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2026年5月

2026年5月31日 (日)

夜叉龍神社

過日、夜叉ヶ池にまつわる場所を訪ねたが、登山口へ登る道の入り口を見ただけでそのまま琵琶湖の方へ降りて行ってしまった。それが心残りだったので、もう一度その登山口への道を訪ねることにした。

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登山口への道をそれほど走らないで、夜叉龍神社を見つけた。

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大垣藩主が治水のために建てたものを、昭和になって再建したとある。泉鏡花の『夜叉ヶ池』では池が氾濫して一帯が水没する。

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灯籠がなかなか好い。

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社はそれほど大きなものではなかった。

この近くに郷土資料館があるが修理中らしく、囲いがしてあって入れなかった。

夜叉ヶ池の登山口まで細い山道を上れるだけ登っていって見たが、道には落石がたくさん散乱していて荒れていたので、途中で引き返した。満足というわけではないが、心残りはなくなった。

雑感

 『呑み鉄本線日本旅』は三回にわたっての五能線の旅だった。五能線に乗車したことはないが、この海岸を並行して走る国道101号線は何度か走っているし、白神山地、十二湖(もちろん青池も)を見ているし、深浦や五所川原(番組でも訪ねた立佞武多は素晴らしい)にも泊まったことがあって、ここの独特の風景は忘れられない。だからこの番組にはいつも以上に思い入れを感じた。また行きたいところだけれど、昨年行ったばかりだから少しあいだを置いてからにするつもりだ。

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 お気に入りの連続ドラマが次々に終わってしまう。フランスのミステリードラマ『アストリッドとラファエル』も終わってしまったし、心理学教授がその知識を生かして事件の謎を解く『マーサー教授の殺人事件簿』も終わってしまった。小芝風花主演の『あきない正傳 金と銀』も終わった。そうして中国の汴京(べんけい)が舞台の時代ミステリー『清明上河図』もたぶんあと二週で終わりだ。すべて続編が期待できそうな気がする。杏が主演の『BLOOD &SWEAT』(全八話)も終わった。いちどブログで取り上げて、杏の演技に疑問を呈したが、最後までそれが拭えなかったし、ストーリー自体にもリアリズムを感じることができなかった。これは海外ロケまでしたにもかかわらず失敗作だと思う。

 

 俳優に対する好き嫌いがある。誰にも好き嫌いがあるはずだが、どうしてそれほど嫌いなのだろう。役柄に対する反感が尾を引いているものもないではないが、最初からどうも苦手な人というのが多いのがふしぎだった。よく考えたら、その人が連想させる、自分の嫌いだった人の記憶が影響している場合があったりする。気がつけばなるほどそうか、と思うけれど、思い出したくないことに関連するので気がつきにくい。長く生きているとさまざまな人間関係を経験していて、その記憶の積み重ねが無意識に自分の好き嫌いに影響しているようだ。

 思い切ってちょっとドライブにでも行こうかと思案中。

2026年5月30日 (土)

『私日記7』

 今朝は朝から快晴で、少し溜まった洗濯物を洗濯をした。昨日するつもりだったが、用事もあったしあんまり風が強いから一日延ばしにしたのだ。本当なら梅雨の前の好天は出かけたいところだが、睡眠のリズムが狂っていて心身ともに重い感じで、本を読んだり囲碁ソフトとの対戦をしたりうつらうつらしたりして過ごす。そうして昼寝するから夜の眠りが浅くなるのだろう。昔買って忘れていた囲碁ソフトが出てきたのでそれと対戦している。棋力の設定を少しずつあげて様子を見て、いまはほぼ互角の状態である。レベルをいうと恥ずかしいので書かない。このソフトは明確に勝ち目がなくなると自ら投了する。目数の読みが正確らしく、余裕があるとわざと緩手を打ったりして、それでも私の半目負け、などということがよくある。いささか悔しい。

 

 曾野綾子の『私日記7 飛んで行く時間は幸福の印』(海竜社)という本を読了した。名前の通り、曾野綾子の、発表を前提にした日記であるが、特にこの本を選んだのは、2009年の5月から2011年の5月までの日記だからである。最後のほうに、あの東日本大震災の曾野綾子の体験が冷静に書き残されていて、日常と非日常についての彼女の見方考え方が良く表れていたことを記憶していたから読み直したのだ。

 

 病気や怪我や嫌なことがあるときの時間はなかなか進まない。あっという間に過ぎていく、あたかも時間が飛んで行くような時というのは幸せであることの証なのだ、というのが表題の意味である。出だしのほうにそのことが語られていて、東日本大震災はそのときには予想の外だが、結果としてそれがこの本全体にかかっている。彼女の生き方考え方が右翼的だといって、意識の高い人道主義と平和を旗印にしている人が彼女を毛嫌いし、時に批判する。多分彼女の書いたことをきちんと読んだこともそれについて考えたこともなく、たまたま断片的に引用されたものを見て一方的に怒っているのだろうと思う。わたしがそう思うのは、もしかしたら私が曾野綾子の影響を受けてしまっていて、そういう人たちから批判されるような人間であるからかもしれない。光栄である。そういう人たちの、しばしばきわめて感情的で攻撃的な言動はちっとも平和的でないと思っている。

 

 日本人の読み書き能力が低下していることをことのほか危惧していた。同感である。

 

気に入った言葉


 苦労で輝く人もいるし、幸福でふくよかになる人もいる。つまり人は運命を生かして使うかそうでないかなのだと思う。

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『丘の上の本屋さん』

 2021年のイタリア映画、『丘の上の本屋さん』という映画を、いま見よう、すぐ見よう、と思いながら見そびれていたが、ようやくその気になって見た。評価はあまり高くない映画で、どうして評価が高くないのかはよくわかる。登場人物たちの人生の奥行きが描かれていないからだろう。それはこちらが勝手に想像するしかない。映画全体に大きな波風は何もなく、ただ丘の上の古い屋の店主がたまたま出会ったアフリカ移民の、本好きな男の子に本を貸し、次々に貸す本のレベルを上げながら彼に感想を聞き、店主なりのささやかな人生観を伝えていくというだけの展開が主要なストーリーだからである。ドラマがないといえばない。

 

 でも、それでいいではないか、とわたしは思う。無数のこういう店主が、無数の大人たちが、無数の本好きな子どもたちに何かを伝えていくという、途絶えることのない営みの積み重ねが人間らしい人間を作り上げ、世の中の見えない芯棒を作り続けているのだということで、それがどれほど意味があって素晴らしいことかを知らない人たちが知らなくても、誰かがそれをわかっているということで好いのだ。

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 文章が読めない、そして書けない子どもたちが増えているという。そういうことは読めるように、書けるようにしてはじめてできるようになることで、その機会がどんどん失われていくことがどういうことか、想像力を働かせることのできない者たちがこの世を動かしているのだから仕方のないことであろう。日教組が密かに目指した日本人総愚民化が何十年もかけて達成された成果と言っていいだろう。

2026年5月29日 (金)

映画『九十歳、何がめでたい』

 朝から心身ともに何やら重くてだるい心持ちだったが、午前中、車で出かけないとならない用事があって、それを済ませて帰ったらぐったりしてしまった。昨日エアコンをつけて、そのままつけ続けたことで身体の調子が乱れてしまったようだ。日帰り温泉にでも行きたいところだが、腰が重くてその気にならない。

 

 佐藤愛子(1923-2026)が四月の終わりに亡くなったので、録画してあった『九十歳、何がめでたい』を見ようと思いながら見そびれていた。それを、ようやくに見た。冒頭の朝の目覚めのシーンから主人公にシンクロしていく。寝起きのスイッチの入りにくさ、身体の重さ、今日は何をしようか、と浮き立つ朝の気持ちがあったむかしを記憶しているけれど、そういうものがいまは何もないことのむなしさ、そんなこんなが感情を騒がせる。とはいえ、九十歳ではない私がそう遠くない八十歳の自分を想像すると、それ以上に自分が鈍重になっている気がする。

 

 まさに九十歳の草笛光子が九十歳の佐藤愛子を演じて、ほとんど佐藤愛子そのものになっている。この映画は思いのほかによくできていて、笑いながら見ているうちにいろいろなことを感じさせられた。狂言回し的な役回りの編集者役を演ずる唐沢寿明が思いのほか好い。私はこの人の過剰演技があまり好きではないのだが、この役柄にはそれこそがぴったりはまっていて、その多少無神経で鈍感な人物の、はじめて自分自身を省みるシーンにはいささかしんみりするものがあった。がさつさは嫌いだが、実は自分も多分にがさつで鈍感な人間なのだと気がつくのは、身もだえするほど恥ずかしいことで、これは男でも女でも違わないだろう。

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 今日は元気だが明日はどうなるかわからない。もうあとは八十だろうが九十だろうがあまり違いがないような気がする。あれをしようこれをしようと欲張っても、できることには限りがある。一つ一つをじっくりと楽しんで、できるところまですればいいのだ、と思ったりした。

「たつの」といえば

 たつのの母娘殺害事件の犯人らしき人物は逃亡したままで、いまだに捕まらない。職務質問した高砂市の警察官がわざわざたつのまで送り届けて取り逃がしたことになっているが、警察官もプロである。そのプロが怪しいと思えなかったくらい犯人は支離滅裂だったのだろうと想像する。十年前に隣に住んでいたということだが、そのあとの交流があったようでもないから、犯人らしき男の頭の中にどんな妄想が蓄積されていたのか想像を絶する。当初はさらに誰かに危害を加えるのではないかと心配したが、どうもいまになっても見つからないというのは、どこかで既に死んでいるような気もする。

 

 たつのには一度行きたいと思いながらまだ果たせていない。どうしていきたいと思ったのかといえば、『男はつらいよ』で寅さんが訪ねた街だからである。そうしたら『鶴瓶の家族に乾杯』という番組でたつのを訪ねているではないか(来週続編があるようだ)。この番組はそれほど好きではないのでめったに見ることはないが、たつのにはそのように思い入れがあるので見るともなく見ていた。そうしたらゲストの劇団ひとりが『男はつらいよ』のシリーズの中でも大好きな作品なのだと、記憶するシーンを語って見せ、そしてそのシーンの場所を見て感激していた。

 

 私もシリーズの中でも特にこの龍野を描いた『寅次郎夕焼け小焼け』が好きである。ヒロインの龍野芸者を演じたのは太地喜和子、野放図に明るく見えていながら、実はさびしいという役柄をみごとに演じていたのが忘れられない。わざわざ龍野と書いたのは、そのときはまだ龍野という地名表記だったからである。寅さんシリーズは三分の二くらいは劇場で見ているし、すべてをブルーレイディスクにコレクションしている。

 

 そこで昨晩久しぶりにこの『寅次郎夕焼け小焼け』を見た。龍野といえば三木露風で、三木露風といえば『赤とんぼ』であって、だから『夕焼け小焼け』なのだ。その龍野出身の日本画の大家という役柄で宇野重吉が飄々とした、しかし芯には譲ることのできないものを持つ毅然とした役柄を演じていた。渥美清も宇野重吉も既に鬼籍に入った。桜井センリの芸達者、ちょい役で出ていた佐山俊二や大滝秀治なんかが懐かしい。榊原ルミが出ていた、そして岡本茉莉が出ていた。榊原ルミはヒロイン役を演じたことがあるし、岡本茉莉は寅さんシリーズの常連で、わたしが密かに好感を持つ女優である。

 

 あらためて、いつかたつのの街を歩いてみたいと思った。

2026年5月28日 (木)

『幽明録・遊仙窟』

 東洋文庫の『幽明録・遊仙窟』を読了した。『遊仙窟』だけはこの本の中では別物で、現代式に言えば中編の相聞歌のようなもので、仙界と見まがうような地での、美女と好い男の恋の詩(うた)の掛け合いである。読みようによっては(想像力を働かせすぎれば)いささかポルノチックでもある。巻末の解説では、つまりこれは遊里での遊女と客の駆け引き、と読む向きが多いという。相手をひたすら讃えあげ、気持ちを盛り上げていくというやつで、勉強になる人もあるだろうが私には縁がない。訳が七五調になっていて、そういう意味では調子がとてもよく読みやすく仕上がっている。

 

 冒頭に訳者の前野直彬の『魏晋南北朝の小説』という前書きが置かれている。

 

 小説=fictionという等式が成立したのは、そう古いことではない。第一、fictionという西洋風の観念が日本に輸入されたのは明治の文明開化以後のことで、そのころの日本人が、この外国語に対して、「小説」というできあいの漢語を当てはめたのである。既製品で間にあわせた以上は、多少、身丈の合わないところができても、しかたがない。「小説」とは文字通り「小なる説」なのであって、「長編小説」だとか、「この小説は作者畢生の大作だ」などと言うのは、考えてみれば矛盾を含んだ表現なのだが、いまでは誰も、そんなことに文句をつけようとはしない。既製品のほうが伸縮して、身体つきに合ってしまったのである。

 

 と書きだしている。そして、そもそもそのできあいの「小説」がいつごろ書かれるようになったのか、として魏晋南北朝の小説のことを説き起こしていく。

 

 ここの収められているのは『幽明録』をはじめとして、全部で十二の小説集から採録したものであって、それらの小説集のすべてではない。それに、小説は粗略に扱われてきたからそれぞれ完本として残っているものはほとんどない。作者不詳のものもある。中には魏の皇帝曹丕(曹操の息子・詩人としても知られる)作とされる『列異伝』、陶潜(陶淵明)作の『捜神後記』などもふくまれる。『捜神後記』にはもちろん『桃花源』も含まれる。ほぼすべてが志怪小説と言っていい。

 

 ほとんどがとても短い。だからなんなのだ、と思うようなものばかりといっていいが、ただ想像力を働かせながら楽しんで、忘れてまた読み直す、ということでかまわないものばかりである。中国の「あの世」というものがどんなものか知るととてもおもしろい。そういう違いがあるのだから、死生観がずいぶん違うはずである。

『竜とそばかすの姫』

 アニメ映画『竜とそばかすの姫』(2021年)を見た。このところ本を読むことが多くてあまり映画を見ていない。本ならいろいろな本を適宜切り替えて読めるけれど、映画と読書では違いすぎて、頭のモードの切り替えがあまり速やかに出来ない。いちど映画モードに切り替えてしまうと、なかなか読書に戻れないことが多い。

 

