれば六十年前、七十年前のアメリカ車になど乗らないし、国民はもっと潤っているだろう。

 

 今まではみんなが貧しいからできていた我慢もアメリカの経済封鎖強化のせいですでに限界を越えているから、そこにアメリカが介入すれば政権は簡単に倒れるかもしれない。そのあとに必然的に貧富の差が生ずる。そうすると不満が溢れ、社会が不安定化し、国が乱れることになるだろう。アメリカが介入した国の多くがそうなったようにそうなるだろう。新しい災厄が始まる。

 たまたま友人に誘われてキューバに行ったことがある。その時にカストロとともに革命に参加した老人に、その当時のアメリカの傀儡政権のキューバというのがどういう状態だったのか、キューバ人が全国でどのように蜂起したのかを聴かせてもらう機会があった。それより前にはゲバラに関しての映画や本を読んでいた。ゲバラの墓にも行った。だからキューバに起こりそうな事態に対して他人事ではないのである。

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恨み言、すなわちたわ言

 トランプは「日本が助けてくれなかった」と恨み言を言った。「韓国もオーストラリアも助けてくれなかった」と言った。それより前には、「NATOはともに戦うことになっているはずなのに誰も加わろうとしない」と恨み言を言っていた。誰かは助けてくれたけれど日本は助けなかった、のではない。誰もトランプを助けないのである。トランプを、つまりアメリカをイラン攻撃に引きずり込んだイスラエル以外は誰も仲間がいないということである。

 

 NATOは誰かが攻撃されたらともに戦うという同盟関係である。日米の同盟も原則はおなじである。それなのに・・・というのがトランプの恨み言の理由であろう。しかしアメリカが攻撃されたのではない。アメリカが勝手に始めた戦いである。そしてその戦いを始めるにあたってNATOの国々に、日本に、韓国に、オーストラリアに戦いを始めるから援助してくれ、と一言でも頼んだのか。同意を求めたのか。それもなしに戦いを始めたのに助けてくれとは、そりゃ聞こえない、であろう。たわ言にしか聞こえない。

 

 困ったときにもアメリカは助けてくれる国ではなくなったらしい、と皆が思ってしまったのである。他の国のことなんか知らないとトランプは言い続けた。逆に、みんなが困るような仕打ちを重ねた。アメリカ最優先である。損得しかないアメリカをどうして他国が助けるのか。今回のイラン攻撃には、かたちだけですら大義はないのである。自国民ですらなぜ戦うのかわからない人が多いらしいのである。

 さはさりながら、アメリカはすでにとことん引っ込みがつかなくなった。イランはたぶん甚大な被害を被るかもしれない。地獄を見せてやる、という期限は今日である。今朝である。しかしいまのところそれもどうなるかわからない。世界が固唾を呑んで見守っている。

 追伸 何だ、攻撃を始めるのかと思ったら、二週間の停戦で合意したらしい。つまり口先だけ勇ましくても攻撃などできないということだろう。攻撃しても成果が得られなければ攻撃には意味がない。成果がえらるどころか世界に大損害を与えるだけだと誰にもわかっていたことで、わかっていないのはトランプだけだったのだが、そのトランプもそう教えられつづけてようやく「そうかもしれない」ぐらいは感じたのかもしれない。とはいえ前言を翻し、約束を破ることをなんとも思わないトランプのことだから、イスラエルにそそのかされて、またスイッチが入っていきなり攻撃しないとは限らない。誰も彼を信用しなくなった。アメリカの恥である。

2026年4月 7日 (火)

自分は変わる

 前回に引き続き養老孟司から。

 

