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2026年8月

2026年8月31日 (月)

もっと早く知っていたら・・・

 高校生時代(遙かなむかし)、最も苦手な科目は世界史と古典であった。西洋式に言えば、世界史と古典に嫌われていた。私の頭の中に、世界史や古典の知識は全く入ってくれなかった。私のバカの壁であった。

 

 さいわいあるきっかけがあって中国に興味を持ち、のめり込んでいくうちに、中国学の泰斗である宮崎市定の本に出会い、その面白さに惹かれていき、そこで『アジア史概説』という素晴らしい本を読んだ。歴史とは何か、この本によって教えられたことは多い。その中に

 

「歴史の進行にとって最も重要な要素は民族、土地とともに相互間の交通ということがある。一地域に成立した民族はその血縁的あるいは歴史的に祖先から受け継いだ稟性をもって行動し、これをめぐる自然的環境がまた彼らの行動を啓発し、制限することが多いものであるが、しかし歴史はそれだけによっては動かされない。むしろ外界との交通が重大な作用を及ぼすものである」

 

「現在、地上の人類の中で、いちじるしく進化の遅れた人種は、長い歴史時代において常に世界交通の圏外に放置された民族である。・・・彼らの知的後進性は世界の交通から除外された文化上の無刺激性にもよるものである」

 

 歴史は、文明は、交流によって進化するものだ、ということを、この本はユーラシアの交流を軸に詳細に展開し、記述していく。強烈なインパクトを受けた。ある国や地域の歴史という視点で描かれた歴史ばかりを読んできたが、この本には新しい視点を与えられた。

 

 いま、Eテレで、『三ヶ月でマスターする世界史』という番組を見ているが、その番組ではまさにユーラシアの交流という視点から、東アジア、中央アジア、中近東、ヨーロッパを常に同時に概観しながら歴史を語っていく番組となっている。ヨーロッパ的視点からの脱却があたりまえのことのように語られているのを見るのは目からウロコの連続で、原因と結果が逆転していることを教えられたりもする。

 

 もっと早く歴史の面白さを知っていたら好かったのになあ、とつくづく思う。

何度も聞いたことがあるけれど

 水害で自宅が浸水被害を受けた経験のある人が、「ニュースで水害の被害を何度も見てきたが、まさか自分がそんな目に遭うとは思ってもみなかった」と語っていた。これに似た言葉を何度聞いたことだろうか。それを聞いたのは私だけではなく、ニュースを見るほどの人(ニュースを見ない人というのが居て、その人たちには災害の事実は存在しないかのようである。詐欺に遭う人、闇バイトに応じてしまう若者も同様である)はみな災害のたびに聞いた言葉だろう。

 

 能登南部で、そして千葉で、さらに福井で、そうしてネパールで、今までになかったような大水害が起きている。そうしてそれはいまは他人事だが、いつか自分も経験するかもしれないのだということに人は考えが及ばない。だから安穏と暮らせているのだけれど、今回はその人の言う「まさか自分が」という言葉が今までになく現実味を持って心に届いた。自身についても、地震対策として本棚だらけの我が家を突っ張り棒でこの春ようやく補強したところである。インフラが機能しなくなったら、つまり電気や水道が止まってしまったらどうする、ということについていままでも考えないではなかったが、本格的に、システム的に対策を考えなければと遅ればせながら考えている。システム的に、というのは一時的なものではなく、生活の中にそれらの対策を組み込むにはどうするか、ということである。

 

 余分なものを持たない、という考えから、常に少し余分なものを用意しておくという生活にシフトし、しかもその余分なものを無駄にしないための方策もしておくということだ。知的能力の低下が進行中の身としては、それをきちんと自覚できるように、考えたことをメモして忘れないようにすること、古いものを使いきるようにすることを心がけようと思う。「まさか自分が」ではなく、「いまに自分も」が明日にもあるかもしれない。

2026年8月30日 (日)

『ノア 約束の舟』

 『ノア 約束の舟』は2014年のアメリカ映画。あの旧約聖書の「ノアの箱舟」の話をドラマ映画化したもので、ラッセル・クロウがノアを演じている。共演にジェニファー・コネリーやあのハーマイオニーのエマ・ワトソンやアンソニー・ホプキンスが出ていた。

 

 箱船に乗り込むのは、動物以外には、人間はノア夫婦と三人の息子、養女(長男の恋人)のみである。人間はそれ以外乗せない。しかも養女はこどものときに受けた傷によって子供を産むことが出来ない。だから洪水のあとには人類は死に絶えることが運命づけられている。

 

 雨が降り出して箱舟が浮かび上がる前に、乗り込もうとする人間がいないはずはない。ノアは一人の例外もなく乗せることを拒否する。そうしてある例外を残したまま世界は水没する。旧約の神話世界から集団格闘ドラマとなり、後半は家族の葛藤の話になっていく。最後まで飽きずに見ることが出来たが、もう一度見たいほどの映画でもない。

 

 それにしても、アダムとイブがエデンの園を出て、長男のカインが次男のアベルを殺して・・・ という話の後、カインの子孫たちは繁栄して地に満ちたとされている。しかしカインは神に呪われている。その繁栄は文明を生み、世界は争いと収奪の世界となっている。それとは別に三男のセトの命脈が残り、その末裔が神に祝福されているノアなのである。

 

 ということであるが、ところでカインはどうして子孫を増やすことが出来たのであろうか。伴侶となり、子供を産んだ女性はどこから来たのだろう。そもそもアダムとイブしか神は作らなかったらどうして人類は増えたのか。それが昔からの私の疑問である。

 

 そうして、この映画のテーマは、神の大洪水を生き延びたのあの一家がどうしたのか、そして今ある人類はその子孫ということであるから、それが滅びなかったのか、ということについての答えとなっている(あんまり納得できないけど)。

とりとめなく

 病院にいる妻から看護師を通していくつか注文があった。面倒なことで、女性用のものだから私では手に負えない。娘に手伝いを頼むしかない。娘もいまいろいろ忙しいので申し訳ないことであるが、付き合ってもらうつもりだ。

 

 久しぶりに録画していた歌舞伎を見た。『積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)』ともう一本、『一谷嫩軍記(いちのたにふたつぐんき)』。『一谷・・・』の方は熊谷次郎直実にまつわる話で、その後半はあの敦盛を泣く泣く討ち取る話であって抄録であった。『・・・関扉』の方はいささか不思議な話で、中村勘九郎、七之助、尾上菊五郎が熱演していた。最終的に薄墨桜の精と大友黒主との立ち回りになっていく。語りの言葉がこちらにはあまりよくわからないから、ほとんど想像で眺めていた。字幕でもあると助かるのだが。七之助の女形はなかなか好い。勘九郎がいい役者であることを初めて知った。

 

 NHKのドラマ、『団地の二人』の放送を毎週楽しみにしている。小林聡美は大好きだし、小泉今日子も好きである。前回の放送で、堺正章の『さらば恋人』の歌を二人が口ずさんだあとで、歌詞の最後の部分、「悪いのは僕のほうさ、君じゃない」を「悪いのは君のほうさ、僕じゃない」とつい歌いたくなる、というシーンで笑ってしまった。私もそうだからである。

2026年8月29日 (土)

デジタル音楽

 久しぶりに1959年にペギー・リーがマイアミでジョージ・シェアリングとコラボしたコンサートを聴いた。194kHzのデジタル音源だから、CDなどよりも格段にクリアでいい音である。ペギー・リーがたまたま好きで、デジタル音源を探したらこのアルバムがあったからソフトを購入したのだがあたりであった。クラシックのさわりの部分だけ集めたアルバムや、ジャズのスタンダードナンバーを集めたものなどもある。やはりデジタル音源だといい音で聴くことができる。何もしたくなくてぼんやりしたいときにはこういう音楽を聴くのがいい。少し新しいものを仕入れようか。上田正樹なんかが好いかなあ。

 

 冷蔵庫の、賞味期限切れ、それもかなりすぎた食材や調味料や、傷みかけた野菜などをゴミとして捨てた。以前はそういう状態になる前にそれを使った料理を作って消化に努めたものだが、いまはその融通性、知恵の働きが衰えはじめていて、わかっているのに使えなくしてしまう。もったいないと思うより、面倒くさいが先に立ってしまうのは良くない兆候だ。今ある食材で何が作れるか考え、それに基づいた料理を二三書き出しておいた。無駄を少しでもなくすことが自分のためでもあり、世の中のためでもある。そういう知恵の働きを維持することが老化の進行を多少は遅らせることにもつながる。わかっているのだけれど・・・。

自然の恐ろしさ

 ネパールの土石流の映像は想像を絶するすさまじいものだった。被害者の実数は、村がまるごとのみ込まれたりしているのでつかみようがないという。もともとそれほどの人口が住んでいたとも思えないところでの、報じられている多数の行方不明者の数は、この土石流がどれほど壊滅的だったかを示している。

 

 地球温暖化によって氷河がどんどん溶け出し、氷河湖がいくつも形成され、それが大きくなり、いつか決壊して甚大な被害を起こすだろうとずいぶん前から警告されていた。今回の場所だけではなく、他にも氷河湖があるようだし、しかも今回の流れ下った土石流も新たに下流で滞留湖を形成しているらしい。それもまた決壊する恐れがあるという。つまり今回のような災害が次々に起きるかもしれないということだ。しかもそれを物理的にとどめることは今のところ人の力では不可能に見える。自然というものは牙をむき出すと恐ろしい。

 

 しかしこの状況は、考えてみれば地球温暖化という原因から発しているのであって、それはある意味で人為的なものでもある。そのことは多くの人にはわかっていることであってしかもどうしなければならないかもわかっているが、どうしようもない状態である。人のすることもまた自然の働きの一部だ、などとうそぶいても、何かが解決するわけではない。人類の向かう先についてつい悲観的になってしまう。人類もレミングの暴走段階に入ったのだろうか。その兆候ばかりが目についてしまう。

2026年8月28日 (金)

中国関係の本

 若いときから本屋を見て歩くことが好きで、どの本屋はどんなレイアウトで、どこにめぼしい本があるか、ほとんど把握していた。だからレイアウトがいじられるとまごついてしまう。自分の食器棚の食器がいじられると戸惑うのに似ている。

 

 ある時期から中国関係の本なら片端から購入した。物語から歴史書、評論、ことごとくを大人買いした時期があった。そうして読み散らしているうちに、著者の好みが明確になり、内容についての見当もつくようになり、自分との相性も想像できるようになり、買っても読まないだろう本がわかるようになっていった。読むより買う方がずっと多い時期かあったが、それも治まって、そのあとは片っ端から読むことに専念した。

 

 そうして何度も引っ張り出して読む本というのも出来た。以前にも書いたが桑原隲蔵の『考史遊記』とか奥野信太郎の『随筆北京』、そして張岱の『陶庵夢憶』などである。もし孤島に限られた本だけ持参して漂流するなら、これらの本が無聊を慰めてくれるだろう。

 

 何度目かの『陶庵夢憶』を読み直ししていたら、張岱が曲阜の孔子廟を訪ねたときの話にこんなことが書いてあった。

 

 崇禎二年、曲阜に行き、孔子廟に詣でた。門番に金を握らせて門からはいったが、塀の上に楼がそびえ出ていて、扁額に「梁山伯・祝英台が読書せし処」とあったのには、度肝を抜かれた。

 

 梁山伯も祝英台も、ともに人名である。梁山伯はあの水滸伝の梁山泊とはちがう。梁山伯は男性、祝英台は女性であり、その悲恋事件は物語としてよく知られていた。ただし、二人が親しくしていたのは杭州でのことであり、曲阜とは全く方角も含めてちがいすぎており、それに張岱があきれた、ということである。その悲恋事件については機会があれば記す。名所というのはときにこんなことがあり、しかもいつの間にかそれが事実のようになっていくから気をつけないといけない。