 アニメではファンタジー要素があるものが好きだ。実写ではできなかったり、できにくいことが、アニメなら不自然さ無しに映像化できる。この『竜とそばかすの姫』はバーチャル空間でそばかすの姫として脚光を浴びる姿と現実の少女とのあいだの葛藤、その少女の亡き母へのさまざまな思いが彼女を絡め取って身動きできない様子などが、バーチャル空間と現実を交互に描くことで立体的に感じ取られていく。彼女の母は子どもを助けるために川に入り、犠牲になってしまった。それが少女には受け入れられず、父との関係もギクシャクしている。

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 そうしてバーチャルの世界が現実とリンクしていくのは押田守監督お得意の展開だ。正義の味方の旗を振り回して、標的にした相手を攻撃する者、そしてそれに賛同して自らが正しいと酔いしれる者のおぞましさをバーチャルの世界で、そして現実の世界でも見せつけている。久しぶりに見たアニメはたいへんおもしろかったし映像も素晴らしかった。エンドクレジットを見ていて声優が豪華であることにおどろいた。

 

 別に『グリーンベレー』という、息子を救出するために悪の麻薬組織と戦う父親の活躍を描く映画を見たけれど、アクションに切れはないし、台詞も間が抜けていて、そこをくさしながらそれはそれで気楽に最後まで見た。悪役にモーガン・フリーマンが出ていた。

2026年5月27日 (水)

『東京夢華録』読了

 東洋文庫の『東京夢華録(とうけいむかろく)』を読了した。著者は孟元老、訳注は入江義隆、梅原郁。原本の正式名称は『幽蘭居士東京夢華録』という。幽蘭居士は孟元老の号。北宋時代の汴京(べんけい・現在の開封市で、北宋の都)と呼ばれた街の繁盛記である。実はここで描かれている汴京はまもなく金によって侵略され、天子親子や高官たちは連れ去られて北宋は滅びてしまう。生き残った皇族によって臨安(現在の杭州)に都を置く南宋が建国された。その南宋に逃れた孟元老が、汴京の繁栄と生活の様子を回想して書いたのがこの本なのである。

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 汴京が東京(とうけい)と呼ばれるのは、西の洛陽を西京と呼び、汴京が東京と呼ばれていたからである。北宋時代はまさにあの水滸伝の時代であり、南宋時代は岳飛の時代である。また当時の汴京の様子は『清明上河図』という絵に詳細に描き残されている。現在WOWOWで連続放映されている同名の時代ミステリーでもその清明上河図がタイトルバックなどに映されている。当時の様子を映像的に見ることができるし、解説も挿入されて楽しい。そのドラマもまもなく終わる。そのドラマに励起されていままで読み切れていなかったこの本を映像的に読むつもりで読み始めたのだ。

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どんな本なのか知ってもらうために最後に近い部分の『行幸の儀衛』から一部引用する。

 

 翌日の五更(午前四時頃)に、摂大宗伯が牌を手にして「中厳」「外辨」の旨を奏上する。甲騎兵が煽動して順ぐりに、夜半から続々と繰り出している。象は七頭、それぞれ文錦(あやにしき)を身に覆い、金の蓮花の座を背に乗せ、金の轡(たずな)を頭にまとい、錦衣の者が首にまたがる。次には高旗・大扇・画戟・長矛がつづく。それから五色の甲冑をつけた騎馬武者や、あるいは小帽に錦繍の抹額(はちまき)をつけたもの、あるいは黒漆の円頂の幞頭をかぶったもの、あるいは兜のような革作りのをかぶったもの、あるいはざるのような漆革(ぬりかわ)作りで籠巾(ろうきん)のついたのをかぶったもの、あるいは赤や黄色を浮き出した錦繍の服を着たもの、あるいは真っ青や真っ黒な服で靴や袴(ずぼん)まで青や黒のもの、あるいは脚(えい)の交叉した幞頭をかぶったもの、あるいは錦で紐を作り蛇のように身にまつわらせたもの、あるいは数十人が歌声を長く引きながら大旗を持って通っていくもの、あるいは大斧をもったもの、剣を横たえたもの、尖った盾をもったもの、鐙棒をもったもの、あるいは先端に豹尾をつるした竿をもったもの、あるいは短い杵をもったものなどがある。矛戟(ほこ)にはみな五色の結帯と銅の鈴がとりつけられ、旗や扇にはみな竜や虎や雲や山河が描かれている。また高さ五丈の旗があるが、これは「次黄竜」という。

 

 それぞれに詳しい注釈がついているのだが、その注釈は時に本文の数倍の量がある。その注釈にはさまざまな本からの引用も含まれるし、またこの『東京夢華録』の文章が引用された例なども書き込まれている。引用がしやすい、文字の難しくなさそうなところを選んだ。そうでないと文字を探し出すだけでたいへんな手間がかかるからだ。食べ物や衣類などについての記述は、知らない、そして読めない文字だらけである。そもそも日本にないものなら日本語の読みそのものがないのであるからどうしようもない。

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 それらをなんとか食らいつきながら読み進めていくと、なんとなく映像的に見えてくるものがあり、おもしろくなっていく。多分もう一度読めばさらに楽しめるはずだが、その機会があるかどうか。とにかく大半はよくわからないながらも諦めずに読み終えた自分を褒めてやりたい。

 引き続き『夢梁録』という三巻本を読むつもりである。これは『東京夢華録』で描かれた北宋の都・汴京(現在の開封)に対して、それに続く南宋の都・臨安(現在の杭州)の都市繁盛記である。一巻に二三ヶ月かかるとして、年内に読了できればと思っている。

あっけない崩壊

 巨人軍の監督だった阿部慎之助が長女に暴力を振るったとして逮捕され、監督を辞任した。どんな理由があれ、暴力はいけない、という前提の上でさまざまなコメントが述べられている。実際に何があったのかは見ていないからわからないことであるが、止めても兄弟げんかが止まらなければ、実力行使をする状況も想像できないことではない。行きがかり上、父親が激高するような言葉を発した可能性もあったと想像できないことはない。突き飛ばされたことは事実なのであろう、それが腹に据えかねてAIに相談する、というのも現代っ子らしい。

 

 そのことが父親逮捕という事態になってしまうなどということは、娘の想像を超えていただろう。父親が積み上げてきたものがこれによってすべて崩れてしまった。自分の家族の生活を支えていたものが、その父親の積み上げてきたものの上にあることをこれから娘は身に沁みて知るだろう。家族の、そして自分自身の足元が崩れてしまったのである。思ってもいなかった事態を招いてしまったことを彼女はこれから引き受けなければならない。父親(阿部慎之助)や母親が必死に支えるであろうが、父親に、そして長女に対してどのような嵐が襲うのかを思うと気の毒でならない。幸せな家族は、時にあっけなく崩壊することがある。

2026年5月26日 (火)

言論統制

 昨晩はいい調子で飲み食いしていたら白ワインを一本空けてしまい、九時過ぎに寝てしまった。そうしたら夜中に目が覚めて眠れなくなった。ついベッドの横の本棚から昨年二月に亡くなった曾野綾子の『私日記 7 飛んで行く時間は幸福の印』という本を手に取り読み始めた。曾野綾子もある意味で戦う人だった。戦う人だがその言葉にはちゃんと品位がある。その本から引用する。

 

 少し予想していたことだが、またしても朝日新聞の出版局から、連載の言葉遣いを変更せよとのこと。作品の中で、主人公のユダヤ人が「私はびっこを引いていた」と言う。そのびっこという一言を直せ、というのである。私はここ三年、自分の足のことを「まだびっこを引いておりますが・・・おかげさまで、ずいぶん歩けるようになりました」と言って来た。他人を「びっこ」と言って嘲(あざけ)ったことは一度もない。担当者とは仲がいいので申しわけないが、間違いでない表現の訂正はお断りすることにする。つまり連載はなかったことにさせてもらうことにした。一つ譲れば、人道主義的姿勢に左右されて、手がつけられなくなる。どこの雑誌社でも、最近はこんなばかな表現の規制をしているところはほとんどなくなった。新聞でも著しく減った。人道とは言葉遣いではなく、行為で示すものだからだ。正直なところ、連載が中止になった途端、さっぱりした気分になったのは、どうしたことだろう。

 

続けて

 

 この日記で、数日前にも、いまに残るこの言論の統制について書いたばかりだった。私は昔から一つのことだけはわかっているような気がしていた。文学は、決して人道的な話だけを書くわけではない。当然のことだが、人生の悪事も書く役目を担っている。それは、悪という闇を書かねば、善という光も表せないからだ。印象派の絵画と同じである。その場合、差別語を使わないで悪を書くことはできないから、私はこの小さな自由を守る。もちろん表現の責任は筆者にあると言ってください、と私は言うのだが、それでもだめなのである。読者だという声に脅されれば、力におびえて表現を変えるのが新聞社なのだ。

 

 多くの、言葉に、そして表現にこだわる執筆者がこの統制に苦しめられてきた。曾野綾子のように訂正を拒否して発表の場を失った者も数多い。矜持を採るか迎合を採るか、悩ましいところだろう。しかし失った矜持を取り戻すのは困難だ。自らを否定することでもあるのだから。戦前や戦時中の言論統制を激しく非難し、それに従わされた、と言い訳する新聞社が自らの統制を正当化する。曾野綾子の言うように、常にただ力におびえているだけなのだ。こんなことを言うと、では差別用語を容認するのか、と批判する人もいるだろうが、時と場合をわきまえた節度のある使い方、どうしても必要な場合の使い方まで統制するな、ということで、その案配こそに知性が必要だと思う。おかしければ批判すればいい。最初からすべて規制して、事なかれにしようとする姿勢が問題だと言っているのだ。

言葉

 先日のNHKの日曜討論で、れいわ新選組の大石晃子(NHKのテロップでは「大石あきこ」と表記されていたように記憶している)議員が語る言葉を聞いて、いささか品がないと感じた。戦う議員ということで、そのような言葉遣いをすることを舌鋒が鋭いと評価する人もいるのだろう。私は言葉には一定の節度がある方がいいと思う。

 

 世の中に氾濫するSNSで多くの人が短文のやりとりをする。短文で意思表示をしようとするとどうしても言葉が過激になる傾向があるようだ。それが言葉の品位を下げていて、それに慣れるとつい品のない言葉に鈍感になってしまうのかもしれない。北朝鮮発の言葉やトランプの言葉などは、わたしにはどうも汚らしく聞こえてしまうのだが。そういえば、トランプが演説するたびに後ろのひな壇に居並ぶ人びとが一様にうなずいては声を上げ拍手している姿は、どことなく金正恩が何か語るたびに一生懸命拍手している人びとの姿に重なって見える。

2026年5月25日 (月)

一仕事終えて

 今朝は糖尿病内科の検診に行った。尿検査と血液検査の結果は前回とほぼ同じで、やや芳しくない数値だが薬が増えるほどのことでもない。年齢から見ればこんなものでしょう、と今回からいままでの美人の女医さんから替わった若い男性の先生が言う。体重をもう少し落とすように努力しましょう、間食をなるべく我慢するように、ということであった。酒については特に指示はない。酒が好きであることをあまり認識していないのかもしれない。言ったら何か言われそうなので黙っていた。

 

 なんとか昼には診察が終了したので急いで家に帰り、昼食を摂り、一息入れてから今度は妻の入院している病院に面会に行く。道路が混んでいて、いつもより余計に時間がかかり、早めに出て良かった。妻の様子はますます話がかみ合わなくなっていて、何を言っているのか理解ができないことがたびたびあってくたびれた。何よりこちらが聞き返すとますます声が小さくなるのでどうしようもない。子どもたちの話をしてもどうもよくわかっていないようである。年月日や自分の年齢などは完全に混乱状態である。面会室はクーラーが効きすぎてしばらく話していたら寒くなった。看護師さんに様子を訊くと、静かで穏やかで手がかかりません、ということであった。それでよしとしよう。

 

 さあ、今晩は肉をメインにして、しっかりと酒を飲むつもりだ。わくわく。そろそろその準備にかかることにする。

『遊仙枕』

 今朝は青空で、空気はひんやりとして気持ちがよい。今日は糖尿病定期検診の日。体重がだいぶオーバーしているので、多分血糖値も芳しくないだろう。帰ったら妻の病院へ面会に行く。午前の診察が遅れる可能性もあるので午後少し遅めの予約にしてある。

 

 枕の連想から読み始めた話梅子の『遊仙枕』(アルファポリス社)を昨晩読了した。いわゆる志怪小説と呼ばれる中国の不思議な話、奇妙な話、幽霊の話などをさまざまな本から集めて翻訳したものだ。こういう話が好きなので既に他で読んで知っているものもあるが、おもしろかった。読んで勉強になるというものではなく、暇つぶしに楽しむという本だ。話梅子(ファ・メイズ)というのは日本人で、ペンネームであるらしい。この人の本では『中国百物語』『中国奇譚』(ともにアルファポリス文庫)という中国怪談集を読んだことがあり、いまも本棚に残っている。

 

 さまざまな志怪小説を拾い集めた本として読みやすいのは、百目鬼恭三郎の『奇談の時代』(朝日新聞社)がお勧めだが、これには日本のものも含めてたくさん収められている。沢田瑞穂『鬼趣談義』(中公文庫)も中国の幽鬼・妖怪の話をたっぷりと詰め込んだ本である。個別の本として私の本棚にあるのは紀昀『中国怪異譚 閲微草堂筆記 上・下』(平凡社ライブラリー)、『聊斎志異 上・下』(平凡社)、『唐宋伝奇集 上・下』(岩波文庫)、『唐代伝奇集 1・2』(東洋文庫)、以下すべて東洋文庫として、『捜神記』、『剪灯新話』、『今古奇観 1~5』、『子不語 1~5』、『酉陽雑俎 1~5』、それにいま読んでいる『幽明録・遊仙窟』などがある。中国の幽霊や化け物の話は、ほとんど怖いというほどのものはないので気楽に読める。スティーブン・キングの本当に怖い話などは、読むには覚悟がいる。

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 全部はまだ読み切れていないが、大半は読んだ。『今昔物語集』や『日本霊異記』、『古今著聞集』、『雨月物語』などにもその様な話が含まれている。それでこのような話を集めた本のごく一部であり、揃えはじめたらきりがない。それぞれ短いものばかりだから、気が向くと読んで楽しんでいる。読んですぐ忘れるから、何度でも楽しめる。

2026年5月24日 (日)

