安倍首相が平昌オリンピックの開会式に参加の方向で検討中だと今朝のニュースで報じられていた。
合意がなされたはずの慰安婦問題の蒸し返しや、北朝鮮のペースに終始する平昌オリンピック開始前の報道を見ていると、安倍首相は開会式に参加すべきではないと最初は思っていたけれど、いまは参加するほうがいいのかしないほうがいいのか良く分からなくなった。
感情論からいえば、もちろん文在寅政権の態度は日本にとって不快であるから、参加しないことでその不快感を意思表示するのが当然に思える。参加すればそれほど不快には思っていないのだ、などと誤解されるおそれがあるという意見にも一理ある。
オリンピックは参加することに意義があるという。だからそういう感情論はひとまず棚に上げておいて参加すべきだという意見も頷ける。政治的な理由があって参加しないと決めることはオリンピックの精神に反するというのも正論である。
隣国のセレモニーに参加を要請されているのに断るのは角が立つ。東京オリンピックに韓国の大統領が参加しにくくなるであろう。政治的思惑が絡まない東京オリンピックには主要国の首脳の多くが参加すると思われるから、韓国が参加するかどうかはそれほど気にすることではないともいえるが、お隣さんであるから出てもらうほうが良い。
そういうことでわだかまりが出来るとますます関係がこじれて、解きほぐすのが一層困難になるのなら、譲れるところは譲っても好いではないかという気持にもなる。
いま文在寅は目先の平昌オリンピックの成功だけしか眼に入っていないように見える。そしてその成功には北朝鮮の参加が絶対に必要だと思い込んでいるようである。この機会に少しでも北朝鮮との距離を縮めることが出来れば、大きな功績として歴史に名を残せると確信しているのであろう。多少北朝鮮のペースになっても得るもののほうが大きいと信じているらしい。
問題はオリンピックのあとの半島をどうしていきたいのかについてのビジョンが文在寅大統領にあるのかどうかということだろう。金正恩には確かなビジョンがありそうである。
韓国の若者は、あまりに北朝鮮のペーストなっている状況に対する反発が起きているという。朴槿恵に対するロウソク革命を機に誕生した文在寅政権であり、その支持層の中心は若者達だった。その若者達が文在寅に失望しつつあるという。観念だけでは現実は変わらないことに気が付きだしたのであろう。
話が戻るが、その若者達が、韓国がやや孤立を深め始めていると感じているのなら、ここで安倍首相が平昌に行くことは彼らにどのように映るだろうかということだ。もしそれが彼らが日本に好意的な見方への変化の一助となるのであれば、それこそが安倍首相の参加に賛成する理由になるかもしれない。
いやいや、韓国の人の多くはそんなことでは日本に対して見方が変わるようなことなどないのだという考えもあるだろう。東京オリンピックを成功させるために来るのだ、とか、慰安婦問題の合意の見直しも日本はポーズだけ怒って見せているが、それほど気にしていないのだ、などと受け取ることにつながると心配する人たちもいるようだ。
韓国のマスコミが報じる韓国国民の思考は日本人とずいぶん違うようであるから、日本がこうなら良いなと思うようには受け取ってくれないことの方が多い。そもそも正しく日本のことを伝えてくれていないようにも見える。
あれやこれや考えて、安倍首相が平昌オリンピックに行くことに賛同するべきかどうかよく分からない。
本当は行きたくないけれど、アメリカあたりから「日韓の関係修復のために行け!」といわれたのだ、などということが間違ってもなければいいのだが。