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2026年10月

2026年10月 8日 (木)

雑感8

 いまどきの、薄皮で小ぶりな蜜柑が子供の時から好きである。たいてい少し酸っぱいが、それがおいしい。ところが先日の歯科の定期検診でもまた言われたように、「歯がすり減って神経が歯の表面のすぐ下の処まで来ている」ので、一つ二つくらいはいいのだが三つ目になると沁みてうずいてしまう。林檎でも梅干しでもそうで、これはどうしようもないらしいのである。夏みかんなども大好きなのに、いまは食べることが出来ない。残念である。

 

 Eテレの『三ヶ月でマスターする心理学』が始まった。最初の回のテーマは「怒り」だった。人間はなかなか怒りをコントロールできない。しかし怒りにはその奥にさまざまな感情があって、それを自覚し、別のことばに置き換えることが出来るとコントロールできるようになることがあるという。その奥にあるものというのは、「不安、焦り、あきらめ、妬み、劣等感、寂しさ、恐ろしさ、後悔、もどかしさ、苦しさ、落胆・・・」などである。番組を見ながらメモをしたので少ししか書きとめられず、あとで自分で付け加えたものも多い。言われてみればなるほどと思うところがないではない。世の中の不条理に対する怒りはどう置き換えられるのだろう。

 

 先日の放送大学の講義で、斎藤茂吉の短歌をかろうじて一首だけ書きとめた。

 

  最上川 逆白波の立つまでに
    吹雪く夕べになりにけるかも

 

正しく書きとめられたかどうか自信がないが、ひどく心に響くものがあった。忘れないためにここに書き残しておく。

 

 カボチャを煮た。戦時中、カボチャばかり食わされて、見るのも嫌だ、という年寄り(たいてい男性)がむかしはけっこういたけれど、いまのカボチャはとてもおいしいから私は好きで、よく煮て食卓の一品にする。ただ、千葉県生まれで子供の時からサツマイモばかり食べさせられたので、あまりサツマイモが好きではない。似たような心理だろう。けれど乾燥芋だけは大好きで、先日福井に行ったときにも道の駅にあったので、買って帰り、お茶請けに少しずつ食べていたらもうなくなった。むかしと比べてずいぶん高くなった。子供の時には母がふかした芋を板状に薄く切って、縁台で天日に干してくれた。十三里のような黄色いぽくぽくした芋よりも、水っぽいようなねっとりした白い芋のほうが、干すとおいしかった。

人格神

 梅原猛の宗教に関する文章をいくつか読んでいて、おぼろげに知っていたことについて改めて考えさせられた。アニミズム的な宗教は原始的で、多神教は遅れており、一神教こそが宗教らしい完成された宗教だというのは西洋的な価値観ではないかという指摘は、私もそう思う。縄文文化の遺跡や遺物をいろいろ見てきて、当時の人々の、何物にも生命が宿るという考え方の方に私は共感する。人格神を想定した時点で人間は神に似せて作られたものだという考えが信じられ、絶対神に対する畏れが人を律していたはずなのに、いつの間にか人間は神を超えようとし始めた。その果てが知能をAIに託すようなことにつながっていないか。

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 日本の神道は日本古来、日本独自の宗教であるが、しかしいまの伊勢神宮を原点とする神道はやはり人格神で、本当の日本の原点の宗教と言えるのか。あちこちを見て回れば、巨石や巨木、山や川や海をご神体とする場所が沢山ある。それがそもそもの日本の神であり、『古事記』などの神話はあとで作られたものであろう。江戸時代の国学は、仏教や中国の影響を取り除いた本来の日本を見直そうとしたものだが、その時に『古事記』などが日本の原点とされた。そしてその人格神崇拝が利用されて、明治以降の近代日本国家によって個人を現人神として出現させることにつながった。それが何をもたらしたのか。そういうことを知り、感じ、考えるようになったのは、やはり古代日本と親しみ始めたからかもしれない。

Dsc_4163_20261008070701多賀城南門

 人格神を持つ人びとは、縄文人をまつろわぬ者たちとして駆逐していった。多賀城などはその前進基地であった。東北人の魂の底に、二重三重にその怨恨が残っている気がする。そのことは赤坂憲雄の『東北学』に詳しい。それは縄文の怨みであるような気がする。

2026年10月 7日 (水)

紀行文といえば

 斎藤茂吉の文章は名文だと、朝のブログで書いた。そのことを教えてくれた文芸評論家が誰だったのか忘れたが、推奨されていた『ドナウ源流行』という文章を読んでなるほどと思った。偏見を持っていた斎藤茂吉を見直したものだ。ドナウ川については宮本輝の『異国の窓から』という本を読んでいて、まさにこれがドナウ川紀行なのである。紀行本としては好きな本で大事にしている。お勧めの本である。それを読んでいたから斎藤茂吉の文章も一層イメージが浮かびやすかった。

