『故宮 2』
今朝の室温は28℃、ベランダへ出ると東から風が吹いている。あまりないことだ。やや湿り気があるように感じるのは天気予報が念頭にあるからか。昨朝の爽やかさとは少し違う気がする。台風が通過したはずだが特に風が強く吹いたということもなかった。雨は降っていない。午後には本降りになるかもしれないというがどうだろうか。
至宝が語る中華五千年という副題を持つ『故宮』全四巻のうちの第二巻を読み終えた。時代は魏から晋、五胡十六国と南北朝、そして隋から唐である。三部に分かれていて、テーマとして王羲之、仏の道、長安の春が挙げられている。
あの三国志の時代はまず蜀が滅亡し、次いで呉も滅んで、つかの間ながら魏が中国を統一する。しかしその魏も司馬氏によって簒奪され、晋という国になる。しばらく続いた晋の時代も内紛(八王の乱)などによって弱体化し、それを見透かした北方民族の乱入によって滅亡してしまう。ただし一部司馬氏の血脈は南へ逃げて、現在の南京を都とする東晋を建国する(もともとの晋を西晋とも呼ぶ)。それ以後、中国北部は五胡十六国と言われるさまざまな国が興亡を繰り返す時代が続き、南部は東晋以後六つの王朝が興亡する。王羲之はその東晋の時代の人である。
北部異民族の国々は北魏という鮮卑族の国に一時統一される。その北魏はさまざまな民族(漢民族も含む)を統合させるためもあって、仏教を取り入れていく。シルクロード経由で伝達していた仏教が一気に盛んになっていく。北魏は当初現在の大同のあたりに都を置いていたが、後に洛陽に遷都する。大同の近くには雲崗の石窟が、そして洛陽の近くには龍門の石窟がその仏教の名残を残す。中国三大石窟のもう一つ、敦煌郊外の莫高窟もこの時代に拡大した。
北魏も後に分裂するが、その流れである北周を淵源とした隋によって再統一され、さらに隋は南朝をも倒してここに中国は再び統一される。ただし、二代目の煬帝の積極政策が裏目に出て長続きせず、縁戚関係だった李氏によって倒され、ここにあの繁栄を誇った唐の時代が到来する。唐は見かけ上激しく煬帝を暴虐の皇帝と非難したが、実際にはほとんど煬帝の政策を引き継いだ。この本では煬帝の悪逆の汚名は作られたものであろうとしている。
魏晋南北朝の時代は波乱に富んだ時代で、まことにおもしろい。国の名前がたくさん出てくるので、とても覚えきれないし、その順番も私のざる頭では覚えきれない。しかし異民族(漢民族から見て)の支配した時代は活気があってとてもおもしろい。中国はそういう攪拌があってこそ成長したのだと思う。漢化を強制して異民族の消滅を図り、自身の安泰ばかりを目指す毛沢東や、それに輪を掛けた習近平は中国を衰退に向かわせていると思うのは私の願望に過ぎないのか、妄想か。
王羲之について書こうと思ったが長くなりすぎたのでここまでとする。
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