髪
自分の姿を顧みれば、他人の容姿をとやかく言う資格はないのだが、それでも好き嫌いがあるのは仕方がない。嫌いなのはむさ苦しいと感じるときである。汚らしいのは特に嫌だ。若いときの自分を省みれば忸怩たる思いがないではないが、そう感じてしまうのだから仕方がない。スポーツ選手の汗みずくの長髪を見たりするとどうもいけない。いい歳をして長髪を後ろで束ねている男を見ると、頭を洗うのが面倒だろうなあと思う。ちゃんと洗って清潔にしているのだろうかと思う。女性の長髪はそこまで気にならないのだから勝手なものであるが、女性はたいてい清潔感が感じられるものだ。
自分には髪が乏しいし、いまは丸刈りの短髪だからひがみ根性があるのかもしれない。でも息子や弟や甥がそんな髪をしていたら舌打ちするだろう。幸いそういうことはなかった。
言葉遣いも、同じように少し乱暴な言い方をしているのに、不快感を感じたりまったく感じなかったりするのはどうしてだろうと思う。相手との距離感が適正で、相手がどう受け取っているのかについての感性が感じられているときは不快を感じることはなく、鈍感に見えたときに不快に思うようだ。芸人の多くはその辺の感性に優れているからのしあがれたのだろう。たまにもてはやされているうちに勘違いして踏み外す芸人もいる。たいてい長続きしないし、一目見てこれはだめだ、と思ったりする。しかしそういうものを面白がって祭り上げる若い人や、試しに脚光をあびさせてみたりすることがあって、残酷な結末になったりする。最近はそういうのが見るに堪えないのでお笑いなどは「笑点」くらいしか見ることがなくなった。それに最近は、早口でことばにクリアさがない語りが多すぎて、何を言っているのかよくわからないということもある。だからことばが明晰で聴き取りやすい人を見るとそれだけで好感が持てたりする。
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