 自分は変わる。それも大人が教えなくてはいけないことであろう。変わる前の自分にとって、世の中が真っ暗であることはありうる。しかし自分が変われば、その同じ世の中が明るく見える。いつも世の中が暗く見えているなら、それは自分が固定し、進歩していないというだけのことである。それを「本当の自分」などと思い込んだら、なるほど自殺するしかあるまい。希望は自分が変わることにあるので、世の中が変わることにあるのではない。世の中に比較すれば、自分自身なんてゴミの一粒である。それなら世の中が変わるより、その世の中を「見ている自分」が変わるほうが、よほど大きな変化をもたらすということは、わかりきっているではないか。しかも自分が変わることに対しては、エネルギーがほとんど不要なのである。
(中略)
 将来に希望がないといって自殺する。その「将来」は外の世界ではなく、自分の中にしかない。わたしの十年後輩、団塊の世代は、自分ではなく世の中を変えようとした。私はそんな大それたことを考えたことはない。何でも安売り、百円ショップの世の中である。自分くらいどんどん変えたらどうか。それが人生をコスト安にする方法である。いずれにせよたいした人生じゃあるまいし、コストをもう少し減らしたらどうか。

 

 世の中に合わせてときに自分を変えること、それができるのが大人というものであろう。養老孟司は大人になりなさい、と言っているのであるが、大人になりたくない若者が多い上にそういう若者が歳だけとって、見かけは大人で中身は大人未満のまま溢れているから、ますます世の中が生きにくくなっている。最近は年寄りまでがわがままになって、自分に都合のいいように世の中をねじ曲げようとしたりしていて見苦しい。みんなが長生きしすぎるのも好いことばかりではないようだ。

 ところで、私は前回書いたように自分を変えた。本質的な自分があるのかないのかよくわからないが、他人から見た自分を意識して作り直した。そうしていつの間にかそれが自分になっていた。けれども、リタイアして社会的役割があまりなくなったら次第に表皮が剥がれてきて、なんとなく変わる前の自分が現れ始めている気がする。そうなるとあまりいい年寄りではいられないだろう(いまだってかなり危うい)。化けの皮があまり剥がれすぎないようにしようと思っている。

自分に合った仕事

 この二週間ほどで養老孟司の本を四冊ほど再読した。『バカの壁』がベストセラーになってから次々に本が出版されたが、最初の頃は言葉に厳しさがあり、尖りすぎてわかりにくいところもあったが、年を経るごとにわかりやすくなった。その代わりくどくなったのは歳のせいもあるだろう。しかし、わかりやすいということは、こちらに考える余地を残さないことにもなりかねず、いわゆるわかったつもりになってしまって考えることを強いなくなってしまったということでもある。そういう意味では初期のころの方がおもしろい。

 

 その中から付箋をつけたところを読み直しながら引用してみたい。

 

「本当の自分」という錯覚が、職業選択に影響していることは、若者たちが「自分に合った仕事」を探しているという調査結果からもわかる。私は三十年以上、職業として解剖学をやった。死んだ人をバラバラにするのが「自分に合った仕事」だなんて人は、世界中に一人もいるはずがなかろう。それが社会に必要だからこそ、人びとは仕事をするのである。若者が「自分に合った仕事」なんてほざいたら、年寄りが怒鳴りつければいいのである。それができないとすれば、それは大人が仕事を「自分のため」と思ってやっているからであろう。そう思っている大人にフリーターを叱る資格なんぞない。
 仕事は社会のニーズなのである。ニーズのない仕事は、長い目で見ればかならず滅びる。それもわかりきったことであろう。いまではヴェンチャーなどといって、平らな社会の表面に山を作るようなことを考えている。これも完全な錯覚であろう。社会に山を築くわけではない。「社会に空いている穴を埋める」のである。「ニーズを作り出す」なんてことは、まったくのウソでしかない。一時の流行としてはありえても、続くはずがないではないか。

 

 これは『こまった人』の中の文章。私なりに補足すれば、実際に働いてもみないのに「自分に合った仕事」がわかると思っているとしたらそれは間違いである。ただし、「自分に合わない仕事」なら多少は感覚的にわかるはずだろう。それなのに「自分のため」に功利的にその仕事を選んだのなら何をかいわんやである。ところで、私自身についていえば、わたしはスポーツが苦手で本ばかり読んでいて、人前に出て何かをしたりするのが何より苦痛だった。修学旅行のバスの中で歌わされるなど、地獄であった。その私が入社して配属されたのが営業で、入社二年目に、百人くらいの人の前で商品説明をする羽目になったりもした。それでも仕事だと思えばしたし、必要だと思えばなんとかやれるものである。仕事とはそういうものだろう。