 

 それほど意識して集めたわけではないが、書棚を眺めると紀行本が結構沢山ある。森本哲郎の本の多くが紀行本であるし、池内紀や沢木耕太郎にも優れた紀行本がある。夏目漱石や泉鏡花、芥川龍之介の紀行文も文庫本で読める。特に芥川龍之介の『上海游記』などは何度読んでもおもしろい。また私の大事にしているもので何度も読み返しているのは『考史遊記』という桑原隲蔵の紀行本で、明治末、清の末期の中国紀行で、写真も沢山収められていて大好きな本である。また、橘南谿の『東西遊記』や『菅江真澄遊覧記』なども外せない。竹添井井の中国紀行文や、鈴木牧之の『秋山記行』も素晴らしい。ここに中国の文人の残した紀行文やイザベラ・バードを加えるとキリがなくなる。そういえば紀行本のことは以前にも書いた記憶があるが、好きな分野なので書き出すと止まらない。

 

 たいていの文豪には紀行文が残されているが、意外と小説よりも見劣りするものがあったり、小説は好みではないけれど紀行文が素晴らしかったりする。それはそれで面白いことである。

内外海半島へ

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三方五湖から内外海半島へ向かう。見えているのは鳥辺島か。

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こういう景色が大好きである。

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防波堤で釣りをしている。むかしはよくこういうところに釣行したものだ。なにが釣れるかわからないのがおもしろい。

Dsc_5984内外海半島の久須夜ケ岳の展望台から若狭湾を見下ろす。

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日本海の海の青さ、美しさは心を洗う。

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向こうに見えるのは、先ほど見た鳥辺島か。

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街が見える。小浜の街だ。このあと小浜に下りて舞鶴小浜道に乗り、帰路についた。

遅ればせながら

 『和歌文学の世界』(2014年度・全15回)という放送大学の講義がアーカイブから再放送されたので録画しておいた。詩の世界とは疎遠だったが、古典を囓りだしたら和歌や俳句を知らなくてはその世界観を理解できないことを思い知って、遅ればせながら少しお勉強をしようと思っていた。もうすぐすべてを見終えるところだ。

 

 この講義では万葉集から始まって現代短歌までの時代区分に則った和歌文学の世界が説明されていく。こういう風に一首ずつその意味と込められた思い、そして時代背景などを説明してもらえると、このざる頭にもその良さがわかる(ような気がする)。

 

 昨日見た部分では樋口一葉が論じられていて、和歌や源氏物語の素養を背景にしている作品世界のことが詳しく語られて興味深かった。樋口一葉の『たけくらべ』や『にごりえ』などの小説を少し前に読んだところでもあり、彼女の人生やその思いも垣間見た気がする。幸田露伴が彼女を高く評価していたことなど、新しく知ったこともいくつかあった。

 

 和歌が短歌とよばれるようになったのは正岡子規の『歌よみに与ふる書』以来のことで、そこから短歌誌『アララギ』が発刊されるようになった。子規は古今集以後の和歌を批判して『万葉集』を高く評価したが、その根底に明治時代の和歌が時代遅れとなって衰退していたことを憂えた怒りがあったのであろう。怒りのあまりの激しい批判はいささか過剰であったように思う。やはり古今集以後の和歌にはそれなりの素晴らしさはあるのだということをこの講義で改めて教えられた。子規の怒りには、明治という時代のナショナリズムが強く反映していることは梅原猛も指摘したところである。

 

 そのアララギ派の伊藤左千夫、島木赤彦、そして斎藤茂吉が、近代短歌歌人として取り上げられていた。伊藤左千夫といえば『野菊の墓』で知られるが、アララギ派の歌人で『アララギ』の一員である。彼の生まれはいまの千葉県の山武市で、私の生まれたところの隣町だったので、小学校のときに先生から教えられていてなんとなく親しみがある。斎藤茂吉については、当初、北杜夫の父君ということから歌人としてだけではなく、その精神科医としてのひととなりを知った。山形県の上山生まれであることを承知していたので、ずいぶん昔だが、同窓会(私は大学が山形だったので、その同窓会も近くの温泉で行われた)のついでに生家を訪ねたことがある。

 

