広津和郎ときだみのる
所用で少し歩き回ったら、大汗をかいた。今日は28℃まで気温が上がると天気予報で言っていた。身体がまだ暑さに慣れていないのである。しかし少しは暑さに慣れておかないと、来るべき猛暑をしのぎきれない。汗はかいた方が良いだろう。それに高齢になると暑さを感じなくなって危険だとも云う。それならまだ暑さを感じるということは悪くない。
開高健の『言葉のある曠野』という本を読み進めている。広津和郎との対談と短い評論を交互にしながら、開高健の思う広津和郎を表現している。開高節とも云うべきその文章を少し引用する。
広津さんから聞く話はいつも何かしらその種のおっとりしたものばかりだった。“闘争”とか“抵抗”とか“鬼”とか”魔”とか“鮮烈”、また“秋霜烈日”、”きびしい”、“不惜身命”、“この道一筋”、”ギリギリ”等々、日本人の大好きな硬直・玉砕美学の言葉が匂わせるようなものはどこにも感じられなかった。そのことに私はおどろき、目を瞠った。
(中略)
正真正銘、広津さんは行動人であった。けれど明治以来の日本の知識人が<行動>という言葉で連想するのは闇に散る火花の悲愴であった。“持続”とか、“常識”とか、“実証”などは、大の苦手で、真に必要なのはこれだぞといって持ちだされると、口ではそうだ、そうだといいながら、目は早くもどんよりにぶくなってしまう。そっぽ向いてしまう。シビれないないもんなぁという。それでいて激烈、悲愴なことを口にする連中に限っていつまでも椅子にすわりこんで紅茶をオチョボ口ですすり、たちあがろうとしないのである。つまり不渡り手形の思想家である。コミュニストであろうと、リベラリストであろうと、いまの日本の知力はそれら無数のシロアリに食い荒らされている。そして新聞、雑誌、週刊誌、総合雑誌は実体なき言葉の製粉所みたいになっている。
こういう過剰な言葉を重ねるのが開高節である。
次は昭和十八年(戦時中である)に出版された、きだみのるの『モロッコ紀行』から開高健が引用した文章。
誰でも歴史を振り返って眺める者に歴史はこう告げている。民族社会の一員としては--そして民族人として以外に個人は存在していない。なんとなれば民族の否定は彼の中にある一切の精神的なもの、言語、伝統、その他彼を育て上げた一切のもの、すなわち伝統文化の否定であるから--一民族の依って立っている地盤が、平和に畳上の床で死んだ者より、自己の血を民族の生命に混ぜた者の上に立脚していることを想起すべきであると。この血を惜しむ時、或いはこの血を有効に流せない環境に押し込められたとき一つの民族は自己の名を以て歴史の上に存在することは許されない。一つの民族に対して平和は戦敗以上の惨害を与え得る。これが民族の宿命的な現実的な運命である。
この文章に対して開高健は、
この定言は正確である。今日の地球の回転に魔笛な衝撃力を与えているものを狂わずに明察している。
と評している。
この文章の意味するところを現代社会について考えてみると、あらゆる紛争や戦争の背後で働くエネルギーについての真理のようなものを感じてしまう。戦争反対、平和の世界を!という言葉が時にむなしいのは、そこのところをつかみきれていないからのような気がする。
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