がっかり

 前々から霧島のファンで、彼が大関を陥落してからはしばらく大相撲を見る気がしなくなったくらいだから、大関復帰はことのほか嬉しかった。今場所も優勝、と期待していたのに優勝決定戦で負けてしまった。想えば勝てるはずなのに負けた相撲もあって、まことに残念である。がっかりしている。

人混みを歩く

 広島から来る息子夫婦と名古屋駅で待ち合わせ。定番の金の時計の近くで待ち合わせたのだけれど、たいへんな人出で混雑していた。夕方の会食にははやいので、地下鉄で大須観音に行くことにした。その地下鉄の駅のホームも東京の朝のラッシュ時みたいに人があふれかえり、車両に乗り込むのもたいへんだった。息子の嫁さんはその人の多さにびっくりしていた。伏見で乗り換えて大須観音へ。大須観音にお参りして、大須界隈のアーケード街を散策する。昔はよく歩き回った場所だが、久しぶりに歩いた大須アメ横界隈はずいぶん変わっていた。信長の父である織田信秀の廟所のある万松寺に立ち寄る。ここもすっかり様子が変わっていた。

 

 大須から矢場町を通って百メートル道路を渡り、久屋大通りへ向かう。テントがたくさんあって、ここもたいへんな人混みである。ハワイアン・フェスティバルが行われているようで、しつらえられていた舞台ではフラダンスを踊っていた。テントではハワイにちなんだグッズなどを売っている。こういう催しの人出が出て、それで地下鉄も混んでいたのかもしれない。そのままテレビ塔を正面に見ながら久屋大通を北上する。この久屋大通は札幌の大通りによく似ている。

 

 テレビ塔のあたりではトヨタのスポーツカーなどが展示されていて、トヨタフェアを開催しているようだった。息子は車の会社に勤めているし、息子の嫁さんは運転が大好きだからしばらく車を眺める。歩きくたびれたし喉も渇いたのでテレビ塔の一階のカフェに入り、人混みを眺めながら歓談する。卓上に置いてあるQRコードをスマホで読み取り、表示されるメニューから選んで注文するというスタイルだ。できないことはないけれど、私だったらもたもたするところを若い二人はテキパキとこなしていく。

 

 この時点で一万歩弱歩いていた。地下鉄で栄から名古屋駅へ戻る。駅ビルの中の鼎泰豐で会食することにしていたので少し早めだったけれど混み出す前に店に入る。見晴らしのいい窓際の席へ案内された。十二階から新幹線が見下ろせて眺めがいい。小籠包などいろいろな点心を注文し、ビールや紹興酒を呑みながらさまざまに歓談する。あっという間に時間が過ぎていった。すべて息子のおごり。それに甘える。

 

 わざわざ土日で私に会いに来て、今日は早めに広島に帰るという。ありがとう。今度はわたしが広島へ行くつもりだ。

2026年5月23日 (土)

パワハラ

 朝のブログを書いているときに、昔のことを思い出した。ちょうど石油パニックの年に入社したので、新人として走り回った。だから当時の物不足や仮需の騒ぎを体験している。そしてそのバカ騒ぎが終わった後のさまざまなよじれ、反動、狂ったように騒いで責任を問うていた主婦連やマスコミの知らんぷりをよく覚えている。彼らが騒いで物不足の事態を生み、製品を隠しているだろうとばかりに倉庫に押しかけて担当者をつるし上げたりしたが、彼らこそがマッチポンプであったこともよく覚えている。

 

 わたしは化学会社のメーカーの化学製品(少量多品種の化学製品で精密化学品という)をさまざまな工場に販売する営業をしていた。主に折衝する相手は相手の工場の技術者であったが、資材購入部署の資材部とか購買部という部署ともよしみを通じておかなければならない。私の商売先は大手ではなかったので、ディーラー経由の販売であるけれど、やはりディーラー任せにはできないので資材とのやりとりもあった。

 

 得意先で対抗会社の営業員ともしばしば出くわす。中には新人の私にいろいろと教えてくれる人もいたし、同業のたまり場になっている喫茶店なども教えてくれて、連れて行って紹介してくれたりした。そういう場所でしばしば話すのは資材の中でもくせの悪い担当者の話題だった。みんなに三悪人などと呼ばれた人はみな共通であった。いまなら間違いなくパワハラタイプで、自分の立場を笠に着て、いわゆる虎の威を借る狐というタイプだ。

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 ある会社の資材課長は特にそれがひどくて、休日に出てこさせたり、無理難題を言って鼻つまみだったのだが、その人が石油パニックの時に何ヶ月分もの原料を強引に納入させたことが噂になった。その人は自分の力を誇示し、鼻高々だった。十数年後にその会社は倒産した。その会社の倉庫には過剰な原料の在庫が残っていたそうである。中には石油パニックの時に仕入れた、とっくに使用期限切れのものもあったという話だ。

流通の目詰まり

 政府は、ナフサは通常需要に対して足りていると言い、しかし現場ではナフサ由来の物不足と価格の高騰が起きていると、マスコミはさまざまな実例を挙げて報じている。では政府はウソを言っているのか。一部野党は政府の責任を問いたいところだろうが、そうやって騒ぎ立てるものほど実情を知らないのを過去たくさん見てきた。原因、理由をよく理解しないと適切な対策は打てないもので、ただ騒ぎ立てるような人間の言うとおりにしたら事態はさらに悲劇的なことになる。

 

 昨日のプライムニュースでもこの問題を取り上げていた。イラン問題、ホルムズ海峡封鎖によって生じている現在起きていることと、エチレンプラント問題、そして仮需の問題などが重なっての目詰まりであるらしい。ナフサというのは、原油の成分の中の揮発性成分であり、ガソリンや軽油、重油など、燃料に使われているものを別として、化学製品の原料となるもののことを言う。通常はエチレンやプロピレンなどに分解して中間体とし、そこからさまざまな製品が作られていく。

 

 エチレンプラントというのはそういう分解を行う大型の装置のことで、日本にはたくさんのエチレンプラントが稼働していたが、海外とのコスト競争の厳しさから次々に閉鎖するという状況が続いていた。気をつけていればそれらの記事を目にしていたはずである。しかも需要が低迷気味だったために現在いくつかの大型プラントが定期検収中である。つまり増産不可能な状態にある。だからナフサは確保できても急な需要には対応することができない。

1809b-26ウズベキスタンのガスプラント

 足らなくなるかもしれないとなれば必ず仮需という現象が起こる。必要な原料の在庫が一ヶ月とか一ヶ月半分として、その先が心配だからと需要者が二ヶ月分三ヶ月分の確保をしようとすれば、たちまち供給不足が生ずる。ナフサは足りているという政府の発表に対して、需要家の物不足の悲鳴が生じているのはこういう要因が同時進行で起きているからである。こういう場合にどうするのか。優先順位をまず決めて、一つ一つ目詰まりを解消する方策を講じていくしかないのだ。そのためにはどこで何が本当に不足しているかの情報をしっかりと把握しなければ始まらない。もちろん命に関わる医療用の製品は最優先すべきだろう。

 

 需要と供給のバランスが狂えば(ものの奪い合いが起これば)価格は高騰する。問題の解消がだいぶ先になりそうであれば多少は致し方のないことだろう。国産製造がないことでどれほど困るのか、たとえばコロナの時のマスクの問題で日本人は身に沁みたはずで、海外へ丸投げしていたツケがいま回ってきたのである。どうして丸投げしたのか。デフレが続いたからである。経営者はリストラし、給料を上げず、給料が安いから国民はものが買えず、売れなければ下げるしかなく、国産では採算が合わないからと何でもかんでも海外に生産を移し、国内を空洞化した。そのツケが回ってきているのだが、その責任を政府に求めても問題解決になどならない。ましてやその因果関係すらよくわからずに批判ばかりしている者に問題解決の方策などあるはずがない。

 

 検収で止まっているエチレンプラントの再稼働(二三ヶ月後か)が始まれば、多分最悪の事態は多少緩和されるだろうという。そして仮需も一段落する。そしてまた喉元過ぎれば・・・ということになるのだろう。

2026年5月22日 (金)

高校講座卒業

 雨交じりを覚悟していた今日の天気は思いのほか好天で、部屋を気持ちのよい風が吹き抜け、洗濯物も順調に乾いた。いつもよりもさらにぼんやりして過ごした。ブログに書こうと思いついたことをメモしておいたのだけれど、そのメモがいくつか溜まったのにどうも考えがまとまらない。他の方のブログをお気に入りにリストアップしていて、毎朝、拝見している。更新の頻度の高い人のものと、間隔がけっこう空くけれど、それなりになじみになっているものとの二つのグループに分けているのだが、全体に以前よりも更新の間隔が長くなる傾向があるようだ。

 

 若い人はブログをあまりしないらしいし、記事から拝察するに、私の見ているブログはそこそこのお年の方が多い(自分だってそうだけれど)。体調やさまざまな事情で更新の間隔が空くこともあるだろうと思う。もちろん毎日きちんと欠かさず更新する人もおられて、それが更新されないと何かがあったのではないか、と心配してしまう。たいてい何かがあったことがあとでわかる。身内への近況報告をしているようなところもあるが、息子や娘はたまにしか見ないようで、彼らにはあまりおもしろくないのだろう。何があるかわからないのだから、もっと見てほしいと思わないではないが、そう頼み込むほどのことでもない。

 

 お勉強は断続的にやっている。基礎的知識のおさらいとしてEテレの高校講座の中から、世界史、日本史、地理、物理、化学、地学、数学などを一年半ほど録画してみていたが、そろそろ似たようなものの繰り返しで飽きてきたので卒業しようと思う。試験がないから落第はないし、卒業するのはわたしの勝手である。放送大学のほうは引き続き興味のある講座を録画して、それを眺めている。二度三度と見直したいものはブルーレイディスクにダビングしてコレクションにした。それもそこそこ溜まったので、いまは新しく録画するものはごく限定している。自分が学生時代に専攻した化学が一番難しい。先日見た最先端の有機触媒についての三回に分けた特別講義によれば、自分が卒業研究で使用したルイス酸などが、既に過去のものになりつつある気配で、構造式を見てもほとんど理解できずに呆然と講義を眺めていた。それでも最後まで見たのは意地である。科学の進歩は思った以上だ。想えばもう五十年以上過ぎていたのだった。私は浦島太郎の心地である。

1310-48_edited1夢のような・・・

『寺田寅彦随筆集』

 昨年末頃から読み始めた『寺田寅彦随筆集』第三巻(岩波文庫)をようやく読了した。この本ばかりを読んでいたわけではないし、長い中断もあったけれど、よくまあ飽きずに最後まで読めたものだ。全五巻だから、あと二冊ある。完読するのはいつのことになるやら。

 

 この巻では映画論、俳諧連歌論が何種類か収められているし、熊本第五高校以来の夏目漱石との師弟関係についての回想などもある。やはり夏目漱石に関する『夏目漱石先生の追憶』が最も記憶に残るものだった。

 

 「虞美人草」を書いていたころに、自分の研究をしている実験室を見せろと言われるので、一日学校へ案内して地下室の実験装置を見せて詳しい説明をした。その頃はちょうど弾丸の飛行している前後の気波をシュリーレン写真に撮ることをやっていた。「これを小説の中へ書くがいいか」と言われるので、それは少し困りますと言ったら、それなら何か他の実験の話をしろというので、偶然そのころ読んでいたニコルスという学者の「光圧の測定」に関する実験の話をした。それをたったいっぺん聞いただけで、すっかり要領をのみ込んで書いたのが「野々宮さん」の実験室の光景である。聞いただけで見たこともない実験がかなりリアルに描かれているのである。これも日本の文学者には珍しいと思う。

 

 これでは「野々宮さん」が「虞美人草」に登場すると勘違いしかねない。この実験室の話が描かれているのは『三四郎』という小説であり、野々宮さんの実験室を訪ねたのはもちろん三四郎である。『三四郎』をつい最近四回目か五回目を読んだばかりだから間違いない。そんなことは本を読んだ人なら知っていることで、わざわざ書くことでもないのだが。

 

 寺田寅彦が夏目漱石の家へ入り浸るようになったのは、英語教師としての先生としてよりも、俳句に凝って指導を受けたり添削してもらったり、それを一緒に雑誌へ投稿したりしたことで親しくなったからのようだ。東京へ出てからも、漱石山房に自由気ままに出入りしていたようだ。だからこの第三巻には俳論が、それも連歌の世界についての論究が多い。その連想こそ映画のモンタージュという手法と通じる、などと書き、外国の映画論もずいぶん読んでいて、それについて言及している。映画作品もけっこう見ていたようだ。

2026年5月21日 (木)

アルジェの戦い

 ごくごく若い頃、『アルジェの戦い』(1966年イタリア・アルジェリア)という映画の予告編を見た。映画そのものは見ていないけれど、予告編を見ただけでも衝撃的な映像で、そのときテロというものがどんなものか、初めて知った。1954年から1962年にかけて、フランスの植民地だったアルジェリアで独立のための戦争があった。映画は、1954年から1957年までの出来事をドキュメンタリータッチで描いているという。アルジェリアは1962年に独立した。

 

 開高健の『言葉ある曠野』という本を読んでいたら、『世界カタコト辞典』という章の『アサシン』という文章があり、そこにはアルジェリア独立前後のパリに実際に滞在して極右(OAS・秘密軍事組織)という独立反対派と、賛成派の一般フランス人や左派のすざまじい争乱を目の当たりにした様子(開高健自身も巻き込まれてデモに参加した状態になった)が詳細に書かれている。パリにいたのは大江健三郎などとサルトルを訪ねるためであった。そのサルトルはもちろん左派としてデモを鼓舞していた。

 

 盛り上がる熱気、そしてその熱気に燃え上がっていく命がけの狂気、阿鼻叫喚、暴力の氾濫が現実感を持って迫ってくる。そういうものをある時代に垣間見た世代でもあるので、いろいろな思いがよみがえってきた。そういう戦いは善悪、正義不正義という枠でくくることの不可能なものであり、いまでもそういう熱気の噴き出している地域があるのだとも思った。そしてそれが燎原の火のように、消しようのない山火事のように、燃え広がるかもしれないという恐怖も感じた。

クイズ

 クイズには記憶している知識を競うものやトンチを試すものなどがある。若い頃はクイズで知らなかったことを知る楽しみを楽しんだものだが、次第にトリビアルな問題が増えてきて、一体それを知っているからといってどんな意味があるのだろうと思うようなものが増え、興味を失っていった。ニフティの毎日のクイズを回答し続けているが、CMの氾濫に対してつくポイントがささやかな上に、なるほどそうなのかと思うようなものがほとんどない。もともと新しい音楽や漫画やアニメやスポーツや芸能やファッションなどについて知識がほとんどないから、当てずっぽうで答えるしかないことばかりである。いささか飽きてきているものの、惰性で続けている。