 

 「仕事」は世の中に必要だから存在し、その必要に応じて働く人が求められるものである。「私」のために仕事があるわけではない。転職サイトはいかにもいまの仕事よりも「自分に合った仕事」があるかのようにそそのかす。ブラック企業にでも働いているならいざ知らず、まともな企業なのに居場所がないなら、会社の問題ではなくて自分の問題ではないかと胸に手をあてた方がいい。転職して生きがいを持って働いている人ばかりが紹介されるけれど、日本では、まだまだ多くの人が自らを安売りしていく方向に落ちていくように見える。「私を求める仕事」ではなく、「私に合った仕事」を夢見るからだろう。

2026年4月 6日 (月)

事実と報道

 だいぶ前に新聞をやめてしまったので、ニュースはテレビかネットを通して知る。そのニュースが報じ方でずいぶん違うことを常々感じているが、それは受け取る側によっても違うから、同じ事実からそのニュースをどう判断し、どういう事であるのか結論づけてみると、ひとによってときに正反対に近い位の幅があったりする。事実は一つだけだ、などということは、実はあり得ないのだと感じることが多い。

 

 同時に、ネットのニュースなどでは特に、誰が報じているのかによって著しくバイアスがかかっていたり、取り上げるものが偏ったりしていることを感じる。新聞にも偏りはあるけれど、それより遙かに「ピンからキリ」の違いがネットのニュースにはあるようで、どうも変だな、と感じたときはよくよく誰がどんな根拠で報じているのかを確認しないと危うい。

 

 さらに、トランプになって特にそうであるけれど、枢要な人物がまことしやかに語る言葉が、実はその人間の願望であったりしている場合が多々ある。しかもその言葉が極めて下品である。世界が北朝鮮化していると言おうか。アメリカも中国もそのように見える。そういう言葉が信用できないことは当然だと思うが、支持する人がいるというのが信じられない。いちど信じて支持すると、信じた自分の間違いを受け入れられないために、首をかしげながら支持がやめられないらしい。だから見限るまでに時間がかかるのだろう。

 

 世の中がそんなことであることは、多少の知性のある人ならお見通しであろう。知性の劣る私はようやくニュースをそのまま受け取らないように注意しはじめた。お恥ずかしい。ニュースはたくさん見ても仕方がない。一つ一つを裏表まで見て考えること、そしてつまらないニュース(時間の無駄にしかならないゴミニュースが溢れている)は読まないことに心がけようと思う。私だって忙しい。

テレビ台

 リビングにテーブルを置いて、テーブルでの生活を始めてからいささか不便なことがある。テレビの位置が低いことだ。私は座高が高いから、テレビ画面の下までかろうじて見ることができるが、もう少し高い位置に置きたい。いまは頑丈な十五センチほどの踏み台の上に置いているけれど、専用のテレビ台を置いてアンプやブルーレイレコーダーも収納したい。現在それらはテレビの横にラック(もともとはパソコン用)を置いてそこに並べているけれど、テレビ台があればラックが要らなくなってスペースが作れる。

 

 そこで、ネットで大型のテレビ用の台を物色してみた。むかし電気店で見たときに大型テレビ用の、大きく頑丈なものはとんでもなく高かった記憶がある。それから見るとかなりしっかりしたものが、それほど高価ではなく買えそうである。それはいいのだが、私が持っているAVアンプは背が高くて、二十センチ近くあるから、放熱を考えれば二十五センチくらいの高さの棚が必要である。それを前提にするとテレビ台の棚(たいてい二段になっている)の仕切りを取り払わないとおけないことになり、そうするとレコーダーなどがおけなくなる。帯に短したすきに長し、これだ、というものが見当たらないのである。AVアンプを置くことが想定されたテレビ台がないのだ。

