人のルール
人のルールは猿や熊や鹿やイノシシには適用されない。適用しようとしてもルールを理解させることは出来ない。だからそれらの獣を人間並みに扱うことには無理がある。それが彼らとの境界を維持するための方策を考えるときの出発点だろう。ところがどうもそのことを理解することが出来ない人間がいて、それらの獣を擬人化して、人間並みに扱うべきだと主張する人が少なからずいる。獣を人間化して考えるという勘違いは、人間を獣と同じだと勘違いしていることと同じかもしれないと思ってしまう。
そういえば、人間には他人のものを勝手に自分のものにしてはいけないというルールがある。人をだましてはいけない、人を傷つけてはいけないというルールがある。それをあたりまえのこととして守るのが人の最低限の基準だろう。だから守れなければ罰せられる。ときに社会から強制的に隔離される。
農産物を盗む、水道メーターを盗む、ケーブルを盗む、公共のものを盗む、家の外に置かれていたものを盗むという行為に人が怒りを感じるのは、人としてあたりまえのことが守れないものに対する強い嫌悪感からだろう。すべてに見張りを置いたり監視したりすることなど不可能だ。だからすきを突いて盗み取り、うまいことをした、とほくそ笑む輩が横行する社会に強い不安を感じ、寒気がする。それがまともな人間の感覚だろう。
獣が人間界との境界を平然と侵し始めたのは、彼らの鋭い感性が、人間の世界のルールが破綻し始めて、彼らがその破綻した領域に親和性の匂いを嗅ぎつけたからではないか、などと妄想してしまう。


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