 ちなみに、崇禎とは明朝最後の皇帝で、明が滅びたために張岱は身代を失い、膨大な蔵書を失い、身一つとなってたいへんな辛惨を嘗めることになる。彼の親類や友人、先輩などの多くは明朝再興を願い、清との戦いに身を投じて憤死している。この『陶庵夢憶』は、博覧強記だった張岱がその過去を追憶して書いた随筆なのだ。

未覚醒

 夜中の二時前に腹に響くような雷鳴と稲光、続いて激しい雨音がして目が覚めてしまった。灯りを点けず、起き上がらずにしばらくじっとしていたが、もう眠れない。諦めてリビングへ行き、窓を開けて外の様子を眺めた。音の割に雨は激しくない。しばらくして雷は遠のき、雨もやんでしまった。こういう激しい気象がエスカレートすると、千葉や北陸の豪雨のようになるのだろう。東北北部でも大雨になるかもしれないと伝えていたがどうなのだろう。湯を沸かしてお茶を飲み、録画していたプライムニュースや呑み鉄旅を見たりしていた。四時過ぎにようやく眠くなったので再度就寝。つい先ほど起きた。まだ未覚醒でぼんやりしている。

 

 窓を開け放って風を通す。朝の外気を取り入れるのは久しぶりだ。昨日は八日ぶりの猛暑日ではない日で、それ以上に久しぶりに熱帯夜でもない日だった。多少は秋に向かっているということか。昨日は用事で少し外出した。猛暑日ではないが34℃を超えていたからしばらく動いているうちに汗が噴き出した。

 

 妻の病院の相談員に訊くと、転院受け入れ先がなかなかきまらないそうだ。短期間の受け入れというのは互いに面倒なことのようだ。本当は昨日までに転院できればすることになっていたが、転院先がきまらないということで、可能な限り引き延ばして転院せずにリハビリを続け、もとの病院へ返すという方向で進めようというのが相談員(ケースワーカー)の魂胆のように感じられた。魂胆というのは、病院としては早くリハビリを打ち切りたい意向だからだ。私としてはそう願えれば大変ありがたいので、そう伝えた。引き延ばせれば九月の半ばまでともくろんでいるようだ。そうなれば一時転院も必要がなくなる。それまでに、私の都合の悪い日を伝えた。来週か再来週にはまた忙しくなる。なんとなく見通しが立って安心した。

2026年8月27日 (木)

『生と死の考古学 縄文時代の死生観』

 山田康弘『生と死の考古学 縄文時代の死生観』(東洋書店)という本を読了した。170ページほどの本であるが、中身が濃いし読み飛ばせるような本ではなく、少し読んでは考え、また読み進めては考えるというような読み方をしたので、読了するのに一週間以上かかった。たいへん素晴らしい本であると思う。それに取り上げられている遺跡や遺骨が私が見たことのあるものも含まれていて(奥松島の前浜貝塚から出土した女性の遺骨など・多賀城市の東北歴史博物館にある)、より身近に感じられた。

 

 縄文時代といっても、一万六千五百年前くらいから弥生時代までの一万数千年もの長い期間なので、その埋葬の仕方、集落の形、その大きさなどさまざまあって、もちろんひとくくりに出来ない。しかも遺骨というのは時間とともに地中で次第に劣化して消失してしまうことが多い。特に日本は酸性土壌の場所が多いので、それが顕著である。貝塚で発見される遺骨が現存するのは、貝の石灰分、つまりアルカリ成分によって保存が出来たからである。貝塚に埋葬されるというと、あたかもゴミ捨て場に遺体を埋葬したように誤解する人が居るらしいが、貝塚はゴミ捨て場ではないし、そこに埋葬することにはそれなりに意味があったことがわかっている。それでも発掘された遺骨はかなり強度が低下しており、頭蓋骨や大腿骨、上腕骨のように、密度の高い硬い骨はともかく、骨盤などはひどくもろくなっていて、形のまま取り出せることはほとんどないようだ。

 

 さまざまな埋葬形式や遺体の状況など、それらから一体何がわかるのか。それは想像以上に膨大な情報を持っていて、そこから描き直される縄文の人びとの暮らしや世界観はとても興味深い。この本を読んでもう一度縄文の出土品などを見直してみたい気持ちになった。こちらの世界観が少し変わったから、見えるものも違う気がするからである。

 

 いい本を読んだ。  

心配

 今朝のニュースによれば、能登半島の付け根あたりに線状降水帯が居座り、被害が出ているようだ。七月に能登の先端部にある須須神社や変わり果てた見附島を見に行き、その晩、氷見に泊まったばかりだ。その氷見も水害が出ているようだ。十年ほど単身赴任で金沢に暮らし、能登は仕事でもプライベートでも走り回ったところであり、被害の起きている地帯の地名はなじみのあるところばかりだ。他人事とは思えないので心配しながらテレビのニュースを見ている。

 

 映像で見たり、ニュースで報じられているトランプ大統領の様子からは、見苦しく衰えた老人の老醜しか私には感じとれないのだが、アメリカ人はどう感じているのだろうか。人はさっき言ったこととちがうことを、間をさほど置かずに平気で言っている人間の言うことを信じられるのだろうか。そもそもトランプ自身がそのことを自覚できているのかいないのか。自覚しながら平然としているとしたら、強靱な精神というよりも異常である。自覚できていないならまさに統合が失調している人であろう。そのことで振り回されている世界がどれほどの被害を受けているのか、受け続けるのか心配だ。世界はあたかも裸の王様を見るようにトランプを見ているようだ。裸の王様は、裸の王様の存在だけで裸の王様の世界が成りたっているわけではない。

 

 妻の病院からの連絡が既に来てもいいころなのに未だにない。リハビリ病棟は空き待ちの人が多くてすぐにも他へ移って欲しそうだったから、それが遅れているのは転院の受け入れ先が見つからないのかもしれない。私に出来ることは今のところない。転院先がきまれば介護タクシーで連れて行き、その病院でのしきたりを訊き、必要なものを揃えるだけである。そのスタンバイをしているが連絡がない。転院先がなければもともとの病院へ戻るだけである。どうしていいかわからずに連絡待ちというのは身動きがとれず、それもなかなか気持ちが落ち着きようがなくていやなものだ。

2026年8月26日 (水)

渥美清の俳句

 種田山頭火の句に感じるものがあってから、自由律俳句に興味を持っている。山頭火の句集を持っていて、ときどき開いて独り旅への誘い(いざない)を感じたりする。旅先で見る空や草花、山や川は、普段とはまるでちがって心に深く沁みる。そういう思いを山頭火の句は追想させてくれる。

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 渥美清が句作をしていたことは、なくなってしばらくしてからNHKで特集していたから、知っている人も居るだろう。その句を読めば、車寅次郎とはちがう渥美清が見えるとともに、やはり寅さんでもあるというような視点を感じる。森英介『風天 渥美清のうた』(文春文庫)は渥美清の残した句をさまざまな手がかりをもとに苦労して探し出し、同時に関わりのあった人たちの見た渥美清の実像を句と重ねて記した本だ。2010年に出版されてすぐに購入して、渥美清を偲んだものだ。その本を久しぶりに開いて飛ばし読みしながら、その句から連想するイメージを思い浮かべた。その中からいくつか取り上げる。

 

  テレビ消しひとりだった大みそか

 

  たけのこの向う墓あり藪しずか

 

  ヘアーにあわたててみるひるの銭湯

 

  陽に焼けた日除けの家の店じまい

 

  うつり香の浴衣まるめてそのままに

 

一番有名な秀句

 

  お遍路が一列に行く虹の中

 

自分自身がそこに居るつもりになりきって感じてみたりしている。

『故宮 4』

 当地の本日の最高気温予想は38℃で、これで7日連続の猛暑日である。少し歩くだけでクラクラするから、特に用事のあるとき以外は外を歩いていない。階段の上り下りをすると脚の筋肉が衰えているのを実感する。

 

 『故宮 至宝が語る中華五千年』全四巻の最後の巻は、元、明、清の時代で、そもそも故宮の至宝の多くは清の時代の乾隆帝が蒐めたものである。元の時代と清の時代は異民族が中国を統治していた時代で、その時代が最も版図が広い。隋や唐の時代にしても、ほとんど異民族をルーツにした北朝系の出身の支配者であり、そういう時代ほど多民族が共栄し、多様性を重んじ、だからグローバリズムの時代であり繁栄した。

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 このシリーズは、ものから時代を、歴史を見る、という構成になっていて、普通は歴史は史を、つまり残された文書に書かれた記録をもとに語るものを、この本はものから語るという構成になっていておもしろい。それだからか観念的な思い入れも時に入り込んでしまうところがあるが、それには目をつぶることにした。

 

 歴史をたどるとさまざまな想像が膨らんでくる。それがおもしろい。人類の歴史は地球の歴史から見ればほんのわずかな時間に過ぎないが、その人類が加速度をつけて地球に影響を与え、自らにすら災厄を与えはじめている。環境の変化は既に地球の自己修復力の限界を超えてしまったとも言われる。そうして人類もまた、幾多の既に滅びたある種の生物のように、滅びの運命の途上にあるのではないかと感じている。

2026年8月25日 (火)

少しずつ恢復

 ここ数日、体調が不良で食欲もなく、腹も下り気味で、そうなると何かおいしいものを食べようという気にもならないからマンネリの、つくるのが楽なものを繰り返し食べるばかりだからますます体力も低下してしまった。悪循環である。体重も三キロ近く減少してしまった。それなのに酒だけはやめられない。睡眠のリズムも狂ってしまって、昼寝て夜中に起き出すこともしばしばとなった。そうしてついに病人みたいに昼に思い切り寝てみたら、次第に本を読んだり放送大学の講義を見たりする元気が戻ってきた。

 

 読みかけの本をもう一度テーブルに積んで(十冊以上ある)、ふたたび少しずつ読み進めている。『三国志 外伝』を読み終えて、もう少しで『故宮4』を読了するところだ。何もなければ、明日中には山田康弘『生と死の考古学 縄文時代の死生観』も読了するだろう。素晴らしい本だ。縄文時代についていままでよりも少しだけ深く知ることができてきたような気がする。

 

 明日か明後日には、いま調べてもらっている妻の転院受け入れ先の連絡があるはずで、そうなるとまた忙しくなる。その前に体調と気力が恢復してきたことはさいわいであった。もしかすると今日連絡が来るかもしれないと思っていたが、今のところ連絡がないので、当初の見込み通り、転院は27日かそれ以降になるのかもしれない。

『三国志 外伝』

 二三日前、寝床で眠れずに、つい手にとった宮城谷昌光の『三国志 外伝』を読み始めたらおもしろくて読み切ってしまった。これは題名どおり、本編『三国志』全十二巻の外伝である。この外伝には十二人の人物の概略が語られている。その中に正史である『三国志』を著した陳寿も取り上げられている。その陳寿の項のなかに「勇気とか不屈とかいう精神は、政治や軍事の表舞台に立つものだけが発揮するものではない」という陳寿の思いが語られている。本編のなかの脇役たちの、それぞれにもそれなりの生き様があることをこの外伝は記している。

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 様々な人の書いた『三国志』を読んできた。いま手元にあるものだけを見ても七八種類あるから、処分したものを含めれば十作以上は読んできただろう。その中で最もこちらに響いたのが宮城谷昌光の『三国志』全十二巻だった。『三国志』には、正史である陳寿の『三国志』をベースにしたものと、羅貫中作とされる『三国志演義』をベースにしたものとがあり、物語としては『三国志演義』をもとにしたものが圧倒的に多い。しかし宮城谷昌光は正史の方をベースにして、さらに後漢の時代から説き起こしてその歴史的背景を詳述していく。淡々と史実を積み重ねていきながら、その中でうごめく人間たちの様子が浮かび上がってくる。彼の文章には過剰な感情表現がほとんどない。だからこそ浮かび上がるものが鮮明になる。それは三島由紀夫が嘆賞した森鴎外の歴史小説に似たものがあると私は思っている。