 

 おかげでテレビ台を買うことはペンディングとなった。生活スタイルを変えると次々に玉突きでものが欲しくなり、出費がかさむ。それにブレーキがかかったことは好いことだ。単純にテレビの高さだけをかさ上げする安い方法を考え、ラックを必要最小限の大きさのものに替えることでスペースを多少稼ごうかと考え直している。どちらにしても大型のテレビは重いから、どう頑張っても一人では持ち上げられない。娘の旦那に手伝ってもらうしかないのである。あとで後悔しないようによくよく考えようと思う。

2026年4月 5日 (日)

『三四郎』

 ほかに読みかけの本が山に積んであるのに、ふと手に取った夏目漱石の『三四郎』を読み始めたらやめられなくなって、三日ほどに分けてであるが読み通してしまった。『三四郎』を読むのは四回目だと思う。『三四郎』、『それから』、『門』は三部作だと言われることもあって、私はこの三部作が漱石の作品の中で最も好きなのである。どれも二回以上読んでいる。今回の『三四郎』は細部まで丁寧に読めたと思う。多分本当の本読み、評論家などはこれ以上の読みをしているのだろうが、それには遙かに及ばないとはいえ、自分としては今までになく細部まで目が届いた気がする。本がこうして読めたらどれほどおもしろいか、今まで読んだすべての本を読み直したくなる。

 

 はじめて読んだときは、『三四郎』をただ青春小説のように読んだ。だから美禰子の気持ちや三四郎の気持ちだけを追っていたように思う。三四郎を自分のようにみて読んでいた。広田先生や与次郎がみえてきたのは二回目以降だった。今回は最初の名古屋の宿の前後から、そこに伏線として描かれていることが多少は感じ取れたように思う。女から、「あなたは余っ程度胸のない方ですね」と言われた三四郎が、単に優柔不断だとはみえなくなった。以前にあったその優柔不断さが自分自身だという思いも今回はそれほど感じなかった。

 

 それよりも広田先生との車中での出会いからその後の関わりを通じて、どうして広田先生を自然に師として受け取るようになったのか、その自然な流れに、三四郎の人間的なふしぎな魅力と、師に出会えた幸福を今までより強く思った。何より与次郎の欠点をたびたび目にしながら、その長所を認めて受け入れてしまう三四郎の懐の深さは、優柔不断とも言えないことはないが、美点でもある。相手の欠点を受け入れるのは覚悟と勇気を必要とするものである。それはそのように書かれていなくても、三四郎の美点は、彼に関わる人間たちには多分みえているのだと思う。

 

 池の畔で高台から見下ろす美禰子を見上げた三四郎が、一目で美禰子に惹かれたことはかかれているが、実はそのときに美禰子も三四郎に惹かれたのだということが、最後の彼女の意味深な言葉でわかることを、今までもかすかに感じていたけれど、今回読んで本当の意味で初めて理解した。今まで何を読んでいたのだろう。

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 野々宮のモデルは寺田寅彦であると言われていて、彼の随筆集を少しずつ読み進めているので彼のイメージが二重に存在感を伴うようになった。そしてもちろん広田先生のモデルは夏目漱石自身であることも、知識ではなく実感として認識した。広田先生の語る明治という時代に対する言葉は、まさに漱石の思いそのものが反映されている。そのことは先崎彰容、山崎正和、江藤淳などの評論により、明治という時代を漱石がどうもがきながら生きたかについて読んできたので、以前よりずっと実感として受け止めることができたと思う。また、外国人教授を日本人教授に、という運動についても、そのことによりラフカディオ・ハーンが帝大教授を失職することになったことと重なっている。『ばけばけ』を見た人なら思い至ることであろう。

 

