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2026年7月

2026年7月31日 (金)

期待したよりも

 午後、人工股関節の手術をした妻が入院している病院へ行ってきた。まだ手術の痛みが残っているのではないかと思っていたのだが、病室に行くと妻は「もう痛くない」という。むくんでいた足も普通に戻っていた。いつものように少しかみ合わない話をしていたところへ介護士の人がやってきた。術後の経過などの詳しい話を丁寧に説明してくれた。しばらくしたら主治医の先生も様子を見に来た。「思った以上に手術はうまくいきました」と明るい顔である。この先生がリスクばかり言って、本当に手術をするのか?といわんばかりだったとは思えない。「目標は歩けるようになること、リハビリを頑張りましょう」と妻に声を掛けていった。

 

 介護士に、時間があるならリハビリの様子を見ていきませんか、といわれたのでリハビリルームへついていった。広くて大きい部屋ではたくさんの人がさまざまな器具でリハビリをしていた。妻は、昨日つかまり立ちをして、さらに平行棒で歩くことがかろうじてできるようになったという。介護士も、まさか手術後丸二日あまりで、立つのはともかく歩けるとは思いもよらなかったという。だから医師も嬉しそうだったのだ。妻は平行棒につかまって向こうまで行き、帰ってきて見せた。

 

 まだ手術した脚をかばっているけれど、いまにバランスもとれるだろうという。こうなるとすぐにリハビリ病棟へ移ることになる。来週様子を見て、リハビリ病棟が空いていれば移るかもしれないそうだ。とにかく心配なのが転倒だそうだ。当分はリハビリが必要である。来週半ば頃また来ることにして病院を後にした。

 

 暑いから今日は行こうかどうか迷ったけれど、行ってよかった。ちょっとほっとした。

よく知らないけど

 貨幣価値は国の力を表すらしい。日本がバブル崩壊前みたいな経済的に強力な国であってほしいとまでは思わないけれど、あまりに弱い国であるのは哀しい。円安は輸出企業に有利で、輸出企業が利益を上げて国にも利益があるのは悪いことではないらしいけれど、物価高に直接関係するから、円が安すぎるのは国民の生活にも不都合だ。だから兼ね合いというものがあるのだろう。

 

 ということで為替介入という施策をが行われるらしい。何をどうすれば為替介入というのかよく知らないけど、為替介入すると一時的に少し円高になる。ドルを売って円を買うらしい。為替介入はアメリカを不愉快にさせるらしい。だからアメリカのご機嫌を伺って恐る恐るしているように見える。アメリカが不愉快になるのは、ただアメリカの力が損なわれるからだけとも思えないから、たぶんアメリカにとっては損になるのだろう。それでも了解するのは、円安によって日本からの輸入が増えすぎないようにするという点で良しとしているのだと思う。アメリカに損になるのなら、日本にとっては得になるのだろうか。それならもっと為替介入すれば政府の赤字が減ることにならないのか。

 

 それよりも以前から思っていることは、日本が抱える大量のアメリカ国債で、一時は中国が大量に持っていたのにだいぶ売ってしまって日本が突出して持っているという。アメリカの国債の利率が高いことで日本は利益があるのだろうか。中国はそれでもアメリカ国債を減らしたのはどうしてなのだろう。アメリカ国債を売ったら日本の赤字が少し減るのだろうか。こっそり売ることが出来るのだろうか。

 

 調べてよく考えればわかるかもしれないが、そこまでする気にならないから、恥ずかしながらいつまでもよくわからないままである。

2026年7月30日 (木)

『ルート29』

 『ルート29』は2024年の日本映画。綾瀬はるか主演のロードムービーというから期待して見たのだが、ロードムービーというよりもシュールな観念映画であった。映像的には見るべきものがあり、所々に鋭いものを感じさせてくれるのだが、ストーリー全体の内容に対して長すぎるという印象だった。そのことが見ていてくたびれたという後味を残した。他の人がどう感じたか知りたくて評価を見てみたら、あまりよい評価がない、というよりちっともおもしろくない、さっぱり解らない、というコメントが多いようであった。台詞が聴き取りにくい。特に少女役の大沢一菜(おおさわひな)の台詞が聞き取れずイライラした。字幕が欲しい。脇役で、伊佐山ひろ子や渡辺美佐子が出ていて、ちょっと懐かしかった。

 

 ルート29は国道29号線のことで、鳥取と姫路を結んでいる中国山地を越える国道だ。鳥取で清掃会社に勤めはじめた主人公(綾瀬はるか)が精神病院で掃除をしているときに、ある女性から、姫路にいる娘に会いたいから連れてきてくれと頼まれる。主人公は会社の車に無断で乗って姫路まで行き、その少女を探し出して鳥取へ引き返そうとするのだが、その道でさまざまな出会いがあり、出来事がある、という物語である。無理に解釈すれば出来るのかもしれないが、そうする必要も感じなかった。こんな映画もある。

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国防

 国家、国民を護るために防衛が必要であるという。世界ではさまざまな紛争があったが、日本には直接火の粉が降りかかる気配がないから、他人事だった。しかしウクライナやイランで起きている事態は間接的ながら日本にも関係してきて、日本も有事を考えないといけないと思う人が増えたようだ。だからテレビ番組でも戦争について考えるもの、防衛問題についてさまざまな意見を戦わせるものが増えている気がする。

 

 たまたまNHKの番組だったと思うが、国際問題についての軍事に詳しい専門家と、憲法学者と、国連の国際紛争調停の部署の人との、日本の防衛について、防衛産業や防衛装備などに関する討論の番組を見た。現実論と理想論と言い切ってしまうと違うけれど、そういう論だと見えないことはない。こういう討論ではたいていそうなる。日本が攻められるから防衛しなければならない、攻めてくると思われるところが攻めるのをためらう程度の防衛力は必要だ、というのが防衛必要論だろう。

 

 それに対して、そういうことをするからエスカレートしてますます戦争の危機が高まるのであって、そもそも日本は軍備を放棄して戦争をしないと決めた国であるから防衛をエスカレートしてはならない、という反論がなされる。戦争は絶対してはいけないのだ、戦争というのは悲惨なものなのだ、というのが軍事力保持否定論者の立場だ。話せば解る、つまり外交努力で戦争は防げる、という論は、現実を見ればむなしい。防げないから戦争は起きてしまう。外交努力は必要だが、それだけでは戦争を阻止できない。

 

 軍備を持つから戦争を仕掛けるつもりだと誤解されるのだ、と軍備否定論者は言う。それなら軍備をすべて放棄したままなら本当に大丈夫かどうか。現に日本を軍備で恫喝する国がある。軍備をひたすら増強し続け、その軍備を背景にして恫喝はますますエスカレートしている。そういう国の軍人は、その力を行使したくてうずうずしている。日本がむかしそうだったように、軍人というのは軍備がふんだんにあると使う機会を求めるものだ。だから日本は軍備を持つべきではない、という人が、他国にもそのように警告して思いとどめさせられればよいが、そんなことは出来ないし、出来た試しもない。警告できるのはこちらに備えが十分にあるときだけだ。

 

 こうして理想論と現実論は妥協点を見いだすことが難しくなる。世界に対しての認識が全くちがうから仕方がない。

 

 ところで視点を変えて、日本が何もしないのに攻め込んでくる理由があるのだろうか、という疑問がある。日本に攻め込むとしたら、日本が危険な国であるから叩かなければならぬ、と相手が思う場合があるだろう。たいていの日本人は、他国に攻め込むことなど考えていないし、そういう事態を支持したりしない。そして日本はそういう国であると繰り返し繰り返し表明し続けている。それでも日本を敵視するのはなぜなのか。ただ生意気で気に食わないからか。

 

 私はやはり先の大戦の記憶、怨念があるのだと思う。現在の日本人には全く理解できないものだけれど、あちらには決して忘れることのできないもので、日本を打ち負かし、明確に日本に勝利する、という結果を出さないあいだは決して消えることのないものであろう。

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 それならやはり、日本は彼らが暴発する可能性を考慮しなければならず、それに備えることが必要なのではないか。何しろ日本人には納得できなくても、彼らには攻める理由があるかもしれないからだ。

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2026年7月29日 (水)

『キャッツ』

 2019年制作の、映画版の『キャッツ』を見た。私は猫好きであるし、ファンタジックなその映像はなかなかよかったが、ダンスが主体でストーリー展開が少ない前半部は少し退屈でウトウトしかけた。それが、最初の『メモリー』のメロディーが歌われると、にわかに映画全体に生気が感じられて物語に引き込まれていった。ラスト近くのクライマックスでジェニファー・ハドソンの歌う二回目の『メモリー』では胸が熱くなった。この歌はほんとうにいい歌である。歌の意味がわかったからなおさらだった。

 

 メインを演じる捨て猫の白猫役のヘイワード・ヴィクトリアという女優がとてもかわいい。長老猫役でジュディ・リンチが出ていた。さすが貫禄である。脇役にイアン・マッケランやテイラー・スウィフトなどがいたりして、かなり贅沢な配役になっている。このストーリーが舞台の『キャッツ』と同じかどうか知らない。死生観のようなものも込められているようだが、生への執着が少ないように見える猫に託することで、かえって伝わりやすくなっているかもしれない。ラストに長老猫が「猫との付き合い方」を教えてくれる。猫と仲良くなりたい人は必見だろう。白猫のかわいさに惹かれて最後まで見ることが出来た。

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雑感

 早めに就寝するようになったので、朝5時前に目が覚める。その時間でもエアコンを入れていなければ室温は30℃に近い。だからこの一週間ほどは終夜エアコンはつけたままだ。朝起きてすぐにエアコンを切り、一時間ほどエアコンを休める。エアコンに休みが必要かどうか知らないがエアコンも働き続けではたいへんだろう。ベランダに出て外気を取り入れる。今日は久しぶりに朝らしい空気を感じた。昨日の大雨で、ほてった地面が少し冷まされたのだろう。

 

 昨日の雷雨はすごかった。いま、妻の入院している病院へは車で小一時間ほどかかる。途中でフロントガラスに雨滴がかかったと思ったら、遠くに稲光が見えた。しばらくして激しい雨になり、病院の駐車場に着いた頃には土砂降りの雨で、とても外に出られる状態ではない。どかんどかんと腹に響くほどの音で雷が落ちる。稲光が光ってすぐに鳴るから至近の場所に落ちているのだろう。若いころ熊谷に暮らしていたときに利根川方向でよく雷が鳴った。この尾張地方でそれと同じような強烈な音と光で雷が鳴るのを聞くことは少ない。車の外気温は37℃から一気に26℃まで下がった。しばらくぼんやり車の中で様子を見ていたら、雨が小やみになった。そこでようやく病院に駆け込むことが出来た。

 

 妻の様子を見、話を聞いて、そのあと看護師や介護士に様子を聞かせてもらったり、世話を頼んだりしてから、あとで出すように言われた残りの書類などをセンターの方に提出して帰路についた。小やみになった雨の中を帰り着いたら、こちらでも雷が鳴りはじめた。しばらくして激しい雷雨。ただ、時間は短かった。一息ついて紅茶などを飲んでぼんやりしていたらマンションの火災警報器が鳴り出した。何かで一時的に鳴ることがあるので様子を見ていたら鳴り止まない。外に出て何かの騒ぎや臭いやけむりの気配がないか確かめたが何もないようだ。ベランダに出て様子を見たが外に出ている人も見えないし、こちらも臭いやけむりはない。雷による誤作動かと思われる。

 

 そうこうしていたら熊本の地震のニュースである。一月ほど前に、梅雨明けに九州をドライブ旅行しようと思っていろいろ計画を立てたりしていたが、決行できずにいた。たまたまであるが、結果的に妻のこともあったし、こういう地震もあるし、出かけなくてよかった。虫が知らせた、という大げさなことではないが、後付けでそれを感じていたような気がする。

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2026年7月28日 (火)

年金の還付金詐欺?

 昨晩、酒を飲んでいたところに七時半頃、固定電話が鳴った。固定電話に出てもたいていろくな電話ではないので、普段は出ないことにしている。しかし今回の妻の入院に関連して書いた書類に携帯電話番号と固定電話番号を記入したから、そういう用事の電話かもしれないと思ったので電話をとった。

 

「夜分に恐れ入ります。××市(私の居住している市)の保険年金課のものです。Oさんのお宅ですね」とごく尋常に話が始まった。市役所が五時を過ぎて電話してくるのはおかしい、とチラリと思った。「5月に送付した年金更新に関連して、記入して返送いただく書類の提出期限が過ぎています。お忘れではありませんか」。

 

 私は必要と思ったものはすぐに処理することにしている。たしかに年金に関してもいろいろな書類が送られてきた覚えがあるが、変更事由がなければ送る必要がありません、というような書類をどこかで見たような、おぼろげな記憶はある。それが私の勘違いで、返信する必要があったのだろうか。しかし、電話では「そういう書類には記憶がありません。あるはずだというなら捜してみます」とだけ言った。

 

 そのあとさらにやりとりがあり、こちらの問いかけに対して向こうの言うことがおかしな方向に行った。「その書類がないと、この5年間の差額の還付が受けられません」などと言い出した。そしてその還付を受けるために至急に手続きをする必要がある、ついては・・・と言いだしたので、ははあ、と気がついた。

 

「そちらの部署をもう一度教えてください」「保険年金課です」「今日は遅いので、明日市役所にその部署を訪ねて確認し、必要なら書類の再発行を頼んでみます」と言ったところで電話はぷつりと切れた。

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 本当にうんざりである。世の中おかしい。

無事終了

つい先ほど、妻の人工股関節の手術をした主治医から電話連絡があった。無事手術が終了したそうだ。

「なんとかリハビリを頑張って、歩けるようになればいいですね」と昨日よりは明るい声で伝えてくれた。

とりあえずほっとした。これから軽く昼食を摂って、妻の病院へ行く。たぶん今日はそれほど時間はかからないはずだ・・・そう願う。

嫌いだけれど

 私はやけ酒をしないことにしている。嫌なことがあったときはお酒を飲まない、と決めている。

 

 昨夕いろいろ片付けて、疲れて帰ってブログを書き、一息ついたときに妻が入院していた病院から電話があった。申し入れに対し、言っていることはわかったが、納得できない、理解できない、と答えた。そう言ってくる君は、理解できない、納得できない私がおかしいと思うか?と聞き返した。言ってきた向こうの人は黙り込んだ。

 

 黙り込んだけれどそのままではラチはあかない。とりあえずこうすればいいのか、という私なりの提案を伝え、それで終わりにした。患者を人質にしての病院の都合の押しつけにはもううんざりで、いちど打ち切りにしたかった。もういい加減疲労困憊であった。