 

 宮城谷昌光の歴史小説が大好きで、最初に世に出た『夏姫春秋』以来、ほとんどの本を購入して読んできた(最近はほとんど読まなくなったが)。一時期は百冊以上が棚に並んでいたが、いまはかなり処分してしまい、三十冊ほどが残っているだけだ。若ければ最初から読み直したいところだが、そんな時間はもうない。しかし、『三国志』全十二巻だけは読み直したいと思っている。併せて井波律子の『三国志演義』全四巻も読みたいと思っている。 

2026年8月24日 (月)

不可解

 東武鉄道鹿沼駅の人身事故はいつまでたっても事故原因が明らかにされない。不可解である。見張り役が三人居て、列車の来るのを知らせることになっていたというから、それが事故に遭った作業員に伝わって居なかったのは見張り役の不手際だろう。それが仕事なのだから。「連絡を取るのが困難な状況」らしきものがあったというような、わけのわからないコメントが何度も繰り返されたが、一体何のことやら想像もつかない。明らかにすることの出来ない、何か秘密にしなければならないような重大な理由があるのだろうか。

2026年8月23日 (日)

ゴミだらけ

 いまの自分の状況は、ゴミだらけでありながら空っぽ。部屋も散らかっているけれど、それほどでもなくて、ゴミだらけなのは頭の中である。整理しきれずにどんどん放り込むから満杯なのだが、何かを考えるために使える状態ではないものだらけだから、空っぽと同じである。ざる頭のざるが目詰まりしているらしい。こんな状態ではブログを書こうと思っても考えがまとまらない。

 

 テレビでトルコの映像を見ると無性に懐かしい。毎年三人か四人で出かけていた海外旅行の最後がトルコ旅行だった。そのあといつも一緒に出かけ、ホテルはいつも同室だったF君が亡くなってしまい、しかもそのあとは新型コロナが流行して、それきりになってしまった。トルコが最後だったことは、今思えば何よりだったと思っている。思い出が山のようにある。F君や、いつも一緒だったYさんが誘ってくれなかったらトルコに行っていたかどうか。旅が出来るのはあと何年だろうか。もう海外は出かける元気がないけれど、国内ならまだ独りでもあと数年は出かけられると思うが、こればかりはわからない。

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 本はぼちぼち読み進めることが出来ている。あきるとパソコン相手に囲碁をしたり、録りためた放送大学の特別講義などを見ている。特別講義は一度見たものが多いが、もう一度丁寧に見てから消去している。消去が惜しいと思うものもあるが、いちど消すと決めておかないと、もう一度見ることが出来るという甘えが見方をおざなりにしてしまいかねない。いかに自分がものを知らないで生きてきたかを思い知るが、焦ってもたかがしれていることも承知している。一つ何か新しいことを知れたら、それを喜びとする、その積み重ねで好いのだと思うようにしている。さあ、ゴミを整理しようか。

2026年8月22日 (土)

觴(しょう)

 『故宮』という、故宮の至宝文物をベースに中国の歴史を語っていく全四巻の第三巻を読了した。ものから歴史を見るというシリーズである。第二巻では、前半は王羲之を、つまり書聖と言われる彼の生涯、そして現在は真筆は存在しないその書の運命についてが詳しく語られていた。時代は東晋である。そして第三巻は、前半が顔真卿の生涯とその書が語られている。多少なりとも書を知る者ならば王羲之や顔真卿を知っていると思う。

 

 私もたまたま書をかじらせてもらったときの先生から、その素晴らしさを耳にタコができるくらい聞かされた。先生は文化大革命の最中に危険を顧みずに中国の石碑を訪ね歩き(破壊されたりされかかったものも少なからずあった)その拓本を命がけでとってきた人で、それらを見せてもらったこともある。そして私もそういう石碑を数多く集めた西安にある『碑林』という石碑の博物館を三回訪ねて、名前を知る多くの書家の石碑を見た。いま手元には『碑林』で手に入れた王羲之の『蘭亭序』、『聖教序』、そして欧陽詢の『九成宮碑』の拓本がある。行く度に高くなっていたが、いまはもっと高くて手に入りにくいだろう。いまも開けば墨の香りがする。

 

 觴とは杯の一種である。平安時代などで貴族が多くの客人を招き、屋敷の庭に水の流れをつくり、そこに酒を入れた杯を浮かべて流し、自分のところに来るまでに歌を作れないと罰としてその酒を飲まなければならないという『曲水の宴』を催したという話を知っているだろう。実はこれは中国のまねである。中国では『流觴曲水の宴』という。もちろん歌ではなく、つくるのは詩であろう。日本では盆を浮かべ、その上に酒を入れた杯を載せるが、觴という杯は楕円形をした深めの胴体のふちに平たい耳がついた独特の形をしていてそれ自体が浮かぶようになっているそうである。

 

 王羲之の『蘭亭序』は会稽の蘭亭で催されたその流觴曲水の宴について、主催した王羲之が書いたもので、王羲之の最高傑作とされる。おりしも東晋は北方民族の圧力が高まっていて、それに対して政局は混迷し政争のなかにあり、そのときの王羲之の立場は政治的に複雑であった。それらの鬱屈を晴らすための宴でもあったのだろう。

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 私が最も好きなのは顔真卿であるが、残念ながらその拓本は高すぎて手が届かず、買うことが出来なかった。顔真卿とその一族の運命は今回読んだ第三回に詳しく語られていて、その硬骨のひととなりに改めて感銘を受けた。

2026年8月21日 (金)

夏バテ気味

 そういう人が多いだろうけれど、少々夏バテ気味である。何もする気にならないし、本を読んでいても持続しない。さいわい夜は眠れているし、昼間もうつらうつら出来ているから、眠りが浅いにしても寝不足ということはない。ただ、気持ちに落ち着きがなくなっているのが困る。このイライラだけを鎮める軽い鎮静剤のようなものはあるのだろうか。

 

 いろいろなことを次々に片付けなければならないのに、つい先延ばしするから、追いまくられてしまう。思い立ったらすぐ片付ければどうということがないものが、負担に感じられる。どこかに旅をしてぼんやり夕陽を眺めたり出来れば、さぞ心にしみるだろうなあと思う。東北や山陰など、行きたいところ、走りたいコースを考えていると時を忘れるが、我に返るとそれが出来るのはかなり先になりそうであることを思いだして落ち込んでしまう。当分は常時スタンバイでいなければならない。他人ではなく、自分がしなければならないということがあるというのは、自分に存在価値があるからだ、などと理屈で自分を慰めている。

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2026年8月20日 (木)

ドラマに癒やされる

 いささか心身ともにくたびれているところへ、NHKの『勿忘草の咲く町で』や、『しあわせは食べて寝て待て』(今回は『早春の養生』編)というドラマに癒やされた。

 

 既にどちらも放映済みだから、見ていない人は残念だったと思う。そう思うような好いドラマだった。こういうドラマに出るとその俳優が好きになる。役柄から俳優に好感を持つからである。『勿忘草の・・・』では主演の福本莉子の透明感と真摯さが好かった。地方の病院の医療の実態、特に高齢者の末期医療については他人事ではないのでいろいろ考えさせられた。医療現場で働く人びとがどれほど努力されているか、実際に目にもしている。それなのにそれに理不尽なクレームをつける人間がいることが現代という時代の病的な部分のような気がする。その病的部分が放置されることは、医療そのものが病み疲れて破綻することにつながってしまう。努力する医療者にはもっと敬意を払うべきだと思う。

 

 『しあわせは・・・』で主演の桜井ユキも、このドラマの前回のシリーズで好きになった。宮沢氷魚も好いし、脇役で出ている田畑智子が見られることもうれしい。食べることを大事にする、自分の体調を見つめながら折り合いをつけていく、というのは持病持ちとしてはいつも意識していることで、この静かで淡々としている雰囲気に本当のしあわせとは何かを考えさせられる。現代は金銭に価値観が偏重しすぎている。私は、トランプに代表される様な拝金主義者に醜さを強く感じる。自分の命が永遠に続くはずもなく、そんな老い先短い老人が今以上に金銭をむさぼってどうするのだろうかとあきれ果てている。それに乗って彼を支持する人たちが居るアメリカの、そしてアメリカ人の『不幸』を思う。

2026年8月19日 (水)

地域包括ケア病床

 大腿骨骨頭骨折により、人工股関節手術をした妻は、手術の傷もほぼ癒えていまリハビリ病棟に移ってリハビリ中である。リハビリ病棟はいつも満杯で、空きを待っている患者がたくさん居る。たまたまいいタイミングで移れたのはさいわいであった。そのリハビリも来週には一段落で、その後のことについて昨日病院側との打ち合わせがあった。最初にリハビリ担当の責任者から詳しい経過報告があった。そのあとソーシャルワーカーと今後についての相談をした(別の相談が長引いて、予約時間をだいぶ過ぎたのに待たされた)。

 

 こちらの最終的な希望は、元いた病院に戻ることだが、そこではリハビリケアができない。リハビリを打ち切ってしまうかリハビリの出来るところに転院するか決めなければならない。面倒がないのはそのままもとの病院へ帰ることだが、リハビリをもう少し続けることで、自分で出来ることが増える可能性がある(それほど期待はできないが)。新たにリハビリケアの出来るところに転院する方向で、そういう病院を探してもらうことにした。地域包括ケア病床、という病床を持つ病院があってそういう患者を受け入れ可能だという。十カ所ほどの病院の資料をもらう。希望を聞かれたが、知らないから希望するところはない。お任せしてあたってもらい、指定されればそこへ入るだけだ。そちらに最低でも1~1.5ヶ月ほど入院することになる。

 

 その相談を済ませたあと、もとの病院の相談員に連絡し、夕方時間があるというのでそちらに立ち寄った。現在までの経過報告と、リハビリを継続するために別の病院に転院予定であること、そしてそのあとになるが、また戻りたいことを伝えた。受け入れは可能です、という答えをもらったので安心した。そのあとのことは病院同士の打ち合わせで決まることになる。

 

 疲労困憊した状態で帰宅。来週はまた転院に関連して忙しくなる。お任せというわけにも行かないからまた新しい病院との行き来が続く。少なくとも九月いっぱいはどこかに遠出することは出来ないと思う。出来ることはしなければならないから仕方がない。

 

 弟から千葉の梨が送られてきている。娘が亭主の実家の新盆を済ませて帰って来るという。その土産があるというので、いつものように梨をお裾分けすることにする。

2026年8月18日 (火)

『異邦人』

 カミュの『異邦人』を読みたいと思いながら、持っていたはずのこの本が見当たらないので諦めていた。古い文庫本を処分しようとして整理したら、だいぶくたびれた状態でこの本が出てきた。

 

 読んでいたら、初めて読んだときの記憶を思い出すとともに、舞台のアルジェの強烈な太陽、青空、海、砂、熱気、体臭などがリアルに感じられてきた。やはりカミュはノーベル文学賞にふさわしい作家だと改めて感じた。サルトルとともに実存主義作家だと評されたことに反発して、自分は実存主義作家ではないとカミュは反論したらしいが、私にはやはりカミュは実存作家だと感じられた。

 

 物語の主人公ムルソーが見る世界はまるで何かベールがかかっているようである。他者に対して無関心で、実感が伴っていない。母の死について当然の振る舞いが期待されながら、涙も流さず、悲嘆にくれたりもしない。恋人から結婚したいかと訊かれて、結婚してもいいと答え、愛しているか、と訊かれれば、たぶん愛してはいない、と答える。彼にとってのリアルな実感は人間関係にはなくて、ただギラギラと輝く太陽であり、夕暮れの美しさだけのように見える。