 ほかにもたくさん思うことはあったが、きりがないのでここまでとする。

温泉に行こうか

 睡眠が順調なおかげで、もやがかかっていたような頭の中が多少クリアになったのは嬉しいのだが、肩や腰や指の関節やあちこち歪んで痛いところがあって、それがうっとうしい。身体の方が、「温泉にでも連れて行ってくれ!」と訴えている。そう考えるのはもちろん私の意識なのだが、ベッドやテーブルの購入、兄弟旅行で金を使ったところだし、ささやかながらも自宅の固定資産税の支払いもあったし、まもなく自動車税や車検の費用もかかることがわかっている。

 

 しばらく節約が必要だと、経済合理性的思考が私をとどめる。肉体と意識(脳の働き)がせめぎ合うときは、意識を優先するというのが理性的現代人の正しい判断であろう。しかし、このところ養老孟司先生の本を立て続けに読んでいて、その判断に修正が加わっている。身体は自然であり、自然が求めるものを優先すべきではないか。意識とは脳の働きの一部で、その脳は身体の一部である。身体があっての意識なのである。

 

 ここ数年、そういうときにいつもいく下呂郊外の宿を考えたが、ほかに宿がないか物色していたら、同じ下呂でバイキング式の宿を見つけた。こちらは郊外ではなく温泉街にある。今月は特に大きな予定はない。いこうかどうか迷っている。どちらに行こうか迷っている。迷っているうちに空きがなくなるかもしれない。温泉につかり、風呂上がりにビールを楽しみ、うつらうつらして、その合間に本を読む。極楽の時間を思うと心が揺れる。

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2026年4月 4日 (土)

問い合わせ電話

 ある宅配業者からデジタル音声と思われる女性の声の電話があった。配送荷物の件で問い合わせたいのでオペレーターにつなぐため「1」のボタンを押せ、という。私は留守電にしているので、ただそれを聞いているだけだ。もちろんボタンなど押さない。最初に「何々さんのお宅でしょうか?」とこちらの名前を確認する最低の手順がない。こちらが誰かを承知していない電話と思われる。誰だかわからない人間に荷物の件で電話する宅配業者などというものがあるはずがない。ボタンを押したらこちらの住所や名前を知ろうという魂胆であろう。

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 とにかくよくよく得心のいく相手であり、なおかつ私にかけてきていることがはっきりしたものだけにしか電話に出ないに越したことはないと思っている。

 

 しかしこれからさらに巧妙になって、古い電話帳か何かを利用して名指しで電話が来るかもしれない。よくよく感度を良くして怪しいかどうかを判断しないといけない。どうしてこんなに用心深くしないといけないのだと腹が立つ。全くうっとうしい時代になったものだ。

 

 固定電話をやめればいいのだろうが、携帯の番号を知らせたくない相手などには固定電話の番号のみを知らせてあるので、今のところその不都合を考慮して、留守電にして残している。どうしても必要な用件なら録音に残されていてこまることはない。

夢を見る

 十数年前に、妻の身内とのトラブルがあり、夜眠れないことがしばしばあって、医師の処方で睡眠導入剤を飲まなければならない時期があった。もともといくらストレスがあっても目をつぶれば即深い眠りに入れるという特技があったのに、我ながら心外なことであった。いまは多分人並みであろう、すんなり眠れるときとしばらく暗闇を見つめながら考え事をするときとがある。最近は寝床に入ってすぐ消灯してしまう。寝床に入るのも遅くとも十時前、早いときは九時頃に寝てしまう。眠気を感じたらすぐ寝る、暗くして寝る、というのが良いようだ。

 

 遅く寝ても四時から五時には目が覚めてしまうが、早めに寝ればその時間に起きても睡眠が足らないと感じることがないのがありがたい。まず起きたら口をすすぎ、顔を洗い、さっぱりしてから今日の予定を書き出す。ルーチンも含めてすべて細かく書いて、片付いたら一つ一つ消していく。そのあとはお気に入りに入れてあるさまざまな方のブログを読む。それがすんだころには頭がきちんと目覚めるので、夜寝床で本を読まない代わりの朝の読書をする。案外、はかがいく。

 

 昔からよく夢を見た。夢によって自分の心身の調子がある程度わかる。不快な夢を見たときは自分を見つめ直す。それで気づかされることが少なくない。夢の意味はあまり考えない方がいいそうだが、つい考えてしまう。意外な予知夢であったりしたことも経験しているが、偶然だろうか。

