『古代史を読む』
『古代史を読む』(朝日選書)という本を読んだ。歴史や考古学の専門家二十五人が、日本や海外の歴史を研究しながら考えたこと、感じたことなどを書き記した本で、歴史を縦ではなく、横に見ることで、ちがう視点からかなりディープに歴史を眺めさせてくれた。内容はかなり濃厚。素人が自力ではたどり着けない世界に誘ってくれる。それぞれをもう一度じっくり読み直したい本である。
例えば吉備という地についての考察など、関連するキーワードや人物を知ると、とても興味深い。岡山県にはあまり行ったことがなかったが、数年前に、若いときから訪ねたいと思っていた吉備津神社へ弟夫婦と行った。上田秋成の『雨月物語』中の一篇の吉備津の釜についての怪異譚が訪ねるきっかけだったが、調べるうちに吉備という地の、古代史の中の重要さを知った。吉備真備という人物についても記憶の中にある。吉備の地には古墳も数多く、大和朝廷と対抗する大きな勢力があった。吉備から妃を迎えた例は数多いようだ。長屋王の正妻であった吉備津姫という名も思い出す。
また、飛鳥寺の一塔三伽藍の様式が高句麗様式の特異なものであること、さらに焼失した塔の底で発掘された遺物からの推定が、日本海からの交易の盛んであったことを語ることなど、日本海交易についての新しい視点を教えてくれる。以前、出雲半島の美保神社、そして先日能登の須須神社を訪ねたのはそれらの背景を偲ぶためであった。さらに大化の改新についての見直しが行われていて、伝承と実際がずいぶんちがうらしいことも知った。そのことはさらに最新の知見を調べたいと思う。
海外の話題もある。ヨーロッパ文明の源流としてのケルト文明についての考察は、ヨーロッパ史、そしてキリスト教の伝播についての全く新しい見方を教えられて興味深かった。そこで今頃気がついたのだが、歴史を国単位で考える、ということ自体がたぶん間違っているのだ。たまたま日本博に単位で考えることの出来る国なので、そこに気がつけなかった。私が世界史が苦手だったのは、その枠にとらわれていたからで、現在の国家の枠を越えた歴史の流れが理解できなかったのだ。そもそも現在の国家というのは長い歴史から見れば新しいものばかりなのだ。それを取り払って、その流れを見なければならない。そんなあたりまえのことにようやく気がついた。
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