 

 友人との関係の行きがかりから、偶然も重なってアラビア人を射殺してしまうが、そのムルソーの無関心こそが彼の非情性、非人間性であるとして、彼は殺人そのものよりもその非情性を断罪されていく。無信心、無関心はあり得べからざる罪である、ということで非難されるのである。

 

 人は人間関係の中で決められた振る舞いを期待される。そしてそう振る舞うことで自らの気持ちもそれに伴っていると見なされる。そういう振る舞いに意味を感じないムルソーは、実はあまりに自分に正直に生きているということかもしれない。感情がないわけではない、その感情に優先して振る舞いから生きるという世の中の常識に共感できないのだ。

 

 ムルソーの感覚にベールがかかっているようだ、というのは、実はちがっているのだ。世の中の方が常識的行動や信仰という、ある決められたもので自動化されている、そういうある意味ベールのようなもので覆われているともいえるのだ。ムルソーの方がそのベールを拒否し、自分自身の感覚をリアルに生きているのだ。だから私はこの小説が実存的な小説であり、そしてカミュが実存主義だとあらためて思った。

 異邦人とは、他者と振る舞いを共通にしない者を指すのだろうと思う。出来ない者を指すのではない。

2026年8月17日 (月)

心配したほどではない

 本日は糖尿病の定期検査の予約日。お盆明けだからいつも以上に人が多くて、ごった返している。体重、血圧をはかり、採血、検尿などをして医師の検診を待つ。検査結果は一時間半くらいで出る。出た順番から呼ばれる。呼ばれるのは予約の順番とは少しちがってくる。本を読んで待っているので、待つのはそれほど苦にはならない。ただ、お年寄りが多いから、知り合いがいたりすると大きな声で話すので話し声がうるさい。自分が耳が遠いとひとりでに大声になるようだ。

 

 先週は息子たちが来てしっかり飲んだり食べたりしたし、その前にも酒を控えめながらも飲み続けていたので、今回の血糖値は上がっているのではないかと心配していたのだが、ほとんど前回と変わりがない(よい値というわけではない)。それでも医師は、この状態ならまあまあでしょう、体重をもう少し減らしましょう、ということで特に注意されることはなかった。

 

 この頃ほとんど歩いていないので、病院までの片道二十分弱が結構しんどい。特に帰りは日が照っていて、空腹もあって帰り着いたらふらふらした。熱中症というほどのこともないが、エアコンを入れて涼しくして、冷たいものを飲んで横になったら治まった。病気を直すために病院に行くことが体に負担を掛けて具合が悪くなる、ということもあるのがこの時期だ。

 

 病院は混んでいたわりにスムーズだったが、処方薬をもらう薬局も混んでいて、そちらは思った以上に時間を食った。おかげで持参していったカミュの『異邦人』を読み切った。久しぶりに読んだ。そのことはまたあとで。

雄叫び

 高校野球で(高校野球だけではないが)選手がガッツポーズとともに雄叫びをあげる姿をしばしば目にする。その雄叫びの上げ方がどんどんエスカレートして、自らの心の高揚からというよりも、その姿を人に見せることばかりが目的になっているように見えて仕方がない。ときに相手に無礼であるようにみえることもある。

 

 そういうアピールの仕方が私は嫌いなので、つい、大げさすぎるだろう、と苦言を呈したくなる。時代がそういう自己顕示を求めているのだろうか。大げさすぎるとプレーに感心するより、見ているこちらが照れくさくなるではないか。恥ずかしくないのか。こんなこともスポーツを見る気がしなくなった理由の一つかもしれない。

2026年8月16日 (日)

何を信じたらいいのか

 さまざまな活動家がいて、頭の下がるような立派な人も居るけれど、ときに活動をすることで生計を立てているとしか見えない人も居たりするから油断がならない。そういう人は活動のための抗議活動が実は商売で、抗議相手が存在しなくなると商売が成立しなくなる。わかりやすいところでは韓国の慰安婦問題の活動家たちだ。彼らは日韓合意のお金を自分の意思でもらおうとした元慰安婦の人たちに受け取らせまいとした。どう見ても金を受け取って慰安婦たちが戦線離脱をされたら自分の商売が成りたたなくなるから反対していたとしか見えなかった。

 

 平和活動やその他の活動家でも、どこから生活費を得てそういう活動をしているのかと首をかしげるようなプロ活動家が少なからず居るらしい。もちろん誰でも生活をしなければならないから収入の道を確保するのは当然だが、収入のために活動にバイアスがかかっているかもしれないから注意しなければならない。ことさらに針小棒大に事を荒立てようとしているかもしれない。マスコミなどはもともと商売であるから、あまり正義の味方ぶらない方がいい。ことさらの言い立てや揚げ足取りはいつかは信用を失う。もう失いつつあるのか。マスコミが信用できないとなればネットの意見の方が信用できるかと言えば、それ以上に無責任だから、この頃は何を信じていいかわからなくなってきた。そもそも何でも疑ってかかった方がいいということか。テレビで言っていたから、とか、新聞に書いてあったから信じる、という純朴な人が居たけれど、まさかネットで見たからそれだけで信じる、という人は居ないと思ったら、けっこう居るらしいからびっくりする。

 

 いまは人の揚げ足取り商売が盛んで、何しろどんなことにもいちゃもんをつけようと思えばつけられるものである。そういう言説ばかりを見聞きするのにうんざりしている。だんだん自分も毒されているような気がする。ニュースもネットもだんだん見る気がしなくなっている。

『土偶』

 今朝は曇り空で風がない。すこし湿度が高いようだ。快適な朝とは言いがたい。明日は糖尿病の定期検診予約日なので、一昨日から休酒し、食事も控えめにしている。体重を減らしたいが手遅れである。息子たちが来ていたからいい調子で飲んだ、血糖値は高いだろう。空腹時血糖を測るので、今晩から絶食である。診察後の食事とその晩の酒を楽しみに乗り切ろう。

 

 山田康弘先生の『土偶』について書いた本を読み終えた。半分は絵と写真だから漫画の本を読むみたいに飛ばし読みしそうになるので、丁寧に読むように心がけた。既に知っていることが多いからつい雑になるが、その合間に知らないことも書かれているのだ。山田先生はあの佐倉にある歴博(国立歴史民俗博物館)の館長をしていた(いまもそうかもしれない)。放送大学の学術討論などでお顔や話しぶりを拝見したこともある。土偶について知れば知るほど好きになり、興味も深まっている。弟に連れられて歴博にいったことはあるのだが、縄文や土偶に興味が深まる前で、そのときはまんぜんと展示物を眺めたに過ぎない。昨年改めていったときは臨時休館で、残念だった。近く行きたいと思っている。また、上野にある東京国立博物館は若いときに行ったきりなので、改めて行き直したいと思っている。他にもいくつか訪ねたい博物館がある。楽しみだ。

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2026年8月15日 (土)

『白峰』

 『雨月物語』の『白峰』をざっと再読して、以前はバラバラだったものがつながり、歴史の流れというものを少し理解した。これは建春門院の関連からの再読である。『白峰』は西行が四国にある崇徳天皇の陵(みささぎ)を訪ねてその怨霊の語りを聞く話である。崇徳天皇は、菅原道真、平将門とともに日本三大怨霊の一人であり、そして鳥羽天皇の中宮だった建春門院(藤原璋子)の産んだ息子でもある。崇峻天皇は父の鳥羽天皇から五歳の時に践祚される。鳥羽天皇は上皇となり院政を敷いて実権は上皇にあった。鳥羽上皇は美福門院(藤原得子)を寵愛し、崇徳天皇に譲位を迫り、美福門院の産んだ幼い息子を天皇にする。近衛天皇である。ところが近衛天皇は若くして夭折してしまう。美福門院は、自分が近衛天皇を無理強いしたことの恨みで崇徳上皇が呪詛したのだと深く逆恨みする。

 

 本来なら崇徳天皇の息子が次の天皇になるはずが、美福門院などの暗躍によって、近衛の跡を継いだのは崇徳天皇の同母弟の後白河天皇だった。これらのことが保元の乱の原因につながっていく。保元の乱のあとにその責任を問われて崇徳上皇は讃岐に流されてそこで薨去するのである。だから讃岐にその陵があり、そこを訪ねた西行に恨みつらみを言い、さらに将来にわたっての呪いの言葉を連ねていく。これはそのまま平家物語の世界そのものの予言である。もちろん、これらは崇徳天皇の怨霊の見た世界観をもとにしている。そういう世界観による歴史絵巻が怨霊の呪詛の言葉によって再現されていくのである。

 

 瀬戸内寂聴により建礼門院を知り、芭蕉によって西行を知り、平家物語によって平氏の興亡を知り、さらにその背景に流れている人間の感情を知り、いろいろと考えさせられた。

 夜間、エアコンをタイマーで切っても朝まで寝られるのでありがたい。ただ、まだ生活リズムが定常状態に戻らず、本を読み散らしたり、録画したドラマやお勉強の番組などを見て時間を過ごしている。規則正しく明るく知的な生活はなかなか取り戻すのが難しい。ブログを書く意欲もなかなか湧かない。エネルギーが低下しているのだろう。

 

 土偶に関する本を二冊ほどと、縄文時代についての本を取り寄せて眺めたりしている。土偶の本は小学生でも興味のある子供なら読めるほどのやさしい本で、うっかりするとたちまち読み終わってしまうが、図版や注釈も丁寧に読んで楽しんでいる。楽しめるのは、実際に現地の博物館で見たことのあるものの写真が載っているからで、やはり実際に知っていると知らないのではずいぶんちがうと思う。収蔵している博物館名で、まだ行ったことないところがあればメモして、いつか行ってみたいものだと思っている。

 

 千葉市やその周辺など、今回の大雨で被害のあった地域は、弟や妹、甥や姪たちが暮らしているところばかりなので心配したが、妹に電話で教えてもらったところでは、実害があるほどの被害を受けたところはなさそうなので安心した。ただ、道路が放置車両などもあるので渋滞して、移動が大変だという。テレビのニュース映像で見たとおりだ。

 

 昨晩のプライムニュースには先崎彰容が出るので楽しみにしていたのだが、一緒に出ていた浅田彰がやたらに脇から話を引き取ってしゃべりまくるので、話が中途半端になって、先崎彰容の歴史観、それをもとにした世界観はわかりやすくて、私がものを考えるときの参考になるのに、一番聞きたいところを聞けずに残念だった。浅田彰もこの頃はお呼びがかかることが少なくて、その反動なのか、もともとしゃべりすぎるところがますますエスカレートしている。先崎彰容も苦笑しながらも我慢していたように見えた。こんなことを繰り返せば、ますます浅田彰へのお呼びはかからなくなるだろう。老害が始まっているのかな。

2026年8月14日 (金)

祭りの後

 昨日は息子夫婦に娘夫婦もやってきて、歓談した。私は大酒を飲み、久しぶりに知ったかぶりの本領を発揮して、大いに気炎を上げた。みな嫌がらずに感心して聞いてくれた(私にはそうとしか見えなかった)。出来た子どもたちである。会食の料理は娘が先に来て手伝ってくれたので品数もふんだんにスムーズに出すことが出来て満足した。みなおなかいっぱいだと言ってくれた。

 

 娘夫婦は夕方遅くに帰って行った。亭主の父親の新盆は来週で、二人で四国に行くという。真夏の工事が続いているので娘の旦那はいささか疲れがたまっているようだ。人手が足らないのだという。はやく涼しくなってほしいものだ。

 

