クイズ
クイズには記憶している知識を競うものやトンチを試すものなどがある。若い頃はクイズで知らなかったことを知る楽しみを楽しんだものだが、次第にトリビアルな問題が増えてきて、一体それを知っているからといってどんな意味があるのだろうと思うようなものが増え、興味を失っていった。ニフティの毎日のクイズを回答し続けているが、CMの氾濫に対してつくポイントがささやかな上に、なるほどそうなのかと思うようなものがほとんどない。もともと新しい音楽や漫画やアニメやスポーツや芸能やファッションなどについて知識がほとんどないから、当てずっぽうで答えるしかないことばかりである。いささか飽きてきているものの、惰性で続けている。
正答率が高いからといって自慢できるほどのこともないし、いまは知らないことはスマホやパソコンが教えてくれる。無闇に知識がたくさんあってもスマホにはかなうべくもない。覚えている必要はもうないのか・・・と思いかけて、待てよ、と思った。ものを考える基盤には知識が必要で、そして知識があるだけでは考えていることにならない。繰り返すが考えるためには知識が必要だ。知識と知識の関係、さらにそこからの連想を自らが生み出すことから、考えというのは深まっていく。考えたことは、既に誰かが考えたことであっても、自力でそこに到達することに意味がある。
クイズはそのための問題だったはずで、それがその意味を全く失った設問というのは、そもそも遊びにしてもつまらないものだ。無知の自覚、自分が知らない、ということを教えられるものとしての面白さがクイズの存在する意味だったはずだ。
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