 

 正答率が高いからといって自慢できるほどのこともないし、いまは知らないことはスマホやパソコンが教えてくれる。無闇に知識がたくさんあってもスマホにはかなうべくもない。覚えている必要はもうないのか・・・と思いかけて、待てよ、と思った。ものを考える基盤には知識が必要で、そして知識があるだけでは考えていることにならない。繰り返すが考えるためには知識が必要だ。知識と知識の関係、さらにそこからの連想を自らが生み出すことから、考えというのは深まっていく。考えたことは、既に誰かが考えたことであっても、自力でそこに到達することに意味がある。

 

 クイズはそのための問題だったはずで、それがその意味を全く失った設問というのは、そもそも遊びにしてもつまらないものだ。無知の自覚、自分が知らない、ということを教えられるものとしての面白さがクイズの存在する意味だったはずだ。

Dsc_1486_20260520114201考えているのか思い出しているのか。

2026年5月20日 (水)

雨が降ってくるというので

 前線が北上して、数日雨が降るかもしれないという。梅雨の走りではないかともいう。季節はどうも年々前倒しで、今年もはやく梅雨に入り、はやく梅雨が明け、長い長い猛暑の夏が続くのではないか。土曜日には息子夫婦が広島から名古屋にやってきて会食することになっているが、天気は大丈夫だろうか。娘夫婦も一緒の予定だったが、どうも風邪を引いたらしく夫婦とも咳が止まらないという。まさかと思うがコロナかもしれないというので検査に行く、だから今回は残念だけれどパスすると連絡があった。

 

 雨が降ってくる前にと思って妻の病院に支払いに行った。面会の予約をしていなかったので、来週初めに改めて行くよう予約を入れた。ベランダの鉢の残りをすべてきれいにした。これでカイワレ用の小鉢二つとニラの繁茂している鉢だけが生きている。土埃だらけになったベランダを掃除して片付けた。予報では昨日や一昨日より気温が低いといっていたのに、実際はかえって暑い気がした。湿度が高くなっているのかもしれない。動き回ると汗ばんだ。

 

 魚の図鑑を見ていたら、ガザミという、子どもの頃から食べていたカニとワタリガニが同じものだということをこの歳になって初めて知った。よく似ているなあと思っていたけれど同じだとはちっとも気がつかなかった。わたしはワタリガニが大好きである。昔山形県の日本海の民宿で食べた大きなワタリガニがいままで食べたカニの中で一番おいしかった。

焦げ臭い

 夜の温気が部屋にこもっていたので、朝起きてすぐに窓を開けて外気を入れた。空気に焦げくさい臭いが混じっている。昨日、昼前にけたたましい消防車のサイレンが鳴り響き、またどこかで火事らしいと思っていたところ、外で女性たちの話し声が聞こえてきた。何やら不穏な気配を感じた。火事は近いらしい。ベランダに出たがどこなのかわからない。マンションなら非常ベルが鳴るからそうではないとわかる。やがて焦げくさい臭いがしてきた。しばらくして消防車は引き上げたようだ。鎮火したのだろう。

 

 しかし今朝になってもその焦げくさい臭いが残っているというわけだ。放火ではない限り、火事を出そうとして失火することはないだろうが、火事は自らも大変な思いがするし、周りもたいへんな迷惑を被る。火の始末には一層の注意が必要だと自戒する。

 

 クロード・ミュトスとやらいうAIソフトがにわかに話題になっていて、たいへん危険なソフトだといいながら、政府も大手銀行もその導入を検討しているような話で訳がわからなかった。一昨日のプライムニュースでようやく疑問が氷解した。このソフトの最も主要な機能は、セキュリティの穴を見つけ出す能力が格段に高度であるということなのだ。人間が作り出すソフトには必ずバグというセキュリティの穴があり、それをしらみつぶしに潰してソフトは安全性を確保する。しかし人間のすることは不完全で、完璧に穴を塞ぐことは不可能なのだ。その見逃された穴を短時間で発見できるのがこのミュトスというソフトなのだ。現に主要で安全と見なされたソフトに、十年以上見逃されたバグがいくつも見つけ出された。

 

 こんなものが公開されて市中に出回れば、悪意のある者や国が悪用してたいへんなことになる。ハッカーや北朝鮮や中国(多分ロシアやアメリカも)がハッキングするのは、そのバグを探して侵入しているのだが、そのバグが簡単に見つけられたらデジタル世界の崩壊につながりかねない。だから防衛のために国家やその機関、銀行がそのミュトスによって自らのセキュリティチェックを大至急しなければならないということなのだ。

 

 いまは厳重に秘匿され、管理されているらしいそういうソフトは、それでもいつか必ず流出する。さらにレベルアップしたソフトを開発するものもあらわれるだろう。いたちごっこではあるが、とにかく先手を打って迅速に手を打たなければならないという話らしい。日本は早いような遅いような対応ということで、遅いだけではないらしいからいつもよりマシか。

 

 番組の中では、AIが自らの判断で、人間が意図しない行動を起こすケースが発現しはじめていると語られていた。ターミネーターの世界は既に始まりつつあるらしい。

Dsc_8795人間は不完全じゃ

2026年5月19日 (火)

イスタンブール

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毎年一回は行っていた海外旅行の最後がトルコ旅行だった。写真はイスタンブール。写真ではわかりにくいが、イスタンブールは坂の多い街で、急な坂を上り下りした。イスタンブールだけでもまた来よう、といっていたF君がこの翌年に亡くなって、十五年以上続いていた友達との海外旅行は終わることになった。

この写真をパソコン画面の壁紙にしていて、開くたびにイスタンブールの街と、そこを歩く青いチェックのシャツのF君と会う。

『チェ・ゲバラの春』

 佐藤愛子が102歳で亡くなった。おもしろかったから読んでみろ、と母に勧められて彼女の直木賞作品『戦いすんで日が暮れて』(1969)を読んだのが最初の出会いだった。夫の巨額の借金を返済し続ける壮絶な日々と、その夫の裏切りが描かれているのに、暗くも重くもない、そのいっそサバサバした軽みというのが印象的だった。軽みこそ強さかもしれない。詩人のサトウハチローの妹だということをそのときに知った。サトウハチローの詩はあまり好きではない。父親の佐藤紅緑の娘だとも知ったが、文豪らしいとは知っていてもその作品に出会ったことはなかった。

 

 追悼の意味で小学館の昭和文学全集を眺めていたが、残念ながら彼女の作品は収められていない。代わりに昨年亡くなった曾野綾子の作品の収められている巻をひらいて短編小説を二編ほど読んだ。『殉死』という作品と『チェ・ゲバラの春』というごく短い作品だ。曾野綾子の本は五十冊以上持っていたが、エッセイがほとんどで、半分以上を再読三読したあとに処分中である。残すのは五六冊にするつもりでいる。小説を読むのは久しぶりだった。

 

 『殉死』は、ある東北の街で出会った、藩医の時代から続く病院長の医師の印象と、その後に聞いた彼の消息を語る淡々とした物語である。淡々とした語りから、その医師の思い、覚悟というものを読者に想像させ、人生というものについて考えさせてくれる。かけがえがない者を失ったとき、人はどう生きるのか、そして死ぬのか。無数の人生がこの世にはあって、その中のあるキラリと光って見えた一つを拾って見せてくれている。

 

 『チェ・ゲバラの春』は、「わたし」がある目的で訪ねた修道院の話。チェ・ゲバラとはチリ・サンチャゴの貧民窟のことである。修道女たちはその貧民窟の病人の家を夜訪ねて、終夜その面倒を見ることを修養としている。「わたし」が体験した夜の修道院で体験したこと、そしてある日本人修道女のことを尋ねた「わたし」が聞かされた話が綴られている。献身的なその生き方のさらにその心の底にあるもの、そこに人間の哀しみと勁さが感じられて心に残った。

2026年5月18日 (月)

暑い

 予約していた歯医者は朝八時から診察してくれる。その八時から診察してもらった。奥歯が欠け、穴が空いているということで消毒して少し削り、詰め物をしてもらった。これで大丈夫とは思うけれど、もし詰め物がとれてしまったらすぐ診察にくるように言われる。抜くほどのことがなくて良かった。テキパキと処置がすんだので、涼しいうちに帰ることができた。

 

 今日も真夏日で空は快晴。洗濯をして、小ぶりの植木鉢を二つ、きれいにして土をふるいにかけた。これにカイワレの種を蒔くことにする。花や野菜を植えてもいいけれど、夏の間に何日か家を空けると鉢がカラカラになってかわいそうで、今年はニラとカイワレだけにすることにした。

 

 久しぶりに魚類図鑑などを引っ張り出して眺めている。若い頃、釣りが大好きで、よく釣りに行った。たくさん釣るには船釣りがいいけれど、防波堤でのんびり釣るのが好きだ。知らない魚もときどきかかるので、調べるために魚類図鑑や、食べられる魚の本などを買った。普通の人よりはだいぶたくさんの魚の名前を覚えた。こどものときには魚ばかり食べていたからもともと魚には詳しい。魚屋の店頭に並ぶくらいの魚ならだいたい名前がわかる。

 

 釣りに行かなくなって久しい。釣りに行ったら楽しいだろうなあと思うし、あそこへ行けば釣れるはずだ、という場所も覚えている。しかし子どもたちが巣立ってしまって独り暮らしでは、釣った魚をおいしく食べてくれる人がいない。釣りの楽しみは釣ることと同じくらい食べること、食べてもらうことで、しかも息子や娘はわたし以上に魚を食べるのが好きだから、その楽しみがないと思うとつい釣行が億劫になり、やめてしまった。

 

 今頃なら朝はまだ良くても、昼はじりじりと暑いだろうなあ、と潮の香りの記憶とともにお気に入りの防波堤を想っている。

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徳義心

 NHKドラマ『あきない正傳 金と銀』の第三シーズン(全八回)は、あと一回で終わってしまう。
第一回で、身内の者のあまりの裏切りに、私の小さな心は嫌悪心に耐えられなくて、今回のシーズンは見るのをやめようかと思ったことをこのブログに書いた。それでもめげないのが小芝風花が演じる主人公であり、気を取り直してその後も見ている。主人公たちと一緒に気合いを入れたり喜んだりしていて我ながら他愛がない。

 

 商売敵であり、阿漕なやり方の枡呉屋との闘いは、粘り強く、しかも徳義心を失うことのない五十鈴屋が勝利していくことは当然であり、結果が見えているのだが、その結果を確認しないと気が済まないのはドラマというものの魅力だろう。

 

 どうして気が済まないのか。現実世界はしばしば阿漕な枡吾屋がのさばるからである。徳義心などは、もうけるためには邪魔だといわんばかりの者が、肩で風を切ってのし歩いているのを見ているからである。日本の江戸時代が、封建主義で悪い時代だったと、マルクス進歩主義に染まった歴史学者や教師たちは言い立ててきた。そして商人と代官は悪者で、水戸黄門たちに退治されることになっている。しかし歴史を少しでも学べば、江戸時代の商人には徳義心があり、もうけをむさぼるばかりではいけないのだ、結局は身を滅ぼす、と考えていたことを知っている。石門心学をはじめ、商人自身が、商道徳、公的正義心を語り実践していた。日本の徳義心は武士だけのものではなかったのである。だから江戸末期から明治の初めに日本にやってきた外国人の多くが、貧しくみすぼらしいけれど、その心根や、きちんと管理された自然を美しいと感じたのである。

 

 その名残は現代の日本でもみられる。大きな災害があっても被災地で暴動が起きることもなく、コンビニでは同じ値段でものが売られている。多くの国では考えられないことだ。

 

 失われた三十年などと言われて久しい。どうして失われたのか。バブルの前のなりふり構わない富への狂奔、そしてそのあとの利益確保のためのリストラという名の経営者の保身、すべて徳義心を失った日本の姿だった。そうして日本はそのまま立ち直りが遅れて、いまのていたらくではないかとついえらそうに言ってしまう。私だってその一員だったけれど、でもそういうことだろうという自覚はあった。枡吾屋がのさばる世界に未来はない。トランプに、そしてトランプが引き連れた、大金持ちで世界を牛耳る面々の顔を思い浮かべ、それに世界が託されていることの危うさを思った。

2026年5月17日 (日)

今晩から

 明日は歯医者、そして来週初めに持病の糖尿病内科の定期検診がある。この十年、その定期検診前一週間前後を休酒期間にしている。完全に守れることもあるし、事情で守れないこともある。週末には息子夫婦が広島から来て会食するので、その日は休酒を解く。だから一日早く今晩から休酒を開始する。休酒すると夜が長い。

 

 そんなことでは血糖値の検査に意味がないではないか、などと友人に言われたりするが、ずっとそうしてきていてその上での検査結果であるし、つい飲み過ぎ食べ過ぎでゆるんだ体を休酒することで立て直す効果というのが確かにある。呑むときは呑まないときより、より長い時間をかけて余分に食べてしまう。一週間休酒すると二キロくらいは体重が落ちる。そうでないと悪い方へ階段をどんどん落ちてしまって、元に戻らなくなると思っている。そういう意味でわたしにとって定期検診は大変身体にいいのだ。

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 闇バイトなどというものが未だに横行していることが理解できない。世の中には愚かな者が一定数いて、簡単に引きずり込まれ、そして使い捨てにされる。今回のような強盗殺人ということになれば、少年であっても大人並みに罪に問われるはずで、そうなら多分一生を棒に振ることになるだろう。被害に遭われた方は本当にお気の毒である。詐欺犯罪も相変わらずだし、迷惑メールも氾濫していてとどまる気配がない。なんだかすべて同じ根っこに生えた毒草のような気がする。可能ならデジタルデトックスとやらをしてみたいが、生活に必要な銀行やお役所など、すべてデジタルではないと不便なことになってしまった。便利さより面倒さの方を強く感じているが、誰がそれで得をしているのだろう。