 息子夫婦が眠そうな様子になったので、だらだら飲んでいた私も切り上げ、食卓を片付けて就寝。爆睡する。その息子夫婦も昼に広島へ帰っていった。一気に家の中が静かになった。話しかける相手が居ないから私も黙っているしかない。祭りの後の静けさの中で、ぼんやりしている。また長い日常が始まった。温泉にでもゆっくり行きたいところだが、しばらくは病院からどんな連絡があるかわからないので遠出は出来ない。地図の旅で気を紛らわすしかないようだ。

2026年8月13日 (木)

大失敗

 米が余って値段がどんどん下がっている。どうしてなのか、背景を詳しく知っているわけではないが、根拠なしに想像すれば、米が足らないというチャンスに儲けようとした誰かがいて、売り惜しんで値段が上がったのはいいが、米がなければ他の麺類やパンでいいや、と米離れが一気に進んでしまったからではないか。私自身がご飯を食うことが激減している。その結果として米の在庫ばかりが積み上がり、結局値下げしても売れないという事態を招いてしまったということだろう。消費者はこの米価の状況にうんざり、そして生産者の農家は値上がりの反動の、米余りによる値下がりで経営が成りたたない事態に追い込まれている。

 

 直接的に誰の責任かはとにかく、JAや農水省の大失敗であることは間違いないことで、これはたぶん取り返しのつかない事態である。しかもその自覚のないのはそのJAと農水省に見える。JAは巨額の投資の失敗で何兆円もの焦げ付きを生んでしまったという。これは初めてのことではない。農家の人たちの貴重な資産を食い潰し続けているらしい。米価の値上がりをチャンスとみて、少しでも儲けて穴埋めをしたい、というこざかしい画策をしたのだろうと私は勘ぐっている。結果は生産者の採算の成りたたない事態を招き、しかも消費者の米離れを招いてしまった。金の卵を産む鶏を食い潰して、食糧自給がどうのこうの言う。愚かと言うべきか。

簡単なこと

 中国が台湾を統一して一つの国になるためにどうしたらよいのか。簡単なことである。台湾の国民が中国と一つの国になってもいいなあと思えばよいのである。そうなってもいい中国を二十世紀の終わりころ、世界は夢見た。国を開き国民が豊かになり、民主化するだろうと期待した。だからWTOに加盟することも認めた。私が中国へ行きだしたのもその頃である。そのすぐあとに天皇陛下も行った。いまでは考えられない。比較的に自由に歩き回れて、たいてい中国人は貧しいけれどフレンドリーだった。公安は居たけれど、外国人にはあまり神経質ではなかった。いまみたいな中国になるなんて思わなかった。今思えばつかの間の夢だった。

 

 民主化すれば、中国と台湾の統一をアメリカも日本もそこまで問題にしなかったし、反対したりしなかっただろうという気がする。ちょっと甘いかな?それにしてもどうして習近平みたいなおかしな人物が強権を持つ国になってしまったのだろう。毛沢東時代に先祖返りしてしまったように見える。プーチンですら習近平にあしらわれて青菜に塩みたいな状態で追い払われた(原油やガスを購入して経済的に支えてもらおうと期待したら、足元を見られてしまい、ロシア国内価格なら購入すると言われたらしい。あり得ないことである)。トランプも習近平には歯が立たない。

 

 とはいえ極端な方向に行けば必ず揺り戻しが来るのがこの世の理である。さいわい(誰にさいわいだろう?)経済は必ずしも順調とは言いがたい。少子化による国力の衰退が始まっている。それをAIなどで支えようというのだろうが、中国国民の幸せはあまり考慮されていないように見える。不満が蓄積されれば国は不安定になる。歴史を見ればその不安定が原因で混乱が生じ、歯止めが効かなくなる。それを習近平は恐れているのだろうが、蓋をして圧力を掛けるばかりだから、いつか爆発する。多くの人がいまの中国を見てそれをひそかに願望しているのではないか。

 

2026年8月12日 (水)

『江口』と『西行桜』

 先般、『待賢門院と西行』という瀬戸内寂聴の講演を見て、西行にちなんだものを手持ちの謡曲集の中から探しだして粗読みした。『西行桜』には西行自身が登場する。西行庵(小倉山の麓にあったと伝えられる)の前に見事な桜の木があり、西行はその桜をひとりでしみじみと愛でたいと思っているが、花の時期には人びとが訪ねてくる。むげに断りも出来ず、それを受け入れている。夜、ようやく静かに桜と対峙する西行の前に桜の精の老翁が現れる。そうして夢幻の時間が過ぎていく。

 

 西行といえば辞世の句が

 

  願わくは 花の下にて春死なん その如月の望月の頃

 

である。そうして西行は実際に如月のころに亡くなった。

 

 『江口』には西行自身は登場しない。旅の僧が四天王寺にお参りするために江口の渡し(川港があった)へやってくる。その江口の古跡を訪ね、それが江口の君という有名な遊女の古跡であることを知り、西行の詠んだ歌が口をついて出る。

 

  世の中を厭ふまでこそかたからめ、仮の宿りを惜しむ君かな

 

 西行が一夜の宿を借りようとしたが、江口の君に断られたことを詠んだ歌だ。

 

 その歌を聞き咎めて一人の女性が立ち現れて、この西行の歌に対しての返歌があるのだという。

 

  世を厭ふ、人とし聞けば仮の宿に、心留むなと思ふばかりぞ

 

 遊女の家であるから、世捨て人である西行のことを思って断ったのに、「惜しむ」と詠まれたのは哀しいことだと嘆くのである。

 

 そのあとに、往時の華やかな舟遊びなどの様子が蘇り、やがて遊女だった江口の君は観音の姿になって虚空へ消えていく。私には浅読みの力しかないが、それでもなんとなく伝わってくるもの、感じるものがある。何しろ七五調の、謡うように語る文章であるから読みながら声が聞こえる心地がするのだ。

 次に『雨月物語』の『白峰』を読もうかと思う。

『故宮 2』

 今朝の室温は28℃、ベランダへ出ると東から風が吹いている。あまりないことだ。やや湿り気があるように感じるのは天気予報が念頭にあるからか。昨朝の爽やかさとは少し違う気がする。台風が通過したはずだが特に風が強く吹いたということもなかった。雨は降っていない。午後には本降りになるかもしれないというがどうだろうか。

 

 至宝が語る中華五千年という副題を持つ『故宮』全四巻のうちの第二巻を読み終えた。時代は魏から晋、五胡十六国と南北朝、そして隋から唐である。三部に分かれていて、テーマとして王羲之、仏の道、長安の春が挙げられている。

 

 あの三国志の時代はまず蜀が滅亡し、次いで呉も滅んで、つかの間ながら魏が中国を統一する。しかしその魏も司馬氏によって簒奪され、晋という国になる。しばらく続いた晋の時代も内紛(八王の乱)などによって弱体化し、それを見透かした北方民族の乱入によって滅亡してしまう。ただし一部司馬氏の血脈は南へ逃げて、現在の南京を都とする東晋を建国する(もともとの晋を西晋とも呼ぶ)。それ以後、中国北部は五胡十六国と言われるさまざまな国が興亡を繰り返す時代が続き、南部は東晋以後六つの王朝が興亡する。王羲之はその東晋の時代の人である。

 

 北部異民族の国々は北魏という鮮卑族の国に一時統一される。その北魏はさまざまな民族(漢民族も含む)を統合させるためもあって、仏教を取り入れていく。シルクロード経由で伝達していた仏教が一気に盛んになっていく。北魏は当初現在の大同のあたりに都を置いていたが、後に洛陽に遷都する。大同の近くには雲崗の石窟が、そして洛陽の近くには龍門の石窟がその仏教の名残を残す。中国三大石窟のもう一つ、敦煌郊外の莫高窟もこの時代に拡大した。

0403517_20260812064601莫高窟

 北魏も後に分裂するが、その流れである北周を淵源とした隋によって再統一され、さらに隋は南朝をも倒してここに中国は再び統一される。ただし、二代目の煬帝の積極政策が裏目に出て長続きせず、縁戚関係だった李氏によって倒され、ここにあの繁栄を誇った唐の時代が到来する。唐は見かけ上激しく煬帝を暴虐の皇帝と非難したが、実際にはほとんど煬帝の政策を引き継いだ。この本では煬帝の悪逆の汚名は作られたものであろうとしている。

 

 魏晋南北朝の時代は波乱に富んだ時代で、まことにおもしろい。国の名前がたくさん出てくるので、とても覚えきれないし、その順番も私のざる頭では覚えきれない。しかし異民族(漢民族から見て)の支配した時代は活気があってとてもおもしろい。中国はそういう攪拌があってこそ成長したのだと思う。漢化を強制して異民族の消滅を図り、自身の安泰ばかりを目指す毛沢東や、それに輪を掛けた習近平は中国を衰退に向かわせていると思うのは私の願望に過ぎないのか、妄想か。

 

 王羲之について書こうと思ったが長くなりすぎたのでここまでとする。

2026年8月11日 (火)

少し働く

 子どもたちが帰ってくるので散らかった家の中を少しずつ片付けようと手順を考えていたのだが、妻の用事などでやる気が起きず、先延ばしして今日になってしまった。世間が休みの日に、朝からせっせとひとつずつ片付けている。まだほんの少しだけしか片付いていないが、自分なりに多少は進展したと自己満足している。今朝は久しぶりの涼しい朝で、南側の窓と北側の窓を開けて風が吹きとおるのを楽しんだ。これで掃除で舞い立った埃も吹き抜けて飛んで行ってくれた。

 

 熱帯夜でない夜を過ごしたのは何日ぶりだろう、ずいぶん久しぶりだと思う。午前中は室温が30℃を超えなかったので、エアコンなしで過ごした。つけっぱなしだった空気清浄機二台を停めて掃除して、一台はフィルターを交換した。ハンディ掃除機はこういうときに活躍してくれる。並行して洗濯をする。シーツも洗ったけれど、たちまち乾いた。

 

 みなが揃ったら何をつくろうかいろいろ案を考えたが、私も席になるべく居たいから、作り置きの出来るものを多くするメニューを選んだ。みな若いからよく食べる。出したらすぐに空になる。気持ちが好いほどだ。メインは天ぷらにしようと思う。ひとりだとついつくりすぎるが、みなで食べるのならいろいろな種類を揚げることができる。娘が手伝ってくれるだろう。ビールはもちろんとして、日本酒は獺祭を準備している。他にも食前酒に奈良の梅の宿の梅酒を用意した。これは格別うまい。喜んでくれるだろう。

 

 明日は台風15号のために雨模様となるらしい。引き続き涼しいというから、掃除の続きにはちょうどいいかもしれない。早めに通過してくれて、新幹線を止めたりしないでほしいと願っている。

待賢門院と西行と寂聴

 瀬戸内寂聴が晩年に行った、『待賢門院と西行』という放送大学の講演を見た。西行については、芭蕉が慕って陸奥への旅の道しるべのひとつにもなったらしいことから、わずかながら承知している。待賢門院については西行との関係から、西行が慕った女性であるらしいと承知していた。それらの関係や人物像がこの寂聴の講演によってずいぶんとクリアになった。芭蕉という手がかりから新たなことに興味が膨らみ、それぞれについて知るほどに見える世界が拡がるのはうれしい。

 

 待賢門院は恋多き女性として知られていて、同じような恋愛遍歴を重ねた瀬戸内寂聴だからこそ待賢門院に強く惹かれたのであろう。

 

 待賢門院(1101-1145)の父は大納言藤原公実、出家前の名を藤原璋子(しょうし・たまこ)という。幼少時より白河法皇と寵姫の祇園女御のもとに養われた。長じて鳥羽天皇に入内する。はじめ女御、後に中宮となる。崇徳天皇、後白河天皇を産んだ母でもある。寂聴によれば、入内前に白河法皇と関係があっただろうという。幼い顕仁親王が践祚されて崇徳天皇になったときに院号を宣下されて待賢門院と称した。崇徳天皇は実は白河法皇の子ではないかともいわれる。

