『チェ・ゲバラの春』
佐藤愛子が102歳で亡くなった。おもしろかったから読んでみろ、と母に勧められて彼女の直木賞作品『戦いすんで日が暮れて』(1969)を読んだのが最初の出会いだった。夫の巨額の借金を返済し続ける壮絶な日々と、その夫の裏切りが描かれているのに、暗くも重くもない、そのいっそサバサバした軽みというのが印象的だった。軽みこそ強さかもしれない。詩人のサトウハチローの妹だということをそのときに知った。サトウハチローの詩はあまり好きではない。父親の佐藤紅緑の娘だとも知ったが、文豪らしいとは知っていてもその作品に出会ったことはなかった。
追悼の意味で小学館の昭和文学全集を眺めていたが、残念ながら彼女の作品は収められていない。代わりに昨年亡くなった曾野綾子の作品の収められている巻をひらいて短編小説を二編ほど読んだ。『殉死』という作品と『チェ・ゲバラの春』というごく短い作品だ。曾野綾子の本は五十冊以上持っていたが、エッセイがほとんどで、半分以上を再読三読したあとに処分中である。残すのは五六冊にするつもりでいる。小説を読むのは久しぶりだった。
『殉死』は、ある東北の街で出会った、藩医の時代から続く病院長の医師の印象と、その後に聞いた彼の消息を語る淡々とした物語である。淡々とした語りから、その医師の思い、覚悟というものを読者に想像させ、人生というものについて考えさせてくれる。かけがえがない者を失ったとき、人はどう生きるのか、そして死ぬのか。無数の人生がこの世にはあって、その中のあるキラリと光って見えた一つを拾って見せてくれている。
『チェ・ゲバラの春』は、「わたし」がある目的で訪ねた修道院の話。チェ・ゲバラとはチリ・サンチャゴの貧民窟のことである。修道女たちはその貧民窟の病人の家を夜訪ねて、終夜その面倒を見ることを修養としている。「わたし」が体験した夜の修道院で体験したこと、そしてある日本人修道女のことを尋ねた「わたし」が聞かされた話が綴られている。献身的なその生き方のさらにその心の底にあるもの、そこに人間の哀しみと勁さが感じられて心に残った。
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