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失点回復をもくろんで

 今日の名古屋は最高気温が32度の予報である。今年初めての真夏日で、猛暑到来の始まりか。大根の種を包むサヤが、ようやく乾いて枯れた状態になり始めた。今年は大量に花が咲いて、最初は結果するものが少ないように見えたが、けっこうたくさんある。乾ききったサヤを枝ごと切り取ってサヤだけを袋にためている。まだ半分も採っていないけれど一年分のカイワレ用には十分である。それに昨年採った種がまだ少し残っていて、それを蒔いては摘み取り、青物のささやかな足しにしている。

 

 世の中のニュースをぼんやり眺めている。食料品の消費税減税の話の行き着くところは何パーセントにするかではなく、所得に応じた給付付き減税なのだそうである。つまり、本当に困っている人にお金を配ることを目指すということらしい。しかし誰が本当に困っている人なのかを把握するのは困難で、政府が所得や資産を把握しないと不公平を免れないが、反対する人が多いのでなかなかそれが進まないという。マイナカードの目的はそもそもそこにあり、預金などの資産もすべて紐付きになれば不公平は生じにくいはずだ。

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 ふしぎなことに、資産など大して持たない人までが、資産のある人の反対にのせられて訳もわからずに紐付きに反対をしている。世の中には表に出ない金というのが動いているそうである。そういうものと縁がないので本当かウソか知らないが、それが把握できなければ課税の公平が期せないから反対、というのではどうも話がおかしい気がする。税金は必要だが増税してほしくない。それなら払うべきものが払われていない部分を明らかにして、そこから少しでも徴収することで増税をしないですむにこしたことはないではないかと単純に考えるのだが違うのだろうか。

 

 アメリカに戻ったトランプは、中国のことなど忘れたかのようにイランへの攻勢を画策しているらしい。都合の悪いことは知らんぷりをして、それを糊塗するためにまたイランへの攻撃を始めそうだ。続いてキューバにその牙を向けることになるのではないか。こうして失点回復をもくろんで、しなくてもいいことを次々と重ねて、自ら泥沼にはまっていくのではないか。中国の思うつぼである。

2026年5月16日 (土)

失敗の認識とリカバリー

 朝、夜明け過ぎに目が覚めたが、そのままだらだらしていたら二度寝に入り、惰眠をむさぼることになった。起こしてくれたのは久しぶりの本格的なこむら返りだった。このごろ足のあちこちがつることはあるが、もう慣れてしまって我慢してやり過ごす。しかし今回はかなり痛かったので起きて漢方薬を飲むことにした。

 

 痛いといえば、鼻緒式のサンダル(草履)で少し長い散歩をしたら鼻緒ずれがして甲の皮がめくれてしまい、痛い。普段は靴下をはいて運動靴で散歩するのに横着をして、痛い目をした。足が少しむくみ気味であったことも災いしたようだ。風呂に入るときにしみるのがつらい。そんなこんなをしていたら右奥歯が小さく欠けてしまい、たべものがしばしば挟まるようになり、このままでは危うい気配なので、歯医者に電話を入れて予約をした。そんなちょっとした不調とも言えないほどの不調であるが、何もする気にならない。土曜日は普段は夕方までテレビは見ないのだが、集中力が低下しているのでぼんやりと見ていた。特にトランプ訪中について知りたいと思って見ていたら、バラエティニュースも含めてさまざまな番組が取り上げていて、その受け取り方の浅薄なものからかなり理路整然としたものまでさまざまであった。各コメンテーターのレベルの差が今回はずいぶんとはっきり見えるように感じた。

 

 トランプはエアフォースワンの機中から記者の質問攻めにあっているようだ。アメリカに帰ればますます質問攻めにあうし、議会からも攻められるだろう。トランプは損得で世の中は成りたっている、と信じているが、中国は損得を最重要視しない国であるし、特に習近平はそうである。そういう国でディールをしようとして失敗したのだということは見ていればわかるのだが、その失敗をトランプが認識しているのかどうか。どうやらまずいことになったらしい、とうすうすは気がついたようだが、都合が悪くなればむちゃくちゃな理屈で言い逃れするのがトランプである。そのリカバリーが今回は通用するのかどうか。しかし中国はかなり作戦を練って攻勢をかけていて、その言い逃れの化けの皮が剥がれてしまいそうな気もする。

 

 最も気にすべきなのは、台湾の人びとがどういう報道をみせられているのか、そしてトランプに対して、つまりアメリカに対してどのように感じたのが、であろう。わたしには、今回トランプは台湾を売り、そのことで同盟国やアメリカに頼っていた国々の信用を失い、つまりアメリカの信用を大きく失墜させたように見える。MAKE AMERICA GREAT AGAIN.ではなくて、MAKE AMERICA SMALL DOWN.だったのではないか。

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(見聞きしたことのある言葉のはずなのだが、念のため調べたら、私の持っている小さな辞書にはSMALL DOWNという言葉が見当たらないのでこんな使い方はないのかもしれない)

同じものを見て

 中国を訪問したトランプの様子をテレビで報じているのを見て、トランプがいいようにあしらわれているように見えた。トランプは習近平にひたすら敬意を払い、習近平は明らかにトランプより上位者であるかのように振る舞ってみせて、中国国内に自分の権威をアピールしてみせることに成功したようである。

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 トランプはいつもの尊大な様子を全く見せず、それどころか借りてきた猫のようにおとなしく、おとなしいというより元気がないようにすら見えた。この様子はアメリカ人にとってどう見えたのだろうか。同じものを見て、私に見えたように見たのだろうか、感じたのだろうか。そのアメリカ人の反応が見てみたい。

 

 アメリカは衰退しつつある国、と習近平はいい、確かにそうだ、と思った。しかし、中国が隆盛しつつある国、とは思えないし、思いたくない。私には、中国は時代遅れの帝国主義の国でしかないように見えるのだが・・・。それとも二十一世紀というのは新たな帝国主義の時代なのだろうか。

P.S.このブログを書いたあと、録画してあった昨晩のプライムニュースを見て、大方の見方が私と同様アメリカが、というよりトランプが、中国に完敗したという見立てのようであった。しかしゲストのクラフト氏によると、アメリカ人は一部識者以外は物価高以外については関心がなく、今回のトランプの中国の振る舞いや中国のあしらいについて何もわかっていないのではないか、と語っていたのが印象的だった。そういうことだからトランプが大統領に選ばれようなことになるのだろう。アメリカは確かに衰退している。あわせてクラフト氏はなぜ習近平がツキジデスの罠について言及したのか、また天壇公園にトランプを案内したのかについて、2017年のアメリカ副大統領のペンス氏による中国に対する演説が中国に対する屈辱であり、それに対する大いなる報復であったのだと解析していた。もちろんそんなものをトランプは理解も認識もしないだろうけれど・・・。今回のトランプの中国訪問は、世界が大きく変わるターニングポイントであったのかもしれない。

2026年5月15日 (金)

めがね

 もともと近眼であるし、白内障の手術をして手元にピントが合う眼内レンズを入れたので老眼鏡は必要ない。少し距離のあるところから先は、いままでの近眼用のめがねで問題ないことは眼科でお墨付きである。めがねはいくつも持っているけれど、かけやすくてお気に入りは二つ、そのうちの一つがネジが抜けてしまいレンズも外れてしまって、いまは一つだけである。そのめがねのレンズはガラスなのでやや重い。だから少しゆがんだだけで耳にあたって痛くなる。

 

 眼鏡屋に行かなければと思いながら、先延ばしにしている。眼鏡屋には補聴器を買うときに行こうと考えていたからだ。独り暮らしでは、耳が多少遠くてもテレビの音量を大きくすればすむことで、不都合はない。それでも病院へ行ったり役所に行ったりすると二度三度と聞き返すことが多くて申し訳ないと感じている。音としては聞こえているのである。ただ言葉が濁って聞こえるので聞き違いしてしまうのだ。だから音を大きくするよりもクリアにするような補聴器が欲しいと思っている。そしてそのような補聴器はびっくりするほど高価である。だから迷っている。

 

 それに補聴器をつけたり外したりというのも面倒で、つけたままにすることになるだろうが、寝るときや風呂に入るときなどは外すだろう。めがねと同じであるが、めがねとは何十年の付き合いでもう身体の一部であるが、そんなふうに補聴器に慣れるかどうか。

 

 本を読むときはめがねを外す。そうして目の前にあるめがねを探したりする。あまりにも目の前だとかえって見失う。「探しもの、そこにあるのに気がつかない」などという句が思い浮かんだ。

あと二回

 早い時間に寝てしまうと、はやく目が覚めてしまうのは道理だが、ただはやいというより早すぎてしまうことが多くてリズムが狂う。今朝も四時前に起きてしまい、手持ち無沙汰である。寝起きは本を読むには集中しにくいのだ。仕方がないから録画してある昨晩のプライムニュースを1.5倍速で見る。そうしてCMを飛ばせば一時間あまりで見ることができる。それにしても中国の大歓迎でトランプがその手にのせられてしまったのではないかと心配だ。しかしなるようにしかならないし、そうなったときの最悪を予想して覚悟するしかないという気もする。この歳になると諦めざるを得ないことは諦めるしかない、ジタバタしても仕方がないと意気地がないのだ。

 

 今日はマンションの電気系統のメンテナンスのために、朝一時間前後停電すると知らされている。そのくらいなら冷蔵庫の中は大丈夫だろう。早めに朝食をとっておくことにする。その今日は車検の予約日で、朝からディーラーに行く。今回車検をして二年、その次の車検をどうするか。運転は身の程を知ってこの頃はかなり慎重になっているから、まだ大丈夫そうだけれど、二年後にはどうなっているのかわからない。せいぜい今回を含めてあと二回かと思う。思い立ったら即車であちこち出かける、ということをしなくなれば、引きこもりのボケ老人に一直線になりそうだ。とはいえニュースで頻繁に報じられる高齢者の事故を思うと、自分で思うよりも潮時ははやいかもしれない。

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愛車の調子は悪くない。

2026年5月14日 (木)

捨てないでほしいもの

 遺品を整理するときに、捨てていいものと捨てないでほしいものの区別がつかずに、残された者が困るそうである。だから捨ててもかまわないもの、捨ててほしくない大事なものを書き出して残しておくことをお勧めする、と遺品整理の専門家がテレビで言っていた。こうして捨ててもいいものを自覚することで、生きている今のうちに処分しておくものが明確になるということらしい。

 

 いかにももっともに聞こえるけれど、自分の死後に捨てないでほしいものなどわたしには何もない。確かにあってもなくてもいいものが家の中に山ほどあるが、それ以外はみな私にとって大事なもので、同時にそれが他人にとって大事かどうかは私には関係ない。あの世に持って行けるものなど何もないのだから、どうなろうと知ったことではない。

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 死んでからも何かを指図する、などということはしたいと思わない。

 

 それにしても、何かを残したいなどと思ったことなどないのに、どうしてこんなにいろいろなものが家の中に溢れているのだろう。

劉義慶といえば

 昨夕から晩にかけて雷雨だった。夕方になっても暑かったのが、一気に気温が下がって肌寒いくらいになった。当地の今日は、昨日よりもさらに高く、29℃になると朝の天気予報で報じていて、しかも夕方にはまた雷雨の可能性があるという。数日前に今年はじめて蚊が飛んでいるのを見た。まだよたよたしていたけれど、それでも叩き潰すことができなかった。頭では素早く動いているつもりでも、身体はそのように動かない。我が家は五階なので、そこまで上がってくるのは時間がかかるようだ。そういえばエレベーターの中で蚊を見たことがあったから、彼らも賢く人間の文明の利器を利用して我が家へやってきているのかもしれない。

 

 読書欲というのが私にはある。その読書欲が低下すれば本を読む気にならないのは自然のことだが、昂進しすぎても、あれもこれもと引っ張り出して読み散らして収拾がつかなくなり、結果的に本が読めなくなる。そのバランスが肝心で、このところようやくマイペースで本が読めている。

 

 いまは五六冊の本を並行して読み進めているところだが、その一冊の『幽明録』という幽霊話の本の著者が、劉義慶であることに今頃気がついた。劉義慶といえばあの『世説新語』の著者ではないか。毛色の全く違う本だが、そういうものなのかもしれない。そういうもの、というのは、知に働き過ぎたら少し娯楽的なものを書きたくなる、ということだ。『世説新語』といえば井波律子(中国文学者)で、彼女の本にはじめて出会ったのは『中国的レトリックの伝統』というおもしろい本で、その本こそ『世説新語』をもとに語られた本なのである。以来彼女の本を本屋で見つければ購入して、たくさんの本が本棚に並んでいる。彼女の翻訳した『世説新語』全五冊もあるし、『水滸伝』全五冊や『三国志演義』全四冊もある。彼女の随筆も何冊かあるが、女性らしい視点で書かれていて好感の持てるものである。つい彼女の本も棚から引き出しそうになったが、また収拾がつかなくなるので我慢した。

 

 早めに眠くなったので寝床に入ったのに、横になったら眠れない。つい枕元に置いてある張岱の『陶庵夢憶』を開いて最初から読み始めてしまった。読むのは四回目か五回目だが、最初はほとんど読みこなせておらず、読んだうちに入らない。私は本に書き込みをしないのだが、この本には自分で辞書を引いて調べたことが書き込んである。そこまですることはほとんどない。それほど好きな本で、離れ小島に持参する本を選ぶならこの本は欠かせない。この本は理由があってもう一冊持っているが、読むのは少しヨレヨレになった書き込みのあるほうばかりである。

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 読めない漢字がまだたくさんあるが、そんなことを細かく気にしているとこういう本は読めない。おぼろげに意味がわかればなんとかなる。そして何度も読んでいるうちにおもしろくなってくる。そういう本は友達と同じで、そんなにたくさんあったらたいへんだけれど、大事にしたいものなのだ。

2026年5月13日 (水)

広津和郎ときだみのる

 所用で少し歩き回ったら、大汗をかいた。今日は28℃まで気温が上がると天気予報で言っていた。身体がまだ暑さに慣れていないのである。しかし少しは暑さに慣れておかないと、来るべき猛暑をしのぎきれない。汗はかいた方が良いだろう。それに高齢になると暑さを感じなくなって危険だとも云う。それならまだ暑さを感じるということは悪くない。

 

 開高健の『言葉のある曠野』という本を読み進めている。広津和郎との対談と短い評論を交互にしながら、開高健の思う広津和郎を表現している。開高節とも云うべきその文章を少し引用する。

 