 

 この崇徳天皇の運命はまた別の物語として語るに足る。上田秋成の『雨月物語』のなかの『白峰』という物語は、全国を遍路した果てに西行が四国の崇徳上皇の朽ち果てた墓の前でその亡霊に会う話である。

 

 西行(1118-1190)はもともと佐藤義清(さとうのりきよ)という北面の武士であった。鳥羽院に奉仕していたときに待賢門院を見初めたのだというのが寂聴の説である。かなりの年齢差はあるものの根拠がなくはないようだ。1140年妻も娘もありながら23歳で出家して西行法師と号す。旅の法師のイメージがあるが、当初は京都とその周辺で庵を結んで過ごし、はじめて長旅に出たのが歌枕を訪ねての陸奥への旅であった。これは待賢門院が死去したからではないかというのが寂聴の説である。後に四国の崇徳院の白峰陵を訪ね、そこで庵を結んでいる。

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 この講演でいくつかのものが私の頭の中でつながった。関係が見えてくるとそれぞれの先に新たなものが見えてくる。それらがさらに新たな興味を生む。ものを知るということはうれしいものだ。

2026年8月10日 (月)

順調

 署名してほしい書類などがあるので寄るように連絡があり、今週はパスするつもりだったけれど、午後、妻の病院へ行った。妻の様子は相変わらずで会話はあまり成りたたないが、手術跡の痛みもほとんどなくなり、リハビリも嫌がらずに受けているらしい。今回の書類は、同じ病院内だが新たにリハビリ病棟に移ったので、そこでのいろいろな説明を受けて、説明を了解したという書類を出す必要があるとのことだった。来週、さらにもう一度打ち合わせに行かなければならない。そのときに今後のリハビリスケジュールの確認と入院期間の目安などの説明を受ける。年齢からだいたい一月くらいはリハビリ入院が必要だろうという。さらに今月末頃に医師と介護士、ケースワーカーを交えての、その後の打ち合わせをすることになるので、そのつもりでいるようにいわれた。もとの病院に戻れるのか、この病院の指定病院に移るのか、そのときにきまるのだろう。

 

 その辺がわかるようになったらもと居た病院に、経緯の連絡だけでもしておいた方がいいだろうと思う。最終的にはそこに引き受けてもらいたいというのが私の気持ちなので、いろいろ面倒だが仕方がない。

 

 それにしても妻には兄姉が居るのだが、義兄夫婦はメールも携帯の番号も変更し、自宅に手紙で連絡するしか方法がなくなっているし、連絡してほしくない、縁を切ってせいせいしたという様子なのでどうしようもない。義姉夫婦はそれなりに心配していたので、いままでもたまに手紙で状況を伝えていたが、この頃は音信不通だ。どうなっているのか、本人たちが無事かどうかすらわからない。こちらもそれを問い合わせる気にもならないでいる。何かあっても連絡してこないと思う。要するにこちらにお任せで、一切関わりたくないということである。そういう人間もいる。とっくに覚悟していることで、まあいいけど。

 

顔のある文化

 縄文遺跡から出土する土偶に強く惹かれていて、あちこちの出土品を収蔵する博物館では、土偶のコーナーをおもに眺めるようになった。岡本太郎が縄文土器や土偶を見てその芸術的価値を謳いあげたのはよく知られている。太陽の塔のモチーフは縄文や世界の同時期の古代的、原始的文化に触れて彼が創造したものだといわれる。

 

 大阪の千里の万博あとに建つ歴史民俗博物館、通称民博は、世界の文化を地域別、時代別に、膨大な数の展示物を紹介していて興味深い。何年かに一度見に行く。そこで感じるのは、イスラムやユダヤ教、キリスト教の展示物の薄さである。そもそもそれらの一神教は根が共通していて、偶像崇拝を否定する。だから展示されているのは物ばかりであり、人間をあらわしたものがほとんどない。実際にイスラムの国では(トルコとウズベキスタンしか行ったことはないが)顔を表現したものに出会うことはほとんどない。モザイクタイルの美しさは確かにあるが、それは抽象そのもので、私には人間の生きた歴史をあらわす文化とは感じられない。

 

 最も顔を感じた文化といえばバリ島で、イスラムの国インドネシアでありながら、バリ島だけはヒンズー教であり、印度的な偶像が溢れていて、こういうものに私はとても気持ちが揺すぶられた。そういう感性がたぶん土偶に惹かれることにつながっているのだろうと思う。まだまだ見ていない博物館が全国にあるはずで、一度見たところでも再び三度(みたび)見るとさらに興味が膨らむ。涼しくなったらどこへ行くか、調べることにしようと思う。

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2026年8月 9日 (日)

何もする気がしないのでお勉強をする

 何もする気がしないので、録りためた放送大学の講義から、二十年以上前の特別講義を三本ほど眺めた。一本は『加速器科学』。シンクロトロンがどんなものか、何を解明しようとしているのか、素粒子についての最新の知識(三十年近く前の知識であるが)をもとに講義が進められる。クオークとか中間子とか、名前だけ知っていることについて、詳しい説明があった。続いて『量子化学の発展とコンピューター』という講義も眺める。分子の構造が量子力学によって計算で解析できるのだという。いまはこんな風になっているのだ。学生時代、NMRなどで分子の構造の解析に苦労したのが夢のようだ。この世にありえそうもない分子が宇宙からの光のスペクトル分析で発見され、そこから構造が解析されたりすることもあるらしい。コンピューターは本当に信じられないことが計算できたりするのだ。AIも、ただ恐れるばかりではなく、有用な面にもっと着目してほしいものだ。儲かるからと、情報を支配するという面ばかりに力を入れすぎているのではないか。

 

 三本目は、『諸橋大漢和辞典の六十年』という、あの大漢和辞典誕生の苦労話など、編纂に加わっていた諸橋轍次の弟子の教授の講義を聴く。戦前に辞書を作り始め、ようやく第一巻をほぼ完成させたところで出版社の大修館が空襲を受け、原稿から版下まですべて烏有に帰すという悲劇に見舞われる。その後なんとか立ち直って、ついに全十三巻を完成させたのは昭和五十年を過ぎてからだった。さらにそれを一から修訂していくという作業が続けられたが、白内障により諸橋轍次は片目を失明、もう片方も細かい字を弁別することが出来ない状態になってしまう。多くの人の協力でついにすべての改訂を終了したが、改訂版の出版のときには諸橋轍次はすでに帰らぬ人となっていた。

 

 私が尊敬している、たいへん世話になった上司は、この諸橋大漢和を持っていることを自慢していた。講義を聴きながらその人のことを思い出した。その人も既にこの世にいない。あの辞書はどうなっただろうか。

自分の問題として

 世の中はお盆休みの帰省や旅行によって混雑しているようだ。自分も子供が小さいときは両親に会うために混雑のなかを帰省したものだ。名古屋に暮らしていて、実家は千葉だったから、帰省できるのはまとまった休みのときだけだった。普段より長い時間を掛けて帰るのはくたびれるばかりだったが、帰るのがあたりまえだと思っていたし、両親は孫に会うのを楽しみにしてくれているのがわかっているからやめておこうと思ったことはない。この盆休みには息子夫婦が広島からやって来てくれる。

 

 熊本の被災した人たちにも両親があり、子供があり、孫がいる人も多いだろう。このお盆は帰省や旅行どころではない。猛暑の中の片付けはどれほどの苦労かと想像すると、エアコンの効いたなかに過ごしていることが申し訳ないことに思える。

 

 BSの放送大学で放送された、前回の熊本大地震の六年後の検証をした番組を見た。2022年のものであって、今回の地震を機にもう一度見直した。活断層の上の地震が連続して起こることは歴史上珍しい。地震が繰り返し起こる可能性を持っているから活断層というのだが、普通はいちど起こると次の大きな地震はかなりの間隔が空くものだというのが過去の経験からほぼ間違いないと思われていたのに、それが十年という短期間に、再び同じ活断層の上で大きな地震が起きてしまった。前例のないことらしい。活断層にはまだ大きなエネルギーが蓄積されているかもしれないという。ということは、今回の地震はさらに大きな本番の地震の前触れでしかないかもしれないという、恐ろしい予測も出来ないことではないらしい。この活断層は類を見ないほど長大なのだという。この番組でも、地震による教訓をどう捉えるか、地震に対する備えをどうすべきか、かなり膨大なデータを集めて検証していた。それが今回の地震に生きていたのかどうか。私は一定の効果があったと思っている。

 

 番組でも言っていたけれど、日本では大きな地震が起きることが避けられず、どこで起きるかの予測もほぼ不可能である。それなら起きることを前提にそれに備え、起きてしまったらその災禍からの救済をどう迅速に行うのか、それを経験やその検証をもとに優先順位をつけて準備しておくしかないであろう。そんなあたりまえのことを再認識した。災害を自分の問題として捉える意識が希薄だとどうしても備えを怠ってしまい、後悔することになる。意識の変革も必要だ。

 

 世の中には自力ではどうしようもないことと、頑張れば出来ることとがある。それがごっちゃになってしまうと、諦めなくていいことを諦めてしまい、出来ないことを誰かのせいにして恨んだりしてしまう。気持ちの持ちようも大事なことだと思う。

2026年8月 8日 (土)

知識の欠片(かけら)

 棚にあった古い本を拾い読みしていて知った知識の欠片とそれについての感想。

 

 愛知県の弥生時代の遺跡から発掘された大量の動物の骨片を調べたら、八割が豚の骨で残りがイノシシと鹿だったという。もちろん家畜としての豚である。奈良時代には豚を家畜として飼育していたことが確認されているが、弥生時代に既に豚が飼育されていたものと推定されたらしい。それならその時代には豚を食していたということであろう。

 

 ところで家畜は、全般に野生のものと家畜化したものを比べると、家畜化してからの方がその脳が退化しているそうだ。犬や猫もそうだという。餌を与えられることで緊張感を失い、退化するのだろうか。ところで人間は自らを家畜化しているようなところがあるが、脳は退化せずにかえって発達している。どうしてそのような違いがあるのだろう。人間の社会生活というのはそれだけ脳の働く緊張感が必要だということなのかもしれない。それならその社会生活の中で自己中心的に振る舞い、社会の安定を乱すような人間というのは、たぶん脳が退化しているのだろう。その退化したとおぼしき人間に権力を与えていることの危うさは、人類全体の退化ということか。

経験していない記憶を追憶する

 宮本輝の新刊『湾』(新潮社)を読了した。練達のストーリーテラー、宮本輝の紡ぎ出す物語を今回も堪能した。舞台は主に舞鶴。舞鶴は若狭や山陰へ行くためによく通過したものだが、いまは国道27号線を走らずに舞鶴若狭道で山の方を走ってしまい、舞鶴の街を通ることがない。それに舞鶴の港も、立ち寄ったことはあるものの湾内をゆっくり眺めて写真を撮った記憶がない。この物語を読んで、いちどゆっくり舞鶴を訪ねたいと思った。この物語でも繰り返し語られているように、若狭の海の美しさは私もよく知っている。

 

 昭和二十四年生まれの主人公の少年時代、そして現在までのさまざまな時間と記憶が錯綜して語られていくのだが、その一つの文章のなかに複数の時代が同時に語られている部分もあって、はじめは少し混乱した。宮本輝にしてはわかりにくいなあと感じるところもあった。しかしそれは作者が意図的に企んだものではないかと、読み終わった後で感じた。ひとのする回想とはそういうものかもしれない。主人公の体験したことを私は体験していないのに、主人公とともに私も回想し、追憶する。昭和二十四年生まれの主人公は私の一歳年長で、だから彼の回想する昭和は、私の体験し、記憶している昭和に重なる。

 