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 起きているときにさまざまなことを考える。考えたことで意識に上るのはそのごく一部だそうだ。脳は意味があるような形に切り貼りするという作業をしてくれている。そうして切り刻んで使われなかったものが無意識という形で脳内に大量に溜まっていく。夢はそれを片付ける作業の過程で起こるもので、だから人間は誰でも夢を見ているはずだという。夢を見る人見ない人の違いは、見たという記憶があるかどうかの違いだという。

 

 無意識に溜まったゴミの処理ができないと、ゴミが溢れて人間は精神が破綻する。病気によっても睡眠障害によっても正常な思考が損なわれる。覚醒剤で精神の異常が起こり妄想したりするのは薬の悪い作用というより、睡眠が阻害されることでゴミの処理ができないからだ。

 

 最近は睡眠のリズムが合致するのか、よく眠れて、そして夢をよく見る。若いときのようで嬉しい。そして本が読めるのは、そして文章がしみこむように頭に入るのも若いときのようである。ゴミの処理が順調なのであろう。長いスランプを脱して、だから本がどんどん読めるし、読んで感じる深さも復活したので読むのが楽しい。眠れてしかも夢をよく見る、というのはいまの私にとってありがたいことである。

 

 こうしてブログを書く、と言うのも頭の中で生じたさまざまな考えを文章という形にすることで、頭の中からに何かを引きずり出しているような気がしている。書いていると、思ってもいないことを書いていることがしばしばある。それは私にとって気持ちのいいことで、意識に上りかけたものをそこで消化し使用するというのは、脳にとって好いことなのだろうと勝手に解釈している。もしかして何か意味がありはしないかと思って駄文を読む人には迷惑であろうが・・・。

2026年4月 3日 (金)

自動運転タクシートラブル

 中国で自動運転タクシーが一斉にトラブルのために路上で停止してしまったと報じられていた。中国は国策で自動車のEV化を進め、さらに自動運転の実用化も積極的に進めてきたが、そのニュースを見て、こういうことが起きるから慎重にしなければ、と思った人も多いだろう。日本では責任問題が問われるから慎重すぎるくらい慎重で、だからどんどん中国に差をつけられる。

 

 これで自動運転の実用化が遅れると思うのが日本人で、実はこういうトラブルを乗り越えることで技術は一層発展する。国策であるし多少のトラブルは想定内であろう。何が問題だったのか研究が加えられ、改善される。失敗は成功の母である。急激なEV化については、世界では見直され、大いに減速している。中国もコストダウンのための量産が過激すぎてEV車の生産会社が利益を上げられず、淘汰が進んでいるようである。だからEV化が停滞すると思うのは早計であろう。それは中国の宿痾である生産過剰という病が問題であって、競争は技術力の向上につながることは日本でも経験済みである。

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 今回の自動運転タクシーのトラブルは、先に失敗を経験することができたという意味で、多分中国にとってプラスに働くだろう。ただし、こうして自動化が推進されればあらゆる場面での省力化が進んで、今以上に雇用が減少していくという問題がさらに顕在化するだろう。働き口がないから軍隊にでも行くか、という流れができるかもしれない。中国政府は人間を消耗品のように考えるところがあるから願ったりというところだろう。

思考停止

 昨晩のプライムニュースでは、トランプ演説の解析、中東情勢、原油問題について論じられていた。この番組はものを考えるときの参考になる。最後にゲストの宮家邦彦が「思考停止をやめよう」と訴えていた。思考停止のままで平時を過ごしたために、こういう事態になってから慌てることになった面が多い、経済合理性ばかりではなく、戦略的合理性をもっと考慮することが必要だ、という。なるほどと思うし、全くその通りだと思う。