 広津さんから聞く話はいつも何かしらその種のおっとりしたものばかりだった。“闘争”とか“抵抗”とか“鬼”とか”魔”とか“鮮烈”、また“秋霜烈日”、”きびしい”、“不惜身命”、“この道一筋”、”ギリギリ”等々、日本人の大好きな硬直・玉砕美学の言葉が匂わせるようなものはどこにも感じられなかった。そのことに私はおどろき、目を瞠った。
(中略)
正真正銘、広津さんは行動人であった。けれど明治以来の日本の知識人が<行動>という言葉で連想するのは闇に散る火花の悲愴であった。“持続”とか、“常識”とか、“実証”などは、大の苦手で、真に必要なのはこれだぞといって持ちだされると、口ではそうだ、そうだといいながら、目は早くもどんよりにぶくなってしまう。そっぽ向いてしまう。シビれないないもんなぁという。それでいて激烈、悲愴なことを口にする連中に限っていつまでも椅子にすわりこんで紅茶をオチョボ口ですすり、たちあがろうとしないのである。つまり不渡り手形の思想家である。コミュニストであろうと、リベラリストであろうと、いまの日本の知力はそれら無数のシロアリに食い荒らされている。そして新聞、雑誌、週刊誌、総合雑誌は実体なき言葉の製粉所みたいになっている。

 

 こういう過剰な言葉を重ねるのが開高節である。

 

 次は昭和十八年(戦時中である)に出版された、きだみのるの『モロッコ紀行』から開高健が引用した文章。

 

 誰でも歴史を振り返って眺める者に歴史はこう告げている。民族社会の一員としては--そして民族人として以外に個人は存在していない。なんとなれば民族の否定は彼の中にある一切の精神的なもの、言語、伝統、その他彼を育て上げた一切のもの、すなわち伝統文化の否定であるから--一民族の依って立っている地盤が、平和に畳上の床で死んだ者より、自己の血を民族の生命に混ぜた者の上に立脚していることを想起すべきであると。この血を惜しむ時、或いはこの血を有効に流せない環境に押し込められたとき一つの民族は自己の名を以て歴史の上に存在することは許されない。一つの民族に対して平和は戦敗以上の惨害を与え得る。これが民族の宿命的な現実的な運命である。

 

 この文章に対して開高健は、

 

 この定言は正確である。今日の地球の回転に魔笛な衝撃力を与えているものを狂わずに明察している。

 

と評している。

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 この文章の意味するところを現代社会について考えてみると、あらゆる紛争や戦争の背後で働くエネルギーについての真理のようなものを感じてしまう。戦争反対、平和の世界を!という言葉が時にむなしいのは、そこのところをつかみきれていないからのような気がする。

証言者・開高健

 味覚が最も鋭敏なのは子ども時代で、二十歳前からその味覚はだんだん鈍磨していくのだそうである。確かに子ども時代、九十九里浜に近いところで生まれ育ったので、地引き網で獲れた小魚、イワシやアジを棒手振りのおばさんおじさんが売りに来るのを、母がさまざまに料理してくれて、そのおいしさの記憶は忘れられない。だからいまだに大きな魚の刺身よりもアジやイワシ、サバのほうがおいしいと思う。その刷りこまれた記憶でいまもさかなの味を味わっている気がする。

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 先日の藤竜也が魯山人を演じたドラマが大変おもしろかった。魯山人はその子ども時代の鋭敏な味覚が鈍磨しなかった希有な人で、それが食に対する極端なこだわりにつながっていたのだと思う。それに引き換え、粗雑な味覚の私ではあるが、代わりに何を食べても大概のものがおいしく食べられるという幸せを両親からもらった。食に関する本はずいぶん読んだし、作家の中にはその食にこだわりを持つ人が多い。繊細な味覚にこだわる人と健啖家であることとはずいぶん違うが、私は健啖家の食の話の方が好きである。

 

 その一人がわたしの好きな開高健で、食に関する話をたくさん書いている。私がはじめて読んだ彼の作品は『パニック』という短編だが、その面白さに感激した。次に読んだのが『日本三文オペラ』で、ここに書かれた朝鮮の臓物料理、いわゆるホルモン料理の描写は垂涎ものであった。後に大学生になって実際にホルモン料理を食べたときには想像通りで感激的においしく感じた。

 

 そんなことを思って開高健の本が並ぶ棚を眺めて見れば、『開高健全ノンフィクション』の第四巻『孔雀の舌』や『最後の晩餐』という、食べることに関することだけが書かれた本が目につく。それを読もうと思いながら、つい隣の『言葉ある曠野』(『開高健全ノンフィクション』の第五巻)がまだ読みかけだったことを思い出してそちらを引っ張り出した。

 

 今回読んだこの中の、『証言する』という文章は、永井荷風作と言われる『四畳半襖の下張』を掲載した雑誌が発禁本扱いされたことに対する裁判での証言記録である。正式の弁護人、そして特別弁護人・丸谷才一とのやりとりは、赤裸々でありながら、開高健の人間の本性についての分厚くて熱い思いが沸騰していて引き込まれた。それを開高健の作品を取り上げながら引き出していく丸谷才一の手腕、理路の展開にも感心した。世の中にはおもしろい本がたくさんある。

2026年5月12日 (火)

集中できなくて読み散らす

 先日、枕の連想から『遊仙枕』という本を引っ張り出した話を書いたが、その『遊仙枕』は古い中国の志怪小説を集めた本で、そういえば、『遊仙窟』という話があったはずだと思い出し、その話が収められている『幽明録・遊仙窟』という本も引っ張り出した。こちらは魏晋南北朝の頃の志怪小説を集めたもので、ただし最後の『遊仙窟』だけは唐の初期のものである。

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 読みかけの『遊仙枕』を読みすすめ、さらに『幽明録・遊仙窟』の中から『幽明録』を読み、どれも短い話ばかりだからいくつか読んではうつらうつらしたり、ぼんやりしている。同時にやはり読みかけの『東京夢華録』を読んだりして、暇つぶししている。こちらは北宋時代の東京(現在の開封市)の都市繁盛記で、いまWOWOWの『清明上河図』というドラマがまさにその時代に符合することは以前書いた。本文の三倍四倍の注釈の入った本で、丁寧に読むから一時間で二十ページも読めない。ようやく半分近く読み終えた。注釈に青木正児や宮崎市定の本などが紹介されていて、そちらも手元にある本なら開いてみたりするから収拾がつかなくなっている。

 

 もっと落ち着かなければと思いながら、いつかは読もうと思って買い集めた本を、とても読み切れないなあとため息をつきながら眺めている。処理能力の低いざる頭のくせに、無理をさせるからオーバーヒートしてしまったようだ。今晩は早めに酒でも飲もう。

ひと月遅れ

 四月に入ったら床屋に行こうと思っていた。床屋は好きではないがむさ苦しいのも好きではないので行かなければならない。問題は春だということで、春は花粉か飛ぶ。私は杉よりヒノキに強く反応するらしく、四月は特にくしゃみや鼻水が出てかなわない。襟足が見苦しくなっているので行かなければと思いながら、刃物のちらつく床屋でくしゃみをするのは危険だし、いい歳をして調髪中に鼻水を垂らすのも恥ずかしい、と行きそびれていた。

 

 数日前から散歩をしてもあまりくしゃみもが出なくなった。風もなさそうなので、いつも行く格安の床屋へ、昨日ついに意を決して出かけた。予定よりひと月遅れである。全体に伸びすぎた、むさ苦しくてみっともない頭髪をバリカンでガシガシと刈り込んで丸刈りにしていく。顔も剃ってもらって頭も顔もつるつるになった。さっぱりした。

 

 帰ってから、リビングと寝室の二台のエアコンのフィルターを掃除した。けっこうほこりが溜まっている。こちらもさっぱりした。もうすぐ本格的な夏である。広島にいる息子が来週末に帰省すると連絡があった。そのことを娘にも連絡した。来週末は久しぶりにみんなで名古屋駅前で会食でもしようか。

2026年5月11日 (月)

鯖街道熊川宿

過日、鯖街道の朽木宿を訪ねた。昔の鯖街道の名残をとどめている宿場として、もう一つ熊川宿がある。以前前を通ったけれど立ち寄らなかったので、今回はこちらを訪ねた。こちらのほうが小浜に近い。

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熊川宿の番所。

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小浜へ四里、熊川宿。

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日盛りに人通りは少ない。宿場は端から端まで一キロ以上あるようだ。行けば帰らなければならない。七割くらい歩いて引き返した。

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造り酒屋らしき大きな建物があった。

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道の脇をきれいな水が勢いよく流れている。

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こんな大きな石が覗いている。取り除ききれなかったのだろう。

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酒好きでもあり、こんなものにちょっと頬が緩む。

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道の駅の駐車場に車を置いて街道を歩いたのだが、道路を挟んで向かいにこんな喫茶店がある。サバサンドと書かれた旗がはためいている。サバサンドは大好きである。自分でも作るくらいである。

少し柔らかめのフランスパンに挟んだ焼きサバはとてもおいしかった。一緒に頼んだコーヒーはとても大きなカップに入っていて、大満足。ここへ来たら食べるべし。

それにしても大して歩いていないのに気温も高かったせいもあって大汗をかいた。これ以上どこかに立ち寄る気にならず、琵琶湖の北側、湖北を回って琵琶湖の景色を楽しみながら木之本インターから我が家へ帰った。

縄文ミステリーサミット

 一昨日、NHKBSで『縄文ミステリーサミット2026』という番組が放映された。近頃縄文時代に興味が深まっていたところなので、楽しみに見たのだが、期待外れであった。

 

 縄文時代が文字のまだない時代であったことから、謎に満ちている時代、という取り上げ方をしていることについては異論を述べるつもりはないけれど、そこに想像力を働かせるにしても、それなりに学術的な考察をもう少し丁寧にした上で語ってほしい気がする。縄文時代は一万五千年前とも六千年前からとも言われていて、弥生時代までの極めて長い期間であり、その間に気候も大きく変動を繰り返していて、初期、中期、晩期の時代によっても、また地方によっても土器の形や土偶がずいぶん違うことがわかっている。それを乱暴にひとくくりに論ずるのは、大雑把に過ぎると感じた。

 

 番組を興味を持ってみる人は、それなりに知識も多少はあるはずである。あまりにバラエティ番組風に仕立てすぎては失礼である。知らなかったことを知ってなるほどと思い、さらに知りたいなあと思うような番組だったら良かったのだがそうなっていなかった。専門家がとっておきの新知識、資料をみせてくれる、というのがこういう番組に期待するところなのに・・・。文字による検証が出来ない分だけ一層その想像力の働かせ方は慎重であってもいいのではないかと思う。放送大学の学術的な番組を見ているから少し辛口になってしまった。

 少し前にレヴィ・ストロースの異文化に対する向き合い方のあるべき姿勢が語られていて、それを番組出席者はもう少し謙虚に傾聴したらどうかと感じた。文化人類学者だけではなく考古学者や歴史学者でもそれは変わらないはずである。

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2026年5月10日 (日)

若狭姫神社

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若狭姫神社は鵜の瀬へ向かうときに、県道35号線の横にあったのを確認している。その若狭姫神社の道路を挟んで向かいが遠敷小学校で、そこに写真のような鯖街道の大きな文字が掲げられている。遠敷小学校はどうも廃校になっているようで(間違っていたら申し訳ない)、人の気配はなく草もぼうぼうであった。

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若狭神社由緒書き。この若狭姫神社は下社(下宮)で、若狭彦神社と併せて遠敷神社とも呼ばれる。

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横に杉の大木がそびえている。

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自然石を積んだ珍しい灯籠。

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横から見ると下にくぐり抜けられる穴がある。

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変わった木がある。

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乳神様だそうだ。

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境内には小ぶりながら能舞台もあった。

雑感

 繰り返し報じられている磐越道のマイクロバスの事故は、いろいろ当事者ごとに食い違う話があって、マスコミは食い違うことそのことを喜んで取り上げているが、どちらかがウソをついているか勘違いしているだけのことで、いずれわかることだ。それよりも、逮捕された運転手が、ゆるいカーブを回りきれると思ったけれど曲がりきれなかった、と説明しているらしいが、それならなぜブレーキ痕がないのだろうか。曲がりきれないと思ったら誰でもブレーキを踏む。曲がりきれないのにブレーキを踏まないでぶつかるというのはあり得ない。スピードも、制限速度80キロのところを90から100キロで走っていたと説明しているらしいが、あの道路でそのくらいのスピードは、制御できないスピードではない。この運転手は、その報じられている言い訳だけでもつじつまが合わず異常に感じられる。やはり認知能力に問題があったのだろう。

 

 この数日、録画してあった放送大学の特別講義(アーカイブからの再放送)をお勉強している。『大統合自然史』の第一シーズン六回と第二シーズン五回で、第一シーズンでは宇宙の創成と進化、素粒子論と物質、生命発生の謎、その起源まで、最先端の科学情報が紹介されていた。第二シーズンでは視点を変えて、地球と太陽系、その惑星のそれぞれの違いの由来から、地球の特異性、その四十億年あまりの歴史が語られていく。そしてその地球史と人類史が重なっていく経緯が南極での研究や、年輪から読み解く気候史などと関連させて語られていく。たいへんおもしろくお勉強させてもらった。第三シーズンが来週くらいから再放送されるので楽しみだ。

 

 さらに四十年ほど前のレヴィ・ストロースが日本で行った講演(フランス語)、『人種と文化、日本から学ぶもの』も見た。フランス語は全くわからないが、字幕がある。彼の語り口は極めて明晰で、自分の思い、考えたことを伝えたいという熱意がひしひしとわかる。もちろん集中しているつもりでも、意味を理解するにはこちらの能力不足もあるから一部しか受け取れなかったが、感動的な講演だった。わからないなりに彼の本を読んでみたい気がした。たしか『悲しき熱帯』だけは読みかじった記憶がある。

 

 ついでに『エーリヒ・ケストナーとその時代』というドイツ文学者(名前は忘れたがどこかの教授)の講演も見た。これはひどかった。ケストナーの『飛ぶ教室』くらいは昔読んだことはあるが、そもそもこの講演では何を伝えたいのか、何を講演者はケストナーについて考えたのか、それがさっぱりわからないままであった。ケストナーの個人史をただ嬉しそうに語っていただけで、ケストナーがドイツの二つの対戦の中で何を考え、何を表現しようとしたのかがわからないまま終わってしまった。なんという空疎、時間の無駄であったことか。腹が立つ。伝えたいもの、その内容も熱意もないのに、これでどこかの大学の名誉教授というのだから笑わせる。

2026年5月 9日 (土)