 主人公と、父親違いの姉、その二人を取り巻くさまざまな人びとの人生が、二人を軸に描かれていく。メルヘンのような逸話が背景に常に掲げられているのだが、それはそれにとりつかれてしまうと人生を破壊するような恐ろしい幸運で、それにとりつかれずに人生を全うしていく人びとを描くことでかえってその望外の幸運というものの恐ろしさを教えてくれているように思う。人は自分の力で手に入れたものを以てまっとうに生きるのが本当の幸せで、ときにたまたま与えられた幸運のおこぼれをありがたくいただく程度がよいのだと思う。

 

 宮本輝の作品とは波長が合うらしく、今回もとてもよい読後感、余韻に浸ることが出来た。

2026年8月 7日 (金)

長良川鉄道

 六角精児の『呑み鉄本線日本旅』という番組はほとんど見ている。好きな番組だから、再放送があればまた見てしまう。それに対して中井精也の『絶景 てつたび』は同じような鉄道の旅だが、めったに見ない。今回はたまたま長良川に沿って走る長良川鉄道の旅だったので最初から最後まで見た。長良川沿いといえば、国道156号線を車で走るのが大好きで、もう何十回となく走っている。沿線の景色もほとんど記憶しているほどだ。そしてもちろん長良川鉄道にも何度か乗っている。美濃太田から北濃までをつなぐ鉄道で、子供が小さいときは二人を連れて乗ったり降りたりして沿線をハイキングしたりした。

 

 長良川鉄道は国鉄時代は越美南線といった。山の向こう、福井県側は九頭竜川沿いで越美北線といった。越美北線と越美南線はつながる予定だったが、計画は中止されてしまい、いまはそれぞれ第三セクターの鉄道となっている。終点の北濃駅のたたずまいはなんとも言えず味がある。

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 番組で中井精也が撮影する写真はさすがといおうか、プロらしいアングルで長良川の美しさと長良川鉄道を表現していた。紹介してほしいところがいくつか取り上げられていたが、紹介してほしいけれども取り上げられなかったところもあった。また少し涼しくなったらまた長良川沿いの景色の写真を撮りに行きたいと思う。

熱帯夜

 エアコンはタイマーで夜中には切るようにしている。終夜つけたままにしていると朝の調子が悪いようだ。朝起きたときに少し汗ばんでいるくらいの方が体調はよい。ずっと熱帯夜が続いていて、今朝も四時過ぎに起きたときの室温は29℃を超えている。汗ばんでいるから肌着を着替え、お茶を煎れて飲む。今朝のお茶請けは稚鮎の佃煮。少しずつ目が覚めてくる。

 

 泌尿器科の慢性疾患を抱えていて、水分を過剰でもいいから摂るように医師から言われているのだが、つい冷たいものを飲むことが増えている。そのせいか足がむくんでしまい、心持ちだるい気がしていた。先週くらいから心がけて冷たいものをなるべく飲まないように、そしてお茶や紅茶、コーヒーもいちどに飲む量を控えめにするようにした。そうしたらそのむくみも徐々に引いてきて、くるぶしが触れるようになった。やはり過ぎたるは及ばざる如しである。もちろん外の暑い中を歩いて汗をかいたら、そのときはクールダウンのために冷たいものを飲む。今回気づいたことは、水分を取り過ぎないことも大事だが、水分を摂るときは塩分も補給しなければならないということだ。塩豆や佃煮などをお茶請けにすることもむくみをなくす効果があるようだ。そんなことは常識であるが、血圧のために塩分を控えていた。控えすぎていたかもしれない。さいわい血圧はあまり高くない状態で収まっている。

 

 昨夕遅くにまた妻の入院している病院から連絡があった。いろいろあったらしく、来週月曜日に説明を聞くためにまた行かなければならない。さいわいリハビリ病棟に空きが出来て、今日そちらに移ることになったという。本格的なリハビリが始まるらしい。なかなかすべてお任せというわけにはいかないようだ。

2026年8月 6日 (木)

中国のアクション映画

 中国のアクション映画を二本見た。一本はトニー・レオン主演の『Fox Hunt』という映画で、世界を股に掛ける経済犯が、フランス・パリを舞台に暗躍するのを阻止し、逮捕するため、上海から派遣された中国の公安警察がパリ市警と協力して(当初はいきさつがあって反発するが、あとでは命がけで協力するというお決まりのパターンで)ついに親玉を逮捕するという物語である。その悪の親玉がトニー・レオンというのがなかなかひねっている。経済犯罪のはずだが、アクションシーンや猛烈なカーチェイスがあったりして、経済事件とは思えない展開である。ただ、気になるのは、中国の正義のためには中国の警察は世界で何をしてもいいのだといわんばかりのプロパガンダのようなものが見え隠れしていて、痛快ではあるが恐ろしい。

 

 もう一本は、『フライト・フォース 極限空域』というアンディ・ラウ主演の、飛行中の飛行機内が舞台のアクション映画である。たまたまハイジャック犯が乗る飛行機に乗り合わせた警備官の主人公(アンディ・ラウ)が人を殺すことをなんとも思わないハイジャックのグループを相手に孤軍奮闘する、というどこかで見たような物語だが、似たような物語を越えたものを作ろうとしてかなりエスカレートしたシーンが多い。最後の方は、いくら何でも超人的すぎるだろう、という人間の限界を超えた活躍をする。それにしてもハイジャックグループのリーダーの冷血な非人間性はすさまじい。韓国や中国の悪人の残虐さは日本人の感覚を超えるが、最近の事件報道を見ていると、だんだん日本も追いついてきているようにも思えて恐ろしい。

 

 物語ではあるものの、してはいけないことの歯止めが効かなくなって、世の中の箍が外れたようになっている気がする。

なかなか平常心というのは

 先日平常心を失って感情が激してしまった。なかなか平常心を保つというのは難しい。年をとるほど難しくなっている。それもなんとか収めて修復することが出来た。修復は意地を張らずにこちらが折れれば簡単だ。その簡単なことがなかなか出来ない。

 

 昨日妻の病院へ行った。病院の都合で病室が移ったことを妻が勘違いしたらしく、看護師たちの手を煩わせたらしいことを連絡されていたので、妻との面会のあとに迷惑を掛けて申し訳なかったと声を掛けたら、みな笑って、そういうのが仕事ですからという。ありがたいことだ。どちらにしてもこちらが何があったか承知していることを伝えれば彼女たちも悪い気持ちはしないだろうと思う。逆にこちらが、それが仕事であたりまえのことだ、などといえば不愉快になるだけだと思う。

 

 妻はリハビリはきちんと出来ているらしい。しかし認知が乱れていて、私が誰だかわかっているのかいないのかはっきりしない状態だった。どこか私の知らない病院へ転院するのだから連れて行け、などという。十分ほどいろいろ話をしてみたがどうも会話が上の空で、仕方がないので早めに切り上げた。来週一週間は見舞いには行けないことを看護師たちに伝え、再来週、盆明けに行くことを了解してもらった。医師にも確認してもらい、それで問題なしとのことであった。

 

 これでしばらく休むことができる。来週面会に行かないのは、盆休み中であることもあるが、息子夫婦が帰省して来るからでもある。娘も合流する予定である。久しぶりに何か料理を作り、息子と酒を飲みながら泣き言を聞いてもらおうと思っている。息子はよく出来ているからちゃんと理解してくれると思う。そうすれば私もまた元気が出るだろう。気持ちを切り替えて、しばらく休養したら歓迎準備をはじめるつもりだ。まず部屋を片付けなければ。

2026年8月 5日 (水)

昔懐かしシュルレアリスム

 こどものときから本好きだったので、図書館には入り浸りだった。学校の図書館、街の図書館など、どこにどんな本が配架されているか、だいたい記憶していた。中学校のころ、学校の図書館の、読みたいと思うような本はほとんど開いてみた挙げ句の果てに美術書のコーナーに目が行った。そこにあるのがわかっていたけれど美術図鑑は開いたことがなかったので、美術全集を開いて眺めていった。ホルモンが出始めた少年の目に、ルネサンス時代の裸体画が強烈なインパクトを与えてくれた。それからしばらくの間、ひたすら美術全集を開く日々が続いた。ホルモンはすでに収まっていて、いままで知らなかった絵画の世界に魅了されていった。特に記憶に残ったのは、キリコやダリのシュルレアリスム(超現実派)の絵画だった。ダリも公言しているように、精神分析学的手法も取り入れたその絵画の表現が心に刻まれた。

 

 大学時代、本屋で『現代の美術』という大判の美術全集が出版刊行されることを知った。パンフレット(そこにはヴォルフガング・フッターの絵が載せられていた)を見たらどうしても揃えたくなってしまい、あまりすることのなかったアルバイトなどをして、全十二巻のその全集を一冊ずつ揃えていった。いまも私の書棚に残っている。私の宝物である。そこでマルセル・デュシャンを知り、ポップアートを知り、ウイーン幻想派の絵画を知った。

 

 Eテレの『100分de名著』シリーズは、いまアンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』を読み解いている(前回は親鸞の『教行信証』だった)。シュルレアリスムには興味があったから、ブルトンの名前は知っていた。若いときに古本屋でこの本だったかどうかよく覚えていない(確認しようにももうその本は処分したので手元にない)が、彼の本を見つけて読んだ。絵のようにはいかず、よくわからなかった。文章は絵のように感じるだけでは済まない。しかしこの番組でシュルレアリスムにいささか傾倒していた若き時代を思い出して懐かしい思いがしている。現代絵画だったそれらも既に現代の名を冠しにくくなった。とはいえ、優れたものは常に新しい。久しぶりにウイーン幻想派(ヴォルフガング・フッターもそのひとり)の画集でも眺めようか。

Dsc_5830_20260805162001フッターの絵

 

*シュルレアリスムはフランス語の読み方。英語ではシュールレアリズム。

歴史を学ぶ

 もうすぐ八月六日が来る。八月九日が来る。八月十五日が来る。被爆体験者、空襲体験者が直接子どもたちに語る様子をテレビでたびたび取り上げることが多くなる。私も子供のころ、空襲で焼夷弾や爆弾の降り注ぐなかを家族で逃げ回った経験を持つ母から繰り返しその様子を聞かされたので、その光景が自分の記憶のように頭に染みついている。そういう経験を語り継ぐことには意味があると思う。戦争は絶対にしてはならないものだという思考の核を持つことは大事なことだと思う。

 

 ただ、同時にそれ以上に、どうしてそういう誰もが起きてほしくない戦争が繰り返し起きるのか考えるために、歴史を学ぶ必要があると思う。それはたぶん学校の歴史の授業では不十分だと思う。学校で学ぶ歴史は、どうして戦争が起きたのか、という視点から歴史を考えるようには出来ていないと思うからだ。もっと大雑把で、どうしていまの世界はこのようであるのか、という漠然とした成り立ちを説明しているだけのように思うからだ。そういうものは歴史を学び、考えたということにならない気がする。

 

 歴史を考えるための本やドキュメント番組はたくさんある。テレビの番組は正直に言うと詳細すぎて戦争体験者の経験談を聞くことに近いものが多い。考えるためにはテーマを決めてなるべく詳しい歴史の本を、そしてさまざまな本を繰り返し読むことが必要だろう。知れば知るほど興味がわくはずだ。知ることで思考の糧になる。この時期だからこそ、どうして戦争が起きたのか、歴史を学んでほしいと思う。戦争体験を聞かされて、歴史を学びたくならないはずがないと思うのだが。

2026年8月 4日 (火)