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 「思考停止」とはなにか。私は、常に他責的な思考を重ねて、問題を自らの問題として考えることをしてこなかったことを指しているのではないかと思う。それでもなんとかなっていたのは幸運なことだったのだが、どうも世の中のそういう幸運も終わりになりつつあるのではないか。左翼的な言辞が空論に見えるようになった。そのことの理由はここにあるのではないか。日本人は無意識に危機に対する不安を感じているのだ。

 

 たまたま開いた内田樹の『荒天の武学』という本に、「武道的な力というのは、端的に言えば、一個の生き物としてあらゆる状況を生き延びることができる能力ということだと思うんです。生き延びるための知恵と力を高めること、それが武道修行の目的だとぼくは思っています」とあった。武道がスポーツ化して見失われていることがある。本質は危機に備える、それとそれ以前に危機に対する感性を高めてそれを回避する能力を磨くということで、それは武道に限らず、人に必要な能力ではないだろうか。

 

 乗せられ、煽られて危機を語るのではなく、思考停止から自らを解除して危機に備えるためには何を優先するのか、それをきちんと考え、備えようと思う。備えて何もなければそれはそれでいいではないか。

2026年4月 2日 (木)

こまりたくない

 鳴り物入りの発表とやらでトランプ大統領が何を語るかと思ったら、いろいろしゃべったけれど、結局何も語らなかった。多少は予想外のことをいうかと思ったら、いままで散々訳のわからないことを言い散らしすぎてネタ切れになったらしい。どうしていいかわからなくなったのでやるだけやったら手を引くということらしいが、本当にそのあとに手を引くのであれば、どうしようもないのに手も引くことができなかった日本軍よりはましというところか。もしかするとカーグ島への上陸侵攻を隠すためのブラフだろうか。あり得ないことではない。

 

 言葉通りにこんな状態でホルムズ海峡はほったらかし、あとはこまるものが自分でなんとかしろとはなんたる言い草かと思うが、この男はいつもなんたる言い草らしきことしかいわない。自分がまいた種だということをもう忘れているのか、またはそもそもそういう思考回路がないのか。責任も信用も彼の辞書には最初からないらしい。

 

 ホルムズ海峡が旧の状態のように安全に通行できるようになる可能性は低いと専門家はいう。ということは原油の輸送に支障のある状態が続くということだ。それなら原油や天然ガスに関連したものすべてが高くなったままで、それだけならまだしも、足らなくなる可能性もあるということだ。あの昭和の石油ショックと同じかそれ以上の物不足が起こりそうだが、案外世の中は静かだ。あのときはマスコミと主婦連が不安をあおり立てたが、いまはそこまで話題にしないからであろう。話題にし始めたら怖い。とにかくものはどんどん値上がりしている。値上がり前に蓄えるといってもできることには限度がある。成り行きを見るしかないのか。

 

 実は密かに心配しているのは地震である。世の中悪いことが重なることはけっこうある。東日本大震災のような千年に一度の大地震とはいわなくても、首都直下の、そこそこの被害の出る地震でも来れば、インフラが影響を受けて回復に影響が出る。東京だけではない。わが地域の名古屋だっていつ大きな地震が来るかしれたものではない。さらに富士山噴火の話題が突然いわれだした。何か予兆でもあったのだろうか。

 

 そういうときにはこまるだろう。しかしなるだけこまりたくない。何を備えようか。何がなくなりそうだろうか。

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こまった人

 旅の報告などを続けていたので、その間に読んだ本のことについて書く機会がなかった。何冊か読了した本があり、読みかけの本がある。その読みかけの本の中に、養老孟司の『こまった人』(再読・中公新書)という本があって、冒頭にこんな文章がある。

 

