帰ってから地図を見たら、洞戸の南の武芸川というところに、春日局ゆかりの場所というところがあるのを見つけた。かすがのつぼね(かすがのつぼね)も出自があまり明確ではない人物であるが、明智光秀の係累であるからだといわれていて、たぶんそのことは事実だと思う。於福という名のこの女性が徳川家光の乳母であり、家光の弟が幼少時両親の秀忠夫妻に偏愛されて、兄の家光が将軍職を継ぐことができない恐れがあったのを、於福の家康への直訴でからくも徳川三代将軍となったことはよく知られている。その後、春日局として大奥だけではなく、政権への口出しもするほどの実権を持った。明智光秀つながりで補足しておく。
さて、このときの目的地は洞戸の山中にある高賀神社(こうがじんじゃ)とそこに隣接する円空記念館である。
大きな鳥居の前に広い駐車場があって、前回はそこから少しきつい坂道を登ったのだが、上の円空記念館の下にも駐車場があることを知って、今回はそこまで車で行けたので楽であった。
駐車場の向かいに見たことのない木が生えていた。前にもあったのだろうが気がつかなかった。後で聞いたらこれはスモークツリーという木で、赤紫色のモヤモヤしたのはその花だそうである。葉っぱも緑色ではないから目立つ。
高賀神社。上で参拝している男女ふたりの女性の方が、大きな声で祝詞をあげていた。しばらく続いた。
高賀神社由来。ここに粥川の鰻の精に関する記述がある。
その間に右手に見えている像を見に行く。この神社の由来に関わるもので、むしろ目的はこちらにある。
藤原高光が、怪物である「さるとらへび」を退治しているところ。頭が猿で、胴体が虎、尻尾が大蛇である。
この像の説明書き。
長い祝詞も終わったので高賀神社に参拝し、下り階段の途中から像の後ろ姿を撮る。
向こうに見えるのが円空記念館。
拝観料二百五十円。係のおばさんが頼まないのに丁寧に説明してくれた。円空はこの地を三回訪れていて、最後に多くのものを残している。旅に携えていた錫杖や硯の現物もここに展示されている。前回きたときは結構明るい館内だったのに、今回はとても暗くて、木造の細部がよく見えない。おばさんが手持ちのLEDライトで照らしながら一つ一つ説明してくれてありがたいのだが、こちらの眺めるリズムとは違うし、いちいち相づちを打つのにもくたびれた。それでも知らなかったことをいくつか教えてもらえた。おばさんは「こうが」ではなく「こうか」といっていたように聞こえた。とにかくこっそり写真を撮るわけに行かないし、どのみち暗すぎてストロボをたかなければ写真が撮れない。こういうところでストロボは使いたくない。
道のそばにアザミが咲いていた。
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