映画『九十歳、何がめでたい』
朝から心身ともに何やら重くてだるい心持ちだったが、午前中、車で出かけないとならない用事があって、それを済ませて帰ったらぐったりしてしまった。昨日エアコンをつけて、そのままつけ続けたことで身体の調子が乱れてしまったようだ。日帰り温泉にでも行きたいところだが、腰が重くてその気にならない。
佐藤愛子(1923-2026)が四月の終わりに亡くなったので、録画してあった『九十歳、何がめでたい』を見ようと思いながら見そびれていた。それを、ようやくに見た。冒頭の朝の目覚めのシーンから主人公にシンクロしていく。寝起きのスイッチの入りにくさ、身体の重さ、今日は何をしようか、と浮き立つ朝の気持ちがあったむかしを記憶しているけれど、そういうものがいまは何もないことのむなしさ、そんなこんなが感情を騒がせる。とはいえ、九十歳ではない私がそう遠くない八十歳の自分を想像すると、それ以上に自分が鈍重になっている気がする。
まさに九十歳の草笛光子が九十歳の佐藤愛子を演じて、ほとんど佐藤愛子そのものになっている。この映画は思いのほかによくできていて、笑いながら見ているうちにいろいろなことを感じさせられた。狂言回し的な役回りの編集者役を演ずる唐沢寿明が思いのほか好い。私はこの人の過剰演技があまり好きではないのだが、この役柄にはそれこそがぴったりはまっていて、その多少無神経で鈍感な人物の、はじめて自分自身を省みるシーンにはいささかしんみりするものがあった。がさつさは嫌いだが、実は自分も多分にがさつで鈍感な人間なのだと気がつくのは、身もだえするほど恥ずかしいことで、これは男でも女でも違わないだろう。
今日は元気だが明日はどうなるかわからない。もうあとは八十だろうが九十だろうがあまり違いがないような気がする。あれをしようこれをしようと欲張っても、できることには限りがある。一つ一つをじっくりと楽しんで、できるところまですればいいのだ、と思ったりした。
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