なかなか平常心というのは
先日平常心を失って感情が激してしまった。なかなか平常心を保つというのは難しい。年をとるほど難しくなっている。それもなんとか収めて修復することが出来た。修復は意地を張らずにこちらが折れれば簡単だ。その簡単なことがなかなか出来ない。
昨日妻の病院へ行った。病院の都合で病室が移ったことを妻が勘違いしたらしく、看護師たちの手を煩わせたらしいことを連絡されていたので、妻との面会のあとに迷惑を掛けて申し訳なかったと声を掛けたら、みな笑って、そういうのが仕事ですからという。ありがたいことだ。どちらにしてもこちらが何があったか承知していることを伝えれば彼女たちも悪い気持ちはしないだろうと思う。逆にこちらが、それが仕事であたりまえのことだ、などといえば不愉快になるだけだと思う。
妻はリハビリはきちんと出来ているらしい。しかし認知が乱れていて、私が誰だかわかっているのかいないのかはっきりしない状態だった。どこか私の知らない病院へ転院するのだから連れて行け、などという。十分ほどいろいろ話をしてみたがどうも会話が上の空で、仕方がないので早めに切り上げた。来週一週間は見舞いには行けないことを看護師たちに伝え、再来週、盆明けに行くことを了解してもらった。医師にも確認してもらい、それで問題なしとのことであった。
これでしばらく休むことができる。来週面会に行かないのは、盆休み中であることもあるが、息子夫婦が帰省して来るからでもある。娘も合流する予定である。久しぶりに何か料理を作り、息子と酒を飲みながら泣き言を聞いてもらおうと思っている。息子はよく出来ているからちゃんと理解してくれると思う。そうすれば私もまた元気が出るだろう。気持ちを切り替えて、しばらく休養したら歓迎準備をはじめるつもりだ。まず部屋を片付けなければ。
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