縁(えにし)
仕事で全国あちこち歩いたので、友人知人がそこそこいた。現役時代とリタイア後しばらくは、年賀状も普通の人よりはたくさん出した。ときとともに疎遠となって、その数も減っていった。鬼籍に入ってしまった人も少なからず居る。会うことがなくなれば、そして交流が減れば、友人知人は思い出だけの人になっていく。思えば、あのコロナ禍というのが最悪で、そういう縁を断ち切ってしまうきっかけになったことは間違いない。身内でさえ会うことが減ったのだから、友人知人との交流も激減した。同時に自身の衰えから、自ら会いに行こうという気力が低下して、その結果、出す年賀状はどんどん減っていった。
若いころ、先輩から、人との付き合いは自ら努力しなければ失われていくものだ、と教えられた。もともと無精で成り行き任せのところがあったから、そういう努力はあまりしない人間だったが、以後それなりに心がけるようにしての蓄積の結果の友人知人である。それが、こちらからの働きかけだけの付き合いの人から順に縁遠くなっていったのは、私の心がけが足らないのはわかっているが、それもいまはそれでいいのだと思うようになった。
気にかかる人が何人か居て、会っておかなければと思う。あとで後悔するだろうと思う。しかし、いまはそれも自分自身のフェードアウトの一つの過程であって、仕方がないことだと静かに思えるようになってきた。人は突然この世と縁が切れるのではない。次第に縁が薄れていくのだろう。自分自身が誰かの思い出として残り、その思い出も次第にかすんでいく。それでいいのだと思う。
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