若狭彦神社

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若狭彦神社鳥居。鵜の瀬から県道35号線を小浜方向へ戻る。神社は一本中に入った集落の中の細い道沿いにあるので、県道からは見えない。ナビがなければ見過ごしてしまう。

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鳥居をくぐって参道を行く。太い木があって写真よりは鬱蒼としている。

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ここは若狭神社の上宮である。

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見るからに古式豊かなお社である。

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ここで手を洗い、口をすすぐ。

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イモリがいるらしいが、わからなかった。

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参拝をしたあと、横手から本殿を見上げる。大きくはないが厳かないい神社だと思う。

このあとさらに小浜方向に走って若狭姫神社に向かう。姫神社は県道沿いにあるのでわかる。

鵜の瀬お水送り由来

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遠敷川(おにゅうがわ)を渡り、対岸の実際のお水送りの場所らしきところへ行く。鳥居をくぐった先が川である。

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鵜の瀬の由緒記。読みにくいと思うので、最後に引き写しておく。

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注連縄が見えるから、ここがお水送りをする場所であり、ご神体でもあるのだろう。

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きれいな水が流れている。

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すぐ上手がこのような瀬になっている。このあとこの子のお水送りにも関係のある若狭神社を見に行く。若狭彦神社と若狭姫神社の二カ所である。

史跡

 「鵜の瀬」 由緒記

天平の昔 若狭の神願寺(神宮寺)から奈良の東大寺にゆかれた印度僧 実忠和尚が大仏開眼供養を指導の后 天平勝宝四年(七五三)に二月堂を創建し修二会(しゅにえ)をはじめられ、その二月初日に全国の神々を招待され、すべての神々が参列されたのに若狭の遠敷明神(彦姫神)のみは見えず、ようやく二月十二日(旧暦)夜中一時過ぎに参列された。それは川漁に時を忘れて遅参されたので、そのお詫びもかねて若狭より二月堂の本尊へお香水の閼伽水(あかみず)を送る約束をされ、そのとき二月堂の下の地中から白と黒の鵜がとび出てその穴から泉が湧き出たのを若狭井と名付け、その水を汲む行事が始まり、それが有名な「お水取り」である。その若狭井の水源がこの鵜の瀬の水中洞穴で、その穴から鵜が奈良までもぐっていったと伝える。この伝説から地元では毎年三月二日夜この淵へ根来八幡の神人と神宮寺僧が神仏混淆の「お水送り」行事を行う習いがある。         小浜市

2026年5月 8日 (金)

鵜の瀬

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小浜から遠敷川沿いに県道35号線を南下する。この道も古くからの鯖街道の一つのようである。

鵜の瀬とは、あの東大寺のお水取りの水を送り出す、若狭側の場所なのである。詳しくは次回に説明するとして、とにかくその鵜の瀬に向かった。

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名水が汲める場所。左の柱の黄色いのは熊注意のポスターで、そこら中にあった。

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遠敷川。これで「おにゅうがわ」と読む。

鵜の瀬公園に車を置き、辺りを散策する。

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ここは若狭国下根来地区で、良弁和尚の誕生の地らしい。

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良弁和尚は「ろうべん」と読む。お水送りを始めた実忠の師であり、関係があるようだ。ここにお水送りのことについて少し書かれている。

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奥にほこらがあったのだが、その横にこんな木の幹から生えた木を見た。ほかに形の変わった気や、ほこらの写真を撮ったのだが、三枚が大きくブレていた。カメラが不調というわけではなく、ここで撮ったものだけがブレていたのはふしぎなことだ。

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こんな看板もあったのに・・・。

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河原へ降りた。対岸が実際にお水送りをする場所のようだ。このあとぐるりと回って見に行った。

ところで一番最初の写真はこの場所からさらに山の中まで走ってみたときに見つけたもので、この場所のだいぶ手前から道が狭くなっていき、この看板の向こうはさらに山へ入っていく狭い道のようなのでここで引き返した。後で途中に八百比丘尼の墓があったらしいことを知った。見られなかったのは残念。そういえば、上越市の、ときどき泊まる鵜の浜温泉にやはり人魚伝説の八百比丘尼の墓があったように記憶している。

つづく

見そびれる

本日は私の後期高齢者二年目になった日。月日の経つはやさを実感する。それもますますはやくなっていく。一昨日が娘の誕生日で、明後日が亡くなった父の誕生日だ。二日ずつで続いている。誕生日は一人で祝う。もうずいぶん久しくそうしている。それにもう祝うことでもない、ただの区切りのようなものか。

さて、昨日の続き。

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徳山ダムの揖斐川水系から分かれて、坂内川という支流に沿って西行する。坂内という集落に道の駅、夜叉ヶ池の里がある。降りてみたけれど朝が早かったからまだ道の駅は開いていないし、辺りを見回しても何もない。

川のほうに降りてみる。

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きれいな水が流れているけれど、それだけのこと。

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水の張られた田植え前の田んぼ越しに道の駅を振り返る。

泉鏡花の『夜叉ヶ池』では夜叉ヶ池が氾濫して一帯は水没することになるが、そんなことはこの景色から想像できない。期待外れのまま再び西に向かう。途中に夜叉ヶ池まで二十キロ、という看板を見る。地図には夜叉ヶ池などどこにもないが、実際の夜叉ヶ池があるのだろうか。

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山へ折れる道の角にこんな看板があった。夜叉ヶ池へ行くには登山道入口まで行って3キロ登山しなければならないのだ。いまのわたしには行くのは無理だ。確かに夜叉ヶ池があることを確認したのでそれで良しとする。

ところが写真をよく見たら、夜叉姫の館だの夜叉姫神社だのがあると地図に記されているではないか。それを見逃していた。いまさら残念がっても仕方がない。また今度行ってみることにしよう。

国道303号線は峠を下りきると余呉湖の近くの木之本に至る。途中から滋賀県である。その木之本のインターから北陸道、若狭舞鶴道と乗り継いで、小浜インターで降りる。次の目的地は鵜の瀬というところだ。鵜の瀬には何があるのか。

2026年5月 7日 (木)

ふしぎな光景

地図を眺めていたら、徳山ダムの近くに夜叉ヶ池の里という道の駅があるのに気がついていて、かねてからいちどそのあたりに行きたいものだと思っていた。そこを起点にいくつか訪ねる先も決めて、天気も好さそうなので、朝早く起きて飛び出した。

養老Jctで名神高速から東海環状道に移り、最短で国道303にでるつもりが一つインターを行き過ぎてしまい、本巣で降りて国道157号線を北上した。国道157号線は有名な薄墨桜を見に行くのに何度か走った道だ。途中、谷汲で左折して県道40号線を走る。カーブが多い山道だが、センターラインのある道でちゃんとガードレールもあるから走りやすい。揖斐峡のあるあたりで本来走るつもりだった国道303号線に出た。揖斐峡もいちどゆっくり訪ねたいが、今回は予定にない。この303号は、横山ダムのあたりで徳山ダムへ向かう417号と分かれる。

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横山ダム

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ダムの上に道はあるが、ゲートが閉じられていて行くことができないから、ダムの上から湖を撮ることができないのが残念。向こうに見えるのが303号の走る橋。

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湖岸にはツツジが満開。

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山を見上げれば野生の藤の紫が美しい。

横山ダムから少し走ったら、

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こんな看板を見たので立ち寄った。 Dsc_5301_20260507152601

ちょっと表現しにくいふしぎな色合いの淵があった。川だろうと思うが全く流れがない。

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どこが水面の境かわかるだろうか。

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これなんか、見ているとクラクラしてしまう。完全に鏡面である。

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しばらく感心して眺めていた。確かに夢幻である。

「遊仙枕」由来

 『遊仙枕』の本の冒頭に「遊仙枕」について由来が書かれているので、引用する。

 

 西方の亀茲国が枕を一つ献上した。
色は瑪瑙のようで、玉のようになめらかで潤いがある。形はしごくあっさりとしていた。これに頭をのせて眠れば、夢に十洲や三島、四海に五湖など、神仙の住まうところが現れるという。玄宗皇帝はこの枕を「遊仙枕」と名づけた。
 後にこの枕は楊貴妃の従兄弟の楊国忠に下賜された。

 

 玄宗皇帝というから唐の時代のことだ。楊国忠は楊貴妃のおかげで栄耀栄華を極めたが、安史の乱で玄宗が蒙塵したとき、玄宗とともにいた兵士によって殺された。遊仙枕はそのあと誰の手に渡ったのだろう。

2026年5月 6日 (水)

マグマの冷え固まった巨大岩塊

 NHKBSの『ジオジャパン 絶景100南紀熊野』という番組を興味深く見た。二ヶ月ほど前に兄弟で南紀熊野を巡ってきたばかりだったからなおさらである。もう二ヶ月たったのか・・・。そのときに弟たちに、紀伊半島には火山がないのだ、と言った。もともとなかったわけではない、いまは火山はなく、その痕跡しかないということである。そのことが地質学的に詳しく説明されていた。

 

 フィリピン海プレートが南海トラフで地底に潜り込む。その圧力で地底のマグマが湧昇し、一千万年以上前に紀伊半島の東南部に巨大なカルデラ大噴火があった。世界の気候が変動するほどの巨大なものだったという。その痕跡として串本の橋杭岩が紹介されていた。あれは溶岩が直線上に噴き出して冷え固まったものだ。

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 そうして地下のマグマがゆっくりと冷え固まり、紀伊半島南部の地下には厚さ三十キロあまりの巨大岩塊が生成された。その分厚い岩塊により、マグマは地上に湧昇することはもうなくなってしまった。だから今はもう紀伊半島に火山はないのである。フィリピン海プレートは相変わらず南海トラフから地底に潜り込み続けているが、その途中でその巨大な岩塊に突き当たり、わずかずつ岩塊が押し上げられ続けている。紀伊半島は毎年数ミリずつせり上がり続けているのである。

 

 その岩塊の姿は古座川の一枚岩という超巨大大岩の断崖や那智の滝の背後の断崖に見ることができる。すべてがその巨大岩塊の縁の姿であり、そもそも熊野の山そのものがそり大岩塊の上にあるのである。古座川の巨大岩盤は以前見に行ったことがあるが、今回の旅では見る時間がなかった。

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 近畿地方にはいまは生きている火山がないと記憶している。それなのに温泉があるのは昔の火山の名残であり、地下の岩盤の摩擦熱が地下の水を温めているためであると聞いている。 

 ベッドを冬モードから初夏モードに変えて、毛布やシーツを洗濯した。合わせて布団乾燥機で布団を乾燥させた。さっぱりした布団で寝たので快適に寝ることはできたのだが、身体がどことなくギシギシする。このところずっと肩や腰、首などが微妙に不調である。娘にスマホ首になっている、と指摘され、我が家に来たときにはその都度肩や首をマッサージしてもらって楽になるのだが、上手な整体師に根本治療してもらう必要がある、といわれている。「上手な」というのが問題で、下手な人にさわられるとかえって悪くなる可能性があり、整体師の上手下手はこちらにはわからないという恨みがある。

 

 二三年前、息子が首や肩や腰が痛いので、枕を特注のものに替えてみたという。かなり高価だったようだが、痛みは明確に減少して快適だといっていた。枕の善し悪しも全身のバランスにとって大きな影響があるようだ。いまはへたった古い枕で寝ている。新しい枕に買い換えようかと思案している。高さは高い方がいいのか低い方がいいのか、硬さは柔らかい方がいいのか硬い方がいいのか、いろいろな可能性があって、少し試してみようかと思っている。

 

 枕という言葉でふと『遊仙枕』という本を思い出した。話梅子(ファメイズ)という人が中国の不思議な話をいろいろと集めて編訳したものである。帯には、「中国昔話大集 その枕で寝ると、夢かうつつか、不可思議な世界を見ると云う・・・ 」とある。そんな枕があれば、夜寝るのが楽しいだろう。

2026年5月 5日 (火)

テレビ離れ

 団塊の世代の翌年生まれ(昭和25年生まれ)なので、ほとんどテレビ世代と言っていい。我が家にテレビがなかったので、近所のテレビのある家に上がり込んでテレビを見たものだ。親が見かねて、ついに我が家にテレビが来たときは嬉しかった。もちろん当時は白黒だった。いまと比べれば、画質が悪い上に逆光では画面が黒く潰れてみられたものではなかったが、それでも夢中で観た。好きな番組のある曜日は昼からわくわくした。

 

 それがいまはデジタルで画面は大きいし画質も素晴らしく、音も良い。一層テレビが好きになるはずなのに、次第にテレビ離れしつつある。ニュース以外はほとんどリアルタイムで見ることがなくなった。民放の番組へのはCMの時間浸食はすさまじく、番組本体は放送時間の三分の二あるかないかというほどになっている。どんなに評判のドラマでも民放では見る気にならない。いまはNHKもCMがない代わりに番宣が増えてきてうんざりさせられる。その上とにかくけたたましい。やかましいのはもともと嫌いだが、芸人のでる番組やスポーツ番組は正気を疑うようなわめき声に溢れていて聞くに堪えない。しかし音量を下げると難聴気味だから何を言っているのかわからない。

 

 私がテレビ離れをしているのではない。テレビが勝手にわたしから離れていく。

一を聞いて・・・

 一を聞いて十を知る、という賢い人がいる。知るどころではなく、お釈迦様のように「識る」人もいて、それくらいでないと悟ることはできないのだろう。弘法大師なんかもそういう人だったのだろうと思う。一を聞いて一を知ることができるならば、かなり賢い人と言えるだろう。こちらは十を聞いて一を知ることができればありがたい、というほどのざる頭だから、一を聞いて一を知る人に追いつくには十倍以上聞かなければならないし、一を聞いて十を知る人なら百倍で、もう到底追いつくことは不可能だ。おまけによく知る人はたいていよく学ぶ人でもある。

 

 昨年あたりから、Eテレの高校講座やBSの放送大学の中の基礎講座などを視聴して、にわか勉強している。リタイアしてすぐ(十五年前)にはじめていれば、もう少し何かが身についたかもしれないといまさらの後悔をしている。それでも、目の粗いざる頭でも学べばたまには何かが引っかかってくれて、ボケの進行を多少は遅らせていると信じたい。

 

 世の中にはさまざまな学問があるものだと感心し、その広がりと深さに人間の知的探究心の積み重ねをはるかに見上げる思いがする。録画しておいて、一度見て興味を感じたものはディスクに保存してコレクションにしている。たいてい一度見ただけでは内容の一部しか理解できないから、さらにもう一度見てもう少し知ることができるのではないかと思えたものが「興味を感じた」ものということだ。歯が立たないものは諦める。