感情的になる

 感情的になりやすい人は、気が小さい人であることが多いような気がする。自分がそうだからそう思う。昨日はいろいろゆとりがなくなっているところへあてにしていたことがあてにならなくなり、段取りが来るってつい感情的になってしまった。しばらく気持ちが収まらなくなり、一晩寝たあとの今朝になってようやく興奮が静まった。いい歳をして自分をコントロールできないのか、と自己嫌悪にもなるけれど、年のせいでコントロール能力が低下しているというところかもしれない。なんだかすべてがわずらわしく、面倒くさくなってしまった。といって何もかも放り出すというわけにはいかないところがつらいところだ。

 

 さいわい気持ちが少し落ち着いたら、また本が読めるようになってきた。『故宮 至宝が語る中華五千年の歴史』第二巻を三分の一ほど、そして、宮本輝の『湾』という小説を半分ほど読んだ。やはり本を読んでいるときが一番気持ちが落ち着く。いやいや逆で、気持ちが落ち着いているから本に集中できるのだ。だから本が読めるのは幸せな時間なのだと改めて思う。

 

 明日は午前中に雑用を済ませ、午後、妻の病院へ行く。病院から昨日連絡があり、様子を見て来週移る予定だったリハビリ病棟へ、急遽移らなければならなくなりましたということであった。いまの病棟への急患入院患者が多くてそういうことになったらしい。暑いから具合の悪くなる人も多いのだろうか。妻はその事態を理解できずに勘違いしたらしく、少し迷惑を掛けたらしい。明日は看護師たちに謝らなければならない。

 スマホやパソコンでネットニュースを見ていると、迷惑人間が懲らしめられる、という小話がいろいろ挟み込まれていて、ついおもしろいから読んでしまう。どうしておもしろいかといえば、現実の世の中ではこういう迷惑人間が懲らしめられるということがあまりないから、こうだったら痛快だろうなあと思っているからだろう。それで痛快を感じるだけならそれだけのことであるが、その迷惑人間の有様に毎回怒りを感じるその感情の乱れが、解消し切れないでいるような気がしてきた。現実にはこんなにうまく迷惑人間が懲らしめられたりしないことを知っているのだから、つまりそのギャップに不快感が解消しきれずくすぶっているということだ。毎回その迷惑人間の毒を注入され、解毒剤でそれを取り除いて元気を取り戻したようでいて、実は毒が少しずつ残り、それが蓄積されているような気がする。

 

 そういうわけで、おもしろいけれどそういう小話はしばらく読まないことにしようかと思う。

 

2026年8月 3日 (月)

古代史

 中国四川で発掘されて脚光を浴びている三星堆遺跡を取り上げたNHKの番組を見た。三星堆(さんせいたい)は三星村というところにあるのでそう呼ばれる。実はかなり前、戦前から発掘ははじめられていたが、遺跡のある地域が広いので、全貌が明らかになったのは二十世紀の終わりになってからである。いわゆる漢民族による中原の文明を黄河文明と呼んで、中国の古代はそこから発したように捉えられてきたが、二里頭遺跡群をはじめとして長江流域や江南地区など中国全土でさまざまな発見発掘が行われていて、その古代史は時間と広がりを拡大させているようだ。いまは存在が確定されていないが、殷の前の夏の遺跡が出土するのではないかと期待している。

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 たまたま故宮の文物を論じた四冊本の第一巻は中国古代であり、それを読んだところでもあった。青銅器を主体としたその遺物の造形と、今回の三星堆の出土物である青銅器の比較が出来ておもしろかった。他の地区では青銅器は祭祀用ではあるものの、器物が主体である。ところが三星堆で出土したものは大型でしかも人物や神が造形されたものが多いのが特徴だ。その理由、そしてその三星堆の遺跡に住んだ人びとの由来について、中国の学者たちがさまざまな推論を述べていた。それは根拠を伴うものであるだろうが、まだ推論の部分も多い。しかしNHKのナレーションでは断定的な言い方をしているに感じるときがあって気になった。そもそも中国は歴史が政治的なバイアスを受けざるを得ない宿命を持つ。特に現代はそうである。その辺はもう少し気をつけるべきだろうと思う。気にしすぎだろうか。取材のために仕方のない面もあるのか。

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 それとは別に、放送大学のアーカイブから『日本海域の古代史像』という少し古い講演番組も見た。これは以前一度見ているが、先日能登の珠洲にある須須神社へ行ったのはこの番組が記憶にあったからである。この講義は大陸の文化が日本に流入したルートは南方や九州が窓口だったとされているが、広く日本海沿岸(山陰、北陸、東北、北海道)が窓口であった、という考察を発表する講義である。その根拠を論じるには私の知識は力不足だが、さまざまな知識の断片が想起されて、なるほどと思うことがある。司馬遼太郎の『オホーツク街道』や『北のまほろば』を読むとその意味がわかるだろう。この講義では特に出雲半島東端の美保神社と能登の須須神社の存在が大きく取り上げられていた。美保神社は二度ほど訪ねているので、先日地震の被災の様子を見るのもかねて見そびれていた須須神社を見に行ったのである。

 

 ものを考えるときに、具体的なものの記憶がある方が考えやすい。やはり論じられているものはそこへ行き、現物を見るに如かず、である。それは昨年東北などの縄文遺跡を訪ね歩いたときに実感した。

2026年8月 2日 (日)

一目(いちもく)上げる

 新旧の囲碁ソフト三種類を相手に対戦をしている。自分の棋力より少し強い設定にした相手との戦いを重ねているうちに、少し自分の棋力が上がったようで、もう一ランク上の設定にしてもときどき勝てるようになった。ふしぎなことに、以前は楽勝だった一番古いソフトに楽勝できなくなった。たぶん相手をなめているからで、じっくり打たなければ碁が雑になる。最近は、久しぶりに日曜日のEテレのプロ同士の早碁を見るようになった。さすがにプロである。全体に目配りが行き届いていて、その時点での最善の手を最善のタイミングで打っているのに感心している。さらにもう一目上を目指して、ごくたまに打つ碁敵に一矢報えるようになりたい(前回は三戦全敗で悔しい思いをした)。

 

 寝床から起き上がりにくくなってつらいので、春からベッドにしている。旅に出たときの宿でも、温泉などでは見かけはホテルでも和室の部屋が多い。そういうときは起き上がるのにちょっとつらいことがある。それが嫌だから、温泉をやめてたいていがベッドのビジネスホテルにしたりすることもある。いまのビジネスホテルは大きな浴場があったりして案外快適だ。その代わり夕食は地元の食材が食べられそうな居酒屋などに行く。結果的に結構高くついたりするが、いい思い出になる。

 

 まだひと月足らずだが、ベッドの上でいろいろジタバタして筋力アップの体操を続けている。起き上がりにくいのは腹筋が衰えているからで、胴長短足で頭蓋骨の重い私は、普通の人よりも起き上がるのに物理的な力が必要なのだ(と思っている)。腹筋や腿や尻の筋肉を少しずつでも復活させてくれそうな自己流のジタバタ体操である。それで少し汗ばむくらいになる。そのあとは前屈で腰や腿の筋をゆっくりじっくり伸ばしている。

 

 起き上がるのがひところよりはスムーズにできるようになった。これでもう少し腿や尻の肉が戻れば長時間座っているときの尻の痛みも軽くなるかと期待している。身体の方も一目上げたいと思っている。

猛暑の時期は

 猛暑の時期はしのぎやすい海や山に出かけたいけれど、夏休みの時期でもあるからどこも混んでいる。混んでいる時期に出かけるのは嫌いだし、宿も取りにくいからたいてい家でくすぶることになる。それにいまは妻のことで病院からいつどんな連絡が来るかわからないから遠出するわけにも行かない。そう思うとかえってどこかへ行きたくなってしまう。

 

 必要なときにしゃっきりするために、何もないときはテンションを下げている。クーラーの省エネモードと同じだ。若いときのように無駄遣いできるほどエネルギーがたくさんあるわけではないのだ。本も、一気に集中して読む小説などは読めない状態で、かえって少しずつしか読めない面倒な本を、ほんの少しずつ読んだりしている。活字中毒者は読解力はともかく、印刷された文字を眺めていないと気持ちが安定しない。

 

 酒を控えようと思いながら、気がつくとつい飲んでしまう。きちんとした料理を作るのはボケ防止になっていいのだが、その料理がほとんど出来ずにやっつけの定番を一品だけ大量につくって、あとはできあいの惣菜などを買ってくるだけで済ましてしまう。控えるどころが飲み過ぎ食べ過ぎ気味な日々が続いている。それがストレス解消になっているのだが、功罪としては罪の方が重い。

 

 先日見た綾瀬はるか主演の映画『ルート29』の国道29号線の緑溢れる山間の道を走ってみたいなあ、そして山陰の海を見に行きたいなあと、いまトイレの壁に貼り付けてある鳥取県の地図を眺めながらぼんやり思っている。

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2026年8月 1日 (土)

『ボーダーランズ』

 なんだかエネルギーを使い果たしてしまって(もともとわずかしかないからすぐ枯渇する)、今日は英国ミステリー『刑事ベルジュラック』(全六回)と『ボーダーランズ』という映画を見て一日を過ごした。英国ミステリーは北欧ミステリーとともに大好きだし、大変おもしろかった。英国ミステリーは外れがあまりないから時間の無駄にならずありがたい。このドラマは第二シーズンのようだ。たぶん第一回のシーズンも見た気がするが、よく覚えていない。最近はすぐに忘れる。

 

 『ボーダーランズ』はビデオゲームを実写映画化した2024年のアメリカの作品で、主人公の宇宙賞金稼ぎ(女性)をなんとケイト・ブランシェットが演じている。あの『ロード・オブ・ザ・リング』にも出ていたし、『ホビット』にも出ていたし、映画『エリザベス』でエリザベス一世を演じていたあのケイト・ブランシェットが宇宙銃を手に大活劇を演じるのである(もうあまり若くないのに)。それだけで見もので、しかも物語は荒唐無稽ではあるものの、見ていてあきさせない仕掛けだらけで結構楽しめた。何も考えたくないときの映画としては当たりであった。

ゆとりと我慢

 現役時代(忘却の闇に記憶が薄れはじめているが)は日々が変化に富み、臨機応変に対処しなければならないことが毎日押し寄せてきて、それに追われて日々を過ごしていた。他人が見ればいい加減に生きているように見えたかもしれないが、今思えば自分としてはよくやっていたと思う。生きがいらしきものもあった。とはいえ、もう一度あの日々を過ごすように求められたら御免を蒙りたい。

 

 いま現役の人たちは様々な管理が昔より徹底していて、時間的なゆとりを持てなくなっているのではないかと心配している。忙中閑ありで、管理者から見ればサボっているように見えても、問題処理のために立ち止まって考える時間というものは絶対に必要で、そこまで切り刻まれたらストレスで疲れ果て、的確な判断が出来なくなる。言い訳だろうか。

 

 さて、いまの自分を見れば日々が閑中閑ありで、ほとんど変化のない日々を過ごしている。朝、その日にすることをメモに書き出す習慣にしているが、ほとんどが毎日同じようである。若いときとちがってそれで心地がよい。もちろんイレギュラーなことはときどきあって、それによる生活のさざ波は生きている証みたいなものなのだが、それでもそれが収まってもとのリズムに戻るのに多少の時間を要する。歳とともにそうなった。

 

 ゆとりだらけのなかにいて、しばしばそのゆとりを見失う。さまざまなことへの対処能力が低下していて、わずかな生活の変化にひどく疲れてしまう。こうして次第に自分が衰え、ありがたくなっていくのだなあと思う。さはさりながら、常に抱え続けている妻の問題は私を疲労させ、しかし同時に、実は私を支えてもいるのだと思ったりもする。

 

 ところでいま、熊本地震で被災した人びとはどんな思いでいるのか、特にお年寄りの人びとは非日常をどう耐えているのかと想像すると、心から同情する。私ならどうするだろうか。人は昔から何かに耐え続けてきて、これからも耐え続けるしかないのだろうと思ったりした。

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