見覚えのある レインコート
黄昏の駅で 胸が震えた
はやい足取り まぎれもなく
昔愛してた あの人なのね
懐かしさの一歩手前で
こみあげる 苦い思い出
言葉がとても見つからないわ
あなたがいなくても こうして
元気で暮らしていることを
さり気なく 告げたかったのに
二年の時が 変えたものは
彼のまなざしと 私のこの髪
それぞれに待つ 人のもとへ
戻っていくのね 気づきもせずに
ひとつ隣の車両に乗り
うつむく横顔 見ていたら
思わず涙 あふれてきそう
今になって あなたの気持ち
初めてわかるの 痛いほど
私だけ愛していたことも
ラッシュの 人並みにのまれて
消えてゆく 後ろ姿が
やけに哀しく 心に残る
改札口を出る頃には
雨もやみかけた この街に
ありふれた夜がやって来る
「わたし」と彼とは多分不倫関係だったのだろうと想像される(今になってあなたの気持ち、初めてわかるの痛いほど、わたしだけ愛してたことも)。二年前、何らかの修羅場があって別れたらしい(懐かしさの一歩手前でこみ上げる苦い思い出)。彼は妻帯者で、同じ職場であった可能性が高い。そして「わたし」はその会社を辞めた。この二年間の間、全く連絡を取ることもなく、もちろん会うこともなかった二人がすれ違う。わたしは気がついたが、彼は気がついていないようだ。
という状況を想定したうえで、「わたし」の気持ちを考えてみる。
久しぶりに彼を見たことで「胸が震える」。「昔愛していた彼」なのだから当然の思いだ。そうして別れたときのことを思い出し、もし相手が気がついたら何を言えばいいのか考える。しかし相手はこちらに気がつく様子がない。そのことにほっとすると同時に、自分は大丈夫だ、と告げたい思いもする。ここで「わたし」と彼との優位関係が逆転する。
「わたし」は彼への思いを残しながらも客観的に「見る」ことが出来るようになっている。「二年の時が」変えたものは彼のまなざしとわたしのこの髪、だけではない。彼のまなざしの力が衰えていることに気がつくことが出来るようになったのだ(ところで「わたし」の髪は長くなったのだろうか、短くなったのだろうか。これは女性に聞いてみたいところだ)。彼のうつむく横顔を見ていると思わず涙がこぼれてきそうになったということが、「わたし」の優位性を明確にする。
彼の姿はラッシュの人波にのまれて消えてゆく。その後ろ姿は哀しく心に残る。「わたし」と彼との本当の訣別への哀しみであり、ある時期盲目であった人生の華の時代を、過ぎたものとして静かに受け止める大人の女としての諦観でもある。
そうしてこの街にありふれた夜がやってくる。
ところで彼は本当に気がつかなかったのだろうか。でもそれはどちらでもかまわないのだろう。「わたし」にとってひとつの区切り、成熟した新しい段階に至ったことの確認がテーマで、すれ違いがテーマではないのだから。
ところで男であるわたしがなぜこんなにこの歌にこころ惹かれるのだろう。この歌の「彼」に仮託するようなものは残念ながら何もない。
ただこの「彼」の人生の輝きの思い出と黄昏の哀れさが、人ごとと思えない。そしてそのことに何も気がついていない男の哀れさに激しい共感を感じてしまうのだ。
本当に女性はすばらしい。
この歌をあるとき美しい人にリクエストした。受けてくれるとは思わなかったのに歌ってくれた。「この歌が好きです」と彼女は言った。
ささやかな、うれしい私の思い出である。