 

 また明日、妻の手術結果を聞きに行き、妻に面会し、電話の件で病院で話を訊き、また妻の入院していた病院と調整をしなければならないことになる。考えるとうんざりする。

 

 そういうことで、汗を流した後に興奮して気持ちが治まらないので、気持ちよく酔えない酒は嫌いだけれど、酒を飲んだ。苦い酒が少し溶けていった。飲み過ぎないように我慢した。昨晩はなんとか収めたけれど、今日もたぶん一日仕事になる。

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よくわからないのは私の理解能力が劣るからなのか。

ぼけているからなのか。

医療が限界を超えて、患者も保護者もほったらかしで、病院が末期的症状にあるような気がした。これは病院の処理能力を遙かに超えた大量の患者がいるという現実によるもので、たぶんこれからもっとひどくなるだろう。これからはうっかり病気になることも出来ない。

午前中の手術を終えた後に、医師から電話で結果の連絡があるという。そのあとに、午後から届けなければならないもの(下着やマスクなど)もあるのでまた病院に行かなければならない。

2026年7月27日 (月)

再び、くたびれた

いま、妻が股関節の手術をする病院と、もともとの病院の用事を済ませて帰宅した。無事入院が完了し、明日、手術することになった。

朝10時半の予約だったのに、先生と面談できたのは12時半過ぎ。金曜日に手術を勧めた先生と今日の先生はちがっていて、金曜の先生は前向きに手術を勧めたのに、今日の先生はリスクばかり強調してこちらを萎えさせる。既に入院を前提に、一時いまの病院を引き払うことにして処理を済ませてあるのに、いまさら何を言うのか、よくわからない。そんな風だからまた一からやり直しである。今度は入院を前提にして(いまさら!)いろいろな検査をつぎつぎに受けることになった。昼飯も食わずにイライラしてようやくそれが済んだのが3時過ぎ。さらに次から次に書類を書かされる。こんなもの、だらだら検査を待つ時間にいくらでも書くことが出来たのに。

そのあと妻と二人で時間をもらって病院内にある店で軽食を食べ、ようやく気を取り直すことが出来た。

そうしてようやく本人を入院病棟へ引き渡してすべて完了。私の車は前の病院に置いてあるのでタクシーを呼んで引き返す。そこで本日の経緯を説明し、バックアップをお願いした。さらに精算も済ませ、妻の荷物をすべて引き渡されて(とにかくいちど退院するので荷物は持って帰らないとならない)夕方のラッシュのなかをようやく帰り着いたというわけである。

くたびれた。大して動いたわけではないが、ただ無意味に待ち続けて疲労困憊したのである。

クイズ

 クイズとは知識を競うもので、知識とはものを考えるベースになるものだと思っている。だからちっとも自分に縁がないし興味がないことがクイズの問題として出されるとクイズに答える気持ちが失われる。私にとって最近のタレントや芸人の名前やバンド名、グループの誰かの名前、漫画やアニメやゲームのキャラクターの名前など、全く知らないし知りたいとも思わないから、そんな問題のクイズは私にとって無意味で腹が立つ。できれば多少なりとも知っていることに意味があると思える問題が望ましい。いまはさまざまな方法で知識を得ることが可能であり、いちいち覚える必要がない時代である。そんな時代であるからこそ、クイズの問題は出せばいいというものではないから出題する方もたいへんなのだ。答えを知って、少しは「なるほど」と思わせる問題でなければならないだろう。それが何かの本をパラパラめくったものからの、やっつけの問題だったりすると不快である。時間つぶしにしても限度がある。

06112324-109_20260727050601人生は短い

 本日はこれから妻の入院している病院へ行き、そこから介護タクシーに乗せて別の病院の整形外科に入院する。人工股関節の手術がいつになるのかをまず確認しなければならない。そのあとのことは、手術結果によってずいぶんちがうからわからない。骨折してからの時間経過の長さによって手術の難易度と予後がちがうと聞かされている。困難なことにならないことを願っている。

2026年7月26日 (日)

付箋から

 少し前に読んだ本につけていた付箋からいくつか引用する。

 

 読めば答えが書いてあるみたいな前提で本を読むような態度は、そもそも勉強とは言えないと思います。

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なるほどたしかにそうだ。

 

 厄介なのが・・・新しい技術やビジネスモデルが登場した直後は、まだ法律や倫理が追いついていません。この「空白時間」には、古いルールのまま、あるいはルール無用の状態で過剰に利益を上げてしまいます。

 

時代の進み方が加速しているので、ますますそういうことが増えているかもしれない。

 

 規範というのは「理由を考える必要のない自明の善悪」です。理由の説明が必要なのであれば、それは規範とは呼べません。それを「なぜ・・・してはいけないのか?」と本気で聞いてきたら、周りの人は驚いたり、ときに恐怖を感じるでしょう。そうした自明すぎて理由を説明する必要のないこと、あるいは疑ってはいけないこと、そういったものが規範です。

 

自明の規範が自明ではない人が、人権を盾に自己主張するのをしばしば見せられている気がする。常識の欠如がまかり通ることがあるのは腹立たしいことである。もちろん、時代によってその規範が変わることもないではないけれど。

 

 営利活動自体が目的となって、内発的動機はどうでもいい。投資に成功して大金持ちになった人が最も優れた人みたいになってしまっている。

 

どうしてそれではいけないのか、といわれそうだ。

 

 歴史を学ぶのは、そこに正解があるから、というわけではないですし、何の解決にもならないこともある。それでも学ぶのは、「学びたいと思うから」だと僕は思っています。人間も、社会も、どうにもならないものなんですよ。でも、そのどうにもならないものを少しでもよくしようと思うことは大切だし、自分が変わることで世界の見方が変わるということもありますしね。

 

 解るということはそれによって自分が変わるということでしょう。

 

自分が変わるということは、見える世界が変わるということなのだろう。

 

 対峙する相手がどういうものの考え方をするのか知るということは、とても重要だし、アメリカはそういう感覚を持っていたのに、どんどん失っているような気がしますね。
まさに孫子の言う「彼を知り己を知れば百戦殆からず」ですね。相手を知ろうとする感覚をアメリカ人が強く持っていたのは、僕の見たところでは1960年代あたりがピークだったように思います。それ以降、この姿勢は大きく進化することもなく、むしろ少しずつ後退してきたのではないでしょうか。
 まあ、こうした傲慢さは実はアメリカに限った話ではなく、覇権国の特徴ではありますね。傲慢でない覇権国は今までなかったと思います。

 

たしかにそういう意味で中国は立派な覇権国となったようだ。

批判の批判もむなしいけれど

 絶対的な権力は腐敗して暴走すると言われる。そうならないようにマスコミや野党は権力に対して批判し、抵抗することを自らの役割と考えるようである。そしてその役割は正義であると考えているようである。しかしただ批判や抵抗をすれば正義である、とはならないはずで、批判や抵抗が国のため、国民のためであるという基本を見失っては誰もその正義を支持しなくなる。何が問題であって、それに対してこうすべきであるという正論を提示して、その提示した正論が国民にきちんと伝わり、なるほど、と思ってもらってはじめてその批判や抵抗は力を持つ。それを週刊誌種を掲げて追求する、などというのはなんたるざまかと思う。

 

 たぶん野党のなかにも正論をきちんと唱えているところもあるのかもしれないが、それがちっとも見えないで、ただ嫌がらせのようにわいわい烏合の衆のように騒いでいるだけに見えてしまう。泡沫党のなかには、騒ぐことで注目を浴びることだけを目的とするものもあって、そんなものは騒ぎを面白がる人間がたまたま支持しているだけなのに、まともな批判勢力であるべき党までがそれに引きずられて同一視されている。自分を客観視して、国民からどう見られているのかの視点を欠いているうちは党勢は衰退するだけであろう。やり方がお粗末だから、与党の問題を批判し抵抗することで打撃を与えるはずが、ちっとも打撃を与えないどころか自分がどんどん弱体化しているのは哀れである。

 

 まともな野党がいなくなったようにしか見えないのは、その野党の指導部がお粗末であるからだろう。顔ぶれを見てもなんだか頼りないし、政治家としての説得力もない。多くの国民はそのていたらくにうんざりしているのではないか。

 

 しかしこんな風に批判の批判をしていても何かが変わることもなさそうで、むなしいことである。

 批判勢力が弱体化すれば政権が強くなる、と行かないのが日本の政治のふしぎなところで、ともに弱体化しているように見える。そうして政権が弱体化するということはその国が弱体化しているということで、中国などはそれを見越してどんどん笠に着て恫喝を重ねている。批判勢力は、そうなったのは現政権が悪いからだ、と批判するだろう。誰が悪いのか。

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2026年7月25日 (土)

パパ・ダイキリ

 ダイキリというのはホワイトラムをベースにしてライムジュースと砂糖を加えた甘いカクテルである。キューバにはパパ・ダイキリというカクテルがある。パパとはキューバではヘミングウェイのこと。つまりパパ・ダイキリはヘミングウェイ特注のダイキリで、シャーベット状の氷をいれたカクテルはとびきり冷えていて、普通のダイキリよりも格段に甘い。これがうまいのである。どんどん飲めて、酔いはあとからどーんとやってくる。

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ヘミングウェイが行きつけだったフロリディータ。なかは観光客で混んでいる。

 十年ほど前に、アメリカがオバマ大統領時代、一時的にアメリカとキューバが融和して経済の締め付けが緩んだことがあり、いつものF君とYさんとの三人でキューバ旅行を楽しんだ。カナダがキューバとは友好関係にあり、飛行機はカナダのパンクーバー経由でキューバのハバナへ行くという長旅であった。連日のようにホテルでこのパパ・ダイキリを飲んだ。そのときにいまはヘミングウェイの博物館になっている旧邸宅を訪ねた。

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ヘミングウェイの書斎。

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塔のようになっている別室。

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その最上階からハバナ方向を望む。黒いけむりは火力発電所。

 そのキューバはいまどん底にいる。あの陽気で音楽の大好きなキューバの人びとがどんなつらい目に遭っているかと思うと気持ちがひどく沈んでしまう。

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 だからヘミングウェイには思い入れがある。そこでたまたまその前に読んでいたコリン・ウィルソンの「アウトサイダー」という評論にヘミングウェイが取り上げられていたので、今回思い立って全三冊の短編集(新潮文庫)を読んだということである。自然描写や闘いの描写が極めて優れていて、さすがにノーベル賞作家だと感心した。豪放に見えて繊細、緻密に見えて投げやり、さまざまな精神の振れが伝わってくる。改めて好きな作家になった。ヘミングウェイは昔の作家などではない。その作品は全く古くなったりしていない。

 

最後に収められている作品『異郷』という120ページほどある中編から、会話の断片を引用する。中年の作家(ヘミングウェイ自身である)と、娘ほど年の離れた恋人とのドライブ旅行での会話である。

 

「いい車ね、これ」。「運がよかったわね、こんな車が手に入って」
「まったくな」
「あたしたち、すごくツイていると思わない?」
「ここまではね」
「あなた、ずいぶん慎重になったみたい、あたしとのことで」
「そうでもないさ」
「ねえ、もっと陽気になってもいいんじゃない?」
「俺は陽気だよ」
「でも、陽気な口ぶりじゃないわ」
「じゃあ、陽気じゃないんだろう、たぶん」
「でも、もっと陽気になれない?ほら、あたしはこんなに陽気なんだから」
「いずれ陽気になるさ」ロジャーは言った。「約束する」

 

こういう会話が大半を占める小説であるが、そこに込められている男の哀しみのようなものが惻々とこちらに伝わってくる。哀しみとは、男という愚かな、どうしようもない存在を生きるしかないというそのことである。

 

 飛行機事故などで体だけではなく精神もひどく痛んでしまい、ついには自死に至ったヘミングウェイの心の穴は、どのようなものだったのだろうか。

 翻訳は高見浩。彼の名訳があってこそのヘミングウェイだと思っている。その高見浩が巻末の解説で書いている。

 いかにもヘミングウェイらしいと思うのは、彼がノーベル賞の金メダルを後生大事に自宅にしまっておく、というようなことをしなかった事実だ。彼はそれをキューバのコプレにある聖母寺院に献納してしまったのである。そのメダルは今も、同寺院の礼拝堂に保存されている。ヘミングウェイの親友エレラ・ソトロンゴは、ノーベル賞の金メダルを、ヘミングウェイは愛するキューバの民衆に贈ったのだと解釈している。その説には同感である。

 だがノーベル賞を受賞したこの頃から、ヘミングウェイは肉体的にも精神的にも急速に衰えはじめたようだ。直接的なきっかけは、アフリカでの飛行機事故によるダメージだったのだろうが、父親から遺伝したと思われる鬱病が、この頃から顕在化しはじめたのであろうか。それまでの人生で被った数知れない負傷の後遺症の蓄積も、衰弱に結びついていたのかもしれない。

 

 作品を一つ一つ取り上げてどんな風に感じたか書き留めたいぐらいだが、他に読みたい本が目白押しなので、またの機会とする。

自己管理

 一昨日の晩に、ヘミングウェイの短編集全三巻をようやく読み終えたので、そのことをブログに書こうと思っていたが、昨日のこともあってまだ書きたいことがまとまらない。引き続き宮本輝の新作『湾』という小説を読み始めたが、興が乗り始めたところで中断している。読書には集中力が必要で、いちど途切れると再びエンジンがかかるためには時間が必要だ。予報によれば、本日も当地の最高は気温39℃だそうだ。

 

 妻のことを娘に伝えたら、出来ることはするからと言ってくれたので心強い。

 

 昨日一日バタバタして思ったことは、とにかく心身ともに自分がしっかりしなければいけないということだった。持病もあることで、とにかく自分の健康管理をしなければならないのにそれを怠ってきた。とにかくまず減量しなければいけないと考えている。減量すると、あたりまえだが体が軽くなり、膝や腰が楽になる。重い体は骨や筋肉に負担をかけているのだ。年齢相応の減量をすると心に決めた。酒も今以上に控えめにして、食事の栄養バランスに留意し、量は控えめにしようと思う。いつもそう思いながら出来ずにいたが、自分を甘やかしていられるときではない。とにかく妻の面倒をできるだけ自分が引き受け続けられるようにしたい。ともすると冷たく事態を見つめている自分が顔を出す。諦めが習い性になっている自分がいる。それが自己防衛の生き方だったが、とりあえずは頑張ってみようと思う。

 

 そんなことをブログで公言することで自分を追い込んでおくことにした。

2026年7月24日 (金)