 

 読書も、映画やドラマ鑑賞をする気にもならないときに、このお勉強が案外おもしろく感じられる。数学の基礎など、そういえばこんなことを教えられたなあと学生時代のことを思い出すが、情けないことにほとんど内容を忘れている。そして気がつくとうつらうつらしていて、まさに講義中の居眠りまで再現している自分を眺めて笑うしかない。

 

 よく知る人に追いつくことは無理だととっくに諦めている。そういう人と比較するのももういいだろう。昨日の自分と今日の自分、そして明日の自分と、変わっていく自分に何ほどか意味を持たせたいと思うばかりである。それに、いまはどんどん何かが自分から漏れ出して忘却に向かいつつある、そういう年齢でもある。蟷螂の斧でそれにいささかの抵抗をしたいではないか。

 そうして、こんなことをブログに書くことで、自分をそうでありたい自分、に追い込む気持ちもある。

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2026年5月 4日 (月)

山で暮らせない

 むかし、リタイアしたら田舎の独り暮らしをしてみたいと思った。できれば回りとのややこしい付き合いがない暮らしであればなおさらありがたいと思った。しかし田舎ほど回りとの関係が濃厚であることがわかるにつれて、田舎暮らしについての思いも冷めた。付き合いがないといえば山の独り暮らしということになるし、そういう生活力はない。おまけに山で独り暮らしをするのは夜が怖い。昼間はどうということはなくても、夜になれば闇は物理的な圧力になって迫ってくるのではないかと想像する。想像力が人一倍大きいのでその想像力に押しつぶされてしまうのだ。つまり怖がりなのである。

 

 それにしても一人で山に入って一人でキャンプする、などと想像すると、それを楽しむより夜の闇を想像してしまう。女性でも単独キャンプをする人がいるようで、敬服する。夜、旅先でお酒を飲んで町外れの神社に入ったことがある。鳥居の外にはまだ街の灯があったけれど、中に入れば鬱蒼とした大木の参道があり、闇ばかりであった。しんしんとした闇と、かすかに何かのもの音がするばかり。意地になってしばらく闇の中にいたけれど、ああいうところでキャンプをしたいとは思わない。

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 同じような経験として、車で夜中に伊豆の山越えをしたことがある。峠を越えて広いところへでたところで車を止めてライトを消し、闇の中に出てしばらく星を見ていた。シーンという、音のない音が聞こえてくる気がした。あのときの闇の気配というのは忘れられない。同様の、真夜中の闇の中で闇を見つめる、ということは何度か経験した。切り上げることができる状態での闇の中である。永続的な闇を見つめる山の独り暮らしが自分に出来る気がしない。

 

 いまはマンションでの独り暮らしだが、それは見えないけれども前後左右上下に人がいる賑やかな空間にいるということでもあるからどうということはない。そういう意味で自分は都会暮らしでしか生きられないのだと思ったりする。そういう違いはどうして生ずるのだろうか。梨木香歩の八ヶ岳の山荘の独り暮らしについてのエッセーを読みながらそんなことを思った。

小人閑居して・・・

 世の中はゴールデンウィーク真っ盛りだが、こちらは年中ゴールデンウィークだから格段のことはない。息子も娘も何の連絡もない(息子はどこかに旅行にでも行っているのだろうし、娘の旦那は父親の葬儀後で忙しいのだろう)からずっと一人で暇である。小人閑居して不善を為す、というけれど、もともと図体の割に肝っ玉は小さいから、不善を為すほどの欲も山っ気もない。いつものように、世の中が混雑するときはおとなしく家でじっとしている。混むのは嫌いである。

 

 この時期は出費の多い時期だ。固定資産税は既に払い込み済み。まもなく自動車税の納入請求が来るだろう。自動車保険の更新もしなければならないし、もうすぐ車検である。収入がないのにどどっと出費が続くともう少し倹約しておけば良かったと思うが、毎年そう思いながら同じぼやきの繰り返しだ。

 

 暇だから本でも読めばいいのに、時間がありすぎるとかえって本が読めない。怠け者の節季ばたらき、などという。普段は人一倍怠け者を自任しているが、せっせと働いている。トイレ掃除をして、風呂掃除をして、排気ダクトの油汚れを掃除して、シンクを掃除して、テーブル回りを片付けて、本を整理して、ストーブと扇風機を入れ替えて、その扇風機の掃除をして・・・と忙しい。普段からこんな風に身体を動かしていれば、部屋はもっと片付いて、誰がきても恥ずかしくない状態でいるはずだが、二三日するとあら不思議、元の木阿弥である。

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2026年5月 3日 (日)

正解とは何か

 今日は憲法記念日だということで、朝のニュースではそのことが取り上げられていた。若者が戦争反対の立場からの憲法についての学習をしている姿などが映し出されて、沖縄で勉強してきたことなども取り上げられていた。なるほど・・・。

 

 その中である若者が、まだ勉強が不十分なので、平和を守るため、戦争をしないための正解が見つかっていないが・・・と語っていたのが印象に残った。

 

 彼の言う正解とは何か、と思った。戦争にならないための正解があるのならけっこうなことだと思った。世界中で戦争が続いているところを見れば、多分人類はまだ彼の言う「正解」を見つけていないのだろう。

 

 正解がこの世にある、と信じているのなら、幸せなことだ。この世には数学のように、誰もがなるほどと思うような正解がある場合はほとんどないと、この歳になると仕方なく承知させられている。答えは人によってバラバラで、時には正反対の結論になることも珍しくない。そういう世の中で、戦争が起きないための正解を語る、というのも若者の特権だろう。

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 戦争を起こさないようにしたいという思いは強くある(私だってそうだし、たいていの人がそうだ)ようだが、戦争を仕掛けられる、という事態は考慮されていないようであった。

豊かさについて

 自分なりに豊かさについての考えがないではないが、ここで豊かさとは何か、などと大上段に論じるつもりもないし、たいした豊かな経験があるわけでもない。前回紹介した『東京夢華録』を読み進めていたら、当時(北宋時代)の汴京(現在の開封)の食べ物の記述があって、その食材や料理の種類の豊富さにいまさらながら驚嘆し、どんな食べ物かよくわからないなりに垂涎あたわざる思いがした。庶民の生活がいまと比べて豊かだったかどうかは別にして、食べ物に関してだけは豊かだったようだと実感した。

Dsc_0096_20260503085001上海にて

 中国には仕事も含めてけっこう行った。北京ダックや上海蟹などの高級なものから庶民が家族連れで出入りする食堂の料理まで、滞在すれば必ず食事はするからずいぶんさまざまな食事をした。そうしてよほどのことがなければ、だいたいおいしかった思い出ばかりだ。食べ物についてははじめて食べるものであっても、地元の人も食べないような極端にゲテモノでなければ何でも食べられる。サソリでもラクダでも名も知らぬ虫でも、出されればみな食べた。香草類もパクチーをはじめ、すべて平気である。

Dsc_0059_20260503085001息子と上海の下町の食堂にて

 中国の料理や食材について書かれた本を何冊か持っている。棚にあるのを拾い出してみれば、青木正児『中華名物考』(料理については一部分のみ)、同じく青木正児『華国風味』(これはすべて食材と食材について考察したもの)、中村喬編訳『中国の食譜』(古い中国の料理書を整理解説したもの)、日野みどり『菜遊記』(広東の食漫遊記)、加藤千洋『中国食紀行』(食を通して中国を語る本)などがあった。ほかに奥野信太郎の随筆集には中国の料理、それもかなりディープな話が満載だし、私の常に座右に置いている張岱の『陶庵夢億』にもお茶や料理についての記述がけっこうある。

 

 そういうものを、ああだろうかこうだろうかと空想して楽しんでいるのに、実際の自分の食生活を顧みれば、その単調さ、お粗末さに忸怩たる思いがするのである。豊かさということについ思いが至るというのはそういうことである。ただ、いいわけすれば糖尿病を持病としている身としては、料理にこだわればそれだけ寿命を縮めることにつながるわけで、空想のみをたのしみ、現実は粗食で暮らさざるを得ない。粗食でもそれなりにおいしく食べられているから不幸せというほどではないけれど・・・。

2026年5月 2日 (土)

『東京夢華録』と『清明上河図』

 『東京夢華録(とうけいむかろく)』(東洋文庫)は孟元老のあらわした汴京の繁盛記である。汴京とは現在の河南省開封市であり、北宋の首都であった。洛陽を西京と呼び、汴京を東京と呼んだ。描かれているのは北宋末期の徽宗(きそう)皇帝の時代の汴京。このあと金によって北宋は滅びてしまう。そして臨安を都として南宋として再興されるが、孟元老がその臨安に逃げ延びた後にこの本は書かれている。汴京の栄華を偲んで書いた回想録なのだ。ところで臨安とはいまの杭州市で、西湖のある、わたしの大好きな街だ。

 

 以前紹介したWOWOWの時代ミステリードラマ『清明上河図 隠された暗号』は張択端の『清明上河図』という絵をもとにして展開している。まさに北宋時代の話なのである。ドラマは絵をもとにしているから、それを見てこの『東京夢華録』を読むと、風俗や街の様子、橋の周辺、商店の賑わいのイメージが膨らむ。なかなか読めなかった本が少し読み進められている。ドラマは現在佳境に入っていて、登場人物たちとのなじみも深くなっている。六月くらいまで続くので、それまでに読み切りたいと思う。

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 関連するものを動員すると、互いに厚みを持って楽しめるのはありがたい。

『ブレードランナー2』

 映画『ブレードランナー』はアメリカのSF作家フィリップ・K・ディックの小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を原作としている。ディックの小説を原作とした映画は数多く作られており、『トータル・リコール』や『マイノリティ・リポート』などがたちまち思いだされる。直接的な原作ではなくても、影響を受けて作られたと思われる作品はさらに多い。ところで映画『ブレードランナー』の続編として、『ブレードランナー2049』という映画が作られているが、これはディックの小説とは関係がない。

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 というところまでが前置きで、『ブレードランナー2』というSF小説を読んだ。書いたのはK・W・ジーターというアメリカの作家である。映画『ブレードランナー』の設定をそのまま使って後日談を書いている。そこにあるのはレイチェルとデッカードの運命であり、人間とレプリカントの違いとは何かをとことん問い詰めている。『ブレードランナー』ではレプリカントを見極めるための装置がとても奇妙であり、発する質問も突拍子もないものだったことを覚えているだろう。そんなものでしか区別ができないということは、そもそも区別がつくものなのかどうか、という究極の疑問に突き当たる。

 

 そもそも自分が人間かレプリカントか、実はわからないのだ、という悪夢の世界、そもそもブレードランナー自体がレプリカントなのかもしれないという疑問まで生じてしまうのだ。

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 『ブレードランナー』のラストではデッカードとレイチェルが逃避行をするところで終わっているが、この小説ではそのレイチェルにレプリカントとしての死が迫っているところから始まる。彼らが潜み隠れる山中の山小屋にやってきたのはレイチェルのもともとのモデルであり、タイレル社を継ぐ女性だった。彼女はデッカードが倒した五人のレプリカントのほかに六人目がいると告げる。そしてその六人目を倒したらレイチェルを救うことができると告げる。こうしてデッカードのブレードランナー復活の旅が始まる。

 

 映画のイメージに助けられるので、映像的に物語を読み進めることができるのだが、ディックのスタイルを踏襲しようとしながらまるで違うものになっているように感じられた。そもそもディックを模倣することは不可能なのだと思う。ラストも今ひとつ納得しにくい。不完全燃焼であった。

2026年5月 1日 (金)

『砂漠の惑星』

 ポーランドのSF作家、スタニスワフ・レム(1921-2006)の『砂漠の惑星』(早川書房・世界SF全集)というSF小説を読んだ。わたしの大好きな作品だ。読んだのは四五十年ぶりかもしれない。未知の惑星探査に行って消息を絶った探検隊を調査に行った主人公たちが遭遇する、想像を絶する体験を描いている。この本をこれから読むつもりの人にネタばらしをするのは申し訳ないので、ストーリーを詳しく紹介するわけにはいかない。とにかく傑作だと思う。

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 レムが好きだから、彼の本は数冊ある。ぼちぼちほかの本も読み直そうかと思っている。解説によれば、レムの、未知との遭遇三部作として『エデン』、『砂漠の惑星』、『ソラリスの陽のもとに』があげられていた。そう、ソビエト映画の『惑星ソラリス』の原作者なのである。ジョージ・クルーニー主演でアメリカ版の『ソラリス』として映画化もされている。映画は二作とも見ているし、そのたびに原作の『ソラリスの陽のもとに』を読み直している。次には『エデン』を読もうと思っている。いささか気味悪い話である。

 

 自動機械が自ら進化をはじめた果ての究極の形、というものの恐ろしさをこの『砂漠の惑星』は描いている。

お酒をぶちまけて自己嫌悪

 ベランダの鉢植えのニラが繁茂したので、刈り採ってお好み焼きの粉でニラ焼きを作った。少しゆるく作り、薄く広げて焼き上げ、ごま油、醤油、ラー油のタレをつけて食べる。たいへん美味であった。しかしその前が大変だった。

 

 電熱式の鉄板焼きを卓上に置き、必要なものをすべて整えて、焼きはじめたら席を立たずにすむように支度したのだが、だすのを忘れたものがあるのに気がついて、たって取りに行ったら、そこでコードに足を引っかけてしまった。鉄板焼きそのものは事なきを得たのだが、その手前に置いてあったコップになみなみ入れてあった日本酒がひっくり返り、床の上にぶち蒔かれてしまった。

 

 床には薄いものと厚いものと二重にカーペットが敷いてある。そのカーペットがしっかりと日本酒を吸い取ってしまった。できるだけ拭き取ったもののぐっしょりと濡れて、お酒くさい部屋になってしまった。今日は雨、洗濯ができない。薄いカーペットは洗濯できるけれど厚い方は無理だ。焼きながら日本酒を楽しく飲もうと思っていたのに自己嫌悪でテンションが下がってしまった。

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 しかし、私は回復が早い。採り立てのニラはおいしい。残った日本酒で気を取り直して、おいしくニラ焼きをいただいた。学生時代、寮のラウンジは日本酒がしみこんで妙な臭いがした。しばらく懐かしい臭いの中で暮らすことになりそうだ。

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