 たまたま本が売れてしまい(『バカの壁』がベストセラーになったこと。だから二十年以上前のことである。・・・引用者註)、忙しくなった。
(中略)
 まともな用件が増えるならまだいいが、まともでない用件も、おかげで増える。
 あんたに人体実験されただれそれだが、そのいきさつを公表せよ、そんな電話やらファックスがくる。こういう変な言い分をいってよこすということは、本人が私に助けを求めていることでもある。身近な人が面倒をみてくれないのであろう。だから縁もゆかりもない私に、いわば言い掛かりをつけてくる。ここまで具合が悪くなる前に、本人が医療を受けていなくてはならない。
 とはいえ医療を強制するわけにもいかない。いわゆる「人権」問題があって、公的機関では手が出せないのである。だから本人は結局放置されて、病気が進行する。私がナイフで刺されたりすれば、警察が手を出すが、それまではダメである。私は患者さん自身には同情的だが、周囲で人権と騒ぐ人たちには同情的ではない。本当の意味で患者さんのためになっていないと思うからである。

 

 何らかの理由でたくさんの人に名前が知られるようになると、こういう目に遭うことはよくあるようで、有名人はこういうことに苦労しているということをよく見聞きする。有名税だから仕方がないとも言えるが、有名税もないのに知られると割に合わない。だから匿名といういう方法が使われる。ブログを匿名で書くのはそういう理由もある(現に書いた主旨と全く正反対に受け取った怒りのコメントをもらったりして驚かされることもある。内容は読まずに何かの言葉だけに異常反応を示す人がいるものだ。けっこう気持ちが乱される)。そういうリスクが嫌いなら、人に知られぬようにおとなしくしていたらいいのだが、人には自分を表現したいという思いも強くあるものだ。

 

 こまった人、といえば、あの人であろうか。日本時間で今朝の十時から、何かの発表があるそうだ。イランに対する戦争を中止するらしいとも報じられているが、本当にやめるのかどうか。そうしてそのはじめた理由、やめる理由を語るのかどうか。そしてその理由がなるほどと思えるものなのかどうか。こまった人とは、理解が困難かときに不能な人のことである。

2026年4月 1日 (水)

敦賀湾

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昨日、所用で金沢に行った。出発時の名古屋は本降りの雨だったが、北陸道の賤ヶ岳サービスエリアを過ぎたあたりでは雨が上がり、写真の杉津パーキングでは青空となった。向こうは敦賀半島。先端部には敦賀原発がある。

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右手奥は越前岬。

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芭蕉の句碑がある。

  ふるき名の 鹿角(かづの)や恋し 秋の月

鹿角は敦賀の古名で、古事記には敦賀が鹿角と記されているという。

そういえば『おくのほそ道』では、芭蕉は敦賀から敦賀半島の種の浜(現在の色ヶ浜)に舟で渡っている。色ヶ浜に行ってみたことがあるが、とにかく海がきれいだった。

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パーキングで見た桜がみごとだった。

金沢で所用を済ませ、駅前のビジネスホテルに宿を取り、北陸の魚で一杯飲んで今日帰ってきた。本当はその足で富山から新潟、信州を回ることも考えたが、天気が思わしくないので金沢での一泊だけにした。雨の中を走るのは嫌であるし、写真も撮れない。

湯の峰温泉を歩く

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湯の峰温泉は狭いところで、歩いてもしれている。古い湯宿が多い。道路も狭い。駐車場に車を置いて歩き出す。昔は駐車場も狭くて少しの台数しか置くことしかできなかったが、いまはちゃんとした駐車場ができていた。

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センターラインのない狭い道。ここを大型の観光バスが通ったりする。

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バス停前。けっこう観光客がいる。ここは自称、日本で二番目に古い温泉。Dsc_5020

右手は公衆浴場。左手は東光寺。この湯の峰温泉にはあの小栗判官と照手姫の伝説が残されている。説明すると長くなるので、興味があればネットで調べてほしい。

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温泉の成分が析出している。あたりには硫黄温泉の匂いがしている。濃い温泉なのである。

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つぼ湯。中は狭い。ひとりずつしか入れない。

このあと、この温泉街から少し離れた高台の宿に泊まった。料理がおいしかった。温泉を使った料理がいくつかあった。

この翌日は朝から雨で、途中で少しだけ立ち寄ったが写真を撮らなかった。そのまま名古屋の我が家に早めに帰宅して、旅の話で楽しく歓談した。これにて南紀の旅の話は終わり。

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