くたびれた

 いま、妻の病院から帰宅した。総合病院へ行ってレントゲンやCTを撮って、妻の股関節骨折が判明した。脚の痛みやむくみの原因は骨折であった。当人はどうもその辺がよく理解できていないようである。だから骨折もわからなかったのだ。来週準備して入院し、手術して人工関節を入れることになった。カバーする筋肉が衰えすぎていると、脱臼のように外れる恐れがあり、リハビリが欠かせないという。

 

 車椅子生活から寝たきりへ直行するか、つらいけれど手術をして歩ける可能性に賭けるか。先生は歩けることを確約はしない。でも何もしなければ確実に寝たきりへ直行であることは理解したので、手術をお願いした。いま入院している病院と、外科で入院する病院とのやりとりを重ねて、月曜日の朝の入院が決まった。来週もまた忙しくなる。

 

 暑い中を長く待たされ、その上走り回ったので、いささかくたびれた。明日明後日はゆっくり休むことにする。

多分終日になる

本日は妻の入院している病院(専門病院)へ行き、そこから総合病院へ診察を受けに行く。前回の面会で、足がむくんで痛い、と妻が言っていた。病院に来る回診医が、そのむくみ以外にも気になるところがあるとのことで総合病院できちんと検査を受けることになったのだ。以前に別の病気で妻が検診を受けたことのある病院で、とても混む病院である。予約はもちろん入れてあるがかなり待たされるだろう。検査をいろいろ受けることになるし、多分一日仕事になると覚悟している。そしてその結果を聞きに、また来週以降も行くことになるだろう。

早めに来てほしいと言われているので、これから出かける。今日も予報では最高気温は39℃超えのようだ。

 

2026年7月23日 (木)

イメージの伝言ゲーム

 音楽や絵画の表現は直接に感覚を通して伝えられる。それでも伝わる場合と伝わらない場合がある。表現の巧拙もあるだろうし、受け手の受信能力によることもあるだろう。これが文字を経由して伝えられる場合は、その伝言ゲームの難度はさらに高くなる。言葉という媒体が障害になったりするからであるが、逆に増幅装置になったりもするからおもしろい。

 

 SF小説はときに存在しないもの、イメージが困難なものを描く。作者が描き出す世界がそのまま伝わることはまずないが、作者の豊かな想像力が生み出すイメージが言葉によってどれだけ読者に励起されるかどうかがSFを味わうときの決め手になる。好き嫌いの分かれ目だろう。

 

 スタニスワフ・レム(1921-2006)という、ポーランドのSF作家の書いた『金星応答なし』(ハヤカワ文庫)という長編SF小説をようやく読み切った。彼のよく知られている作品は『惑星ソラリス』で、これはソビエトでも、後にハリウッドでも映画化されているので、知っている人もいるだろう。二十世紀半ばのSF界では、東ヨーロッパやソビエトの作家がかなり高い評価の作品をたくさん世に出していた。その中でもポーランドのスタニスワフ・レムは突出して素晴らしい作品を残した。先般再読したことをこのブログにも書いた『砂漠の惑星』もその一つである。今回読んだ『金星応答なし』は処女作ではないけれど1951年に出版された事実上のデビュー作である。この中に『惑星ソラリス』や『砂漠の惑星』などに発展していくイメージが既にたくさん描かれている。

 

 有名なシベリアの僻地のツングース隕石の落下地点あたりで、異性からの人工物と思われるものが発見される。地球より優れた科学を持っていたらしいその遺物からさまざまな情報が読み取られていき、ついにそれが金星由来であることが判明する。しかもそこには明確ではないものの、地球侵略の意図らしき情報も残されていた。

 

 世界の最先端の科学者が総出で金星探査のための準備が行われ、探検隊をのせたロケットが金星に向けて出発する。それまでのさまざまな論議、検討、そのロケットの外観や内部の状態、そして金星に到着してからの全く地球では想像も出来ないような異世界の様子が丁寧に描かれていく。レムの描くイメージをどれだけキャッチして自らの頭に想像できるか。それを楽しみながら、それでもストーリー展開に引き込まれて先へ先へと読み進めていく。たいへんおもしろく読むことが出来た。

 

 訳者によるあとがきに、

 

 後の彼の作品群を知る者の目で見ると、『金星応答なし』はいささかナイーヴすぎるようにも思われる。まず第一に、小説の中に盛り込まれている科学的情報の多くが、今日では既に時代遅れになっている。第二に、人類の未来の共産主義的ユートピアに対する見通しがあまりに楽天的で安易だ。第三に、人間像が類型的で一面的なところがあり、人間性に対する信頼もやはり素朴すぎる。整理すれば、『金星応答なし』は後のレムの作品と比較した場合、化学的にも、政治的(思想的)にも、文学的にも劣っており、そのため現代の読者には大きな不満を残す、といえるだろう。

 

と述べている。私もそう思う、思うけれど、続けて書かれているように

 

 しかし、それにもかかわらず、レムのこの処女長編は最初の美しさに包まれ、その後の複雑な現代文学に慣れてしまった者にもある種の爽やかな感動を与えるに違いない。

 

 レムは後にこの作品に手を入れようとも思ったらしいが、手を入れていけば全く別の作品になってしまうと判断し、そのままにしたという。

 

 レムの未読だったり再読したい本がまだまだあるので、少しずつ楽しんでいきたいと思っている。とりあえず三分の一ほど読んで読みかけの『エデン』という奇妙な世界を描いた長編を引き続き読むつもりだ。

とろける

 ベランダに大小の鉢を置いている。この酷暑でも元気なのがニラで、必要なだけ切ってもすぐに生えてきてありがたい。しばらく家を空けて水がなくて枯れかかっても、水をやれば復活する。試しに昨年採ったニラの種を少し蒔いてみた。ごま粒より小さな黒い種から芽が出て、かわいくて細いのが伸び始めたところだ。これは水をやりすぎるとだめになってしまうことは昨年経験した。しっかりした大きさになるまでは案外ひ弱なのだ。

 

 カイワレの種を時間差で蒔いている。今の時期はあっという間に芽を出してすくすく伸びる。数日で食べることができる。種は収穫したものが大量にあるから心配ない。これは水を十分にやる。栄養のない砂地風の土の方が茎が伸びやすく、よく育つ。カイワレ、つまり大根がこんなに暑さに強いとは知らなかった。

 

 問題なのがパクチーで、残り少ない種を蒔いたら双葉の芽が出て、そのあとに本葉が出て、成長を期待していたのに次から次にとろけるように土に帰ってしまった。いま数本が生き残っているが、このままでは全滅である。暑さに弱いのか水をやりすぎたのか。あわてて室内に入れて様子を見ている。パクチーは暑さに強いと思っていたがそうでもないのかもしれない。今のところ収穫どころではない。

Dsc_1139_20260723102601溶ける~

 起き上がるのがつらくなったのでベッドと椅子の生活にしたが、たしかに立ち上がるのは楽になったものの、エコノミー症候群風の足のむくみが出ていることは以前このブログに書いた。それは加圧靴下でなんとかなだめているのだが、椅子に座っている時間が長いと尻が痛くなってくる。むかしは厚すぎた尻の肉が今はげっそりと減ってしまって骨がさわるほどになっってしまった。昔の肉を少し取り戻したいけれど、そうもいかずいかんともしがたい。少し高いウレタンの椅子用マットを敷いてしのいでいる。かなり効果があるが、それでも椅子に座りっぱなしの生活だと次第につらくなってくる。まだもう少しある人生がさらにつらくなっていくような気がして気が滅入る。危険なほど暑いから散歩に出かけるわけにも行かないし、仕方がないからベッドに寝転んで音楽などを聴いたりしている。寝たきり老人まで案外間近な気がして憮然としている。

2026年7月22日 (水)

ルールがちがう

 トランプは、サッカーのレッドカードのルールについて、「どうしてそんなおかしなルールがあるのだ」といい、サッカー協会に横紙破りの例外をさせた。ここでわかるのは、サッカーにレッドカードというルールがある、ということをトランプは説明されるまで理解していなかったということだ。そして、それ以上に深刻なのは、ゲームにはルールがあり、ルールが守られなければゲームは成立しないという根本的なことを、彼は理解していない人間だと改めて明らかにしたことだ。

 

 スポーツでも勝負事でも、はじめる前に取り決めたルールを途中で変えてはならない。それが普通のルールの上位にある、つまり絶対に守るべきルールというものである。

 

 選挙に負けたあと、選挙が不正だった、として不正な煽動をして、暴徒を生み出した。それは明らかに法律に違反している。法律も、世の中を秩序立てるためのルールである。もしその法律に不備あるのなら、その法律を改正することで対処する、というのがルールである。個人が恣意的に権力によってルールをいじるなら、それは民主主義とは言えない。常識である。その常識が通用しない世界の究極の状況は無法世界である。映画『マッドマックス』シリーズなどに描かれたディストピア世界である。

 

 思えば西部劇の世界などは、その無法世界のなかの正義を描いたものとみることができる。しばしば法律を遵守するものが苦難の末に法を守る、などというストーリーが描かれる。こうしてアメリカは次第に法を守ることの出来る国に変わっていき、ついには法の下の平等を謳う民主主義の国家になって世界をリードするという役割を担った(かなり自分勝手だったが、それでも最悪ではなかった)。ところがトランプの思い描く理想のアメリカは、西部劇の時代のアメリカのようである。有色人種や移民は下層階級として、白人に都合のいい存在としてなら許され、環境などどうなろうと歯牙にもかけない。これが神の望みにかなった生き方であり、正義だと信じているかのようだ。

 

 自分だけに都合のよいルールで世界に威を示し、他者の文化に対する敬意のかけらもない。ルールのちがう状態で世界は混乱を来している。当然の成り行きだろう。

Dsc_1120ルールなんて知らないよ!

 そうしてちがうルールで行動する国が我が国の隣にもいる。国際法は自分に都合の悪いときは、「かみくず」だそうである。そういう国はしばしば「国際法」や正義を盾に他国を威嚇する。中国はアジアの中で著しく異常な国になりつつある。アメリカに倣っているのか本質的にそういう民族なのか。いやはや物騒な世界になったものだ。

Dsc_1135_20260722162501そろそろ私の出番だ

 

『イングロリアス・バスターズ』

 寝室だけ一晩中弱く冷房をかけたまま寝た。風向きが直接的だったので夜中に目が覚めてしまい調整したが、朝までおおむねよく眠れた。朝起きてのリビングの室温は30℃あったが、しばらくエアコンをつけずに体を室温になじませながら、お気に入りにあるブログ(多いのでお気に入りは二つある)を拝見する。さらにお茶を飲みながら朝のルーティンにしていることを一通り片付けると、心身も本格稼働するのでエアコンを入れる。

 

 昨晩は読みかけのスタニスワフ・レムの『金星応答せず』という長編のSF小説を読み進めた。頑張ったがまだ三分の二を過ぎたところである。ますますおもしろくなってきた。なんとか今日には読了したい。

 

 昨日は『イングロリアス・バスターズ』という戦争映画を見た。クエンティン・タランティーノ監督、ブラッド・ピット主演という2009年のアメリカ映画だが、例によって会話が過剰なのにそれが緊張感を高める手法で、しかも暴力シーンはこれでもかというほど過剰で、人によっては嫌悪を感じるかもしれないが、それがリアリティを生んでいる。ブラックコメディなのに恐ろしい。だからブラックなのだろう。さすがタランティーノである。フランスを舞台としてナチスを暗殺する特殊部隊のリーダーをブラッド・ピットが演じている。壊滅的なラストが痛快だ。もう史実など関係ない結末である。ナチス親衛隊、ユダヤ・ハンターと恐れられているハンス・ランダ大佐を演じたクリストフ・ヴァルツの怪演が特に素晴らしい。

Dsc_0197_20260722090201ベトナムにて

2026年7月21日 (火)

今回は

 名古屋の本日の最高気温は39.7度だったそうだ。ほとんど酷暑日である。とはいえ外を歩いていないから実感はほとんどない。明日と明後日は40℃の予報である。ヨーロッパの猛暑のニュースを他人事に見ていたけれど、もう他人事ではない。

 

 妻の病院から連絡があった。外科的な疾患で、入院している病院とは別の病院に受診に行く必要があるという。週末に介護タクシーで連れて行かなければならない。どうも引きこもってばかりもいられないことになった。一時的なのかどうか詳しいことは受診しないとわからない。

 

 『故宮 至宝が語る中華五千年』(全四巻)の第一巻をようやく読了した。中国の故宮(昔の紫禁城)と台湾の故宮の両方に収蔵されている至宝をもとに中国史を語るという体裁になっている。以前読んだときには写真やグラビアを中心に本文を流し読みしていたが、今回は本文を歴史書を読むように丁寧に読んだので時間がかかった。第一巻は中国の神話につながるような古代(夏や殷)から、周、春秋戦国、秦、そして漢の前半までが収められている。夏(か)は華に通じる。夏は伝説なのか実際に存在した王朝なのかまだ立証されていない。仰韶文化、龍山文化、二里頭文化など、文字のなかった時代なので未知ではあるが遺跡はいろいろ見つかっている。それらがどう夏とつながるのか、興味がある。

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 北京には三回行っているが、紫禁城では宝物をあまり見ることが出来なかった。台北の故宮も三回訪ねていて、こちらはかなり丁寧に見た。ただし収蔵品が多すぎてそのごく一部しか展示が出来ないので、見たものより見ていないものの方が多い。歴史を、ものをベースにして概観するというのも一つの見方であり、イメージが強化された。

47三十年前、はじめて訪ねた故宮博物院。

 

あまりにも鮮明で

 明けがたに、先日急死した若い友人のK君の夢を見た。

 

 社員旅行で酩酊し、辺りを見回すと見知った顔がない。ようやく見た覚えのある若い人を見つけてそこにへたり込んだ。そうしたら、その若い人は私を指さして「この人は誰だ」といった。なんだか身の置き所のないさびしいような悲しい思いがした。そうしたら誰かが「Oさんじゃないか」といった。ようやく認めてもらえたと思った。そこへ私をのぞき込むようにした男がいる。それがK君だった。まだ四十になるかどうかという若いころのK君のようであった。しばらくあわなかったけれど若返ったようじゃないか、と彼に話しかけたら、照れたように笑った。心身ともにエネルギッシュな彼の様子がとても嬉しい気持ちがして、そこで目が覚めた。

 

 あまりにリアルなK君の姿が、目覚めてもありありと残っている。夢はカラーかモノクロか曖昧なものだが、色黒の元気そうな彼の顔は信じられないほど鮮明なものだった。夢がこんなに鮮明だったことは記憶にない。

