『生と死の考古学 縄文時代の死生観』
山田康弘『生と死の考古学 縄文時代の死生観』(東洋書店)という本を読了した。170ページほどの本であるが、中身が濃いし読み飛ばせるような本ではなく、少し読んでは考え、また読み進めては考えるというような読み方をしたので、読了するのに一週間以上かかった。たいへん素晴らしい本であると思う。それに取り上げられている遺跡や遺骨が私が見たことのあるものも含まれていて(奥松島の前浜貝塚から出土した女性の遺骨など・多賀城市の東北歴史博物館にある)、より身近に感じられた。
縄文時代といっても、一万六千五百年前くらいから弥生時代までの一万数千年もの長い期間なので、その埋葬の仕方、集落の形、その大きさなどさまざまあって、もちろんひとくくりに出来ない。しかも遺骨というのは時間とともに地中で次第に劣化して消失してしまうことが多い。特に日本は酸性土壌の場所が多いので、それが顕著である。貝塚で発見される遺骨が現存するのは、貝の石灰分、つまりアルカリ成分によって保存が出来たからである。貝塚に埋葬されるというと、あたかもゴミ捨て場に遺体を埋葬したように誤解する人が居るらしいが、貝塚はゴミ捨て場ではないし、そこに埋葬することにはそれなりに意味があったことがわかっている。それでも発掘された遺骨はかなり強度が低下しており、頭蓋骨や大腿骨、上腕骨のように、密度の高い硬い骨はともかく、骨盤などはひどくもろくなっていて、形のまま取り出せることはほとんどないようだ。
さまざまな埋葬形式や遺体の状況など、それらから一体何がわかるのか。それは想像以上に膨大な情報を持っていて、そこから描き直される縄文の人びとの暮らしや世界観はとても興味深い。この本を読んでもう一度縄文の出土品などを見直してみたい気持ちになった。こちらの世界観が少し変わったから、見えるものも違う気がするからである。
いい本を読んだ。
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