昔懐かしシュルレアリスム
こどものときから本好きだったので、図書館には入り浸りだった。学校の図書館、街の図書館など、どこにどんな本が配架されているか、だいたい記憶していた。中学校のころ、学校の図書館の、読みたいと思うような本はほとんど開いてみた挙げ句の果てに美術書のコーナーに目が行った。そこにあるのがわかっていたけれど美術図鑑は開いたことがなかったので、美術全集を開いて眺めていった。ホルモンが出始めた少年の目に、ルネサンス時代の裸体画が強烈なインパクトを与えてくれた。それからしばらくの間、ひたすら美術全集を開く日々が続いた。ホルモンはすでに収まっていて、いままで知らなかった絵画の世界に魅了されていった。特に記憶に残ったのは、キリコやダリのシュルレアリスム(超現実派)の絵画だった。ダリも公言しているように、精神分析学的手法も取り入れたその絵画の表現が心に刻まれた。
大学時代、本屋で『現代の美術』という大判の美術全集が出版刊行されることを知った。パンフレット(そこにはヴォルフガング・フッターの絵が載せられていた)を見たらどうしても揃えたくなってしまい、あまりすることのなかったアルバイトなどをして、全十二巻のその全集を一冊ずつ揃えていった。いまも私の書棚に残っている。私の宝物である。そこでマルセル・デュシャンを知り、ポップアートを知り、ウイーン幻想派の絵画を知った。
Eテレの『100分de名著』シリーズは、いまアンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』を読み解いている(前回は親鸞の『教行信証』だった)。シュルレアリスムには興味があったから、ブルトンの名前は知っていた。若いときに古本屋でこの本だったかどうかよく覚えていない(確認しようにももうその本は処分したので手元にない)が、彼の本を見つけて読んだ。絵のようにはいかず、よくわからなかった。文章は絵のように感じるだけでは済まない。しかしこの番組でシュルレアリスムにいささか傾倒していた若き時代を思い出して懐かしい思いがしている。現代絵画だったそれらも既に現代の名を冠しにくくなった。とはいえ、優れたものは常に新しい。久しぶりにウイーン幻想派(ヴォルフガング・フッターもそのひとり)の画集でも眺めようか。
*シュルレアリスムはフランス語の読み方。英語ではシュールレアリズム。
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