 斎藤茂吉には柿ノ本人麻呂論があり、それを梅原猛が『水底の歌』という柿ノ本人麻呂について論じた本で強く批判していたことを思い出す。それはある意味でアララギ的なものに対しての批判だったのかもしれない。古代の真実は明らかにしようもないが、それぞれに言い分があって、どちらかを全面的に支持する必要もないと思っている。ただ、この梅原猛の批判に影響されて斎藤茂吉を見る私の目が曇ったところがある。しかし斎藤茂吉の文章は名文である。その短歌が評価されるのは、それだけの内容があるからだろう。少し斎藤茂吉の短歌を知りたいと思っている。遅ればせながら少し読んでみようかと思う。

2026年10月 6日 (火)

博物館の中

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今回は駆け足で眺めた。

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縄文人の生活を見る。

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発掘仕掛けのまま展示している丸木舟。

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こんな石斧で木が切れるかと思うだろうが、切れるのである。むかし父が使っていたまさかりの刃は栗刃で、似たようなものだったがよく切れた。

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縄文人がどんなものを採集狩猟していたかがわかりやすく説明されていた。あたりまえだが季節ごとに獲れるものもちがう。

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熊と鹿が何かを見つめている。

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剥製だから怖くない。

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ちょっとリアルでかわいそう。

道の駅で梅干しや梅酒などを土産に買った。このあたりは梅の産地である。

このあと内外海半島へ向かう。

若狭三方縄文博物館

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三方湖の湖畔にある若狭三方縄文博物館には三月に一度来ている。ここは入り口ではない。

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博物館入り口の前から年縞博物館を望む。細長い建屋なのは、水月湖で採取した二万年分の年縞が展示されているからだ。前回じっくり見ているので今回はパスしたが、来年にでもまた見に行こうと思う。

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入り口の「若狭三方縄文博物館」の文字は梅原猛の書。余談だが、この半年ほど梅原猛の著作集を少しずつ読み直していて、いまは日本文化論、宗教論などが論じられている『美と宗教の発見』という巻を読んでいる。若書きではあるものの、ものを考えるためのインスピレーションが感じられて、なかなかおもしろい。縄文への興味は梅原猛によるところもある。

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縄文時代を生き抜いた杉の根株。時間が形になっている。

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縄文のこころは母のこころ、だそうだ。その証拠は発掘される土偶の大半が女性であり、しかも妊婦であることから明らかだ、というのだが、確かに女性が偉大であり、豊穣のシンボルであることは認めるけれど、それが縄文時代が女性の時代であったと言い切れるとは思えない。日本社会の原型が女系であったらしいということは、認めるのにやぶさかでないのであるが。

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今回は縄文時代の生活ということをテーマに展示品を眺めた。

2026年10月 5日 (月)

日向湖と三方湖

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レインボーラインを下りて日向湖を北側から回り込む。

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左にシルエットになっている女性が釣りをしていた。

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同じように見えるがこれは三方湖。道の駅から撮った。

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三方湖は野鳥が沢山やってくるので、道の駅にも観察所がある。渡り鳥はこれからやってくる。

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道の駅の少し先に若狭三方縄文博物館がある。三方湖の湖中にある草むらは先ほどのものと同じものである。左奥に竪穴式の縄文住居が再現されている場所がある。

このあと博物館を見に行った。

 

三方五湖を見下ろす

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眼下に見えるのは水月湖。右奥にチラリと見えているのが三方湖。

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奥の霞んでいるのが三方湖で、若狭三方縄文博物館や道の駅・三方五湖はこのほとりにある。

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水月湖の湖面がきらめいて美しい。

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遠くに見えるのが日向湖だと思う。このあと湖畔を走るつもり。

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藤棚を抜けて若狭湾を見に行く。

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快晴なので海の青さが際立つ。

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リフトに乗れば頂上にある天空のテラスに行くことが出来るが、二度ほど散策したことがあるのでパスした。

2026年10月 4日 (日)

三方五湖へ行く

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昨朝、あまりにも天気が好いので日帰りで出かけることにした。福井県の三方五湖へ向かう。名神高速を走れば右手奥に伊吹山がくっきりと見えてくる。関ヶ原を過ぎれば緑のないところが朝日に白っぽく輝いて、まるで冠雪のようだ。

米原から北陸道、さらに敦賀から舞鶴小浜道を走り、三方五湖パーキングのETC専用インターで降りる。

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三方湖と水月湖の境の処に駐車場がある。瀬戸駐車場というらしい。右手が三方湖、左手が水月湖だ。

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三方湖。

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水月湖。

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この水月湖で年縞(ねんこう)を採取した。年縞については以前このブログに書いた。

