徳義心
NHKドラマ『あきない正傳 金と銀』の第三シーズン(全八回)は、あと一回で終わってしまう。
第一回で、身内の者のあまりの裏切りに、私の小さな心は嫌悪心に耐えられなくて、今回のシーズンは見るのをやめようかと思ったことをこのブログに書いた。それでもめげないのが小芝風花が演じる主人公であり、気を取り直してその後も見ている。主人公たちと一緒に気合いを入れたり喜んだりしていて我ながら他愛がない。
商売敵であり、阿漕なやり方の枡呉屋との闘いは、粘り強く、しかも徳義心を失うことのない五十鈴屋が勝利していくことは当然であり、結果が見えているのだが、その結果を確認しないと気が済まないのはドラマというものの魅力だろう。
どうして気が済まないのか。現実世界はしばしば阿漕な枡吾屋がのさばるからである。徳義心などは、もうけるためには邪魔だといわんばかりの者が、肩で風を切ってのし歩いているのを見ているからである。日本の江戸時代が、封建主義で悪い時代だったと、マルクス進歩主義に染まった歴史学者や教師たちは言い立ててきた。そして商人と代官は悪者で、水戸黄門たちに退治されることになっている。しかし歴史を少しでも学べば、江戸時代の商人には徳義心があり、もうけをむさぼるばかりではいけないのだ、結局は身を滅ぼす、と考えていたことを知っている。石門心学をはじめ、商人自身が、商道徳、公的正義心を語り実践していた。日本の徳義心は武士だけのものではなかったのである。だから江戸末期から明治の初めに日本にやってきた外国人の多くが、貧しくみすぼらしいけれど、その心根や、きちんと管理された自然を美しいと感じたのである。
その名残は現代の日本でもみられる。大きな災害があっても被災地で暴動が起きることもなく、コンビニでは同じ値段でものが売られている。多くの国では考えられないことだ。
失われた三十年などと言われて久しい。どうして失われたのか。バブルの前のなりふり構わない富への狂奔、そしてそのあとの利益確保のためのリストラという名の経営者の保身、すべて徳義心を失った日本の姿だった。そうして日本はそのまま立ち直りが遅れて、いまのていたらくではないかとついえらそうに言ってしまう。私だってその一員だったけれど、でもそういうことだろうという自覚はあった。枡吾屋がのさばる世界に未来はない。トランプに、そしてトランプが引き連れた、大金持ちで世界を牛耳る面々の顔を思い浮かべ、それに世界が託されていることの危うさを思った。
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