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 喉が渇いて口がカラカラになっていて、呼吸困難だったような気がする。いま体重が増えていて、睡眠時無呼吸症候群が再発したのかもしれない。何かの境目を踏み越えかけたのかもしれない。

2026年7月20日 (月)

単純に楽しむ

 当地(尾張西部)は連日の猛暑日。今週は酷暑日も一日か二日あるとの恐ろしい予報がされている。今日、日盛りのベランダに出たら、熱気で顔が膨らむような気がした。長時間外にいるのは確かに危険だ。朝はセミの声がしていたが、正午を過ぎたら聞こえなくなった。暑すぎて声も出ないのではないか。とはいえこちらはエアコンの効いた部屋で過ごしているのだからどうということはないはずなのに、読書への集中力が持続せず、少しずつしか読み進めない。仕方がないから録画したドラマや放送大学のお勉強、映画などを見て過ごしている。

 

 映画も頭を使わなくていいものを選んで見ている。『Missイコライザー』という2025年のフランス映画を見た。原題はぜんぜん違うもので、この題名はあのデンゼル・ワシントンの『イコライザー』という痛快映画にあやかろうというものに違いない(あの映画とその続編はおもしろかった)。このフランス映画の主人公は、題名からもわかるとおり女性である。フランスの極秘工作員の女性が中東で暗殺任務を遂行する。対象(武器商人)を始末した後に、別の工作員が仕掛けた爆発に巻き込まれ、間一髪で逃れ、そのまま身を隠す。七年後、彼女はモロッコで警察官の妻となり、一般人として幸せに暮らしていた。その彼女の目の前で夫の警察官が襲撃され瀕死の重傷を負う。

 

 なぜ夫が襲われたのか、誰が襲ったのか、彼女の能力が覚醒する。やがて明らかになっていく背景が、彼女の過去につながっていることを知り、彼女の反撃が始まる。こういう映画は見ていて痛快で暑気払いにはたいへんけっこうである。おもしろい。それにしても結婚しているのにMissとはなんだかなあ。

 

 もう一本、2024年の中国映画『エリア749』というSF映画を見た。とにかく特撮のできは素晴らしい。素晴らしいけれど、特撮がいくら素晴らしくても脚本がお粗末だと結果的にかったるい映画になってしまう。展開がギクシャクしてなめらかさに欠けており、登場人物に全く感情移入できないし、嘘くさいし危機感も感じられない。出来悪し。

『孫文の義士団』

 『孫文の義士団』は、2009年の中国・香港映画。清朝が滅亡する辛亥革命前夜、日本に亡命していた孫文が、中国全土に蜂起を呼びかけるため、ひそかに香港に上陸しようとする。それを阻止し、孫文を暗殺するよう西太后から密命を受けた暗殺集団が香港にやってくる。一方暗殺から孫文を守るために多くの人びとが孫文の目的を達成するために身命を懸ける。当時の香港はイギリスの統治領。その時代の様子がリアルに再現されていて、なかなかおもしろい。

 

 歴史的な背景などは当然承知しているものとして展開されていくので、映画はほとんど暗殺集団とそれを阻止する側の殺し合いを描く残酷なカンフー映画となっている。主演のドニー・イェンの武技は定評のあるところで、すさまじい迫力である。もちろん史実通り孫文は無事で、このあと中国各地では武装蜂起が次々に起きてついに清朝は倒れるのだが、映画では孫文が各地の代表との会談を終えて無事に香港を離れる場面で終わる。

 

 ところで暗殺団から孫文を守るための義勇団をつのる人物の一人に資産家の新聞社の社主がいる。習近平が香港を一国二制度の約束を破って民主体制を強制的にやめさせ、新聞社の社主や書店の店主を拘束して有罪宣告し、牢屋に入れたことは記憶に新しい。この映画では孫文を守ることが中国国民を清朝から解放し、自由で民主的な国にするのだ、と理想を唱えていた。辛亥革命後、紆余曲折の末に中国共産党が国の経営をになうことになり、孫文を革命の父とあがめている。その革命の大義の下にいま自由と民主主義を弾圧している様は悲劇そのものだ。習近平は西太后か。その皮肉。

 

 いまならこの映画は中国では放映されないのではないか。それとも平然と放映するのだろうか。

2026年7月19日 (日)

神二ダム

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氷見から能越道、そして小矢部から富山まで北陸道を走り、富山インターで降りて国道41号線を高山方面に向かう。インターからしばらくは渋滞する。少し登り路になっていくと車の数が減り、走りやすくなる。そのあたりから道は神通川沿いを走る。第二神通川ダムには駐車場があるので停めてダムを見る。

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階段を登ってダム湖を見に行く。

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水が少ないようだ。

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神通川はこのようにみどりの多い、水のきれいなところだ。それがあのカドミウム公害のあった川だとは思えない。ダム湖の上から先は神通峡とよばれる景勝地だが、ゆっくり車を停めて深い谷を眺める場所がない。

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多少の雰囲気は感じてもらえるだろうか。

ここからしばらく走ると国道360号線と別れる。その道は狭いけれど高山へはショートカットの道だ。その途中にまんが王国と温泉があり、宿泊も出来る。大量の漫画が読み放題で、子どもたちと泊まったことがある。今回はそちらには曲がらず、そのまま神通川沿いに41号線を行く。

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41号線は神岡で分岐する。神岡市内に入ってそのまま進めば奥飛騨温泉郷へいたる。上高地から松本へ行くことも出来る。今回は41号線をそのまま進み、高山方面に向かう。

数河高原の急坂を登り、そのあと一気に飛騨古川へ下っていく快走路だ。飛騨古川と高山の間に宇津江四十八滝という場所があり、そこにはキャンプ場もある。子どもたちと二度ほど行ってキャンプした。涼しい。

高山から分水嶺を越えれば今度は飛騨川水系である。飛騨川沿いの景色を車窓に見ながら下っていく。大好きな道だ。今度またあらためて飛騨川の景色の写真を撮りに来よう。

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七宗町にある石の博物館ロックガーデン。岩石を見るのが好きなので何度か立ち寄っている。

今回はその隣に用がある。

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ここにはたくさん種類のお茶が置かれている。最近はよくここでお茶を買う。番茶用のお茶と、来客用の少し上等な煎茶を購入した。

このあと愛知県に入ってから渋滞に巻き込まれたことは少し前に書いた。とにかく何事もなく無事に帰宅。いま買ってきたばかりのお茶を飲んでいる。

恋路海岸

見附島(軍艦島)の近くに恋路海岸がある。そこの様子を見に行った。ちがう角度から見附島が見られる。

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五十数年前、友人とこの海岸で泳いだ。海水浴客がたくさんいて、島まで泳いでいった。なつかしい。

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こんな風に岩が崩れて落ちている。

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遙かに見附島を遠望する。軍艦島ではなくて、ただの島になっていた。

暑さのせいか眠りが浅い。食欲もあまりない。なんだか人生がむなしいような気持ちになりかけて、これではいけない、と自分を励ましている。

2026年7月18日 (土)

弁償しろ

 朝方は特にどうということもなかったのに、次第に胃がキリキリしてきて気持ちが落ち着かない。原因と結果は反対で、イライラが胃に来ているのかもしれない。今日の気温は昨日までより低いのに、暑さが心身にこたえている。

 

 トランプがカナダの山火事が迷惑だとして、関税を上乗せする、とほざいている。狂人である。カナダが大変だから何か手助けが出来ないか、というのがまともな大統領というもので、それをめいわくだから賠償しろとわめくとは何事か。そういうまともではない人間の言動を繰り返し聞かされ見せられ続けていることでこちらの精神の安定性が損なわれ、胃までキリキリさせられている。トランプよ、弁償しろ!

桃

 昨日は富山県の氷見から能越道、東海北陸道と乗り継いで有料道路で走れば昼過ぎには帰れるところを、あえて富山インターまで走って、そこから国道41号線を南下する地道ルートをとった。神通川沿いの道は景色が素晴らしい。さらに高山から先の飛騨川沿いの道も景色がいい。それを見ながらのんびりと走ることにした。

 

 美濃加茂を過ぎて愛知県に入ったあたりから、次第に渋滞が始まった。いつものことであるがいつもよりもすさまじい渋滞だった。小牧インターの周辺は自動車機械メーカーや流通倉庫などがたくさんあり、もともと溢れるトラックによってインターチェンジの容量をオーバーしているのだ。信号ごとに止まり、のろのろと進む。ときに信号二回待ち。

 

 その最中にスマホの着信音があった。信号が赤に変わったばかりのタイミングで誰からの着信かだけ確認したら娘からである。先日来たばかりなので何かあったのかと不安になったが、運転中に通話するわけにはいかない。結局電話から一時間ほどで帰宅して、家から電話した。用件は、桃を買ったから届けるという。先日スーパーでおいしそうな桃を見て、値段を見てやめたところである。ありがたいと思うとともにほっとした。

 

 夕方遅くに桃を届けてくれた。これから旦那とどこかへ晩飯を食いに行くのだといって、上がらずに桃だけ渡して帰って行った。旦那は車で待っているらしい。今度名古屋で三人で食事でもしようと声をかけると、いいねえ、ということであった。深刻ではないが難病をかかえる娘だけれど、夫婦仲良くけっこう幸せそうである。頼みたい用事もあったのだが言い忘れてしまった。

 

 娘は小学校低学年から母親なしで育っていて、口が重く頑固なところがあった。思春期からはほとんど口も利いてくれない状態が続いた。その時期に単身赴任することになり、土日は必ず帰ったけれど、週日は娘は独り暮らしだった(息子は大学の寮暮らし)。それでも正邪に対してはかなりけじめのある方なので信用していた。私の娘よりもだいぶ年上の娘二人を育てた友人のF君は、「大丈夫ですよ、二十歳を過ぎれば少しずつ話すようになるし、二十五歳になれば普通に会話できるようになります」と笑っていた。それより時間はかかったけれど、たしかにその通りであった。

 

 そんな娘ももうアラフォーである。桃を食べながら娘の子供のころのことなどを思い出していた。そういえば中国に『桃夭(とうよう)』という古い詩があることを思いだした。娘を桃に例えてその幸せを詠う詩である。娘を持ってこそ感じられる想いというものがある。

2026年7月17日 (金)

見附島

能登の珠洲にある見附島は軍艦島とも呼ばれ、その特異な姿が観光名所となっていた。何度ここを訪ねたか、そしてそのたびにその姿を見て自然の造形の面白さに感心したものだ。

その見附島が

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こんな姿になってしまった。軍艦というより、『風の谷のナウシカ』のオームみたいだ。

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岸壁にも地震の痕跡が。ほかにもあちこち亀裂が入っていた。

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実はこの見附島が崩れた正月の、その前年の晩秋に、兄弟でここを訪れている。日も暮れかかっていたけれど、その勇姿に、初めて見た弟夫婦や妹は感激していた。だからここが地震で被害を受けたことについては一入の思いがあったと思う。

須須神社

須須神社(すずじんじゃ)は能登の珠洲市にあり、珠洲の名前の由来であると思われる。日本海の海の守り神として尊崇されている。能登半島の先端部、狼煙などを訪ねた際に立ち寄りたいと思いながら時間の都合で通り過ぎていた。能登の二度の地震で鳥居や社殿は倒壊。立ち寄らなかったことを後悔した。それがどうなっているのかどうしても見ておきたいと思っていた。

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鬱蒼としたすずの杜のなかにある。

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参道を行く。次第に上り勾配になり、階段がある。その階段も新しい。

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階段の向こうに拝殿が見えてきた。

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社殿は新しく建て替えられていた。中の神器も無事であったようだ。

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拝殿から来た通を振り返る。

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地震の痕跡。

参拝して神社を後にした。次は見附島を見に行く。

2026年7月16日 (木)

氷見にいる

 海を見に行こうと思って浮かんだのはまず、知多半島、でも今年も行った。次に浮かんだのが能登半島で、地震の後の能登の様子を見に行くのは控えていたが、そろそろ好いだろうと思った。

 

 見たいところは須須神社と見附島。大きな被害があった。工事がまだ続いているそうなので、今までの距離感は通用しないことを覚悟し、昨晩氷見に宿を取った。能登島の民宿で美味しい魚を食べながら、宿の主人と地震の時の様子などを語ってもらうのも好いと思ったが、結局氷見のホテルにした。少し気力と体力が落ちていて、一人で静かにしたい気持ちの方が勝っていた。

 

 朝の調子が今ひとつだったが、宿も取ったことであるし、混まないうちに早めに出発。東海北陸道をひたすら北上する。調子がよくないときには思わぬ事故に遭う。気を引き締めてスピードは控えめに、休憩もこまめにとりながら高速道路最高峰の松ノ木峠1085メートルを越えて北陸へ至る。トラックが多い。小矢部JCTを過ぎれば能越道に入る。高岡を過ぎたら砂利や土砂を積んだダンプや重機を載せたトラックが多くなる。氷見を過ぎてしばらくすると工事の場所があちこちに見られる。

 

 片側交互通行の場所が次々にあって、覚悟していたとおりなかなか予定どおりに進まない。途中で二度道を間違える。道路が少し移動したりしてナビが現在地を失陥したり、こちらがそれにさらに勘違いしてしまったことで、余分な時間を食ってしまった。

 

 それでも予定どおり須須神社と見附島、それに恋路海岸だけ立ち寄ることができた。つい先ほど氷見の宿に到着。これから一風呂浴びて美味しい魚をいただく。

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須須神社の鳥居から海を望む。須須神社には鳥居が三つあったが大きい鳥居二つは二度の地震で倒壊し、台座しか残っていない。残った鳥居から能登の海を見る。

梨木香歩

 でんでん大将様が梨木香歩の本を読んだとブログで読んで、ちょっとうれしかった。私は梨木香歩のファンである。読み始めたのは『家守奇譚』という本で、この本と続編の『冬虫夏草』とを読んで、近江というところに興味を持ち、主人公が琵琶湖に注ぐ愛知川(えちがわ)を遡上していくのに倣って、永源寺や伝説の惟高親王陵や木地師の里などを訪ねたりした。単行本や文庫など、いまは二十冊近く並んでいる。最近の山の別荘に独り暮らして眺める自然のことを書いたエッセイが素晴らしい。あまり本を読まない娘も読むように勧めたら、そのエッセイ(『歌わないキビタキ』)を読んで気に入ったらしい。動物や植物についての知識が豊富で、やはりそれは自然を深く読み取ることにつながっているように思う。

 

