心配
今朝のニュースによれば、能登半島の付け根あたりに線状降水帯が居座り、被害が出ているようだ。七月に能登の先端部にある須須神社や変わり果てた見附島を見に行き、その晩、氷見に泊まったばかりだ。その氷見も水害が出ているようだ。十年ほど単身赴任で金沢に暮らし、能登は仕事でもプライベートでも走り回ったところであり、被害の起きている地帯の地名はなじみのあるところばかりだ。他人事とは思えないので心配しながらテレビのニュースを見ている。
映像で見たり、ニュースで報じられているトランプ大統領の様子からは、見苦しく衰えた老人の老醜しか私には感じとれないのだが、アメリカ人はどう感じているのだろうか。人はさっき言ったこととちがうことを、間をさほど置かずに平気で言っている人間の言うことを信じられるのだろうか。そもそもトランプ自身がそのことを自覚できているのかいないのか。自覚しながら平然としているとしたら、強靱な精神というよりも異常である。自覚できていないならまさに統合が失調している人であろう。そのことで振り回されている世界がどれほどの被害を受けているのか、受け続けるのか心配だ。世界はあたかも裸の王様を見るようにトランプを見ているようだ。裸の王様は、裸の王様の存在だけで裸の王様の世界が成りたっているわけではない。
妻の病院からの連絡が既に来てもいいころなのに未だにない。リハビリ病棟は空き待ちの人が多くてすぐにも他へ移って欲しそうだったから、それが遅れているのは転院の受け入れ先が見つからないのかもしれない。私に出来ることは今のところない。転院先がきまれば介護タクシーで連れて行き、その病院でのしきたりを訊き、必要なものを揃えるだけである。そのスタンバイをしているが連絡がない。転院先がなければもともとの病院へ戻るだけである。どうしていいかわからずに連絡待ちというのは身動きがとれず、それもなかなか気持ちが落ち着きようがなくていやなものだ。
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