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三方五湖は三方湖、水月湖、菅湖、久々子湖、日向湖の五つからなり、日向湖以外はすべてつながっている。湖の一帯が沈降したために凹地が湖になったものだ。このあとレインボーラインに向かい、梅丈岳に登って湖を見下ろすことにする。

髪

 自分の姿を顧みれば、他人の容姿をとやかく言う資格はないのだが、それでも好き嫌いがあるのは仕方がない。嫌いなのはむさ苦しいと感じるときである。汚らしいのは特に嫌だ。若いときの自分を省みれば忸怩たる思いがないではないが、そう感じてしまうのだから仕方がない。スポーツ選手の汗みずくの長髪を見たりするとどうもいけない。いい歳をして長髪を後ろで束ねている男を見ると、頭を洗うのが面倒だろうなあと思う。ちゃんと洗って清潔にしているのだろうかと思う。女性の長髪はそこまで気にならないのだから勝手なものであるが、女性はたいてい清潔感が感じられるものだ。

150403-9_20261002115701これは女性だが・・・

 自分には髪が乏しいし、いまは丸刈りの短髪だからひがみ根性があるのかもしれない。でも息子や弟や甥がそんな髪をしていたら舌打ちするだろう。幸いそういうことはなかった。

 

 言葉遣いも、同じように少し乱暴な言い方をしているのに、不快感を感じたりまったく感じなかったりするのはどうしてだろうと思う。相手との距離感が適正で、相手がどう受け取っているのかについての感性が感じられているときは不快を感じることはなく、鈍感に見えたときに不快に思うようだ。芸人の多くはその辺の感性に優れているからのしあがれたのだろう。たまにもてはやされているうちに勘違いして踏み外す芸人もいる。たいてい長続きしないし、一目見てこれはだめだ、と思ったりする。しかしそういうものを面白がって祭り上げる若い人や、試しに脚光をあびさせてみたりすることがあって、残酷な結末になったりする。最近はそういうのが見るに堪えないのでお笑いなどは「笑点」くらいしか見ることがなくなった。それに最近は、早口でことばにクリアさがない語りが多すぎて、何を言っているのかよくわからないということもある。だからことばが明晰で聴き取りやすい人を見るとそれだけで好感が持てたりする。

2026年10月 3日 (土)

日本海を見に行く

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天気が好いので日本海を見に出かけた。

北陸道で敦賀へ、そこから舞鶴小浜道で三方五湖へ向かい、レインボーラインを走って梅丈岳の山頂へ登って三方五湖を見下ろした。そのあと若狭三方縄文博物館を再び訪ね、縄文土器を眺めてから今度は内外海半島の久須夜ヶ岳に上り、そこから小浜湾と若狭湾を一度に見下ろしてきた。

写真は若狭湾。

容色の衰え

 スマホを換えてから電池が長持ちするのに感心している。いままではPINの他に指紋認証で開いていたが、スムーズに開かないこともしばしばあったが、今度はすぐ認証してくれる。さらに顔認証も設定した。設定には少し時間がかかったが、これも開くと同時ぐらいに認証してくれて快適である。

 

 ただ設定のときに画面に映し出される自分の顔の衰えきった様子を見て、我ながら嫌になった。洗面所の鏡に映る自分の顔はそこまでひどくないのに、どうしてスマホの自分の容色はここまで衰えているのだろう。同じ人物とはとても思えない。他人の見る私の顔は一体どちらであろうか。洗面所の鏡の顔は自分で補正しているのかもしれない。たぶんスマホの顔が本当の自分の顔なのであろう。哀しい。

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2026年10月 2日 (金)

難民

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 ニュースで難民の様子が報じられる。世界中のあちこちに難民が溢れているかのようである。難民は自国では生きていけない状況に追い込まれて、やむにやまれずに他国に流入している人たちであろう。中には経済的により良い世界を求めての難民もいるというが、映像を見ている限り、ほとんどが生命の危機を感じての、着の身着のままの流浪に見える。

 その難民に対して献身的に支援する人たちがいる。そういう人たちがいて、難民はかろうじて露命をつないでいるといっていいだろう。もちろんそのための経済的物質的な支援がなければ、支援者たちも無力である。世界からそういう経済的物質的支援が行われてきたが、その最も大きな部分をアメリカが支えてきた。そういう国であるからアメリカは信頼され、信用もされてきた。その信頼信用は回り回ってアメリカにとっての利益につながっていたのではないかと思う。その積み上げた信頼信用を、トランプは目先の利益をもとに崩壊させている。失った信頼信用は、いかにそれまで沢山の貢献をしていたとしても回復が困難になる。爪で拾って箕でこぼす、ということばを思い出す。