 近江といえばその愛知川行の後、『平家物語』を読んで、近江が歴史の宝庫であることを知って、地図をもとにずいぶんあちこち訪ね歩くことになった。三井寺から琵琶湖の眺めは素晴らしい。

 

 ようやく梅原猛の『美と倫理の矛盾』という本をほぼ読了した。ほぼ、というのは編集者のあとがきだけまだ読んでいないからだ。分厚い本で、単行本二三冊分あるから一月近くかかった。あちこちに書かれた文章を集めたところもあり、同じテーマで同じようなことを書いたものがしばしば散見される。それは少し考慮が必要だったのではないか。梅原猛の哲学的視点がどんどん変化し、興味を抱くもの、つまりテーマに考えるものもどんどん変化していく。思索が深まるにつれて見えてくる世界が変わる。それらを追体験するのはおもしろい。熱い人である。

2026年7月15日 (水)

明日、海を見に行く

 いつもより少しはやいけれど、午後、妻の病院に行ってきた。車の外気温40℃、エアコンが効き出すまでしばらくかかった。ショートカットの途中の路が、来月から一年近く工事で通行できないという表示があった。仕方がない。日盛りに出かけたので、少し外を歩くだけでもクラクラする。別の雑用も片付けた。

 

 車の保険を更新した。新しく、見守りコースという契約で、車に感知器をとりつけて、急ブレーキや事故の衝撃などの異常を感知すると保険会社に連絡が行って私の携帯に確認が入る。事故をいちいちこちらから連絡しなくても対応がしてもらえるという。またブレーキ操作などの状況を感知し、安全運転の点数を自動的に判定して携帯でそれを見ることができる。ほとんど料金は変わらない。これは多分保険会社がビッグデータを取るための装置なのであろう。その代わり多分私がどこを走っているか、どれほど走り回っているかもすべて保険会社にはお見通し、というわけである。

 

 なんだか無性に海が見たくなった。三連休は多分どこも込むであろう。明日あたり、ちょっとドライブして海を見に行こうと思う。

佃煮

 弟の嫁さんが静岡生まれで、ときどきおいしいお茶をもらう。香りもよくておいしい。普段は岐阜の白川というところのお茶を飲む。白川は下呂や高山へ行く途中にあってお茶所であり、大きなお茶専門の販売店もある。安い番茶もあるし、おいしい煎茶もある。大きな茶筒と小さな茶筒にそれぞれを入れて飲み分けている。白川茶は静岡のお茶より香りが少ないように思う。やさしい味わい、ちょっと甘めだろうか。もちろん静岡のお茶も白川のお茶も種類がたくさんあるから、私のわずかな経験から全体を語るのは乱暴かもしれない。

 

 暑いからつい冷たいものを飲んでしまうが、それを極力我慢してお茶や紅茶やコーヒーを飲む。お茶のお供にお茶菓子を食べる。甘いものやせんべい類を食べながらお茶を飲み、本を読んだりしていると、ついお茶菓子を食べ過ぎてしまう。最近は佃煮を食べるようになった。佃煮は味が濃すぎるのであまり好みではなかったのだが、ほんの少しずつを味わいながら食べるとお茶の味が引き立つことを今頃知った。祖父母が上等な塩昆布をかじりながらおいしそうにお茶を飲んでいたのを思い出した。

 

 ショウガと昆布を煮たもの、小さな川魚を煮込んだもの、ちりめん山椒、椎茸を煮たものなど、それぞれけっこう味わいがあっておいしい。わずかしか入っていなくてそこそこの値段がするが、いちどに大量に食べるものではないし、たくさんあっても食べきれない。佃煮をおいしいと思うようになって、なんだか歳をとったなあと思ったりする。佃煮のおいしさは年齢と関係ないのだけれど。

 

 昨晩『人文知は武器になる』という本を読了した。本文は主に山口周と深井龍之介という二人の対話である。

 

山口 図書保管問題はなかなか厳しいですね、スペースの問題を考えれば電子版なんだろうけれど、知的な対話をしながら読む場合は、やっぱり紙がいい。線を引いてメモを書いて「こことここが矛盾している」とか。知的格闘が必要な奥行きのある本を読むときは、やっぱり紙がいいですね。


深井 ですね。読書って知的行為というよりも、身体行為なので紙がいいんでしょうね。

 

 私も読書が身体行為であるという考えに同感である。本の重さの実感、ページをめくっていく行為、どこまで読んだか、あとどれくらい残っているか確かめたりなど、それが読むリアルだと思っている。

2026年7月14日 (火)

言葉遣い

 『人文知は武器になる』(文春新書)という本を読んでいる。私は本にラインを引くのが嫌いなので、付箋をつける。こんなに付箋をたくさんつけたのは久しぶりだ。もうすぐ読み終わる。

 

 読み始めたときにはその言葉遣いになじめなかった。それに「武器になる」という言い方に功利的な匂いがするのもいささか気になった。

 

 この二つのコンテキストは、私たちに人文科学を要請します。人文科学は、知的スノッブを気取る人たちのファッションアイテムではありません。それは何らかの形で社会に関わり、その発展を担う人にとって「アジェンダを設定するための知的基盤」となり、仮説を構築するためのデータベースとなり、さらには羈絆を内側に育てるための倫理の苗床となるものです。

 

 カタカナ言葉とアルファベットの略語がたくさんある、それもなじみのないものも多い言葉遣いの文章を読むのはくたびれる。だからまずい本を買ってしまったかな、と思ったのだが、読んでいくうちにその語っていく内容にいちいち頷くものがあり、ついには引き込まれていった。

 

少し長いけれど、上の文章の前段があるので引用する。たまたまここにはカタカナ言葉や略語はない。なるほどその通りだなあ、と思うことが書いてある。

 

 近年の国際政治を見れば明らかなように、現在の世界では「何が正しいのか」についての合意そのものが、急速に崩れつつあります。強大な権力を持つ国家が、国際的なルールや合意よりも、自国の論理を優先する。事実と虚偽の境界が、意図的に曖昧にされる。これまで合意されていた「正しさ」が、立場によって簡単に反故にされる。
 このような世界においては「どっちが正しいのか」とか「誰が正しいのか」という議論そのものが意味を失います。こういった問いは「唯一の正しさがある」ということを前提にしていますが、現在の世界では「正しさ」そのものが断片化し、普遍的な規範を外側に求めることが難しくなっているのです。
 かつての世界では、優秀といわれる人ほど「普遍的な外部の規範」に依拠しました。会社のルール、業界の慣行、国家の方針、専門家の見解、あるいはそれらを束ねた「常識」。それらをよく知り、従っていれば、少なくとも自分の判断は免責される。正解があるとは言えないにせよ「間違いではない場所」に立つことができました。
 しかしいま、その足場が揺らいでいます。いま、ここで、私はどのように判断すべきか。何を受け入れ、何を退けるのか。どこまで許容で、どこから越境なのか。短期の合理性と、長期の倫理が衝突したとき、どう折り合いをつけるのか。二つの正しさが衝突するとき、何に基づいて調停し、どのように意思決定するのか。
 この「判断」を引き受けられるのかどうかが、個人の強さを分け、組織の質を分け、社会の活力を分ける時代になっています。

 

 そこに必要な知識が人文科学の知識であり、それを「人文知」といっているのである。人文科学とは、「歴史」、「哲学」、「文学」、「宗教」、「芸術」などの学問をいう。そうしてまず、歴史の知識の重要性が具体的に語られていく。

 

 読み進めるごとになるほどその通りだ、と納得させられていく。なかなかおもしろい本で、何回かそのさわりどころを紹介してみたいと思っている。

訃報

 昨夕遅くに友人の訃報の知らせがあった。一回り以上も年下の友人で、具合が悪いということも知らず、だからその訃報をどう受け止めていいのか戸惑ってしまった。体調を崩して亡くなるまで短かったようだ。家族葬を終えたところだという。まだ現役であった。むくみが出ているので、昨晩は酒を控えようと思っていたのだが、気がついたら飲んでいた。飲まずにいられなかった。彼のことばかり考えていた。いろいろな思い出が頭の中を駆け巡って眠れない。ようやく寝たが、二度も三度も夢を見て目が覚めた。

 

 人格、知識の量で卓越していたその友人を、年下だけれど私は尊敬していた。現役時代、どれほど彼に励まされ、助けられたかわからない。ときどき連絡をくれるし、私のブログも読んでくれていて、ごくたまにではあるがコメントを入れてくれた。年初に友人たちと行く蔵開きにも、忙しいのを承知で今年も誘っていたのだが、会えずじまいに終わってしまった。

 

 どうも何をしようとしても手につかない。当地は猛暑日一歩手前の日が続いていたが、今日からは本当の猛暑日が数日続くという予報である。彼が静岡の工場の責任者をしていたとき、浜松のジャズフェスティバルに誘われて、二人でヤマハホールへ行ったこともあった。私がデジタル音声でのジャズの魅力に目覚めたことを知り、声をかけてくれたのだ。今日はジャズでも聴いてすごそうか。

2026年7月13日 (月)

デモニッシュ

 梅原猛が亀井勝一郎についてこんなことを書いていた。

 

 亀井さんは生前しばしば、現代の文章の乱れを嘆いておられたが、亀井さんがなくなって、また一層、よい文章を書く人は少なくなった。よい文章というものは、論理的明晰性と、情念の豊かさを兼ねそなえている文章であると私は思っているが、亀井さんの文章は、豊かな芸術的直感が、思わずも暗い想念の自由の世界にさまようのを、倫理性によって抑制した文章であると思う。その抑制によって、情念が見事に一つの構造の中に収まっている文章といえるであろうか。私は、亀井さんから、仏像や親鸞ばかりではなく、生きた文章を書くことを教えられた。

 

 「倫理性によって抑制した文章」は、自ずから品位のある文章になるであろう。私の文筆家の好き嫌いを分けているのはそこにあるような気がする。文章はさらに続いていて、

 

 所詮、物書きの努力は、徒労の労力のような気がする。彼は何かに憑かれたように、一生、書いて書いて書きまくる。金を儲けるためでも、名声を得るためでもない。私は一人の著者をして、ものを書き続けさせるものは、やはり何かデモニッシュなものであると思う。デーモンに追われて、一生、ものを書き続ける。

 

 物書きについて書きながら、実は自分(梅原猛)のことを書いているのだなあ、と思った。それほど彼は書いて書いて書きまくった。読む方が追いつけない。

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農業経済学

 昨年一年間、Eテレの高校講座を録画して、そこそこきちんと見てきたが、今年はほとんど見ていない。見ていたのは基礎的な物理、化学、数学、日本史、世界史、地理、古典などの講座で、卒業するほど自分の知識が確保された、とは思っていないけれど、同じようなものをまた見るほどのことでもないな、と思うからだ。それ以上に、高校生たちが参加する番組も多く、彼らが試行錯誤しながら知識を深める、という体裁で、それはそれでいいのだけれど、私にはうるさい。その高校生たちより私が高校生だったときの自分がしっかりしていた、とは全く思わない(はるかに愚かだったからいまごろこういう番組を見ているのだ)が、どうも本質的にこういう現代の若者たちの語り口そのものが苦手なのだ。ということで、いまは100分で名著、とか三ヶ月でマスターする・・・とかいうシリーズものだけを見ている。

 

 放送大学の方は細々ながらおもしろそうな講座を録画してときどき眺めている。二度見るまでもないと思うものは消去しているものの、BD(消してまた書き込める)のコレクションがどんどんたまっているのは視聴が録画に追いついていないからだ。これも今週で録画する講座もほぼ一段落するので、ぼちぼち追いついていくだろう。

 

 その放送大学にはときどき特別講義があって、昨晩は放送大学クラシックという、1994年に放送された農業経済学の特別講義を見た。第一部『むらの崩壊から再生へ』、第二部『むらの戦後史を訪ねる』の二部構成で、島根大学の名誉教授・安達生恒が東大の若手教授とのやりとりの中で、農業についての自分の考えを語っていく、というものだった。実際に農業の現場を訪ねるシーンもふんだんにあり、フィールドワークの実態とそこから述べられている農業のあり方についての安達教授の言葉にはいろいろ考えさせられた。

 

 彼が理想としたものと現場との違い、そこから考えを深めていき、現場との共感につなげていった歴史には見るべきものがあるように感じた。農業はそもそも経済効率だけでは語れないものであるのに、いまの農業政策は経済性のみであることが今日の問題を生んでいるのだということを思った。安達名誉教授は大正七年(1918年)生まれと番組の中でいっていたから、ご存命なら108才で、多分既に鬼籍に入られていることだろう。

 

 農業について、観念的ではあるものの多少関心を持ったのは、よく読む養老孟司の本での彼の考えや交友関係の中でのそういう分野の人の話を読むようになったからだ。拝見しているブログにも農業をお仕事にしている方のものもある。そういう碩学の話をどこまで農業政策を志向している人たちは参考にしたのだろうか。現場の話を知るほどに、これから日本は一体どうなってしまうのか、という危惧を感じてしまう。今回の番組は、どこで日本の農業が踏み迷ってしまったのか、そういうことを考えさせてくれた。

Dsc_0032_20260713075601珍しい円形の田圃

2026年7月12日 (日)

『清須会議』

 久しぶりに映画を何本か見た。現在は清須ではなく、清洲だが、本能寺の変の後、そこで行われた信長の後継者を決める会議という形での、羽柴秀吉と柴田勝家の争いをコミカルに描いている。今まさにNHKの大河ドラマ『豊臣兄弟』では天王寺の変が描かれるところなので、昔録画したままになっていたこの映画を見たのだ。あまりコミカルな映画は好みではないが、この映画は三谷幸喜監督作品であり、配役も豪華なので録画してあった。

 

 柴田勝家を役所広司が、そして羽柴秀吉を大泉洋が演じ、妻夫木聡と中谷美紀が怪演している。ここまで突き抜けているとかえって揚げ足を取りようがなくて、ただ楽しむことが出来た。

 

 他に『アーマー 炎の戦い』という、シルベスター・スタローンが悪役側で出演しているアメリカ映画も見た。現金輸送車が襲われ、親子の警備員がその輸送車に立てこもって襲撃側と戦うという話だが、あきずに最後まで見ることが出来た。それはスタローンの演じる人物の、ちょっと込み入った背景がだんだん明らかになっていくからで、その襲撃の裏の事情も同時並行で描かれていく。まあまあというところか。

 

 もう一作、中国の武侠映画『凶刃 残照の剣客』というのを見た。中国の武侠映画はあまりにも人間の体力を超えたアクロバティックがすぎて次第にあきているけれど、もともとこういう話は嫌いではない。それにしてもこれだけの傷を受けながら主人公がまだ戦えるのいうのはいくら何でも不死身に過ぎる。といいながらおもしろく見た。殺された皇太子の忘れ形見を生んだ女役で出ていた女優が、先日WOWOWで見た時代ミステリードラマの『清明上河図』で、主人公の義理の妹役をやっていた女優で、しかもドラマのときにははすっぱなじゃじゃ馬娘だったのが、この映画では美しくか弱い役柄を演じていて、しかもちっとも違和感がない。見違えた。こういう楽しみもある。

ひらめきと思いつき

 梅原猛(1925-2019 哲学者)の著作集を読み直している。1980年代までに書かれたものをまとめたもので、全二十巻あり、そのうち九巻が書棚にある。揃っていないのは、それまでに単行本で持っていて既に読んだものが多いからだ。若いときにずいぶん影響を受けた。出会いは『隠された十字架』という、法隆寺と聖徳太子について書かれた本だ。ベストセラーになった本だが、各方面から批判も多かった。いま読んでいるのは『地獄の思想』と『美と倫理の矛盾』という二冊で、例によって並行して読んでいる。

 

 彼はひらめきの人である。直感の人である。ときに決めつけの人である。興味を持った分野についてさまざまな資料を読み解き、その資料の背後にあるものを直感的に把握して、論を立てていく。立てた論によってそれまで定説とされていたものとは異なる解釈をほどこすので、専門家からは猛烈な批判を浴びる。当然暴走することも多く、間違いを犯すこともしばしばであるが、間違いを認めるのにやぶさかではない。専門家の多くから毛嫌いされているのに、本物の専門家からは一目置かれている。批判する専門家の多くが定説にしがみついての批判であり、梅原猛の立てた論をじっくり検討した上での批判ではないものも多い。なるほどそういう考えもあるのか、という受け取り方をすれば、発展的であり、そのユニークさを本物の学者はときにおもしろがり評価していたのだ。

 

 梅原猛の本を時代順に読んでいくと、同じ事についてちがう解釈をすることもしばしばあるので、安易に鵜呑みにして書かれていることが正しいことだ、などと思わないように注意することが必要である。ではそういう思いつきの人として無視する方がいいのか、というとわたしはそうは思わない。興味を持ったことについて思索し、それに自分なりの解釈を行い、さらに深く知り、その思索を深めていく、という不断の積み重ねこそ、考える喜びであることを彼は教えてくれるからだ。間違いを恐れない強靱な精神には驚嘆する。

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 彼によって目を開かされたものはいくつかある。思えば三内丸山遺跡発掘に関連して縄文文化についての興味の扉を開いてくれたのも彼であるし、苦手な日本の古典や和歌に関する知識、面白さを教えてもらったのも彼のおかげだ。著作集には仏教関係の巻もいくつかあり、それはまだ未読なので、これから読むつもりだ。

 

 エピソードとして、いま読んでいる『美と倫理の矛盾』のなかにも収められているが、三島由紀夫に対して公開討論を呼びかけている文章がある。あそこまでぼろくそに言われたのだから討論を受けたらどうかと三島由紀夫にけしかける人があったが、「あの人は苦手だ」と答えて受けなかったそうだ。それから程なく三島由紀夫のあの事件が起きた。梅原猛はそうなっていく三島由紀夫を直感し、それをなんとか引き戻そうと思ったのかもしれない。

 

 梅原猛は1925年(大正十四年)生まれで、三島由紀夫も同年生まれ。蛇足ながら梅原猛以上に私が影響を受けた森本哲郎も1925年生まれで、実はその年はわたしの母の生まれた年でもある。この年の生まれの人は昭和の年と年齢が同じになる。昭和を丸々そのまま生きていた人であるというのは大げさか。

2026年7月11日 (土)

粗忽と集中

 「おまえはときどき考え事をしてぼんやりしていることがあるから、運転するときは運転に集中しろ!」と兄貴分の人に言われたことがある。たしかに運転中にもさまざまなことを考える。しかし運転していることを忘れるほどぼんやりしたことはない。ないつもりである。それでも心配されるのであるから、ぼんやりしているように見えたのだろう、それからはその言葉を常に念頭に置くようにしている。

 

 何かに集中していると(特に本を読んだりしていると)洗濯していることを忘れて、しばらくして思い出したり、お湯を沸かしていることを忘れてヤカンを空焚きしたりすることがあった。だからいまは電気ケトルで湯を沸かす。煮炊きするときは本を閉じることにしているので、空焚きはなくなった。それでも洗い物をしているときに、ついうっかり手を滑らせて割ったりすることがある。うっかりするのはやはり他のことに気を取られているからである。

 

 ものを忘れる。人の名前を忘れる。先日は谷崎潤一郎の名前が出てくるまでにしばらくかかった。本棚を見に行けばすぐわかるのだが、そういうときは自ら思い出すまで待つようにしている。ど忘れしたものはそうすることでかえって忘れにくくなり、次はすぐに思い出せるようになる。スーパーにはメモの持参が必須になった。そうしてメモにないものが目につき、そういえばこれももうすぐなくなりそうだ、などと追加で購入すると、既に予備が買ってあったりする。予備の予備がいくつかあったりする。買ったことを忘れているのである。

 

 定期検診の日や誰かが来る日、何かの予定や資源ゴミを出す日などはカレンダーに必ず記入しておく。きまったことでも朱書しておく。

 

 以前には出来ていた、同時に複数のことに目配りが効く、ということが出来なくなっている。なんか忘れているなあ、という思いがあるうちはまだましである。全く忘れていることがある。今のところ誰かに迷惑をかけるほどのことがないのはさいわいである。とにかく思いついたことはすべてメモに書いておくようにして、それをテーブルの上に置いている。どこかにしまうとメモしたことを忘れてしまうから、必ず目につくところに置いておく。

 

 よく考えたら、もともといままでもうっかり忘れるということを繰り返してきたような気がする。そうして、歳とともに、自分がそういううっかりものであることすら忘れているということかもしれない、とぼんやりおもっている。

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充電中で書くことがありません。ある離れ島に行ったときの心象風景です。

2026年7月10日 (金)

二十冊以上

 本日は昨日に続いて真夏日。体が慣れていないから、スーパーへ買い出しに行っただけでぐったりした。風が強い。湿度が高くて、むしむしする。当地は来週火曜日から38℃予想である。そのあとは猛暑日が続くらしい。しばらく引きこもりするしかない。昨日あたりに梅雨明けがあるかとも思ったが、台風が通り過ぎてからになるのだろうか。

 

 エアコンの効いた部屋でぐうたらしている。たまっていた番組の録画をすべて見て、それからぼちぼちと読書をした。五年ほど前から読書ノートをつけていて、何という本をいつ読み始めたのか、そしていつ読了したのかを記録している。そして二三日ごとに読み進めたページ数も記録して、進展具合も見ることが出来るようにしている。そのノートも三冊目に入った。途中で放り出して読みかけのままのものも含めて、読み始めてまだ読了していない本を数えたら二十冊を超えていた。せめて今月中に半分くらいは片付けようと思う。どうしても無理なものは仕方がない。

 

 先日久しぶりに読んだ光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』のあとがきに、彼の推奨する本が何冊があげられていて、たいていは既読だが、ポーランドのSF作家スタニスワフ・レムの『金星応答なし』という本だけは、未読である。五十年以上前の推奨本だがレムは好きなので、古書店で探したら、日焼けして茶色くなったその本が見つかった。いまレムの最初の長編であるその『金星応答なし』を三分の一ほど読み進めたところだ。他に『エデン』という、バイオサイエンスの究極の姿、その暴走が創造する奇怪な世界を描いた本も合わせて読んでいる。他に梅原猛の著作や、『故宮』の名品を軸にした中国の歴史をたどる四分冊の第一巻も読み始めている。いろいろなジャンルをごちゃ混ぜで、一体どうなっているのかと言われそうだが、あまりにそれぞれがちがいすぎるので、案外気分転換しながら読めている。

堤未果の『すばらしい新世界』

 堤未果の『すばらしい新世界』(集英社新書)という本を一気に読了した。本屋の平棚に置かれていたこの本の帯に、推薦者の一人として養老孟司(先日がんで闘病中の様子をNHKの番組で見たばかりだ)の名前があったのに惹かれたことと、『すばらしい新世界』という題名にも惹かれた。ディストピアSF小説(暗い未来世界を描く小説)の古典的傑作として名高いオルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』を想起させたからだ。たまたまそういう題名にしたのではない。ハクスリーの小説世界を常に念頭に置いて、現代社会が迎えつつある未来のおぞましさをルポルタージュした本なのだ。「生、老、病、死」という人生の苦悩が、経済的論理のもとに商業化されている実情を感情を抑えて冷静に、そして結論を読者に委ねながら淡々と提示していく。

 

 養老孟司が「現代や近未来の日本社会をどう生きるか、それを真剣に考えるなら、この本をぜひ読んでほしいと思う」という言葉をそのまま私も申し上げたい。多くの人に、すぐにでも本屋に行ってこの本を購入し、読んでもらいたいと切に思う。知らないあいだに世の中はこんなことになっていたのか、と驚かされるはずだ。それがいいことか悪いことか、人によって考え方はさまざまだ。しかし考えるためには知っていなければ考えられないことというのがある。そういう大事なことがこの本には報告されている。

 

 内容の一端として「スピード安楽死、不老長寿ビジネス、性格を書き換える薬・・・等々」。自分とは関係ないと思わず、読んでみると、大いに関係があることなのだとびっくりするはずである。

 

 蛇足ながら『すばらしい新世界』という小説は、すべてが管理された未来が描かれているが、同じ管理された未来世界を描いたオーウェルの『1984年』のソビエト的な暗い未来ではなく、豊かで明るい健康的な未来が描かれていて、みなが幸せなのである。それがどうしてディストピアなのか。そのことはこの『堤未果のすばらしい新世界』を読めば想像できると思う。ハクスリーの『すばらしい新世界』を今度読み直そうかなあ。

140920-264お金があればなんでもできる

2026年7月 9日 (木)

さっぱりする

 昨夕、早めに風呂に入り、飲み出して早めに酩酊し、早めに眠くなって早く寝た。飲んだのはウイスキーのレモン炭酸割り。私は蒸留酒が苦手で、醸造酒しかうまいと思えない。しかし糖尿病が飲むには蒸留酒の方がまだよかろうと思って、最近はウイスキーやジンを飲む。といっても蒸留酒の味はよくわからないので、ウイスキーは4リットルのラージボトルを安く買って、それを普通のボトルに小分けして飲んでいる。大いに安上がりで、それもありがたい。

 

 そうしたら夜中に喉が渇いて目が覚めてしまった。ぼんやりしながらも、もう寝られそうもないので本を読み始めた。あまり夜中に飲むことはないが、なんとなくお酒が欲しくなってワインセラーにある、とっておきのシャブリ(白ワイン)を開けた。それをちびちびと飲みながら、小谷明の『辺境の旅 悠久のロマン』という世界各地を冒険旅行した記録の本を楽しんだ。もうすぐ読み終わる。カナダ北部ユーコン川、あの三浦雄一郎がエベレストをスキーで滑降したときに同行したときのヒマラヤ、オーストラリア灼熱の砂漠地帯の旅、アラスカ、モンゴル、再びエスキモーの住むカナダ北部、パタゴニア、さらにグリーンランド、そして最後がアフガニスタンの旅である。今は作者とともにグリーンランドの途中にいる。この旅は五十年ほど前の旅なので、現在とはずいぶんちがうかもしれない。ヒマラヤとパタゴニアの旅に、ひどく心が揺さぶられて感動した。それは出会った人とのやりとりに気持ちが動かされたからだろう。

Dsc_5779愛用の栓抜き・スイス製

Dsc_5780_20260709023201若いとき、人形町で買った

 昨日は床屋に行ってさっぱりした。たまたまブログで、でんでん大将様も床屋に行ったらしいことを読んだ。でんでん大将様は男前になるために行かれたらしいが、私は自分があまりにむさ苦しくなったので、延ばし延ばしにしていた大嫌いな床屋にさっぱりするために行った。格安床屋では待たされて、しかもいつもより少しぞんざいに扱われた気がするが、安いから我慢した。床屋は隣町の少し遠いところにあるが、そこから散歩がてら歩いて帰って汗みずくになった。帰ってぬるい湯につかり、汗を流したら二重にさっぱりした。ところで、でんでん大将様とは東北行の旅で声をかけいただいてお目にかかったことがある。温顔のなかに、歌人としての、ものを深く見る目が印象的な方だ。お近づきになれてありがたいと思っている。深夜の寝酒でいい心持ちになったので、本を閉じて眠りについた。

2026年7月 8日 (水)

良いことと悪いことは裏表(ごまめの戯言)

 世の中にはこまっている人、苦しんでいる人がたくさんいるのに、自分は安穏と暮らせている。何の手助けもせずに申し訳ないことだと思う。ただ、それなりに悩みがないわけではない。抱えている問題がないわけではない。それがなければどれほど気楽かと思わないではないが、そういうものがあるから人の悩みも多少は感じることが出来ているとも言える。もしそういうものがなかったら、私は今以上に、そして遙かに嫌な人間であったかもしれない。

 

 こまっている人への共感は、縁があるものほど強いのは当然の成り行きで、そこに想像力が働かなければその痛みは認知できない。

 

 たまたまキューバに行ったことがあって一週間以上滞在した。思い入れが強くある。そのキューバがいま燃料がなく、電気もない生活を強いられて国民は困窮にあえいでいるという。食料も燃料がなければ運ぶことが出来ない。曾野綾子が言っていたけれど、電気のない生活というのは、ある意味で文明的生活が出来ないということだ。キューバの国民は文明生活を奪われている。

 

 中東が一段落すればトランプの矛先はキューバに向かうとみられている。今はただ徹底的な封鎖によって、キューバ国民の生活をどん底に追いやり、その怒りの矛先が為政者に向かうのをアメリカは期待しているらしい。しかし為政者がどれほどの悪政を敷いているというのか。為政者を倒したら何かが変わると確信すれば為政者を倒すことにエネルギーが集まるだろうが、そもそもキューバ国民を苦しめているのは為政者ではなく、アメリカであることをキューバ国民はみなよく承知している。アメリカのキューバいじめは、ただアメリカの気に食わない政権だから、というだけで、アメリカに何か害を与えているわけではない。

 

 とはいえこのままの状態が続けばキューバでは年寄りや病人からバタバタと死んでいくことになるだろう(既にかなり死んでいるのではないか)。残酷なことである。いっそのことアメリカがすぐにでもキューバに侵攻して、アメリカまたはその傀儡政権がキューバを支配した方がキューバ国民にとってはいまより幸せかもしれない。キューバは戦うための飛行機も船もほとんど持たず、もっているものも燃料が無ければ動かせず、反撃など出来ない。せいぜい小火器によるゲリラ的な反撃が出来るだけだ。あっという間に占領できるだろう。