 アメリカに余裕があったから支援していたのだ、という見方はその通りだろうけれど、世界の富は相変わらずアメリカに流れ込んでいる事実は変わらない。ただ、その富は極端に偏在して、個人で何兆円もの富を得ているものがいるという異常さが、アメリカをゆがめている。その富が再分配されなければ支援などおぼつかないということだろう。難民はこれからさらに過酷な状況に追い込まれていくのだろう。見ていて暗澹たる思いがする。

早朝に起きて

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早朝、といっても四時前に目が覚めてしまって、そのまま起きてぼんやりしていた。五時過ぎにベランダへ出て東の方向を見た。夜明けはまだだ。風はほとんどなく、あまり涼しくない。画面の左上は上の階の張り出したベランダである。今日はどんな日になるのだろう。

2026年10月 1日 (木)

機種変更

 スマホが五年を過ぎ、電池の保ちが悪くなり、カバーがボロボロになってしまった。まだ使えけれど、買い換えることにした。格安に換えなければならないこともないが、そんなに高いものでなくてもいい。ショップに行っていろいろと見せてもらい、長持ちして頑丈そうな機種を選んだ。一括払いにしたので思いのほかの支出になったが、いまさらケチケチする必要もない。ただし、当分は多少の緊縮生活を続けなければならないだろう。蓄えがつきればそれなりの暮らしをすればいいだけだ。

 

 ショップでいろいろと教えてもらい、中身を新しい機種に移行してもらい、新しいカバーに換えた。メーカーがちがうのでまだなじめない。帰ってからいろいろ試行錯誤していたら、スマホに転送していたEメールが見当たらない。もう一度niftyから見られるように設定し直した。セキュリティを強化してもらったので広告はほとんどはいらないし、いままで多かった迷惑メールも受け付けなくなったのは有難い。当分は電池の保ちもいいだろう。

 

 スマホを使いこなしているとはとても言えない状態なので、この際だからもう少しお勉強して、使えることを増やそうかと思う。

雑感7

 今日から十月。もう十月。昨晩、カレンダーをめくって今月の予定をいくつか書き込んだ。月初めは書き込まれているものはあまり多くないが、月末に見直すと結構増えている。それなりに雑用があるもので、きちんと生活している証であり、生きている証でもあって、なんとなくうれしい。

 

 晴れの日が続きそうだと遠くへ出かけたくなるが、もうしばらくは我慢しなければならない。片付けても片付けても部屋が散らかってしまう。片付けが不十分であり、出したものをしまうというあたりまえのことがちゃんと出来ていない。子供並みだと自嘲する。

 

 岩屋・王毅会談で、高市首相の台湾有事発言に対しての中国側の言い方が、「撤回」要求から、「是正」要求に変わったことに注意する必要がある、と中国通の代議士が語ったそうだ。このことばの変化は中国側の譲歩のサインらしい。王毅は「日本側が中日関係の改善を心から望むなら・・・」として語ったものだ。

 

 こじれた日中関係が改善することは望ましいけれど、改善を望んでいるのは中国側かもしれない。中国経済はあまり順調とは言えず、日本を利用したい気持ちでいても今のままではそれが叶わない。巻き込まれないためにほどほどに距離を置いている今の状態が日本にそれほどマイナスにも思えないのだけれど。

 

 昨年来、王毅は日本との融和友好を進めようとしていたところで高市首相の台湾有事発言に不快感を示した習近平に叱責された。それに恐怖した王毅は保身のために反日方針に転換した。外交部を挙げて反日プロパガンダを繰り広げた。世界中に日本の非を鳴らして廻った。見る人が見ればみっともない姿であった。そうして外交部から習近平に報告される日本の姿は極悪国家一色となった。当初、習近平はそこまで日本を叩くつもりがなかったのではないか。しかし次から次に日本を非難する報告ばかり聞かされ続ければ次第に洗脳されていく。思い込みがつのっていく。

 

 さすがにこのままではまずいと王毅は考えたのかもしれない。日本が関係改善を望むなら、という言い方で何とかしてくれというサインを送ったということだろう。しかし猫に鈴を着けるのは自分の役目であり、日本にサインを送って助けを求めるのは筋違いではないか。そんな風に私には思えるのだが、どうなのだろう。

 

 それにしてもあの元民主党党首だった某岡田氏の台湾問題についての質問のしつこさを、そしてそのことが及ぼした影響の大きさを思う。本人はまだ覚えているのだろうか。私はたまたまその国会での質疑を見ていたので、その時に感じた不快感とともによく覚えている。しつこいのは嫌いだ。こんなことも立憲民主党の没落の原因の大きな理由になっているのかもしれない。わかる人にはわかっているのではないか。

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