Dsc_6761_20260708155201キューバにて

 そうすればアメリカの責任で燃料を供給し、電気を働かせて国民の窮乏が救われるだろう。支配されるという最悪のことが、実は国民を救うことにつながる、ということもあるのではないか。

 ただ、そのあとのキューバという国がどうなるのかは、想像するだけでも恐ろしい。多分傀儡政権がキューバを支配し、いまはない貧富の差(そもそもみんなが貧しい)が急激に拡大し、犯罪が増え、中南米と同じ不安定な国家になっていくかもしれない。それなら最悪である。それでも食べるものも無く、電気もない生活から脱することが優先されなければならないと思う。そのあとの国の成り行きを支えるのは、キューバ人自身の理性だろう。それに期待したい。

いやはや

 フジテレビがどうなろうと知ったことではないが、ただ、BSフジのプライムニュースだけはけっこう見るので、なくなるのは残念である(まだなくなっていないが、いまにもなくなりそうな言われ方である)。それにしても佐藤二朗のセクハラだかパワハラトラブルの騒ぎは、文春のブラックホールにみなが吸い込まれてしまったお粗末に見える。文春は騒ぎが起きればそれでよいという週刊誌で、多くの人が傷つき、社会的なダメージを受け、文春の通った先には死屍累々という有様と言えば大げさか。社会的に有用な何かをもたらすことなど全く考慮せず、相手を暗闇に引きずり込むことだけが目的にすら見える。

 

 その記事をもとに正義を語る弁護士やマスコミ(ときに野党)、というのはまさに同じ穴の狢だ。あたりまえのことを当たりまえに言ったことを大げさに騒ぎ立てているだけに見えるけれど、その騒ぎで何か正義がなされるとはとても思えない。仕事を失い、精神的にボロボロにされて当事者たちすべてが社会的にダメージを受けた。いまの世の中、そういう正義の矢玉のターゲットにされないように生きることに汲々としないと生きていけない社会に成り果てたようだ。有名人は当然知名度が高いからいつターゲットにされるかわからない。事実などどうでもよい、騒ぎになればいいのだから恐ろしい。そうして、みなが戦々恐々としなければならない世の中が、明るく安心安全な世の中だとは誰も思わないはずなのだけれど。

2026年7月 7日 (火)

老害

 トランプの老害がアメリカを傷つけている、と思うのは考えすぎなのだろうか。中国が毛沢東の老害によってどれほど傷つけられたのか、そのことを文化大革命以後の中国の歴史をさまざまな書籍で読んできた自分として、いまの中国の習近平の姿を見ると、いつか見た中国を見ている気がしている。中国が大好きなわたしとしてはとても残念なことに、習近平があたかも金正日と同じような行動をしていることに強い危惧を感じている。

 

 極東の状況を思えば、いまアメリカのトランプが極東から手を引いていくという経緯がそのままであれば、韓国はアメリカにとってそれほど重きを置く必要がないという判断がなされる可能性がありそうである。それが公言されれば、あの朝鮮戦争が起こったときの状況が再現されかねない。あのときのアメリカの態度が朝鮮戦争をもたらしたことは歴史的事実である。では同じことが起きたときに、あのときのように、アメリカはアメリカの若者の兵士の損耗も覚悟して、朝鮮半島に兵士を送りこむだろうか。兵士の死を許容できない国は、軍隊を送ることが出来ない。

 

 そのことは北朝鮮にとって極めて重要な認識の原点となる。アメリカは朝鮮半島に本気で関与する気がない、韓国を攻撃してもアメリカは兵力を動かさない、という状況を虎視眈々とにらんでいる。北朝鮮から見れば国境からソウルはたった300キロ、韓国を壊滅的に支配できるチャンスは目の前にあるのである。

クールダウン

 このところずっと快腸でいたのが、にわかに不調になっている。今日はトイレが忙しい。こういうときに独り暮らしはいいものだと思う。特に腹具合を悪くさせるようなものを食べた記憶はないので、寝冷えでもしたのかもしれない。それとも牛乳の飲み過ぎか。案外心理的なものかもしれない。体重がオーバーしていることを強く意識すると、私の体はその気持ちに反応して腹がゆるくなることがある。このところかなりオーバーウエイトで、足がむくんだりしているのを気にしていたから、その反応が起きたのかもしれない。

 

 気がついたら足のむくみが少し引いてきたようだ。温かい飲み物を少しずつ飲んで水分補給をする。出すものを出し切ったら治まるはずだ。当然体力とともに気力が低下しているので今日はいつも以上にぼんやりと無為に過ごすことにする。

 

 ところで、トランプの行状についてのニュースをふんだんに見聞きするが、それだけから判断するに、とんでもない大統領だと思う。たしかにトランプ批判派のマスコミからの情報が多いから、バイアスがかかっているのだろうと思うけれども、それにしてもその一つ二つでも事実だと考えれば、支持者は支持をやめるだろうと思うのに、岩盤支持層は相変わらず熱狂的に支持しているようだ。多分すべてがフェイクニュースだ、と吹き込まれてそれを信じているのだろう。それに、もし事実だと考えたりすれば、自分がいままで熱狂的に支持していたのは何だったのかと愕然とすることになる。自分が愚かだったと認めることになってしまう。そんなことは認めたくないという無意識の働きが、トランプを支えているのだろう。

 

 それにしてもそろそろその無意識から冷めないと、アメリカはどんどん弱体化してしまうのではないかと他人事ながら心配になってしまう。アメリカという国はたびたびそういう経験をしてきた国らしいが、どこかで修正が働く国だと言われてきた。事実そうだった。しかしそろそろその修正も効かないような、取り返しのつかないところに来てしまったような気がする。何より国のリーダーが「金、金、金」と叫びながら国を引き回しているように見えていて、大統領である立場を利用して、家族ぐるみで蓄財に余念がないという。イエスマンの取り巻きにも取り巻くことで利益を期待している人間も多く集まっていることだろう。国民の不公平を是正するのだと言いながら、自らの懐を膨らませることに余念のない大統領だというのが本当なら、それに乗せられている国民は愚かだというしかない。

 

 武器も十分作れない、船も作れない、そんな自分の国の国家的実力がどんどん低下していることに国民は気がついていないのだろうか。アメリカは実体経済を捨てて金融やデジタルという幻想で豊かになったという夢を見ているが、それこそが衰退に向かう道ではないかと思う。まさに見えない衣装を着た王様でしかない。そう思うのは私が時代遅れだからかもしれないが、現実にそこにあるものしか信じないということにリアルを感じることのほうが正常だと思っている。幻想はリアルに裏打ちされてこそ意味があるはずで、そこから遊離したらただの夢想で、積み上げられたものは砂上の楼閣でしかないだろう。アメリカこそそういうことを最も認識している国だったはずなのに。

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2026年7月 6日 (月)

読了する

 今までになく集中して読んだので、江藤淳の『漱石とその時代』第一部をようやく読了することが出来た。全力で読んだと言うにはまだまだ不十分ながら、明治時代の文章や書簡がふんだんに引用された文章を丁寧にきちんと読んだ。これはかなりのエネルギーを必要とした。疲労困憊である。この本についてここにまとめるのはしばしの時間が必要だ。

 

 明治という時代について、知れば知るほど興味が深まっている。さらに知りたいと思う。それがいまの日本を知ることにつながるからだ。そのための材料をいまいろいろ並行して取り込もうとしている。ただし文学という視点に限られたものではあるが。

『雁坂越』など

 昨日はほとんど終日雨で、本日もそうらしい。一昨日も雨降りだったが止み間もあったので、散歩がてら本屋に行った。何冊か買った本の一冊がちくま文庫の『幸田露伴』の一巻本。どうしても先日の古本屋で買い損なった『露伴全集』が頭から離れずに(ほとんど病気である)いたが、調べたら、『露伴全集』は全部で四十巻だか五十巻だかあるらしい。古本屋では一巻から六巻までを見たのだが、いちど買うと揃えたくなるのが目に見えている。置く場所に困るだけだし読み切れるわけもない。だからちくま文庫の一巻本を買うことで、暴走しかかる気持ちを鎮めることにしたのだ。

 

 この本には短編が十一編収められている。表紙に五重塔が描かれているので、露伴の代表作『五重塔』が収められているのかと思ったが、それはなかった。そもそも『五重塔』は短編ではない。『五重塔』は岩波文庫で持っている。ずいぶん前に読んだが、おもしろかったけれども読み切った後にイメージがつかみきれなかった部分も残った。たまたま朗読版のCDを見つけたのでそれを聴いた。朗読の名手、日下武史の朗読のCD三枚組である。会話のやりとりの調子のわかりやすかったし、物語世界が映像として広がった。私が露伴を読んだのはそれだけ。今回は精選された短編を楽しみに読み出している。

 

 今のところ『太郎坊』、『貧乏』、『雁坂越』、『突貫紀行』の四編を読み終えた。やはり文豪と評されるだけのことはある。どれも明治時代に書かれたもので、たまたま過日、甲州から秩父へ雁坂を越えたばかりであるから、この『雁坂越』という小説をリアルな風景を伴って味わうことが出来たのはさいわいであった。両親を失い、叔父夫婦のもとで虐げられながら生きる少年が、雁坂越をして新天地を求めようという物語で、川浦の番所横の木ノ下闇の鬱蒼とした道を山へ踏み込んでいく情景を想像してその覚悟に共感した。

 

 『突貫紀行』は多分最も初期の作品で、主人公が北海道からなけなしのわずかの金を手に、逃げるようにして海を渡り、金がないから歩くしかなく、足のマメが潰れ、わらじを買う金もないという状態で、なんとかたどりついた東北の知り合いの家で休息を取り、辛くも我が家へたどり着くという物語で、巻末の簡単な年譜によれば、露伴の実際の体験をもとに二十歳のころに書いた作品と思われる。地図でその経路をたどりながら読んだ。知っているところが多いから、明治の時代のその地を想像して読んだ。ほかの作品も想像以上におもしろい。ただ、こういう本に必須の解題がないのがちょっと物足らない。

 

 蛇足ながら、露伴の描く『五重塔』は谷中の感応寺の五重塔ということになっている。私の最も美しいと思う五重塔は、山口の瑠璃光寺の五重塔である。長く改修工事をしているが、そろそろ終わっただろうか。また見に行きたい。

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2026年7月 5日 (日)

清流

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八ッ場ダムから国道145号線を東に引き返し、郷原も通り過ぎて中之条から四万川に沿って北上する。

どんどん坂を登るごとに四万川の水色が美しくなる。「甌穴」とある場所で車を停めて小休止。

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このときは夏の強い日差しが射して暑かったが、清流でその暑さをしのぐ。

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本当に美しい。川縁まで降りないと甌穴はよく判別できないが、石がゴロゴロしているところを歩くのはあぶないので、上から眺めるだけにした。

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四万温泉は国民温泉保養地指定の第一号なのだ。そしてこのあたりは国立公園なのだ。知らなかった。

坂を上り四万温泉の温泉街をどんどん奥まで行って道が狭くなってもナビはまだ先を示す。結局もうこれ以上行けないほどのところが予約した宿であった。

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連泊した二日間とも雨に降り込められた。だからとにかくゆっくり過ごした。過ごすしかなかった。

帰り道、再び八ッ場ダムの横を通る。雨である。先に行っておいて正解である。国道145号線は草津温泉へ向かわず、その交差点から国道144号線となり、鳥井峠越えをする。峠を越えて一気に坂を下り、菅平から上田に降りて、上信越道、長野道、そして中央道を走って我が家に帰宅した。

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途中で休憩したサービスエリアから写真を撮ったが、どこだったか忘れた。雨は小やみとなっていたが、我が家のあたりではまた本降りだった。梅雨だから仕方がない。

これにて今回の小旅行の報告終わり。

 

八ッ場ダムを見上げる

八ッ場ダムを見に行く。

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ダム湖側の八ッ場ダム。

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吾妻川にかかるダムなので、ダム湖の名は八ッ場あがつまダム。吾妻川は利根川の支流で、吾妻渓谷などの景勝地がある。

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上から見下ろすと放水している。

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ダムの上を歩いて行くと次第に渓谷も見えるようになってくる。

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渓谷を見下ろしている人が見える。エレベーターで下に降りられるのだ。

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この突き当たりが降りてきたエレベーターの下の駅。

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外に出てダムを見上げる。

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のしかかってくるような大迫力。

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放水口を見る。大轟音とともに水が噴き出し、しぶきがかかる。

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この建屋の中で発電用のタービンが回っているらしい。

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くたびれていたので、テラスのほうまで行く元気がなかった。今思えば残念。

いままでダムをたくさん見てきたが、今回は特に大満足した。このあと引き返す形で四万温泉に向かう。

2026年7月 4日 (土)

八ッ場ふるさと館から

郷原から国道145号線を行けば、先に八ッ場ダムがあるのだけれど、昼を摂りたかったのでその先の道の駅、八ッ場ふるさと館に行った。ダム湖の傍らにあり、駐車場も広い。

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標高634メートルで、東京スカイツリーと同じ高さだそうだ。

道の駅から湖畔へ歩いて行けて、そこに川原湯温泉に行く不動大橋という橋が架かっている。

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これはダムではなくて橋である。渡った先に不動大滝という滝があるらしいが、まだ行ったことはない。川原湯温泉は古くからある温泉だが、もちろんもともとの川原湯温泉はこのダムの底に沈んでいて、いまはそこから移った新しい温泉街になっている。ダム湖に沈む前に母と来たことがある。亡くなった母の友人と来たことがある思い出の温泉なので、湖底に沈む前に連れて行ってくれと言われたのだ。

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埋没林が見える。向こうにちらりと見えているのが八ッ場ダム。

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橋の途中まで行って上流側(西方向)を見ると変わった山が見える。

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少し歩いていたら薄日が差してきて、丸い岩山がきれいに見えた。

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橋の半分近くまで行ったらダムがダムらしい姿で見えてきた。

このあと八ッ場ダムそのものを見に行く。

エコノミー症候群

 今年から寝床をベッドにして、椅子とテーブルの生活にした。寝床から起き上がったり、床に座っていて立ち上がるのがつらくなってきたからだ。そういう生活だと、床にものを置くことがあまりなくなった。おかげで掃除機をかけるのが楽になった。それは、テーブルやワゴンにものが置かれるように変わっただけではあるが。

 

 泌尿器系の持病のために水分摂取を意識的に増やすよう勧められている。だからお茶や紅茶やコーヒーなどをせっせと飲んでいる。当然の結果として、体の水分量が常に過剰になっている気がしている。暑くなってきたので冷たいものを飲むことも増えている。体重が増え、少し歩いたりすると汗が異常に噴き出す。どうも自分は不健康な状態にあるのではないか。何より足がむくむのが定常的になっていて気持ちが悪い。靴が履きにくい。加圧靴下で補正するのだが、一時的に改善してもすぐまたむくむ。明らかに椅子に座り続けての生活のためにエコノミー症候群の症状を呈している気がする。

 

 こんなことではいろいろなところに負荷がかかって寿命を縮めかねないという不安を感じている。少し水分摂取を控え、汗をかくように努め、体の水分量を減らすように意識しようと思う。体が勝手にバランスを取ってくれることがなくなってしまった。それなら自分でコントロールするしかない。

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2026年7月 3日 (金)

榛名湖

ヨーロッパが熱波に見舞われたという。しかもフランスではエアコンのない家が多いともいう。40℃を超えてエアコンなしなど、高齢者や病者にとっては寿命を縮めることになりかねない。エアコンのないことについてさまざまな理由が説明されていたけれど、そもそもフランス人は電灯一つでも必要ギリギリの低燭光で、用のないところは暗くてもかまわない。つまり本質的にケチなのだとわたしは思っている。よく知らないけど。試しに私も今日一日エアコンをつけずに過ごしてみた。室温30℃まであがったが、風が少し吹き抜けていたのでなんとかしのげた。しかし本を少し読めただけで何もする気にならない。暑さは人間を怠惰にする。あたまを働かせるためには、エアコンは必需品だ。

ところで、前回の続き。秩父から長瀞、寄居を通り、深谷、熊谷を通過して利根川を渡り、群馬県に入った。熊谷は若いときに暮らした街で、懐かしいがずいぶん様変わりしてしまった。スバルの城下町の太田を通る。ここもずいぶん賑やかな都会になった。この晩は友人と歓談して酩酊したことは先に述べた。

翌朝はゆっくりと出発。西にそのまま走って前橋や渋川を通過すると渋滞することが必至なので、少し北側の道、赤城の山裾を通る道に迂回する。遠回りだが信号も少ないし渋滞もないので時間的にははやい。前橋市の郊外を難なく通過、渋川で国道17号線を少し走る。ここはいつも混むから覚悟の上の場所。そこから伊香保温泉方向へ西行する。

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伊香保温泉までの坂道から、温泉街を過ぎてさらに急な坂を登る。高根沢展望台、標高1029メートルで小休止。風が強い。

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眼下にかすかに伊香保温泉が望めるが、雲がかかって眺望はなし。本来なら谷川岳や武尊山、赤城なども見えるはずだと思うのだが残念。

さらに樹間の山道を走り続けると一気に高原地帯に出る。榛名湖だ。

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むかし見たときと全く変わらない姿(あたりまえだが)を見た。

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対岸はロープウエイの駅などがあるが、風もあり、眺望もきかないからロープウエイは動いていないようであった。閑散としているように見えた。

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左岸は高原の湖畔の宿の風情。こんなところにのんびりと長期滞在するのも好いなあと思う。そんなゆとりはないけど。

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客がいないから店も開いていない。

榛名湖の北西岸を抜けて県道28号線(高崎東吾妻線)を走り、八ッ場ダムに向かう。

国道145号線の郷原で左折すれば八ッ場ダムであるが、

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その郷原の交差点で正面を見上げると、見たことのあるような崖の山が見えた。

そうだ、あの大河ドラマ『真田丸』のタイトルバックになっていた岩櫃城の岩櫃山ではないか。実際に見ると奇観である。

このあと八ッ場ダムの吾妻湖湖畔の道の駅、八ッ場ふるさと館に寄って景色を見、少し遅い昼食を摂ることにした。

ダム二題

千葉県の太平洋側で生まれ育ったので、雲がわくような高い山や、利根川や江戸川は別格として、大きな川というものを見たことがなかった。千葉県内には川らしい川はあまりないのだ。山も高い山はないから、富士山を見るたびに感激したし、小学生の時に筑波山に登って、山に登るというのは大変なのだと知った。やはり小学生の夏休みの時に家族で仙台の七夕を見て、そのあと新庄の叔母の家に行った。そのときに、福島から先で列車が山のなかを走ったときに、生まれて初めて山から雲がわいているのを見て、妙に感激したことをいまでも覚えている。

それまでにダムも見たはずなのだが、ダムをダムとしてすごいものだと実感したのは、以前書いたように、学生時代、只見線が全通したときに田子倉ダムを訪ねたときだ。重量感に圧倒され、これが人間が作ったものだということに感激した。人間はすごいと思った。それに関連する曾野綾子の『無名碑』という小説を読んで、改めてその感激を思い出していた。田子倉ダムを見て以来、ダムがあればダムを覗く。いくつ見ても、ダムを見ると心がときめく。

過日の身延から甲州、そして山越えして秩父、さらに北関東へ主に国道140号線を走った旅でもダムを見た。

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甲州市から笛吹川沿いに遡上する。このあたりを雁坂みちと言うそうだ。いまは快適なドライブが出来るが、むかしは谷筋を歩く険路だったようだ。その笛吹川にかかるダムが広瀬ダム。

 

このダムはこのようなロックフィル式のダム。よく行く御母衣湖のダムもこのロックフィル式だ。どうして水が漏れないのかふしぎだが、大丈夫なのである。

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ダム湖の広瀬湖。

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こうしてダムやダム湖のメンテナンスをする人たちがいるのだ。

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駐車場の前が石垣のように石が積まれていたのがおもしろく感じた。

そうして長い雁坂トンネル(一般道では一番長い6625メートル)を抜けて分水嶺を越え、山梨県から埼玉県に入り、川は荒川水系へと変わる。三峰山のほうへ行く道(秩父往還)と大滝道路に分岐するが、大滝道路側を選ぶ。秩父往還側には二瀬ダムがあるがそちらは今度見に行くことにして、今回は滝沢ダムに立ち寄った。

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ダムらしいコンクリート式の滝沢ダム。

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この重量感がたまらない。

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熊が出るらしい。エレベーターでダムの下まで降りられるらしいが、時間の加減もあって残念ながらこのときはパスした。最終日の八ッ場ダムではエレベーターで下まで降りてダムを見上げることが出来たので満足した。

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このダム湖の名前は奥秩父もみじ湖というらしい。水量は少なめであった。今回の雨で貯水量が増えたかな。このダムの先に一気に下るループ橋がある。それを下って秩父に入る。

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武甲山を横から見る。

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秩父市内から望んだ武甲山。セメントの原料を採り続けたために変わり果てた姿になった。

このあと一路北関東まで走り、友人とおいしい酒を飲んで歓談した。赤城は雲に隠れて見えなかった。

2026年7月 2日 (木)

お土産いっぱい

娘夫婦がやってきて歓談した。娘の亭主の父親が亡くなって四十九日も済み、さまざまな片付けも一段落して久しぶりにゆっくりと話すことが出来た。亡くなった経緯も詳しく聞いた。亭主の実家は四国だが、母親と妹は息子を頼って生活拠点を名古屋に移すことになるかもしれないらしい。家は誰も住まないだろうから、処分するしかないそうだ。過疎化が進んでいるというから、熊はいるのか訊いたら、小型の熊がいて、しばしば出没するという。四国も獣がどんどんのさばりだしているのだ。娘の亭主は柔道の猛者で、ずんぐりして分厚い体をしている。娘が付き合いだしたとき、どんなやつだと訊いたら、「熊みたい」な男だと言ったのを思い出した。

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いろいろ忙しかったけれど、これからはときどきゆっくり来ることにします、と言って先ほど帰っていった。

四国土産やらなにやら、さまざまな土産を紙袋いっぱいに持ってきてくれた。ありがたいことである。

雑感

 雨音で目が覚めた。この頃は晩の九時前後に寝てしまうので、目が覚めて起きるのが朝の四時から五時。寝るのがはやすぎるけれど、それを過ぎると眠れなくなることが多いので、眠くなったら寝てしまうようにしている。朝の気温はそれほど高くないけれど、湿度が高いから快適というわけにはいかない。今日昼過ぎに娘夫婦が来る。雨ではたいへんだと心配していたが、昼ころには雨が上がるらしい。来る前に部屋をかたづけなければ・・・。

 

 ところで高市首相が選挙中に誰かを誹謗中傷したとかしなかったとかいう週刊誌のネタをもとに野党が国会で繰り返し追求していたけれど、突然それが聞かれなくなったのが不審だ。あれは週刊誌がガセネタをつかまされたのだ、という話もあるが、本当かどうか知らない。突然追求が下火になったことが何かを示している気がするが、野党とマスコミはそれ以来口をつぐんだままである。都合が悪くなると知らんぷり、というのもいかがなものか。国民はそもそもこの話題で少しも盛り上がらなかったし、高市首相の支持率もほとんど下がらなかったようだ。国民の多くはワールドカップのほうで盛り上がっていて、無関心だったのだろう。

 

 皇室典範の話題も、なんだか本質がなんなのかがよくわからないし、詳しく知りたいとも思わない。国民がそっぽを向いてしまえば、皇室の存在意味も低下するばかりだろう。与野党で協力して盛り下げているようにしか見えない。それにしても有象無象の野党が雁首を揃えて国会の審議拒否などと気炎を上げているつもりだろうが、国会議員が国会を拒否するなどということをしていれば、ますます野党の支持率が低下するような気がするが、それが彼らの考える正義についての国民へのアピールのつもりなのだろう。

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 NHKの番組表を見ていると、地上波、BSともにスポーツ番組の割合が多い。ほとんどテレビはNHKしか見ないしスポーツにあまり興味がないので、テレビを見る時間がどんどん減っているのはある意味でありがたいことだ。代わりに本が読める。

 

 南九州を走り回る予定を立ててみたけれど、地震や大雨、それに猛暑を考えると、体力的に不安もある。予定は予定として秋、涼しくなりだした頃合いにしようかと思う。猛暑の真夏は、おとなしくエアコンの効いた快適な室内で本を読んだりうつらうつらしたりぼんやりしたりしようと思う。とにかく大きな地震などで電気が止まるようなことがないことを祈るばかりだ。

2026年7月 1日 (水)

読み散らす

 そろそろ梅雨末期だろうか。晴耕雨読と言うけれど、晴耕はせずに雨読だけではお天道様に申し訳ないが、勘弁してもらおう。例によって一冊の本に集中できず、いろいろな本を読み散らしている。

 

 少し読むのに時間のかかる本を読んでいる。和辻哲郎の『孔子』という、『論語』を読み解きながら孔子の実像に迫ろうという本だ。出だしに釈迦、孔子、ソクラテス、イエスの四人をあげて、それぞれの残したものと実像について考察し、その手法から孔子について論じていくという、ずいぶん広い網のかけ方であるが、それがなかなかに論理的で、まるで推理小説を読むような面白さがある。そして司馬遷の『史記』のなかの『孔子世家』をかなり雑な評伝であると酷評し、漢の時代には既に孔子の神格化が定着していて孔子の実像とは違うものがあたかも事実のようになっていたことを指摘していく。薄い本であるし、三分の二ほど読んだのでもう少しで読み終わる。

 

 この本は井上靖の『孔子』を読んでいて、どうもしっくりしないので放り投げてしまい、つい和辻哲郎のほうを読み始めたのだ。その和辻哲郎が参考にしたのが武内義雄という学者の『論語』の註解釈だという。私が学生時代、『中国史』の講義を受けて、レポートで単位をもらったときの種本が武内義雄の『中国思想史』で、この本は今でも手元にある。漢和辞典などを引き倒して書き込みがびっしりと入った本で、私にしては珍しく真面目に勉強した。箱入りの本のその箱がボロボロになっている。

 

 孔子についてなら、酒見賢一の『陋巷に在り』が、主人公が顔淵(顔回)であり、まったくの小説ではあるものの、そこに出てくる孔子像がとてもイメージしやすい。おもしろい小説で全十三巻と長いものの、お勧めだ。

 

 合わせて読み始めているのが江藤淳の『漱石とその時代』の第一部。一部一冊で全五冊だが、第五部の途中で江藤淳はなくなっており、未完である。以前飛ばし読みで二巻まで読んだけれど、見方が雑すぎたので、今回は丁寧に少しずつ読み進めている。漱石の評伝ではあるが、まさに明治という時代が詳細に述べられていて、こんなにおもしろい本だというのを今回初めて知った。本はあまり雑に読んだら読んだことにならない。全部読み終わるのにだいぶかかりそうだ。

 

 昨日古本屋で買ってきた本の『明治短編集』から、饗庭篁村(あえばこうそん)の『三筋町の通人』というごく短い小説を読んだ。まだ言文一致体の文章など出来ていなかったころだから、完全に江戸時代の戯作調の文体である。ほとんど句読点もない旧漢字旧仮名遣いであるが、案外抵抗なく読める。注釈が山のようにあるが注釈を読まずに一気に読み上げてから注釈を読んだ。通ぶった通人がコロリとだまされる話で、他愛のないものだが、流れるように話が進んでいく。こういうのは声に出して読んだ方が雰囲気が出るかもしれない。

骨湯

 東海地区は今夕からまた雨が降り出して梅雨がまだ続くらしい。朝早くから洗濯をして、雨に備える。迷っていた露伴全集を買いに古本屋に行くのはやはりやめておくことにした。買えば必ずいつか読むと思うし、手元になければ読むことの出来ない本ではあるが、読みかけの本がたくさんあるし、未読ですぐにも読みたい本や再読したい本もたくさんある。いつか気が変わったときにまだ残っていれば好いのだが・・・。

 

 昨日スーパーでアジが安かったので購入した。目が黒々とした新鮮な・・・とはいかないのが残念だが、煮付けくらいなら食べられるだろうと考えた。少し濃いめに味付けして酒の肴にした。マアジではなくムロアジで、それなりの味であるが、魚は意識して食べようと心がけている。食べ終わった後、骨と頭を崩したところに煮汁をかけて熱湯を注ぎ、骨湯にした。私はこの骨湯を飲むのが煮魚の身を食べるよりおいしいと思う。骨からわずかに油が浮く。それがおいしさのエキスだ。知多半島に行って鮮度の良さそうな魚を買ってこようかな。ただ、梅雨が明けると海水浴の混雑渋滞が始まるので、夏の知多は鬼門である。アジはいまがおいしいのだけれど。

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